西の空は晴れている

絶望の向こうに希望がある............、はず!

2024年の上期

2024-05-06 10:42:15 | 神社 古代

一年の1、2回の頻度でブログを書きたくなります。今どうこうというのは無いのですが、過去の日記が自分的には結構貴重なので、此処をなんとなく維持しています。

さて、今年のこと。

まずは、2月に伏見稲荷大社へ詣でました。10数年ぶりですが、割と好きな神社です。お稲荷さんって ちょっと引いてしまう感もありますが、此処は宇迦之御魂神様なので決して怖い神様ではありません。よく取引きさせられるとか言われるのは荼枳尼天系のお稲荷さんとか。(もっとも、荼枳尼天についても真面目に調べればそういうことでもなさそうですが。)

伏見稲荷の神様は自分の同じ性格を感じます。→さそり座のO型。

→情念は強いけど、基本  大味、細かいことはどうでも良い。

今回は、伏見稲荷のお山を登らせて頂いたのですが、山の中に伏見神寶神社という神社がありまして、狛犬ではなく駒龍、他龍がいっぱいでした。今年は辰年なので、流行る(もう流行っている?)と思います。稲荷系の神社ではなく、十種神宝と天照大神を祀っています。つうことは物部系の神社だなと勝手に思っています。まあ、伏見稲荷大社は秦氏由来で千年以上前に出来たものですが、例えば明治、大正期にも稲荷山にいろんな団体がいろんなものを建てているので、細かいことは気にしないことにしていますよ。

此処は竹取物語とも関係あるそうで、珍しい竹の鳥居もありました。

昔は一日に何か所も回ったのですが、最近は精々2、3か所にしています。行きたい所は大概行ったので。

昼は伏見稲荷様で、夜は春日大社様へ節分万燈籠を見に行きました。

3000基の吊り燈籠に灯がともると凄く幻想的な感じでした。自分のしけたPicでは表現できません。

春日さんは、ちょっと訳あって毎年参拝しており、3月にも訪れました。その時に行った橿原市考古学博物館が凄く良かったのですが、長くなるのでやめておきます。

さあ、GWと言えば毎年 位山に登拝しており、今年も無事行ってこれたことに感謝です。

奥の上り口に行くにはホント細いグネグネ道を行くので、家人のハスラー4WDが丁度良いのですが、自分独りでのお出かけには貸してくれなのですよ。普段は、もうちょっと大きい車カッコヨスと思うこともありますが、位山他、自分が行く神社の奥宮は細い山道が多々なので今の車(シャトル)より大きなのは無理ですね。(シャトルは、車中泊できるしね。)

GW後半は、平泉寺白山神社様へ。前から行きたかった神社でしたが、”戦国期の一向一揆で沢山の人が・・・”という話が漠然と頭の隅にあって、行かず終いでした。一言で言えば、とてもとても良い地でありました。苔宮、苔寺として有名ですが、司馬遼太郎に言わせれば、此処に比べれば京都の某所なんてショボ過ぎるとのこと。

室町期には南谷3600坊、北谷2400坊、48社、36堂、6000坊の院坊を備え、僧兵8000人を抱える巨大な宗教都市だったそうですわ。源義経も寄ったらしいし。苔については知りませんが、伊勢の神宮他と同様、広大な其の地全体が聖域と感じる場所でありました。この辺りだと永平寺が有名過ぎる程に有名ですが、道元って絶対に此処の氣というか龍脈を知ってたと思うわ。白山信仰 ってスピ系が大好きなんだけど、中世からの色々な争い、白頭山絡みの半島信仰繋がり説、被差別部落民の信仰、東北地方のおしらさま信仰等、複雑と聞いています。(スピ系とパワースポットという言葉が大嫌いなので、すみません。)先人の御苦労と哀しみを背負いながら、我が国の神社、聖地は続いていますよ。

それにしても、一向一揆にしても、三国時代の五斗米道にしても、不幸な時代の民衆による残虐性ってどうなんよって思います。知識も思想もなく、狂気だけ。”喰えない”という経験をしたことが無いので、偉そうなことは言えないけど。今の日本の状況を見ても、政治家やマスコミにも責任はあるとは言え、選挙にいかない、自分の頭では考えない愚民の衆に一番罪があると思えてなりません。

勝山と言えば、昔は全くご利益のない越前大仏しかなく、あと、自分的には天龍さんの出身地ということぐらいです。(何十年も前に、天龍展を見に勝山市立図書館へ行ったのだ。)今は、恐竜博物館で、もう、何処を通っても車がいっぱい。福井県は、恐竜でここまで盛り上げたのは凄いと思います。

んで、平泉寺白山神社の帰りにアニメ:「銀魂.」で、その名が有名になった弁財天白龍王大権現様へ。もう、凄い名前です。

つうか、中世には此処までが平泉寺白山神社の敷地だったそうで、弁財天もその中の一社であったとのこと。現在の平泉寺白山神社も1/10しか発掘されておらず、今も発掘中です。

このGW、行こうと思っていたところへも行けたし、割とジムへも行けたし、良い連休でありました。


今年も位山へ登拝

2023-05-06 11:40:29 | 神社 古代

毎年、ゴールデンウィークは位山登拝と決めています。今年も5月1日に行って来ることが出来ました。

今更ですが、今年の元旦に母を亡くしまして、神社参拝は避けていましたが、49日もとうに過ぎており、先月からぼちぼちと再会しております。

最近、登る方が多いので、GWでも若干人が少ない5月1日、または2日を選んでいます。

今年も晴天に恵まれて感謝です。因みに、なんとなく神々しくカッコヨスなPic(光の輪みたいなのが横切ったPic)、先月、定期的に参拝している雄山神社で突然撮れるようになったのです。太陽さんにこんな角度でカメラを合わせれば、みたいな。そんなんで、今回はそんなPicを中心にあげます。

位山が如何に凄いところかというのは、以前に何度も書いているので割愛。

此処も、心無い輩が心無い行為するもんだから、どんどん入れない範囲が広くなり、いずれ京丹後の真名井神社の磐座みたいにガンガンにガードされるんじゃないか心配。俺、歴史、神社はもとよりオカルトも大好きですが、パワースポットという単語とスピ系が大嫌いなんです。

自称〇〇の生まれ変わりだとか、封印を解いただとか、△△が見えるだとか、、、その類の連中、まずは真面目に書物を読みましょう、ちゃんとした人に学びましょう、つうか、まずは真面目に働けよ。

頂上の広場には誰も居なかった。

ここにも誰もいなかった。

高山ラーメン美味かった。併設されたお土産屋さんを含めて、マスクしている組vsしていない組=6:4くらいだったかな~。ここであれこれは書かないけど、自分は当然、後者です。(次の日、用事があって富山駅周辺をぶらついたのですが、此処は9:1くらい。だから何時までたっても越中国は駄目なんだわ。幕末期、薩長と共に戦うわけでもなく、会津や長岡、奥羽連合と共に幕府に殉じるわけでもなく、ただただぼーっと日和見に過ごす県民性ですわ。石川、福井、新潟、長野、周りはどんどん橙色の議員が誕生している中、、、ブツブツ。)

水無神社。この時期に参拝すると中まで入れるので嬉しい。

有難い!

此処は狛狼さん。

日輪神社。丹生川町の神社は、ある時期から五十猛命を祭神として伊太祁曽神社に代わっていく中、此処は日輪神社として残った。飛騨の英雄 両面宿儺が大和朝廷側に敗れた後、紀州の人たちが入ってきた説がよく言われるんだけど、伊太祁曽に代わっていったのは戦国期~江戸期のはずで、全然時代が違うんだよな~?

じゃ、最後もカッコヨスなPicで。


久しぶりにお出かけ

2022-05-05 08:37:52 | 神社 古代

久しぶりにお出かけしました。5月2日は、位山へ2年ぶりに登拝。

1人で登るのは数年振り。位山はやっぱ良いわ~。これただけで、感謝。

5月3日は、伊吹山へ。神社、古代史に関係ない場所で、とにかく西方面へと思って家を出たのですが、結局、ベタベタに古代史絡みの場所へ来てしまった。(日本武尊さんが山の神に・・・という場所。)

壮大な山や海を見ると、その側に身を置くと、人間なんてちっぽけやな~って感じる。

この辺りは関ヶ原近々なのので、まあ、道すがら見たい所がいっぱい目に入ってきたのですが、今回は時間が無く、別の機会に。せっかく此処まで来たので多賀大社へ。

晴天に恵まれ、気持ち良くドライブできました。


2021後半

2021-12-29 13:56:51 | 神社 古代

もう年末ですね。コロナ禍ながら、今年後半、諏訪、伊勢、奈良とまわることが出来ました。

誕生日に諏訪へ。

諏訪大社4社の中で一番好きな前宮。御柱。

前から行きたかった神長官守矢資料館へも漸く。御頭祭で有名なコレです。

諏訪は、フォッサマグナと中央構造線が交わる所であり、縄文、弥生、出雲、大和、物部、戦国、ユダヤ(?)がごちゃ混ぜになっていて、俺みたいな変人にとっては魅力の尽きない場所です。因みに、諏訪大社から始まって豊川稲荷や伊勢神宮、四国の剣山(失われたアレや~)、熊本の幣立神宮まで、メジャーな神社が中央構造線上にあるというのは、今更、誰でも知ってるか。でもでも、空海がアレした四国48か所のお寺さんは、全て剣山が見えない場所に建てられているというのは、割と知られていないかも。あー、妄想が広がるわ(笑)。

11月には、伊勢、奈良への一人旅。

今年は2回の神宮参拝が叶い感謝です。

以前に比べて参拝者も増えてきているようですね。

翌日は酷道368号線を通って奈良へ。いやいや、此処はホント”酷道”だった。今、シャトルに乗っているのですが、これより車幅が広い車は無理だと思う。さてさて、酷道を抜けてたどり着いたのが御杖村。倭姫さんが、天照大御神の御杖代となって旅をしている時に一時期いらした所。倭姫さんが置いていかれた杖が御杖神社のご神体とのことで、そこから御杖村となったとか。御杖神社、前から行きたかったのだけど、行き方もよう判らんしって感じだったのだが、偶然、参拝出来て、ホント、感謝です。

奈良・三輪山の麓から伊勢・五十鈴川の神宮まで、倭姫巡幸の跡地にある神社を元伊勢といい、自分も奈良、京丹後等、幾つかの元伊勢を参拝したのだが、この御杖神社がこれまでで一番倭姫さんを感じれる場所でした。全国、まだまだ、良い神社がいっぱいあるということを実感。

2年ぶりに、大和三山へも。天香久山神社。

神武東征の折、此処の土でなんちゃらを作って祈ったところ、その後、神武天皇は連戦連勝したとの神話がある。古事記の天岩戸神話では、天児屋根命が此処に生えている波波架の木で占ったとあり、今上天皇の大嘗祭でも、この木の一部を切って使ったそうです。

天児屋根命とくれば、まあ、春日大社やね。

個人的に、奈良へ行ったら此処は寄らんわけにはいかんので(笑)。

もう、すっかり秋でした。少し古代史を知っている方から見れば、諏訪(建御名方神)から始まって、春日大社(建御雷神)で終わるのもど~よって感じですが、今年も八百万の神に感謝、感謝です。

皆さん、良いお年を。


今日は

2020-02-11 08:08:24 | 神社 古代

時々アップしないと消されてしまうので、何か書こう。

今日は建国記念日。自分の記憶が正しければ、子供の頃、学校で”憲法の草案を考えた日”と習ったような?子供心に違和感を覚えたというか、”草案を考えた日なんて、何時だか判るわけないやろ?”って思った。ホントは、初代天皇・神武天皇が橿原に都を開いた日(建国した日)なんだけど、戦後レジームというか・・・親も先生も大人たちはマスゴミを丸々信じていた頃の話。

何年か前に神武天皇陵を伺ったのだが、凄いと思った。

広いというか、綺麗に整備されているとかそういうのは勿論なんだけど、

そこそこ有名な神社や所謂パワースポット(この言葉 大嫌いなんだけど)よりも強い氣に満ちていた。

こう言っちゃあ失礼なんだど、禍々しい位で三重に封印されている感がした。

下のPicは最初に国と言える程に体制を造った第10代天皇・崇神天皇陵。この方も、国を造る過程でいろいろあったみたいで、疫病は流行るし、大物主さんに祟られるし、鏡は夜中に光るしで、まあ、お名前が”神に祟られる”だもんね。それで怖くなって、それまでは皇居にあった八咫鏡(三種の神器)を全国いろいろ持ちまわって(倭姫さん)、結果伊勢神宮の地に落ち着いたのは有名な話。

”疫病が流行る”で思い出したけど、中国の王朝って、滅びる時は大概、疫病が流行るんだよね。それ以上は言わん。(笑) 話が飛び飛びでアレだけど、崇神さんの皇居があった大神神社周辺、檜原神社、伊勢神宮を何度もまわると、”あ~、一緒だわ~。”って感じる。大和朝廷によって滅ぼされた民が祀っていた神が伊勢に鎮座するという予想はそんなに外れてはいないと思う。天皇陵は、特に。普通って感じでした。

最後は、天武・持統天皇陵。夫婦仲良く眠っています。天武天皇は、壬申の乱を勝ち抜き、日本という国の形を整えた方。それまでは、日本というよりかは、大和(倭)だから。奥さんの持統天皇を含めて賛否両論あろうけど、白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗して国家存亡の危機にあったこの国を救ったことには間違い無いでしょう。天武さんは、陰陽師というか奇門遁甲に詳しかったとかで、この御陵は八角形なんだよね。

古代には悲し歴史もあったであろうし、神武天皇が何処から来た何者なのか興味は尽きませんが、この国を大切に思う気持ちに変わりは無いですし、紀元節の今日この日に、古の英雄たちに思いを馳せるのも悪くはないかと。


今年もあっと言う間

2019-12-30 10:59:35 | 神社 古代

今年もあっという間に終わった。今し方、玄関、神棚の掃除を終えたところです。15年ほど前の12月にこの家に越してきて、最初に回ってきた回覧が神宮大麻購入の記入用紙で、、”へ~、新興住宅地でありながら皆さん神棚あるんだ。”って思って、慌ててホームセンターへ神棚を買いに行ったのを思い出します。その頃、ホントにお金がく、数千円の安っすいのを選びました。伊勢式とか出雲式なんていう知識も無く、ましてや千木や鰹木なんて言葉も知らなかった。今もずっと其れを祀らせて頂いています。不思議なのは、毎年この時期に神棚の掃除をするのですが、殆ど汚れがないこと。部屋自体は、毎週掃除をしているが、結構埃が溜まるんですがね~。俺にとっては大切な神棚です。

今年も色々な神社を詣でることが出来き感謝の極みですが、ブログに載せていなかったのを何か所かピックアップ。

京丹後の新井崎神社。徐福上陸伝説の残る神社です。

神社から海を望むと冠島、沓島という小さな島が見える。この名は神仙思想に由来するものらしく、徐福はともかく、太古、大陸からこの地に文明をもたらした人、或いは集団が居たのでしょう。京丹後の海はとても魅力的で、陸に向かってくる船団が頭に浮かぶんです。(笑)

 

浦島太郎伝説発祥の地、浦島神社。大きな亀の甲羅がありました。京丹後は今年で3度目ですが、古代史好きにとっては何度でも訪れたい地。大陸、出雲、大和それぞれにとっての重要ポイントだったことが解る地です。

乙女神社。天女伝説が残る地。

 比沼麻奈為神社。元豊受・元伊勢神社です。昨年に続き、今年も宮司さん夫妻にいろいろお話を伺うことが出来ました。今年は雨上がりの社殿で宮司舞を舞って頂きました。誰も居ない久次山側の境内に雅楽が流れ、ん・・・、正直、神の降臨を感じたんだわ。何か奇跡が起きたとか、声が聞こえたとか(笑)、別にそんなんじゃなくて、境内に、いや山全体が、ただただそこに有るという感覚。感謝だとか贖罪だとか、そんなのでも無く、ただ有るということの認識。今となっては記憶でしかないけども。京丹後の元伊勢というと某神社が有名ですが、元豊受ということについては、私は此処だと思っています。ホツマツタエでは久次山はとても重要な山ですし。とても大好きな神社ですし、宮司さん夫妻も素敵な方なのですが、ホントはあまり人に知られて欲しく無いという気持ちもあります。

 伊根の舟屋。此処でゆっくりと過ごす時間も金も無いんでね~。Pic撮っただけ。

 福井の足羽神社。継体天皇縁の神社。継体天皇以降はほぼほぼ文献等が揃っており、史実としての皇室の歴史ということになるそうですが、まあ謎の多い天皇さんです。この社紋(三光の紋)も興味深い。太陽、月、北極星を表すとか。

 鈴鹿の伊勢国一宮椿大神社。

 能登の天日陰比咩神社。ここは全然知らなかったけど、実際に行ってみたらとても良い神社でした。

能登の真脇遺跡。大好きな場所。縄文に帰りたい!(笑)

 三重県・明和町の斎宮跡。斎王・斎宮について書こうと思ったけど、面倒だからやめた。(笑)

 言わずと知れた神宮・外宮。今年は3回、伊勢の神宮へ。いろいろ用事があって、外宮3回、内宮は2回。伊雑宮、倭姫宮、月夜見宮も参拝のご縁に恵まれました。令和云々とは全然関係無く、プライベートな用がありましたので。今月の参拝時には、外宮、内宮で今年を何とか過ごせた事、御礼をしてきました。伊勢神宮にはおみくじが無い。神宮を参拝できただけで幸運ということらしい。最近は伊勢に来れただけで、心から”あ~、ありがたや~。”って思う。今年も何とかやってこれたこと、日本の神々に感謝です。

あと一年、いや最低あと7ヶ月の辛抱だ。来年はがんばるぞ!!!


皆神山 良い

2019-09-15 08:13:52 | 神社 古代

お盆休みを利用して予てから行きたいと思っていた皆神山へ行ってきた。

いろいろな分野で有名な山です。松代群発地震の震源地だったとか、夜中に山が光ったとか、第二次大戦末期に山の中に皇室の避難所を建造していたとか、大本の出口王仁三郎が世界の中心であると行ったとか、竹内文書に出てくるとか、酒井勝軍が日本のピラミッドであると言ったとか、オオサンショウウオが生息しているとか、UFOが出やすいとか・・・、まあ、書き出したらきりがない。

結論から言えば、非常に気持ちの良い清々し山でした。全国いろんな神社を参拝しているのだが、これほどの所は数える程しか無いという感じ。余りにも良い場所だったので、先週の日曜日、急に思い立って、また行ってきた。(なのでPicは2回分がごちゃごちゃです。)

山の麓の看板。最初にこれを見た時は、正直、”おいおい、ヤッパだいぶやばいぜー。”って思った。

山の途中にある岩戸神社。天岩戸絡みの場所は全国何処にでもありますが、此処は古代人の横穴式墳墓の予想。

山頂の皆神山神社に入った瞬間、いや駐車場に着いて車を降りた瞬間に、これまでとは全然違う空気。唯々良い、気持ち良い。

侍従大神の墓碑。実在された方で、皆神山の修験道を完成された人。亡くなられる時に、”何だろうと、俺に願えば叶えてやる!”と言われたとか。もう、この辺りから空気が違うのよ。

主祭神は熊野出速男神。建御名方神の息子なので、諏訪の神さまも祀ってあります。熊野ってことはやっぱ修験道との関係が強いのでは?

オカルトファンが大喜びしそうな所謂カゴメ紋。六芒星と菊花紋を組み合わせたもの。日ユ同祖論好きの人も狂喜でしょ。

出口王仁三郎の碑文。王仁三郎は、此処皆神山で須佐之男さんの啓示を受けたとか。

木花之佐久夜さんを祀った社殿の後ろの不思議な穴。なんか、凄いらしい。テラサイトっぽ石が置いてある。何でもありやな~。

ちょと変わった狛犬。この辺りが一番気持ちよく感じた。もう~、ずっと此処に居たいような感覚になった。

神門を守る像の下には十字架。世界中の神様が集まるから皆神山?

何が書いてあるのかほぼほぼ解らない。ともかく、凄い所ということ。

ちょっとふざけた事も書いたけど、まあ、何度も言うけど気持ちがよく、ず~~~と居たい気分になる場所。多分、古代からの聖地なのでしょう。社殿や碑、像等は人間が造ったもの。それを見て、○○の神があ~とか、□□人も~というアレは自分には無い。他の神社でもそうなんだけど、神宮の神明造等の一部を除いては、社殿にはあまり興味がない。神社のある場所というのは、太古から何らかの意味がある場所なんだろう。そういう場所の雰囲気を感じるのが好きで神社へ詣でる。不敬な言い方になるけど、ここは当たり。地元の方が交代で清掃されているみたいで、頭が下がります。何度でも、来させて頂きたいと思う場所でした。


2月のことだけどもさ

2019-06-16 15:45:05 | 神社 古代

昨年からインスタばかりやっていて、すっかり書き忘れていたが2月に奈良へ行ってきた。仕事が、会社が、もうどうにも我慢できなくなると奈良か伊勢へ逃避する。まあ、伊勢は息子絡みもあるんだけど。

インスタはバエるようにPicを加工するけども、こっちは修正せずに。

唐古・鍵遺跡。巻向が発見されるまでは、邪馬台国の比定地として盛り上がっていた場所。邪馬台国、どこなんでしょうね。自分の中では、2年周期くらいで奈良⇔九州と変わっています。まあ、奈良であった場合は、狗奴国が大和朝廷(神武系)で、それによって邪馬台国は滅んだとすれば、いろんな話が辻褄があってくるんだけど。

最近目にした説で、”巻向に日本最初の連合国家みたいものができつつあった時に、九州では別途邪馬台国が魏とあれしていた”いうもの。九州の一小国とすれば、邪馬台国、卑弥呼と大騒ぎすることでもないかなって思います。

大神神社。奈良へ行ったら絶対に参拝する神社。一般的には、御祭神の大物主さんと出雲の大国主さんは同一神とされていますが、まあ、そこそこの神社ヲタは、”それは違う、大物主さん=ニギハヤヒさんだあー!”って言いますわ。ニギハヤヒさんと瀬織津姫さんが出てくると、スピ系が沸いてくるので、あまり書きませんが・・・(笑)

檜原神社。元伊勢。実際、大神神社、檜原神社、伊勢の神宮へ何度も詣でると、”あ~、一緒だわ”と感じる。崇神天皇の御世に、皇居にあった天照大御神のご神体を恐れ多いとして、倭姫さんが全国各地を回り最後は伊勢に御鎮座されたというお話。”天照大御神は皇室の祖神ではなく、神武系によって滅ぼされた民が祀っていた神”というのがここ数年の神社探訪と乱読から導いたモレの結論なんだけど、これも狗奴国が云々だとスッキリするし、そこそこ大まかなストーリーが繋がるんだけどな~。今回、倭姫さんが巡られた跡地にある名も無き元伊勢神社をまわったんだけど、たぶん、誰も知らんと思うからPicは割愛。

天香久山にある天岩戸神社。天香久山は大和三山の一つで、”神武天皇がここの土でなんちゃら作って”という神話がある場所なんですが、ここに三つ鳥居があるということは凄いことなんですよ。大神神社、檜原神社の三つ鳥居は有名ですが、ここは意外に知られていない。

天香久山の山頂にある国常立尊と瀬織津姫尊を祀る祠。やっは、ここにこの二神が祀られているということは、この国は深いわ~。

室生龍穴神社。ここから数キロ山へ行くと、龍が住むと言われる川と穴があります。良かったです。いろいろな神社へ行くと、大概はその奥宮が存在するのだけど、大方結構な細い山道なんですわ。今の愛車の走行距離は14万キロを超えており、次はジムニーにしようかと思っています。

石上神宮。奈良へ行った時は、大神神社、大和神社、檜原神社、石上神宮は必ず行く。石上神宮は古代の武器庫と言われており、物部氏好きの人に人気がありますねえ。”起死回生を願うならここ!”と言われていますが、自分は神社で別に何かを願うわけでは無く、何つうか、来れただけでも嬉しいのですわ。整理しきれていないPicがいっぱいあり、その気になったらまた。(笑)


奴奈川姫の産所

2018-09-24 13:00:39 | 神社 古代

糸魚川の山の方にある「奴奈川姫の産所」という所へ行ってきた。

2週間程前に天津神社へ行った時に行けば良かったんだけど、その時は眠くなったので帰ってきた。最近、神社へ行くと帰りは眠くて眠くて。(笑)能生ICを降りて、山の方へ車を走らせて10分くらいかな。途中から道はどんどん細くなり、”車で行けるのか?”という思いが過ったんですが、何とか駐車場までたどり着けました。興味のある場所がよりコアな場所になりつつあり、毎度、着くまでが不安なんです。

車が3台ほど止めれる感じかな?一応、駐車場って小さい看板が立っているので安心。ここから、山の方を目指して10分ほど歩く。この時期は当然”熊注意!”の看板(張り紙だったかな?)があります。そういうこともあろうかと、愛犬を連れてきた。彼の戦闘力は(弱)ですが、鼻が利くから熊が近くに居たら俺よりは先に気が付くかと期待。

ここが奴奈川姫生誕の地と言われています。数メートルの巨岩が重なり合って、天然の祠みたいになっている。磐座信仰というか、俺、巨岩を見るだけで萌え~ってなる。来れて良かった。空気が澄んでいる。

更に数メートル上の方に、ご神体とみられる巨岩。要は、上が男性、下が女性のそれを表すのでしょう。現在、この場所は子宝・安産祈願の場所になっているそうです。(僕は、もう全然関係ないけど。)こういう巨石、奇石が人工的に造られたものなのか、自然に出来たものなのかは判っていないらしい。原始的な信仰というか、こういう場所は大好きです。我が家の愛犬も、ここへ来てからは終始笑顔。野生の本能をくすぐるのか?まあ、山の中の初めての場所へ来て、いろんな匂いがあって興奮しているだけなんでしょうがね。(笑)

能生ICの側まで戻って、能生白山神社へ。何度も参拝させて頂いていますが、正直、ここを目的として来たことは無いのです。毎度、何処かへ寄った帰りにたどり着いてしまうので、最近は側へ来た時は寄らせてもらうことにしています。

 


天津神社

2018-09-22 07:40:23 | 神社 古代

越後国一宮。糸魚川に鎮座。

ここは、内田康夫さんの「夏泊殺人岬」でも出てきますね。伊勢にある某大学の雅楽部の合宿で殺人事件が起きるという話。サスペンスというよりも、昭和の恋愛感情を思い出させてくれるので、好きな小説です。原作は面白かったんだけど、橋爪さん主演でドラマ化されたのはイマイチだったな。

天津というから、御祭神は当然ニニギさんです。天孫降臨です。但し、土地柄、元々の御祭神は奴奈川姫様であろうことは、古代史好きの方なら容易に思いつくことであるし、拝殿前に「天津神社・奴奈川神社」と標記されていました。夏に丹後方面を訪れてから、出雲~丹後~越関連の割と専門的な本を漁っています。これも割と当たり前に言われていますが、古代においては、翡翠が産出する姫川流域は出雲圏。神話でも、大国主さんと奴奈川姫さんの息子さんが諏訪大社の建御名方神さんとされています。一般的には、天津神系・大和朝廷側に対して国津神系・出雲側は悲劇のヒーロー的なイメージなんです。がっ、その出雲圏であった、いや、出雲圏に取り込まれた諸地域にもいろいろな悲劇があっただろうよと思う。越国は出雲に取り込まれ、その出雲は大和に取り込まれ、その大和(日本)は未だアメリカの属国であるっつ~か。だから、どうだという結論も無いのだけどさ。ここ数年で、「記紀」や「旧事本紀」等の一般的なものから”ホツマ”や”竹内文書”絡みのトンデモまで一通りのメジャーは把握出来たかなと思っています。最近は、地方伝承的なリアル古代の名も無き日本人たちの歴史に興味が移りつつあり。

拝殿後ろにひっそりの鎮座する「奴奈川神社」。古代の土着の姫様は、何を思ふ。