二目と見られぬ、とか、おぞましい、とかいう表現は穏やかではない。まして人間の顔について語る場合には…。いや、ぼくの顔のことではない。まだそこまでは行っていないとは思うのだが、それは主観か。
そんな男がいたとする。顔の美醜でその人間性まで判断はできまい。それは自明のことだが、当事者にとっては果たしてどうだろうか。幼児期、少年期、青年期と成長するにつれ、人格形成における影響は余人の想像を絶するものがあるはずだ。
久しぶりに読み応えのある小説に出会った。読後感はすがすがしく、余韻が残っている。星5かな。早川書房から出ている、サイレント・ジョーのことだ。2002年アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀長編賞を獲得したのも当然か。主人公の生き様に圧倒されるのだ。
赤ん坊の頃、実の父親に硫酸をかけられ顔面に大火傷を負った主人公ジョーは、施設にいるところを地域の実力者ウィルに引き取られる。一生消えない醜い傷跡を顔に残しながらも、慈愛に満ちた養父母のもとで立派に成長し、保安官補として刑務所勤務をこなしながら養父のボディーガードを勤めている。ある霧の深い夜、養父がジョーの目前で何者かに射殺される…。
ジョーという青年が魅力的だ。自分に起きた運命をすっぽり受け入れ、克服し、真摯に生きようという潔さが、読者をぐいぐい挽きつける。すごいの一言だ。題名のサイレントは無口で、他者に訴えるのではなく自分自身に向かって語りかける様のことだろう。
ストーリーは養父殺しの犯人に復讐すべく粛々と捜査を進める彼を追うのだが、ひねりが効いているのはもちろんだが、彼に絡む脇を固める人物像が複雑に入り組み一人ひとりのキャラが立って活きている。単なるミステリに終わらない、複雑な過去を背負うひとりの青年の成長物語として読んだ。読後感は爽快だ。