あの日。
智は何か言いたげな視線を自分に向けていた。
でも、智は何も言わなかった。
そして自分もその視線を感じながらも何も言えなかった。
そして帰り際にも智は何か言いたげな目で見つめた。
でも、やっぱり智は何も言わなかった。
そしてやっぱり自分も何も言えなかった。
その綺麗な顔でまっすぐに見てくる視線になぜか気恥ずかしさを覚え何も言えなかった。
智は視線を向けた後、少し怒ったような表情になり、ぷいと後ろを向いてしまった。
そして送るから、という言葉にも迎えに来てもらうから大丈夫だと、
そう言って一度も振り返る事もなく走って行ってしまった。
その姿をただ呆然と立ち尽くしたまま見送る。
そしてあれから3週間が過ぎた。
何度も智と連絡を取ろうと思ったがどうしても勇気が出なかった。
どれだけへたれなんだ?
あれだけ何か言いたげな表情をしていたのに何ひとつ聞けなかった自分。
そして今だ連絡できない自分。
へたれすぎると思いながらもやっぱり連絡する事ができない。
逢いたい逢いたいと思いながらも、このままでいいわけはないと分かっていても何も行動できない。
淡々と日々だけが過ぎていく。
仕事にも身が入らず小さなミスを繰り返し、同僚から、らしくないと心配もされた。
確かにこんな事はじめてだ。
今までどんな恋愛であろうと何であろうとも私情を仕事まで引きずった事はなかった。
そして家に帰るとDVDやTVで智の姿を追い求めながらため息ばかりを繰り返した。
画面で見る智は相変わらず圧倒的な美しさでキラキラと輝いていた。
本当にこの人と一緒に過ごしたんだっけ?
この家にもきたんだっけ? そして、キスも…
とても信じられなかった。
今となっては夢だったような気さえしてくる。
でも。
もう一度逢いたい。逢いたくてたまらない。
でも、逢えない。
そんなうつうつとした日々を過ごしていたある日。
突然見知らぬ番号から着信が入った。
「……櫻井さんですか?」
「はい、そうですが?」
一体誰だろう。
「あの、俺、あいばって言います」
「……?」
あいば?
あいばって智の頬にちゅうしてた、あいば?
智と同じアイドルの?
何故突然そのあいばさんが電話をしてきたのだろう。
もしかして智に何かあったのだろうかと不安が頭をよぎる。
「……前に一度おおちゃんと」
「はい。憶えています憶えています」
遠慮がちに話す声に慌てて返事をする。
「……突然の電話ですみません」
「いえ、大丈夫です。それより…」
智の身に何かあったのかと心配で先を急ぐ。
「……あの、おおちゃんと喧嘩でもしましたか?」
「…え? 何 で?」
思いがけない突然のその言葉。
「おおちゃん、あなたと逢ってから凄く元気になって…」
「……」
会話が読めなくて黙ったままでいると、あいばさんが少しづつ話しだす。
「おおちゃん、ちょっと色々あって、ずっと元気がなくて心配していたんですけど…」
「……」
「でもあなたと出会った頃から急に笑顔が見えるようになって…」
「……え?」
思いがけないその言葉に思わず声が裏返った。
「で、あなたの話ばっかりしてたんですけど…でも急にまた最近元気がなくなってしまって…」
「……」
「だからつい喧嘩でもしたのかと心配で…。で、悪いとは思ったんですけどおおちゃんのを見てかけてみたんです」
「……」
「勝手な事をしてすみません」
返事をしなかったので怒っているのかと思ったのか神妙な声で謝られる。
「……あの、あいばさん。電話でなくて、どこかで逢ってお話できませんか?」
電話ではなく直接会って相葉さんから話を聞きたかった。