技師長の笠原です。
私がブログでこれらの記事を書くのは、Nikon望遠鏡へのリスペクトと
後世への情報継承のためです。この望遠鏡は日本天文学の歴史そのもの
だと思っております。
なお、堂平天文台関連作業はボランティアではなく、私の会社である
有限会社エイエフテックが、ときがわ町(星と緑の管理委員会)から
正規に受注した仕事であります。
<堂平天文台91cm反射望遠鏡西側方向導入エラー修理業務報告書>
報告者:有限会社エイエフテック 笠原
・不具合発生状況
西側方向への天体導入に限り、赤緯軸リミット検出エラーや
エンコーダエラー、望遠鏡駆動系エラーが頻繁に出て使用に
支障がある。
・原因
詳細調査の結果、赤経軸スリップリング接点の経年劣化による接触不良
が多くの場所で発生していた。そのため、赤経軸スリップリングを経由
している赤緯軸リミット信号、赤経軸クランプ信号に影響が出ていた。
・故障の状況
東側へ向けて天体導入を行う場合やハンドボックス駆動を行う
場合にはエラーが出ない。西側に向けて赤経軸を動かす場合、
自動導入、手動駆動、ハンドボックス駆動に関わらず
赤緯軸リミットのエラーが出て望遠鏡が停止してしまう。
更に、関係ないはずのエンコーダ関連エラーも時が経つにつれ頻出
するようになった。
・修理結果
正常復帰した。
但しスリップリング接点という構造上、完全復活はあり得ず、
場所によってはチラチラと赤緯軸リミットエラーLEDが点灯したがる
傾向がある。
・技術的考察
赤経軸スリップリングは54年前のままである。
1992年にNikonによって制御系大改修が行われているが、その際、
旧来のリレーロジック回路からシーケンサ制御+PC9801による自動導入
システムに改修された。しかし、リン青銅で構成された
多点スリップリングは接点部が酸化して微小な電流を遮断してしまう
ことがある。数百ミリアンペアを必要としたリレー回路に対し、
シーケンサはDC24V , 10mA程度で動作している。そのため、
54年という歳月が経過したスリップリング接点には電流が少なすぎて
誤動作の原因となっている。今回のクリーニングで全接点を復活
させたが、そもそも微小電流用の接点機構でないため、
完全なる復活は望めない。
以下に作業ドキュメントを示す。
赤経軸スリップリングの位置はココ。
イザとなれば直結すれば良い。
赤経軸関連センサーはココ。
この接点がやや浮いていたので矯正した。
赤緯軸リミット信号関連はココ。
3台のPC-9801で正常動作を確認した。
全部で80接点ほどを使っており、全接点を4時間かけてクリーニングした。
その後、予備を含めた3台のPC-9801にて正常動作を確認した。
ではエンコーダエラーまで出現するのはなぜか?
エンコーダはドイツのハイデンハイン社の超高級品を使っており、
これがPC-9801へ直接入力されている。つまり、赤経軸スリップリング
は経由していない。エンコーダケーブル、コネクタ、カウントボードな
どは入念に何度も確認を実施しており、正常に機能している。
しかしながら、
赤緯軸リミットエラーと絡んで赤経軸エンコーダエラー、赤緯軸エンコーダエラー
が頻発するようになった。
原因はPC-9801の望遠鏡制御ソフトウェアの、エラートラップ処理にあると見た!
つまり、
軸リミット関連エラー処理とエンコーダ関連エラー処理が同じループに
記述されていて、シーケンサからのリミット信号パターン以外にも
チャタリングで発生したウソのエラー信号パターンを拾っている模様。
それがエンコーダ関連エラーという、実際には発生していないウソのエラー
メッセージを出していると思われる。
しかし、
このエラーを検知すると望遠鏡が止まってしまう。
エラー処理は正しく動作しているのだが、元々がウソの情報なので
止まってしまうのは困る。
そこで、
今回の赤経側スリップリングの接点を復活後、エンコーダ関連エラーが
出現するか執念深く調査した。
|
+->全く発生しなくなった!
やはり、スリップリングのチャタリングでシーケンサがウソの情報を送り、
エラートラップが甘いPC-9801のソフトウェアが、出てもいないエンコーダ
関連エラーメッセージを出していたという事で間違いない。
本来は、
メカ関連のリミットエラー処理と、測定関連のエンコーダエラー処理は
分けて判断しなければならない。
おそらくは、同じエラー処理ループの中で羅列されているのだろう。
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以上により、
現在91㎝望遠鏡は全て正常に動作するようになっています。
昨年交換したPC-9801関連、シーケンサ関連も正常に動作していることを
意味するため、一安心と言った所である。
しかし、
真冬のドーム内作業は恐ろしく寒い。
全てにおいて地味な作業だ。
だが、これをやらずして全体のシステムを把握することなど出来る筈がない。
赤経軸にはウォームギア以外に2系統の平ギアが組み込まれているし、
赤緯軸はタンジェントスクリュー微動である。粗動は電動クランプで
切替てインダクションモータが担当している。
位置はハイデンハイン社のロータリーエンコーダが軸直結で読んでおり、
多大なるガタとロストモーション、撓み、バックラッシュを上手いこと
時定数を決めて自動導入を行っている。
例えば、
単純にE-ZEUSⅡ化できるかと言えばノーである。
まず、赤緯軸がタンジェントスクリューと電動クランプの切替え機構だし、
何よりもこの大きさ、撓み、ロストモーション、バックラッシュなど、
机上の設計では計り知れないオバケが沢山潜んであるのである。
更に運営上の問題もある。
現在は”プロ機材”ではなく、ときがわ町から委託されている
”星と緑の管理委員会”が運営を行っている。
もちろん、担当の方は元国立天文台のプロであるが、マンパワーには
限界があるし、アマチュアのサポートスタッフが大活躍をして運営
出来ているのが現状である。
更にさらに、
この望遠鏡が54年も前のクラシック望遠鏡だということ。
各部を調査するほどに、これを自動導入でコンピュータ制御していることに
不安を覚えてくるのである。
たとえば、
指定点復帰を自動で行う際、ドームの淵ギリで停止させるのだが、
本当に停止するのだろうか・・・?
と、
天才技術者である私は思うのです。
ぶつかれば事故。
観望会中であれば責任問題にもなりかねない。
子どもたちの安全管理にも不安が大いにある。
いつも同じオペレータが使うとも限らない。
要はですね、
54年も前のクラシカル巨大望遠鏡を、25年目のコンピュータシステムで
自動運転していることの不安ですよ。
もう、プロ機材ではない。
如何に安全に、如何に確実に毎回の観望会を実施できるか?
そこじゃないかな?
いや、
関係者誰もがそう思っている筈です。
如何に安全、確実にイベントをこなせるか・・・
如何に簡単、低コストに運用ができるか・・・
そこんとこ、
間違わんよ~にナビゲートするのも俺の仕事だ。