『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  739

2016-03-17 10:26:09 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『おう、そうだ着実な歩運びだ。小石に躓きたくはない、その思考、その決断だ。仕事の進み具合は?』
 『進み具合は、確実進行、滞りなく進んでいます』
 『そうか。それは重畳!』
 『建造の場の足場の不具合、修理完了しました。万全です』
 『おっ!そうか。ありがとう。一緒に見て廻ろう』
 二人は歩き始めた。
 オロンテスらのキドニアからの帰着が遅れている、身を沈めようとしている夕陽の下弦が水平線に接しようとしている、今日の業務を終えた者たちが夕陽が演出する風景に見入る、心にねぎらいを感じていた。
 パリヌルスもオキテスもオロンテスのことを気にかけ始めた。ヘルメスの船影を目にとめたら、即刻、伝えてくれるようにと指示を出して待機する、浜には盛大に火を燃やせとも指示を出す、アヱネアスもイリオネスも姿を見せる、一同は、彼らの無事を念じて待った。
 浜の宵のとばりが下りてくる、5か所で燃える焚火、大きく燃え上がる炎、光の届くところの明るさは真昼のごとしである。
 時は来た、東のかなたに松明の火の光を目にする、待ちに待った兆しである、ヘルメスは漕走で波を割っている、深まる宵闇、見張る者たちがヘルメスの蹴立てる波がしらを見る、伝令が走る、一同に伝わる、波打ち際へと飛び出す、艇上に揺れる松明の光を目にする、近づいてくる、艇上の者たちの顔が見える、元気である、浜にいる一同が安堵した。
 波打ち際から10メートル、離れた海上地点にヘルメスが停まる、オロンテス以下三人のスタッフが下りてくる、波打ち際のアヱネアス、イリオネスが駆け寄る、パリヌルス、オキテスも駆け寄る、アヱネアスがオロンテスの肩を抱く、イリオネス、パリヌルス、オキテスが三人の肩を抱く、互いに言葉がない、アヱネアスが言葉をかける。
 『オロンテス!無事の帰着うれしいぞ!何か変事がとーーー』
 『申し訳ありません。集散所における交渉事が長びき、出航するのが遅れて、この帰着です。心配をおかけしました』
 『判った。無事であればそれでいい。無事の姿を見るまで落ち着かない、海事とはそのようなものだ。陸にいる者が気にかけて当然のことなのだ。これで安堵した』
 アヱネアスの心が着衣を通してオロンテスに伝わった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  738

2016-03-16 06:05:02 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 イリオネスは、アヱネアスから預かっている新艇建造用材の価格が書き付けてある木札を持ち出し、書かれている数字を確かめて木板に書き込んだ。オキテスが持参した木板の第2項及び第3項の数値を合算して、建造用材価格の下部に書き入れてアンダーラインを引いた。
 三人の沈黙の時が流れる。イリオネスが数値の合算、除算の計算作業をして、木板に二つの数値を書き入れた。
 『お待たせしました。統領、出ました。考えられる新艇の総原価、そして、新艇1艇当たりの原価も算出しました。この数字を見てください』と言って、机上をアヱネアスに向けて木板を滑らせた。木板を手に取るアヱネアス、じい~っと見つめる、口を開いた。
 『おう、イリオネス、これが5艇の総原価および1艇当たりの原価か』
 木板には、ギリシア文字で4つの数字が書かれていた。
              
          *新艇建造用材価格   500ドラクマ
          *建造諸経費     4200ドラクマ
          *総原価合算数値   4700ドラクマ
          *1艇当たり原価    940ドラクマ

 『はい、そうです』
 アヱネアスは、書き記されている4つの数字をしげしげと見つめる、うなずくアヱネアス。
 『そうか、了解した。スダヌスから聞いてきた船の価格を参考に俺なりに考えてみる。オキテス、新艇の価格を集散所において話し合う日はいつかな?』
 『明後日です』
 『彼らが算出してくる新艇の価格が如何ほどか?それを聞いて価格の決定をしよう。軍団長、会議を予定しておいてくれ』
 『解りました。新艇価格決定会議として、会議を開きます』
 『オキテス、はなはだご苦労であった。これをもってひとつ、難問を解決した。あとは、新艇5艇の早期完売、そのための価格決定、販売方針を明確にして事に当たろう』
 『解りました。遠くにある目標達成を少しだが引き寄せた気持ちです。力を尽くします』
 『おう、オキテス、言ってくれるじゃないか!軍団長、総力戦だぞ!お前が参謀役だ』
 『解りました。やりましょう!』
 三人は固く手を握り合って会合を終えた。オキテスの胸に火がつく、炎を発する、三人は炎上した。
 オキテスがイリオネスの宿舎を辞して、建造の場に戻る、終業の時である、彼は巡回に歩を運んだ。
 ドックスと顔を合わせる。
 『あっ!隊長!目が輝いていますね、何があったのですか?』
 『おう、今朝から取り組んだ原価の算出が終わった。新艇の販売価格のもととなる原価だ』
 『そうですか。一歩前へ着実にですね!』
 ドックスの一言がオキテスの心を癒やした。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FRPOM TROY   第7章  築砦  737

2016-03-15 05:55:16 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 第2項の数値を算出するのに長い時間がかかった。今様時間で1時間余りも要した。(現代の小学生で1分もあればできる計算である)次の第3項は、オキテスが気付いたガリダ方より派遣されている5人の者たちの原価を基礎数値を己の判断で決めて算出した。これにも時間を費やした。
 木板に費目と算出した数値を書き込んだ。
 『おう、できた!時間がかかったな』
 彼は独りごちて空を仰いだ。太陽の高さを見て時間の頃合いを測った。
 『よし!行こうか』
 オキテスは腰をあげる、算出数字を書き込んだ木板と予備の木板1枚を小脇に抱える、歩み始める、イリオネスの宿舎へと歩を運んだ。
 午後遅くの木漏れ日の落ちる林間の道をぬけて行く、イリオネスの宿舎の戸口の前に立つ、声をかける、返る言葉を待つ、答えがない、留守らしい、彼は待つことにした。
 宿舎前の草地に腰をおろす、木板を見る、書き込んだ数値を確かめる、風が運んでくる話声を耳にする、アヱネアスとイリオネス、二人の交わす言葉が聞こえてくる、二人の姿を見とめる、オキテスは立ちあがった。
 イリオネスが宿舎の前に立つオキテスの姿を見とめる、彼の歩速が早くなる、オキテスに近づいて声をかけた。
 『おう、オキテス、どうした?』
 『数字が出ました。軍団長に数字を入れてもらい、合算すれば原価の数字が出ます』
 『おう、そうか。丁度、いいタイミングだ、統領もおられる、やろう!中へ入れ!』
 『はい!』
 『統領、新艇の原価が出ます!』
 『そうか、それが解れば、これからを考えられる。オキテス、大変な作業だったろう』
 『いえ、そのようなことはありません』
 オキテスは答えて、第2項及び第3項の数値を書き入れた木板をイリオネスに手渡した。
 『軍団長、第1項に新艇建造用材の価格を書き入れて合算してください。第3項は、製材担当要員としているガリダ方よりの派遣の者たち5人分です。自己判断で基礎数値を決めて算出した数値です』
 『おう、そうか。お前、よく気付いてくれたな、お前が気付いてくれなかったら、抜け落として計算するところだったのか、ありがとう。余分の木板を持っているか?』
 『1枚だけですが、持ってきています』
 『それをくれ、計算に使う』
 オキテスは、イリオネスに木板を木炭とともに手渡した。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  736

2016-03-14 09:21:59 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 オキテスが書いている数字は、古代におけるギリシア数字である。古代のギリシアにおいて通常に用いられているのは、古代ギリシア文字をもって表示するイオニア方式と呼ばれる記数法である。文字が数字であり、数字が文字なのである。この項における説明は、ウエブサイトフリー百科事典ウイキぺデイアを参照にしての説明である。
 イオニア方式のギリシア数字の記数法では、1から9まで異なる文字で表記し、各桁においてもこれと同様の方法で異なる文字を表記する。10、20、30、40、ー、-、-、100、200、300、400、-、-、-、これらにも定められ文字があるわけである。これらを組み合わせて数字を表記するのである。現在のギリシアにおいてもこの表記で記数される場合がある。
 このイオニア式記数法は、通常のギリシア文字を用いているので数字であることを示すために『 ’』アポストロフイを末尾、表記の右上につけて表記する。使用する文字は、ギリシア文字24文字のほかに、現在ギリシア文字として使用していない3文字を 6、90、900、に用いている。例えば、『325』は『τκε’』と表記される。この方法では三桁までしか表記できないので 1000~9999の四桁の表記は、数字の始めの頭部に『 ,』を数字表記の前部、左下につけて表記する。例えば、『4321』は『 ,δτκα’』と表記する。
  記数一覧表は下記のとおりである。
 
  数値  記数文字    数値  記数文字    数値  記数文字
  1    α’     10   ι’    100   ρ’
  2    β’     20   κ’    200   σ’
  3    γ’     30   λ’    300   τ’
  4    δ’     40   μ’    400   υ’
  5    ε’     50   ν’    500   調査中
  6    不明     60   ξ’    600   χ’
  7    ζ’     70   ο’    700   Ψ’     
  8    η’     80   π’調査中 800   ω’ 
  9    θ’     90   コッパ   900   サンピ

                        1000  ,α’
                        2000  ,β’
                       10000  αΜα’

  # 10000以上になると先頭に『αΜ』をつけて表記する。例えば、『88888』は『αΜη’,ηωπη’』と表記する。

 オキテスは、計算作業に懸命に取り組んだ。第2項の数値を求めるのに加算方式の図を描いて、順を追いながら数値を算出した。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  735

2016-03-11 05:19:11 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 三人を射る陽射しは、夏の兆しを感じさせるがやわらかであった。
 食後のくつろぎの一時である、晴れ晴れとした表情、なごみの雰囲気、新艇の話題で弾んだ。
 ドックスが腰をあげる。
 『両隊長、ごちそうさまでした。時間が来ました、私はこれにて』
 オキテスが声をかける。
 『おう、そうか。ドックス、頼みだ、三番の建造の場のことだが、足場に不安な箇所がある。ちょっと、見てやってくれ』
 『解りました』
 ドックスが場を去っていく。
 『おう、オキテス、俺も行く、用船に使う軍船を見なければならん』
 『おうっ!そうか。俺も夕方までに、この仕事をかたずけねばだ。次の仕事に備えなきゃならん。じゃ~な』
 オキテスは、昼前からに仕事に手をつけた。
 木板に描いた図を見て、首っ引きで考えた。
 算出記号もない!0もない、この時代の算術、算数の計算作業は、手落とさない、抜け落とさない、記憶に頼り、加減の作業の連結、繰り返しで両手、両足の指、傍らの小石、木切れ、身近にある使える小物を駆使して計算作業をしたのではないかと推察される。
 オキテスも木板に図を描く、建造用材の木切れを使い、加減の作業を連結、繰り返して、原価の算出作業を行った。
 加減乗除の記号を使い、定められた数式を駆使して行う、また、コンピユーターなる機器を使う、現代人のやる答えの算出作業では考えられない手数のかかる算出作業で原価を算出したであろうと推察される。現代人が数分、または、数秒で答えを出す作業に、オキテスは、日がな一日を算出作業に費やして、原価という答えにたどり着いた。
 
 この数行を描いている筆者自身、この古代、原始の時代を思いやってペンを運んでいる。どのようにして加減の作業を進めて、答えに到達するか、したか、大変な思いでペンを運んでいる。書き記すことが正しいか、正しくないか、それは定かではない。

 オキテスは幾度となく検算を繰り返して、木板に書いた答えの数字を確かめた。イリオネスと話し合った原価の費目以外に一項目をつけ足して原価を算出した。
 オキテスが気がついて、追加した費目は、ガリダ方より派遣を受け入れている、5人の製材要員の費用である。
 彼はこれくらいであろうと、適当に基礎数字を決めて計算に及んだ数字であった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  734

2016-03-10 06:14:38 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 イリオネスの宿舎においての木札の整理、勘定の作業を終えたパリヌルスは、部下たちとともに浜に下った。
 彼は、7人の中の班長格のユリタスに声をかけた。
 『おう、ユリタス、午後の作業のことだが、明日、木札の輸送に使用する軍船の点検、整備をしてほしい。使用する軍船は二番船だ。海に出して点検と整備方を頼む。そして、リュウクスに、この旨を伝えて、漕ぎかたの手配するように言ってくれ。漕ぎかたの総人員は、俺とお前たちを加えて130人の体制でキドニアに向かう。昼めしを終えたら、その作業に取り掛かってくれ。以上だ。質問は?』
 『ありません。本日、午後の作業の件、了解しました。隊長はどちらに?』
 『あ~、俺か、新艇建造の場、オキテスのところにいる。連絡事項があればそちらへ頼む』
 『解りました』
 7人は用向きの場へと歩を向ける、パリヌルスはオキテスのところへと向かった。
 『おう、オキテス、仕事の進み具合はどうだ?』
 『どっちの仕事のことを聞いている?』
 『双方についてだ』
 『お前の仕事は終わったのか?』
 『おう、終わった。木札は大変な量だ。明日、キドニアに輸送して集散所へ搬入するわけだが、用船は、軍船を使用する』
 『そりゃそうだろう!一年有余の日にちをかけて蓄えた木札だ。並みの量ではないはずだ。どのくらいあった?』
 『おう、聞いて驚くなよ、63000枚余りだ』
 『そうか、それは大変な量だな。しかし、銀貨にすると、両の手に乗ってしまうのではないかな』
 『それは、そうであろうと考えられる。それはそれとして、昼飯を一緒に食べよう。俺の方の仕事はだな、建造部門は順調にいっている。原価計算の方は、ただいま、真っ最中といったところだ。昼めしは、おまえの分も用意している。ドックスも来る。一緒に食べる』
 『おう、いいだろう』
 『まあ~、腰を下ろせ』
 パリヌルスは、腰を下ろすのに適当な木片を引き寄せて腰を下ろした。
 『お~お、これはこれは、ご両人おそろいで』
 ドックスが姿を見せ、声をかけてくる。
 『おう、ドックス、ご苦労。建造の方、支障なく進んでいると聞いている。重畳といったところだな』
 『はい、作業も中盤に来て、支障なくといったところです。作業を慎重に進める時日をいただいている状態ですので、いい船に仕上がっています』
 『お~っ!そうか、大安心といったところか』
 『おう、パリヌルス、昼めしを始めよう』
 オキテスの掛け声で、三人の昼めしが始まった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  733

2016-03-09 05:31:59 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 パン工房にはセレストスがいる、パリヌルスが用向きを伝える、オロンテスからの伝言が伝わっていた。
 『はい!オロンテス棟梁から聞いています。入用は何枚ですか?』
 パリヌルスは、連れの者と顔を合わせる、二言三言、言葉を交わす。
 『おう、セレストス、30枚、頼む。余れば返す』
 『袋はたくさんあります、存分にお使いください』
 『おう、ありがとう』
 二人は追加分の袋を持ち帰った。作業者一同は、昨日からの作業で作業慣れしている、要領を心得た彼らの作業は、手際よく進む、20袋づつの山が6つと7袋の木札が整理のうえ勘定された。パリヌルスは2枚の木板に明細を書き記した。
 イリオネスに報告するパリヌルス。二人は、木札が整理された部屋へと足を運び、木札の検閲と検収に及んだ。
 『おう、パリヌルス、ご苦労であった。木札の整理と数勘定が終わったか。総数がどれくらいになる?』
 『はい!木札500枚入りの袋が127袋です。木札の総数が63500枚となります。そして、これが残った端数の木札247枚です』
 パリヌルスからの報告を受けるイリオネス、彼は、パリヌルスに質問する。
 『パリヌルス、木札の整理は終わった。ところで集散所への輸送搬入の件だが、オロンテスと打ち合わせを終えているのか?』
 『はい、その件は打ち合わせ済みです』
 『これだけの木札の量だ。どのようにして輸送搬入するのか、聞かせてくれ』
 『はい、集散所への輸送搬入の段取りについて説明いたします。用船は、軍船を使います。これだけの木札です、ヘルメスと舟艇を使用しても輸送はできかねます、そのうえ、陸上における運びの件もあります。運びに使役する人数の件があります、そのようなわけで軍船を用船として、使用しようと考えています』
 『了解!集散所との交渉は、オロンテスが今日やっているわけか』
 『はい、そうです。集散所への輸送搬入は、明日行います。集散所側に事情がない限り、当方の実行に変更はありません』
 『解った』
 『木札の勘定明細を描いた木板をお渡しいたします。以上です』
 パリヌルスは、手にしている木板を控えの木板と照合のうえ、一枚をイリオネスに手渡した。
 木板を確認するイリオネス、パリヌルスが担当した木札の整理作業が終了した。
 『パリヌルス、ご苦労であった』
 『いえ、それはーーー。明日、朝めしを終えたら木札の積み込みを行います。終わり次第、出航します。今日これから用船の準備にかかります』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  732

2016-03-08 05:35:59 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 オキテスは、原価計算の作業を明日アサイチから取り掛かることにして建造の場の巡回に腰をあげた。
 今日は終わった。
 宿舎に帰ったオキテスは、原価算出のことを考えながら寝についた。暗闇の中で目を見開いて考える、答えに達することなく熟睡に及んだ。

 ニューキドニアの浜に朝が来る。いつもながらの朝がそこにある。
 アヱネアスとイリオネスが何事かを話し合っている、パリヌルスとオキテスが顔を見せる、朝の挨拶が飛び交う。 
 『おはようございます』
 『おう、おはよう』
 父に手を引かれてともにいるユールスが朝の挨拶言葉をかけてくる。
 『今日はオロンテスがキドニアに行くのか』
 『はい、そうです』
 『皆、元気だな、いいことだ。そうでなくてはいかん!皆、元気で健康が何よりである。なあ~、軍団長!』
 アヱネアスが声をかける。
 『俺にとって、お前らの元気と健康。そして、一族全員の元気と健康、健康を損なうと健全であらねばならない心身の健全を損なう。皆を愛おしんでやることが、一族が大事を為していく、そのことをよく心せよだ!』
 『統領の垂訓ですね、心します。今、我々にとって大事の時です、脚下照顧、確かな一歩を前への時なのです』
 統領の言葉を聴いたイリオネスが答える、朝の一時の会同であった。
 オキテスがパリヌルスに声をかける。
 『おう、パリヌルス、今日のお前の用務は?』
 『俺の用務か、木札の集計が午前中の用務だ。して、お前は?』
 『俺は、原価計算に集中だ。手がすいたら寄ってくれ、建造の場にいる』
 『判った』
 彼らは浜における朝の会同を解いた。朝、浜において交わすひと言が今日一日を意義のあるものにする、彼らにとって大切な一時である。ポジテブな今日、ネガテブな今日を決める一時であった。
 朝めしを終えたパリヌルスは、イリオネスの宿舎の前で作業チームの一同がそろうのを待っている、イリオネスが宿舎から出てくる、パリヌルスに声をかける。
 『おう、パリヌルス、どうだ。木札の整理完了は予定通りか?』
 『はい、予定通り、午前中に完了します』
 『そうか、それは重畳!完了次第、報告してくれ。俺の午前中は、出たり入ったりだが、昼はここにいる』
 『判りました』
 作業チームの一同が顔をそろえる、パリヌルスは、一同と予定を打ち合わせて、作業に取り掛かる。
 『パリヌルス隊長、木札を入れる袋の不足が予想されます』
 『了解!一緒に来い!』
 パリヌルスは、作業者の一人を連れてパン工房へと向かった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  731

2016-03-07 05:07:35 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 イリオネスは目を開けた。今、オキテスと話しあっているのは、原価の算定の件であって、販売価格ではない。原価計算についての判断事項の検討である。
 彼が意を決したのは、原価の絶対条件である。それは集散所が提示してくる販売価格が、我々が計算して算出する原価の倍額であってほしいことであった。
 『おう、オキテス、決めた。まず費目のことだ。原価計算の費目は2項でよい。第一項、建造用材の原価、第二項、この作業にかかわっている
作業者たち一日当たりの総額を300オボロスとして、建造に費やす日数を80日としてのその総和を建造用材原価と合算して、新艇5艇の総原価としてくれ』
 『解りました、第三項の諸掛りは合算する必要がないということですね』
 『そういうことだ。お前、原価算出について、いい提案をしてくれた、ありがとう。将来において、いま、指示した詳しい内容を説明することがあるかもしれないが、今日のところにおいては聞くな。原価計算は、通貨単位のドラクマで表示してくれ。換算は解っているな』
 『いえ、正確にはーーー』
 『そうか、その件について、説明しておく。1ドラクマは、6オボロスだ。作業者たち一日当たりの総額が、300オボロスだから、50ドラクマだ』
 『解りました、これに基づいて計算の上、新艇1艇当たりの原価を算出します』
 『オキテス、余分の木板があるか?』
 『はい、あります』
 『よこせ!』
 イリオネスは、オキテスから木板を受け取って、図を描いた。
 上段に原価の構成図。下段には原価及び利益の総和図を描いて、利益部分の一部に販売諸掛り経費といった構成図を描いてオキテスに手渡した。
 『オキテス、見て理解できるな。販売価格内における各費目の構成について書いてある。よろしく頼む』
 オキテスは、イリオネスの宿舎を辞して浜に降りてきた。
 彼は浜に立って、西のかなたの水平線に目をやる、茜に燃える夕陽がその身を海に沈めようとしていた。
 オキテスが定めている安堵できる建造の場の一隅に戻り、イリオネスと打ち合わせた数字を書き入れてきた木板と各費目の構成図を見つめた。
 300オボロスが50ドラクマ、稼働日数が80日、この数字の根拠について考えたが不可解な数字である。その後においても、説明を求めることもなく、この数字の根拠を知ろうとはしなかった。
 イリオネスの書いた図を見つめて内容を把握して理解した。
 彼の胸に去来する感慨は、イリオネスの見識に対する尊敬と絶大の信頼であった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  730 

2016-03-05 09:19:00 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『おう、そうだな、中に入ろう、オキテス』
 二人は、粗雑なつくりではあるが頑丈そうな机をはさんで、向かい合って座に就いた。
 『おう、オキテス、数字を決めたいというのは何の数字だ?』
 イリオネスの目つきが変わってきている。
 『この新艇建造の仕事に携わっている者の働き価値を通貨価値として算入させることです』
 『おう、それか。よし!それについての相談か』
 『お願いします』
 『考えてみれば、うなづける思考だな。それをどのように考えて、原価に組み込むかだが、お前の考えを言ってみてくれ』
 『はい、私、私たちは、物の原価といえば、原材料の価格しか考えてきませんでした。集散所の者たちが考えている物の値段は、原材料の価格に、その物の製造に携わった者たちの働きを計算して、加えて、物の値段を決めている、そのように思われます。また、山菜、魚など、物は『ただ』ですが、それにかかわった手数を通貨価値として、それを加えて物の原価としているようです』
 『なるほどな。お前の言うことに理がある。アテネ辺りでは、そのことを次のように処理しているらしい。自分のする仕事を他人に依頼して、仕事をしてもらった場合には、その者の一日の働きを通貨価値として、2オボロスを渡しているそうだ』
 『ほう、そうですか』
 『我々にしても、それについて言えることがある、考えてみろ、オキテス。アレテスのやっている魚事業だ。スダヌスからは魚の納入に対して集散所の木札を受け取っている。パン事業の場合は、小麦の原材料費に、粉にして、練って、焼いてパンにするまでの手間を通貨価値に計算の上、それを加えて、パン1個木札1枚という価格になっていると、俺は理解している』
 『納得しました。軍団長これを見てください』と言って、オキテスは、持参した木板の一枚をイリオネスに差し出した。
 『おう、オキテス、これはなんだ!説明してくれ』
 『はい、新艇の原価計算に関する費目です。大まかに書いています。2段目に書いてあるのが、建造にかかわっている者たちのことです。その次、3段目が新艇の建造以外の仕事に携わっている者たちの働きを評価して、原価に加えるか加えないかです』
 『解った、むつかしい判断を必要とするな、ちょっと考える』
 沈黙する二人、無言の時が流れる。
 二人にとって、この件は、考えたこともなければ、やったこともないことである。即断することのできない事項であった。
 イリオネスは目を閉じて考えている、オキテスは窓外を見つめて考えた。
 イリオネスは、判断を下す立ち位置に立って考えている、アヱネアスの意向についても考えねばならない。この判断による不利益は許されない、不利益を絶対に許さないスタンスに立って、このことを考えた。

 
 昨日の投稿で変換ミスが一か所あります。訂正いたします。
 下から7行目   前には  を  前庭 に訂正します。
 深くお詫びいたします。
                  山田秀雄