「「黄金のバンタム」を破った男」 百田尚樹 著 (PHP文芸文庫)
昭和30年代、そして1960年代、ボクシングは日本国民の大きな関心事だった。昭和29年に白井義男が世界フライ級のタイトルを失って後、8年間、日本にチャンピオンは不在だった。今とちがって8階級しかなく、ボクシングの世界協会も一つしかない時代である。世界チャンピオンはわずか8人だった。だからチャンピオンの価値は、今のように80人近くいる時とはちがい、各段に高い。
そういう飢餓状況で、昭和37年(1962年)、その「男」ファイティング原田がフライ級のタイトルに挑戦して、ポーン・キングピッチ(タイ)からタイトルを獲得する。その前後、なんとも不思議な偶然的な事件、そして縁が重なっている。
多くの内外のボクサーが交錯するが、その名前のほとんどを記憶していることからも、当時のボクシングのステイタスの高さを再認識した。
登場する内外のボクサーのほとんどを記憶しているし、プロモーターやレフェリーにも覚えている名前がある。相撲で幕内力士をほぼ全部覚えていたから、それに近いものだったのだろう。
細かいことで、ああそうだったのかと納得することも多い。確かにボクシングは、今のように格闘技の一つとして扱われているのとは違って、本当に国民の一大関心事だった。
ここで「黄金のバンタム」とはエデル・ジョフレ(ブラジル)で、この人とジョー・メデル(メキシコ)は本当に強かった。
詳細な事実をよく調べて盛り込んでいるから、当時の記憶はよく蘇る。ただ、登場人物への入り方は、ストーリー・テリングとしてはちょっと物足りないところがある。たとえば沢木耕太郎「一瞬の夏」と比べて。