ベートーヴェン:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
ヴァイオリン:ダヴィッド・オイストラフ、ピアノ:レフ・オボーリン
録音:1962年 英デッカ、フィリップス盤
ピアノソナタを1番から32番まで毎日一曲ずつ聴き始め、ついでピアノトリオ全10曲+α、ときて、こんどはヴァイオリンである。
考えてみると有名な2~3曲以外、まともに聴いていなかったかもしれない。そこがピアノの場合とちがう。
聴きだすとあれっと思った。ベートーヴェンずいぶん迷っていいるな、苦労しているなということである。最初の3曲は作品12の1,2,3 であのピアノの作品10の1,2,3に比べると、手さぐり感がある。ピアノについては効果的だし、聴きどころがあるものの、ヴァイオリンはいくぶん弱い。第3番で少し見えてきたというところだろうか。
そして作品23の第4番は次にくる第5番作品24「スプリング」の準備に入ったという感があって、このあたりからヴァイオリンが表に立ち始め、今回これは傑作と思った第7番作品30の2を経てあの第9番作品47「クロイツェル」に至る。そして第10番は作品96だからピアノソナタの最後の方に近いけれど、あのあたりに共通するある種の軽さと深さのうまいバランスを感じた。
そこで気がついたのだが、このアルバム(輸入盤)のタイトルはなんと「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」なのである。英語、ドイツ語、フランス語の解説すべてがそうであった。原典の楽譜がどうなのかはしらないが。試しにチェロのソナタの録音をいくつか見てみたが、こちらは単にチェロソナタとあって、ピアノは伴奏と見ているのかもしれない。
この録音もオボーリンのピアノは雄弁であり、第1番から後、通じて音も大きくよく聴こえる。そこにいくとソリストとしてのランクはより高い、当時世界指折りの奏者だったオイストラフの音はそうでもなくて、上記のように第4番あたりから少し目立ってきて、さすがに「スプリング」ではその美しく決して歪まない伸びやかな美音、とりわけ見事なレガートが、聴くものにしみてくる、という感じにようやくなってくる。
オイストラフはすべてベートーヴェンの書いた楽譜にまかせ、信頼して弾いていった、それは聴き進むにつれて結実していった、ということだろうか。10曲をまとめて録れたから出来たのかもしれない。そして今回こういう聴き方をしたからよかったのかもしれない。
とはいえ、録音については、もう少しヴァイオリンをオンにしてほしかった。聴くものとしては。
このあと、思い出してオイストラフ(1908-1974)がこの少し前(1958)に録音したヴァイオリン協奏曲作品61を久しぶりに聴いた。CDも持っているけれどあえてアナログLP、オーケストラはアンドレ・クリュイタンス指揮フランス放送局管弦楽団である。
あっやっぱりという感で、このソナタの解釈がもとにあって、それらより少し後にできた協奏曲のこの柔らかい美しさ、それがたっぷり続いて最後大きな感動、満足感に至る、これ以上ない名演だと思う。それに指揮がクリュイタンスとは、なんという名配役。
ヴァイオリン:ダヴィッド・オイストラフ、ピアノ:レフ・オボーリン
録音:1962年 英デッカ、フィリップス盤
ピアノソナタを1番から32番まで毎日一曲ずつ聴き始め、ついでピアノトリオ全10曲+α、ときて、こんどはヴァイオリンである。
考えてみると有名な2~3曲以外、まともに聴いていなかったかもしれない。そこがピアノの場合とちがう。
聴きだすとあれっと思った。ベートーヴェンずいぶん迷っていいるな、苦労しているなということである。最初の3曲は作品12の1,2,3 であのピアノの作品10の1,2,3に比べると、手さぐり感がある。ピアノについては効果的だし、聴きどころがあるものの、ヴァイオリンはいくぶん弱い。第3番で少し見えてきたというところだろうか。
そして作品23の第4番は次にくる第5番作品24「スプリング」の準備に入ったという感があって、このあたりからヴァイオリンが表に立ち始め、今回これは傑作と思った第7番作品30の2を経てあの第9番作品47「クロイツェル」に至る。そして第10番は作品96だからピアノソナタの最後の方に近いけれど、あのあたりに共通するある種の軽さと深さのうまいバランスを感じた。
そこで気がついたのだが、このアルバム(輸入盤)のタイトルはなんと「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」なのである。英語、ドイツ語、フランス語の解説すべてがそうであった。原典の楽譜がどうなのかはしらないが。試しにチェロのソナタの録音をいくつか見てみたが、こちらは単にチェロソナタとあって、ピアノは伴奏と見ているのかもしれない。
この録音もオボーリンのピアノは雄弁であり、第1番から後、通じて音も大きくよく聴こえる。そこにいくとソリストとしてのランクはより高い、当時世界指折りの奏者だったオイストラフの音はそうでもなくて、上記のように第4番あたりから少し目立ってきて、さすがに「スプリング」ではその美しく決して歪まない伸びやかな美音、とりわけ見事なレガートが、聴くものにしみてくる、という感じにようやくなってくる。
オイストラフはすべてベートーヴェンの書いた楽譜にまかせ、信頼して弾いていった、それは聴き進むにつれて結実していった、ということだろうか。10曲をまとめて録れたから出来たのかもしれない。そして今回こういう聴き方をしたからよかったのかもしれない。
とはいえ、録音については、もう少しヴァイオリンをオンにしてほしかった。聴くものとしては。
このあと、思い出してオイストラフ(1908-1974)がこの少し前(1958)に録音したヴァイオリン協奏曲作品61を久しぶりに聴いた。CDも持っているけれどあえてアナログLP、オーケストラはアンドレ・クリュイタンス指揮フランス放送局管弦楽団である。
あっやっぱりという感で、このソナタの解釈がもとにあって、それらより少し後にできた協奏曲のこの柔らかい美しさ、それがたっぷり続いて最後大きな感動、満足感に至る、これ以上ない名演だと思う。それに指揮がクリュイタンスとは、なんという名配役。