古代日本国成立の物語

素人なりの楽しみ方、自由な発想、妄想で古代史を考えています。

葛木御歳神社

2016年10月15日 | 神社・仏閣
2016年6月18日、高鴨神社、鴨都波神社についで鴨三社の3番目、奈良県御所市東持田にある葛木御歳神社。国道24号線を少し東に入ったところ。御神体である御歳山の麓にひっそりと佇む小さな神社。

主祭神として御歳神、相殿神として大年神と高照姫命の3柱を祀る。
神社サイトにある由緒は以下の通り。

御祭神はご本社の背後の美しい御歳山に お鎮まりになって、金剛山の扇状地にひらけた稲田を御守護された神であります。
古くは神奈備(かむなび-神の鎮座する山や森)の御歳山に自然石の磐座(いわくら)をたて、神を迎えてお祀りするという古式の形式だったと思われます。
現在の本殿は、春日大社の本殿第一殿を移築したものであります。
御神名の「トシ」は穀物特に稲、またはそのみのりをさす古語で、稲の神、五穀豊穣をもたらす神として古くから尊崇されています。
また「トシ」は年に一度の収穫を基準とした時の単位であることから、事を始める時にお祈りするとよいとされています。
古来より朝廷で 豊作祈願のために行われた年頭の祈年祭(としごひのまつり)には、まず本社の御歳神の名が読みあげられました。
古書の記録では、仁寿二年(八五二年)には、大和国で本社だけが最高の正二位の神位を授かる程篤く尊崇され、後に従一位に昇格され、延喜の制では、名神大社に列した神社として尊ばれた古社であります。
また、水害の度に奉幣された記録もあり、風雨を司る神としても神力を示され、尊信されたものと思われます。 
私たちが正月に祭り親しんでいる年神様(としがみさま)は、この大年神、御歳神、若年神といわれています。
鏡餅は御歳神へのお供え物であり、このおさがりのお餅には御歳神の魂がこめられており、これを 「御歳魂(おとしだま)」と呼んでいたものが今の「お年玉」の起源であります。
本社は、鴨氏の名社で、御所市にある高鴨神社(上鴨-かみがも社)、鴨都波神社(下鴨-しもがも社)とともに中鴨社(なかがもしゃ)として親しまれています。
古事記には須佐之男命(スサノヲノミコト)と神大市比売命の御子が大年神で、大年神と香用比売命の御子が御歳神であると記されています。
相殿の高照姫命は大国主神の娘神で八重事代主神の妹神であります。一説には高照姫命は下照姫命(拠-古事記に高比売命=高照姫、別名下照姫命とある)、加夜奈留美命(拠-五郡神社記)、阿加流姫命と同一神とも云われています。



一の鳥居。

この鳥居、参道の端っこに建てられている上に、正面に電柱や古木があって実際は使われていない。人も車も鳥居の横を通らなければならない。

二の鳥居。


拝殿。


本殿。


祭神と由緒。


一の鳥居の横を過ぎたところにある駐車場からの眺め。

右が葛城山、左が金剛山で、その間が水越峠。葛城は意外にも交通の要衝である。この水越峠を越えれば河内に出る。また、この御歳神社をさらに南下して風の森峠を越えれば紀ノ川に出る。紀ノ川を下れば大阪湾から瀬戸内海へ、逆に紀ノ川を遡れば吉野へ出て、吉野からは熊野にも、伊勢にも通じる。この地を押さえて古代の一時期に栄えたのが葛城氏だった。



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