yama room

山コンビ大好き。

ブログではなくて妄想の世界です。

きらり

Song for me 4

2016-08-02 17:28:00 | Song for me






今日から大野さんが出勤してくる。


なぜかそれをソワソワしながら待っている。



大野さんから何か言ってくるのではないかと


どこか期待しながら待っている。





イライラしてムカついていたはずなのに




その姿が現れるのを今か今かと




緊張しながら、待っている。











あの日はただ同僚の家へ頼まれたものを届けに行っただけなのに
そして言われた通りパソコンの設定をしただけなのに
何だかまるで二人だけの秘密を共有したかのような
そんな気分になっている。


大した話をしたわけでもない。
特別な事をしたわけでもない。


でも、その時の事や大野さんの顔を思い出すと
ちょっとくすぐったいような嬉しいような
それでいて恥ずかしいような
そんな変な気分になる。


でも、その反面。


謎が増えてしまったも確かだ。
大野さんの家庭の事情
大野さんの言った言葉の意味。


大野さんの事は気にしないように
見ないようにしていたのに
あれからずっと大野さんの事を考えている。


そして大野さんが自分に話しかけてくるのを
今か今かと緊張しながら待っている。







大野さんの姿が見えた。


あの日以来だ。


何だか不思議な気持ちでその姿を見つめる。


あの日までは仕事場で会うだけのただの同僚だった。
そのただの同僚であった大野さんの自宅を訪れ
そして部屋に入り、お茶を飲み
大野さんの家のパソコンを設定した。


その全てが夢だったような気さえする。


大野さんの顔をじっと見つめた。
大野さんは気付かない。


今まで気にして見ていなかったけど
綺麗な顔をしているなと思う。
小さく整った唇。
鼻筋が通った綺麗な鼻。
バランスの良い顔立ち。


特に愛想がいいわけでもない。
明るく挨拶をするわけでもない。
でも、なぜかそこだけ空気が変わる。
自然と周りの人が寄ってくる。
そんな不思議な雰囲気を持った人。


そして今もまた、大野さんが現れると
休んでいたせいもあるのだろうか
次々と人が寄ってきて話かけている。







そしてその中に一人。
一際親しげに大野さんに話しかける人がいた。


高山さんだ。


高山さんは大野さんが休んでいるときに異動で入ってきた人で
どうやら二人は同期らしい。
二人がお互いの存在に気付き何やら
めちゃくちゃ盛り上がっている。


確かに同期の存在は他の同僚と違って何か特別な存在だ。
研修などでもなにかと一緒になる事も多いし横の繋がりもある。
だから親しげにしていても何ら不思議な事はない。
でも、何だかちょっと面白くない。


これまでも大野さんは自然と人が寄ってきて
話しかけられる人ではあった。
でも高山さんは何か違う。
同期のせいかやたらなれなれしくてスキンシップも多い気がする。
何だかそれを見ると無性にイライラした。


今まで大野さんが他の同僚などに話しかけられているのを見ても
楽しそうに笑っているのを見ても何とも思わなかったのに
高山さんと一緒にいるのを見るとなぜか無性にムカついた。


大野さんは自分の視線には全く気づかない。
何だかイライラしてムカついた。










そして結局この日は大野さんと話をすることもなく
そのまま大野さんは定時で帰ってしまった。


なんとなく大野さんから一言くらいあるかなと
多少期待していたせいかがっかりしている自分がいる。
イライラしてムカついていたはずなのに
何もなく終わってしまった一日を
残念に思っている自分がいる。






そしてそうこうしているうちに一週間が過ぎてしまった。


自分も外勤が入ったり打ち合わせなどで忙しく
あわただしい毎日だった。
大野さんも休んでいた分が一気に押し寄せているみたいで
忙しそうだが淡々と仕事をこなしていた。






そんな毎日。











昼休み。トイレで手を洗っていると人が入ってくる気配がした。
それが大野さんだとすぐに気づいた。
大野さんの方は、全く気付かない。
手を洗いながらじっとその姿を見つめた。


あれから10日以上が過ぎていた。


そう言えば以前もこんな事があったなと思う。


あの時は大野さんが手を洗っていて自分が後から入ったんだっけ。
そんな事を思い出していたら大野さんが自分の存在に
気付いたみたいで近寄ってきた。


「ごめん、ずっとお礼を言えてなかったけど
あの時は届けてくれてありがとう。パソコンも…」


そう言って大野さんがニコッと笑った。
その無邪気に笑う笑顔に胸がきゅっとなった。


なぜだろう。ずっと大野さんからこうして自分に
話しかけてくれるのを待っていたせいなのだろうか
その笑顔に胸がきゅっとなる。


そして大野さんの方も、やっと伝えられたと思っているのか
どこかほっとしたような表情をしたように見えた。


「いえ、お役に立てて嬉しいです」

「んふふっほんと凄く助かった~」


大野さんが可愛らしくそう言って笑った。
その姿にまた胸がきゅっとなった。









「あ、あの、でも…」

「……?」


何だかこのまま会話を終わらせてしまうのは
もったいないような気がした。
それにあの時言った大野さんの言葉の意味も確かめたかった。


「でも、あれから大野さんの言ってた言葉の意味をずっと考えてました」

「……え?」


だから大野さんが満足し歩き出そうとしたところを
待ってと話しかける。


大野さんが立ち止まり何だろうと真っ直ぐな視線で見る。


「大野さんが言っていた、子供が持てない人生ってどういう事だろうって」

「あー」


ずっと考えていた。
どういう意味なのか。
どういう考えがあってそう言ったのか。


「それって、もしかしておたふくの事ですか?」

「へ?」


ずっと考えて考えて一つ思い当たることがあった。


でもそれを言うと、大野さんがきょとんとした顔をした。
あれ? もしかして違った のか?


「いや。こないだ伺う時におたふくになったことがあるか
確認してから行くようにってしつこく言われていたので
気になって調べたんです。それで…」

「んふふっおたふくは全然関係ないよ」

「そ、そうなんですか?」


大野さんがおかしそうにクスクス笑った。
そんなに変な事言ったかな?
大人になってからおたふくになると男の人は不妊症になる事があるって
書いてあったから絶対これだって思ったけど違かったのか。


大野さんがよっぽどおかしかったのか
クスクスと可愛らしく笑い続けている。


「何を言い出すのかと思ったら」


そう言いながらいつまでもおかしそうに
くすくす笑う大野さんを見てあんなにイライラして
ムカついていたはずなのに思わず笑みが浮かんでしまう。


この人は笑うとこんなに可愛らしい人なんだなと思った。


そしてトイレから戻った大野さんに
また高山さんが嬉しそうに話しかけていた。
それを見てまたイライラした。


確かに同期は特別な存在だ。
新人研修から一緒だし何かと一緒になる機会が多い。
だから何でこんなにムカついてしまうのかわからないけど
でもやっぱりその二人の姿を見るとイライラしてムカついた。








そんな毎日。








仕事は忙しいけど充実してて


大変だけど面白くなってきて。


たまに親に顔を見せに実家に帰って


時々彼女とデートして。


仕事場では相変わらず高山さんが大野さんに絡んでいて


それを見てまたムカついて。










そんな中、大野さんが在宅勤務に変わるという噂を耳にした。


大野さんが在宅勤務に変わる?
ってまさか。
嘘だろ?
でも、もしかしてあの男の子のため?
でもそれしか考えられなかった。


確かに大野さんの仕事は在宅でもできる。
現にあの時も家で仕事をしてたし、それにこれまでも
そういうことが何回かあったようだ。


でもそれは単発の仕事だ。
完全に在宅勤務になってしまうと今までのような仕事が
できなくなってしまうし仕事内容がかなり制限されてしまうだろう。


そしたら今までのように大野さんの才能が
十分に発揮できなくなってしまう可能性がある。
あれだけの才能を持っている人なのにもったいないと思った。


そしてそこまであの男の子のためにしなくてはいけないのかとも思った。
お姉さんの子供と言っても
血がつながってるとは言っても
自分の子供ではない子。
あの男の子の父親や祖父母もいるはずだ。
大野さんがそこまで犠牲にならなくてはいけないのかと思った。


そして何より、もし大野さんが在宅勤務に完全に変わってしまったら
今までの様に大野さんに会えなくなってしまうだろう。
それがなんだか凄く寂しいような気がした。


別に特別仲がいい訳でもない。
毎日話をするわけでもない。
昼ご飯を一緒に食べるわけでもない。
チームで一緒に仕事しているわけでもない。


でも。


何だか自分の中で気になるのだ。
もともとここは入れ替わりも多い。
自分自身半年前にここに部署に異動になったばかりだ。
でも他の人が異動になっても自分が異動が決まっても
へーとしか思わなかった。


でもなぜか大野さんが在宅に変わると聞いて
驚いている自分がいる。
そしてその才能が発揮できないのがもったいないと
自分の事の様に悔しく思っている自分がいる。











今日も大野さんは変わらない。
淡々と仕事をこなし定時になると退社する。


そして相変わらず高山さんは大野さんに話しかけていて
それを見てイライラしてムカついて。


まだ正式な辞令は出ていない。


本当に大野さんは在宅勤務に変わってしまうのだろうか?


だとしたら、いつ?











「大野さん在宅勤務に変わるって、本当ですか?」


いてもたってもいられず
帰ろうとする大野さんを廊下で呼び止め聞いた。
大野さんが怪訝そうな顔で見る。


「え?」

「噂でそう聞いたので」

「んふふっ、俺の事避けてたって言ってたでしょ? ちょうどいいね」


大野さんは揶揄うようにそう言った。
確かに揶揄われてムカついて避けていた時もある。
でも今は、違う。


「……あの男の子のためですか?」

「え?」


どうしても聞きたかった。


「どうしてそんなに大野さんが犠牲にならなくちゃいけないんですか?」

「別に犠牲だなんて思ってないよ。前にも言ったでしょ? 関われて嬉しいの」


そう言って大野さんはふっと笑う。


「でもだからって在宅勤務になったらもったいないです」

「もったいない?」


大野さんは自分の才能に自覚がないのか
そう言って不思議そうな顔をする。


「こんなに才能にあふれているのに」

「才能なんてねえよ」


やっぱり自分の才能に自覚がないのだろう
大野さんはそう言ってくすっと笑った。


「俺は大野さんの事才能の塊だと思ってます」

「は?」

「だから、在宅なんてもったいないと思ってます」

「……」


そう言うとさっきまで笑っていた大野さんが
真面目な顔になって真っ直ぐな視線で見た。


「だから、俺も……」

「……?」

「俺も、できることは協力しますから、このまま…」


大野さんがその言葉にびっくりした顔をする。
確かにそんな事言われれびっくりするだろう。


「……自分で何言ってるかわかってる?」

「……」

「これからあの人と結婚するんでしょ?
そんな協力なんてできるわけないでしょ?」

「……」

「それこそ子供とかできたら
自分の家庭が第一になって他の家の事なんて
構っていられなくなるよ?その時にどうするの?」

「それは……」

「そういう事でしょ?家庭を持つって」


確かにその通りだ。でも……。


「気持ちは嬉しいよ」


そう言って大野さんはクスッと笑った。


「でも在宅にするかどうかはまだ考え中。
確かに在宅になると仕事の幅が狭まってしまうから
じっくりと考えなくてはいけないかなとは思ってる」


って、決定した訳じゃないんだ。
一気に肩の力が抜ける。


っていうか勝手に焦って何やってんだろう。
それに思い余ってとんでもない事まで口走ってしまった。
なんて軽々しい事をいってしまったのだろう。
確かに自分自身が家庭を持ったらそんな事できるはずないのに。
自身の言った言葉に今さらながら恥ずかしくなる。


でもあの時は大野さんが続けられるのであれば
何でもしたいって思っていた。
自分の家庭の事なんて全く考えてなかった。


大野さんがここに毎日来てくれればいい。
才能を埋めてしまうのはもったいない。
それだけだった。









今日も彼女は結婚の話をしてくる。
それをどこか遠い国の話のように聞いている。







レールの上の人生。


これからもずっとそのレールの上を歩むと思っていた。


そして30歳くらいまでに結婚して、家庭を作ってと


そう思っていた。


それが自分の人生だと思っていた。







でも。







あの日。



大野さんが



『茨の道を進もうかどうしようか悩んでる?』



と、そう問いかけた。