古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

誘蛾灯を大豆畑に移したけど、明朝がたのしみです。

2019年09月26日 19時54分08秒 | 古希からの田舎暮らし
 イチゴ・ネットハウスにぶら下げた誘蛾灯を、今夜は大豆畑に移しました。
 黒豆のそばに置いたままでも、蛾はいっぱいとれますが、大豆畑の蛾が目立ってきたのです。
「今年は蛾がいない」と道子さんが思ったのは間違いでした。蛾は、大豆のサヤができるのを待っていたんです。
 だから今夜から三日間、大豆畑に誘蛾灯を置きます。
 さ、ドレだけ蛾がとれるか。たのしみです。

「スマホを見ようとしたら、持ちそこねて床に落とした。画面が動かなくなった。どこを押しても全然反応しない」と道子さんがいいます。
「スイッチ切ってみたら?」/「押してもスイッチが切れない」/「auに持っていくしかないな」
 午後、出掛けました。
 auのお店に入ると、お客さんで混んでいます。受付の店員に故障を伝えました。すると店員がスマホにさわって、言いました。
「スイッチを切りました。しばらくしたらスイッチを入れてください。もし動くようなら、そのまま帰ってください」
 言われた通りにしたら、ふつうに動くようになりました。そこでホーム・センターで買い物をして、『星乃珈琲』でコーヒーを飲んで、コーヒー豆を買って、帰りました。
 
 半藤一利の『いま戦争と平和を語る』という本を読んでいます。少し引用してみます。

(日本が戦争に負けて)戦後になって、 …… 昭和の日本は何をやったのか、単なる侵略戦争ではないのか、という形でダーッと左翼史観が入ってきた。日本の戦争の意義とか理由づけ、あるいは戦争をやった大目的を日本人が失ったときに、左翼史観がドッと入ってきたんですね。
 これも皇国史観同様に間違っていると思いますよ。
   ………………
 しかし、左翼史観のいう帝国主義・侵略主義戦争論というのは、戦後すぐの焦土の上では、まことに見事にいい当てているように思われた。だから、一度植えつけられ、すり込まれた左翼史観からなかなか抜け切れない人が多いと思う。
  (対話の相手) 左翼史観もある意味、皇国史観みたいなものですからね。
 そうなんですよ。今になると「何だ。裏返った皇国史観じゃないか」と思うところがありますね。焼野原に立って戦後日本人が戦争と、国家ときちっと向き合うことをしなかったのが、今日の思想的混乱を招いていますね。

「なんでもかんでも、とにかく、戦争絶対反対!」と叫んで思考停止している人が、痛烈に批判されています。「一億総ざんげ」ととなえて、敗戦後自分たちのしたことにフタをしてしまった人たちと同じです。戦時中庶民たちにわめき散らして、敗戦後口をぬぐってこそこそ生きた在郷軍人たちと、同じです。
 半藤一利の『日本の一番長い日』/『ノモンハンの夏』は、また読み返そうと手元に置いている本です。歴史をなぞることで、自分の感情でなく理性で、歴史を批判する自分の眼を、磨きつづけたい、と思います。
 
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