その日は快晴で初夏の陽射しがまぶしい休日だった。2013年6月16日、土曜日の朝9時、仲間2人との待ち合わせ場所である近鉄線の桜井駅に降りたった。この日は3人で纏向遺跡を訪ねることにしていた。
私は某企業に勤めるビジネスマン、Oさんは私が勤務する会社の子会社の社長、そしてもう1人のSさんは私の会社を10数年前に辞めて起業し成功を収めている人で、私にとっては仕事を教わった先輩であり、また大学の先輩でもある。このSさんは私の会社にいたときにOさんとは気心の知れた同期の仲であった。さらに私とOさんはSさんが経営する会社の株主でもある。そして今、3人は飲み仲間であり麻雀仲間である。私たち3人はそんな深い関係であることをご理解いただいた上で話を進めたい。
Sさんは自身の会社業績の良し悪しに関わらず、毎年何らかの形で株主に対して御礼の会を開催してくれており、この年は3年に一度の1泊2日の株主旅行の年に当たっていた。いつものように3人で古代史を酒の肴に飲んでいる時に旅行の話になり、神話の里を訪ねる宮崎ツアーを企画しようということになった。そしてツアー企画メンバーとして古代史、特に邪馬台国や魏志倭人伝を事前に勉強しておくということが宿題として課せられた。私は邪馬台国も魏志倭人伝も少しはかじっていたが、この際、少し真面目に考えてみようと思い立ち、これが「古代日本国成立の物語」を考える直接のきっかけとなった。
そしてこのときに私なりにたどり着いた仮説が、魏志倭人伝にある狗奴国は南九州にあって、その国の王が東征して大和の磐余の地で神武天皇として即位、一方で邪馬台国は大和の纒向にあって両国はにらみ合う関係にあった、という考えであった。桜井市の南側から橿原市にかけての一帯を磐余と呼び、畝傍山の麓の橿原で即位した神武天皇は神日本磐余彦尊という名を持つ。その磐余の地のすぐ北側にあるのが纒向遺跡だ。
さて、話を2013年6月16日に戻そう。株主ツアーを3週間後に控えたこの日、事前学習の仕上げとして3人で纏向遺跡を訪問するために桜井駅で集合することになったのだ。桜井の駅前に立った時にビビっときた。この駅より南側が磐余、北側が纏向、ということはこの場所は、いや奈良盆地を東西に横切る近鉄線はまるで磐余と纏向、すなわち狗奴国と邪馬台国の国境線ではないか、と。自分の仮説に確信を持った瞬間だった。
<株主旅行で披露したレポートにある地図>
このときは唐古・鍵遺跡の地域を邪馬台国の領域に含めていたが、その後の検討でこの地域は邪馬台国に含まないと考えるに至った。
↓↓↓↓↓↓↓電子出版しました。ぜひご覧ください。
私は某企業に勤めるビジネスマン、Oさんは私が勤務する会社の子会社の社長、そしてもう1人のSさんは私の会社を10数年前に辞めて起業し成功を収めている人で、私にとっては仕事を教わった先輩であり、また大学の先輩でもある。このSさんは私の会社にいたときにOさんとは気心の知れた同期の仲であった。さらに私とOさんはSさんが経営する会社の株主でもある。そして今、3人は飲み仲間であり麻雀仲間である。私たち3人はそんな深い関係であることをご理解いただいた上で話を進めたい。
Sさんは自身の会社業績の良し悪しに関わらず、毎年何らかの形で株主に対して御礼の会を開催してくれており、この年は3年に一度の1泊2日の株主旅行の年に当たっていた。いつものように3人で古代史を酒の肴に飲んでいる時に旅行の話になり、神話の里を訪ねる宮崎ツアーを企画しようということになった。そしてツアー企画メンバーとして古代史、特に邪馬台国や魏志倭人伝を事前に勉強しておくということが宿題として課せられた。私は邪馬台国も魏志倭人伝も少しはかじっていたが、この際、少し真面目に考えてみようと思い立ち、これが「古代日本国成立の物語」を考える直接のきっかけとなった。
そしてこのときに私なりにたどり着いた仮説が、魏志倭人伝にある狗奴国は南九州にあって、その国の王が東征して大和の磐余の地で神武天皇として即位、一方で邪馬台国は大和の纒向にあって両国はにらみ合う関係にあった、という考えであった。桜井市の南側から橿原市にかけての一帯を磐余と呼び、畝傍山の麓の橿原で即位した神武天皇は神日本磐余彦尊という名を持つ。その磐余の地のすぐ北側にあるのが纒向遺跡だ。
さて、話を2013年6月16日に戻そう。株主ツアーを3週間後に控えたこの日、事前学習の仕上げとして3人で纏向遺跡を訪問するために桜井駅で集合することになったのだ。桜井の駅前に立った時にビビっときた。この駅より南側が磐余、北側が纏向、ということはこの場所は、いや奈良盆地を東西に横切る近鉄線はまるで磐余と纏向、すなわち狗奴国と邪馬台国の国境線ではないか、と。自分の仮説に確信を持った瞬間だった。
<株主旅行で披露したレポートにある地図>
このときは唐古・鍵遺跡の地域を邪馬台国の領域に含めていたが、その後の検討でこの地域は邪馬台国に含まないと考えるに至った。
邪馬台国の候補地・纒向遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」) | |
石野 博信 | |
新泉社 |
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古代日本国成立の物語 ~邪馬台国vs狗奴国の真実~ | |
小嶋浩毅 | |
日比谷出版社 |