黒い雲と陽ざし/暗雲は立ち込めて欲しくない
再び歩くことへの挑戦 ⑨
本人の自立支援と同居している長男夫婦との軋轢
堀川清子さんの自立支援は
思いがけないところで暗礁に乗り上げた
本人(姑)と長男嫁の軋轢は予想していたが
民生委員をしている長男までもが
清子さん(母親)が歩けることに対し
よく思っていなかったことに 失望した
長男はいまも民生委員(4年目)をしていた
母親が歩けるようになったことは
実は 喜んではいなかった
まだ歩けると言っても
誰かの手を必要とする
(一部介助を必要とする)
清子さんは
長男は快く手助けをしないことを感じ取り
また迷惑をかけては申し訳ないと思い
ベッドから起き出し数メートル先にあるトイレまで歩いた
私自身も転倒したら
何もかも振り出しに戻るどころか
寝たきりになってしまうことを恐れている
(大腿骨骨折など)
長男は転倒し骨折になり
自分たちにとり
また手がかかることを恐れ
「じっとベッドに寝ていろ、歩くな」
「紙おむつのなかにオシッコをしろ」と強い口調で怒る
小さな親切、大きな迷惑だと思っていたのか
歩けるように目指していたことが
確かに自立支援の問題は
本人と家族との間には軋轢や確執がある
本人がふらつき歩くのであれば 歩く訓練をせず寝たきりのままがいい
おむつ外しは そのたびに本人から「トイレに行きたい」と言われ 夜間の場合起きなければならない
特に寒い冬のときや仕事をしながら在宅介護をしているときは辛い
デイサービスや介護施設は
介護スタッフが他にもおり おむつ外しは一人だけではないから 負担は少ない だからできる
ということも家族の気持ちのなかにはある
清子さんは
いま歩けることに大きな喜びと大きな生きがいを抱いている
まだ自立歩行ではないが
早く自分の足で 自分の力歩きたいと
紙おむつのなかにオシッコはしたくない
まして大便はなおさらである
洋式便器で排せつができる 喜びは
寝たきりになった人でないとわからない、と彼女は
わたしに呟いてくれた
本当にそう思う
清子さんは話す
寝たきりになったとき
90年も生きてきてこれほど辛いことはなかった
日々天井の裏板が何枚あるか数えるだけで何もできない
ただ寝ているだけの自分は惨めだった
家にいても辛いしつまらないから
毎日デイサービスに来たい
私自身も紙パンツや紙おむつをつけ
2回ほどオシッコをし、そのまま4時間ほど
オシッコで濡れた紙パンツをはいたこともあった
在宅介護者は除き
仕事として介護に従事されている方は
一度紙おむつを体験されると 介護観が変わる
デイサービスのスタッフは
朝清子さんを迎えに行くと
紙パンツはびっしょり濡れたままのとときもあった
着替えの用意もなく
食べ終えた食器もオーバーテーブルの上に放置されたまま
長男嫁は見送りにも出てこない
長男は仕事に出かけ不在
長男夫婦にとっては清子さんは疎ましい存在でしかないのか
ただこのままの状況におくこともできず
まずは歩けることをめざしたケアプランに長男は同意し署名押印はしたが
実際はそうではない、とあからさまに長男に話すことはできないにしても
清子さんが歩けるようになったことの意味
本人はどんな思いでおられるのか
紙おむつの介助よりも
歩行介助の方が
いかに介護負担が少ないのか
理解して頂く以外にはない
じっとベッド寝ていることが
如何に辛く非人間的な生活になるのか
説得というよりは
どうしたらわかっていただけるか
読者の皆様からのアドバイスも頂ければ幸いです
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