メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

山田風太郎「あと千回の晩飯」

2023-11-20 09:27:38 | 本と雑誌
あと千回の晩飯 : 山田風太郎 著  朝日文庫
 
山田風太郎(1923‐2001)は流行作家でその名前をよく耳にしていたが、作品を読んだことはなかった。それが「あと千回の晩飯」というエッセイ集の評判をみて読んでみる気になったのこの文庫の奥付からしておそらく20年ほど前だろう。
表題部分は1994年に朝日新聞に連載されたらしいが、当時同紙を購読していたのに読んだ記憶がないのは迂闊だったのだろうか。
 
それはさておき、なにか読むものはないかと書棚をながめていて再読する気になった。多分私の歳のせいで親しみを感じるようになったのかもしれない。
 
著者は私とちがって、夕食時に飲み(ここは私も同じ)、夜あまりよく寝られずに朝また飲みだすという生活を続けていた、それでよくあれほどの多作をものしたと思うのだが、それで病を患い体調悪く、主に糖尿病で入院させられ、食事療法でなんとか血糖値も下がって(このあたりは素直に従う)相当痩せて(痩せすぎ)退院するがまたもとのような生活になり、というわけで不健康な状態。それでも無頼をいうような感じではなく、暗い感じでもない。
  
そんな著者が74歳で、そもそも人間は50歳くらいで子孫を残すことは終わり、15年くらいは子供の面倒をみるとすると(昔の元服が15くらいだから)65歳がある意味平均寿命だから、この歳まで生きてきたのはまずまず、あと千回くらいの晩飯(つまり3年くらい)だと思って、その献立でも考えてみよう、という考えで書き始めたようだ。
 
だから著者の食生活、飲酒生活、記録に残っている文豪の食卓などについても書いているけれど、それに加えて死生観、対社会など、自由におもしろおかしく書いているのがいい。これだけ売れた著者のポジションは相当なものだが、だからといって構えたところはなく、言いたいこと、自由な評価など、読んでいて楽しい。
 
夏目漱石、森鴎外の食卓は質実、少量(そのころはあるていど裕福でもこんなものだろうと著者は書いている)である反面、34歳で死んだ正岡子規が病んでいてもまあとにかく大食だったのには驚かされる。それだから日本の野球の草分けになれたのだろうか。
 
また江戸川乱歩の葬式(1965)の記述を読むと、当時の関係者、主に推理小説の世界の弟子などの名前が続々て出てきて、ああそうだったのかと思う。弟子筋に著者、松本清張、高木彬光、横溝正史、、、そして香典の額をどうするかの相談、公務員初任給が2万円ちょっとのときに5万円(いまなら50万円に相当)となったが、横溝正史は特に売れていたからか10万円だったそうな。やはりこういう世界は高額。
 
乱歩の二日後、著者が尊敬する谷崎潤一郎が逝去、この人は美食家だった。ちょうどそういう時代。
著者は79歳で亡くなった。

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