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よじょう

2011年01月17日 | 雑感
作者 山本周五郎の『よじょう』創作メモに、
「さしたることではない。
 さしたる仔細はない。それだけのことであった。」
と、本編の主題を予感させる布石としている。その同じ言葉が結末に再び繰り返され、読後に底知れぬ余韻を残す。

『よじょう』の筋書きは、熊本城内の廊下で、剣術の達人・宮本武蔵が殿様に仕える包丁人を一刀のもとに斬り倒した。その包丁人は武蔵の技量を試そうとして不意打ちを仕掛け、逆に討ち返された。
この包丁人を鈴木長太夫といい、二男の岩太が本編の主人公となる。
岩太は城勤めの侍が嫌で、料理人の修行を先々で頓挫する。挙句の果てに身を持ち崩し、父親が惨殺された後、家督を継いだ長兄から勘当され、乞食に身を落とす。
酒と博打に明け暮れるヤクザ者だが、どこか憎めない。岩太は道端の草地に手製の掘立小屋を建て乞食生活をはじめる。道沿いには重臣たちの控え家があり、往来も激しいところから、たちまち役人の咎めるところとなる。ところが、そこで不思議なことが起こる。
見廻りの役人たちは、厳しく立ち退きを迫るが、長太夫の二男だと認めた途端、何やら感動の面持ちで深く頷くと、丁重な礼を残して去っていった。
それだけではない。連日、次から次と役人や町の人々がやってきて、食べ物や衣類、身の回りの品、何がしかの銭を置いていく。
わけが分からぬまま望外の事態がつづく。
しばらくするうちに、さすがの岩太も人々の期待を悟る。 つまり、父の仇討ちである。
はからずも、道筋には武蔵の控え家があり、武蔵はその道を登城のために往復するのだ。
岩太は可笑しくてたまらない。濡れ手に粟の乞食生活である。それだけではない。武蔵の本質が良く見えてきた。

武蔵は、通るたびに小屋の前で立ち止まり、岩太の襲来を待ち、襲ってくる様子がないと知れば、また静かに歩き出す。
岩太は朝夕、そんな「つっぱらかった」武蔵を、決して武蔵の側からは襲うことがないと安心して見物した。
武蔵が病死し、下僕が武蔵から遺言された「父の仇とつけねらう心底あっぱれである 病死されては無念であろうから身に着けた着物を遣わすゆえ、晋の故事にならって恨みをはらすように」と帷子(カタビラ)を置いていく。
岩太はそんな故事は知るわけがない。その意味を相手の侍から聞きだした岩太は小屋の中を転げまわった。腹の皮がよじれ、笑いがとまらなかった。死ぬにも只では死なぬ気取った見栄を張ったと見下したわけである。
岩太は、心底、武蔵を笑い飛ばした。
貯めこんだ元手で旅館を手に入れ、予譲の故事にあやかり三太刀刺した帷子を展観し、旅館の名物にしてしまう。

「さしたる仔細はない。そのために旅館は繁盛していった。」

周五郎は、この一文を置いてこの短編の結びとしている。
冒頭と結末に配された「さしたる仔細はない」というフレーズの意味合いが明らかに変調している。
冒頭では剣聖たる武蔵の側に身を寄せて放たれた大局的な視点を反映している。一介の包丁人が斬殺されたとして権威と権力によって秩序だてられた体制の仕組みからみれば、こと改めて仔細を尋ねるほどのことはない―さしたることではない、のである。
その大きな立場からの傲慢な視点を結末において見事に逆転してみせた。

宮本武蔵は吉川英治が国民的人気を博しているが、周五郎にはもともと懐疑的であったという。正宗白鳥が見破ったように、その精神の勝利者像は「張り子細工」に過ぎないと、軍国主義の露払い程度の武蔵でしかなく、そんな深みのない安っぽい吉川の迎合主義に周五郎は怒りを感じていた。
張り子細工を剥がしてみれば、剣聖武蔵は晩年になっても見栄っ張りで、それ故にというべきか、いかにも滑稽な小人物でしかなかった。周五郎は吉川の国民的文学「宮本武蔵」を、その作者もろとも痛快かつユーモアに溢れる筆到で一撃のもとに打ち砕いた。

自堕落で軽薄な若者を愛すべき人間として描くことを、周五郎はユーモアをうまく活かしながら岩太というヤクザな若者を見事に描き出している。そんな岩太を主人公に据えたことが『よじょう』が成功した大きな要因になっている。
             [「わが師 山本周五郎」著・早乙女貢を要約]


嘗て、iinaが読んだときはそんな深い意図を知る由もなく、吉川英治「宮本武蔵」の評も周五郎のようには思わないが、周五郎は自身が書いた小説を添削してもらった批評に腹を立てた確執があって反骨精神に火をつけた経緯があるらしい。
この他にも「よじょう」を様ざまに分析している。単純なわかりやすい言葉を繰り返し主題をあらわす手法を「ボレロ」の曲から活写した云々・・・。

「予譲の故事」 中国・晋の予譲が、知伯という旧主の仇を討つことが出来ず、ついに仇の着物を斬って恨みを晴らしたというもの。

また、本作を渥美清で映画化もされたらしい。
コロッケ主演の「ほら吹きと武蔵」は面白かった。


2011-01-17
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8 コメント

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おはようございます (楽母)
2011-01-17 08:47:35
スカイツリーはムサシまで、どのぐらいに
迫ったのでしょうかね?
読んでみたくなる一冊です。
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おはようございます (おくだっち)
2011-01-17 09:51:46
武蔵は私の住む加古川の直ぐ近くの宝殿で暮らしていたことがあり、私の地域の氏神「泊神社」は養子の伊織が寄進して建てられたと伝えられます。

武蔵は眼光虎のごとく、女性が気味悪く感じる風貌で近寄らなかったそうですが、それが吉川英治の小説では「生涯不犯」などと美化されて書かれていますね。

船島で佐々木小次郎を破り、弟子達に襲われない潮の時間帯に引き上げたのは事実のようで、それが軍師の資質があると各大名に認められ、士官の道が開けたようですが、身分が安定してからは、自分の屋敷に銭を束ねたものをいくつも吊り下げ、いざの備えはいつもしていると弟子に吹聴させるなど、見栄っ張りであったとも伝えられます。

実際はどうだったのか、今となっては判らないことの方が多いですね。
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よじょう (鷲谷芝嵐)
2011-01-17 14:54:14
「よじょう」と聞き「余情」と書くのかと読み続けると「予譲」という字がでてきた。
広辞苑にも載っていないし、私には理解できなかった。
私の脳みそは減りに減って余剰がないからなお更なのであろう。
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宮本武蔵 (らいちゃん)
2011-01-17 15:02:03
宮本武蔵については巌流島の決闘はよく知っていますが、肥後藩においてこのようなストーリーがあったとは知りませんでした。
宮本武蔵は大河ドラマで1年間視聴したが、原作が吉川英治だったのでここまでは脚本していなかったように記憶しています。
武蔵の晩年の一面を知ることができました。
ありがとうございました。
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予譲 (ムツコ゜ロウ)
2011-01-17 16:33:25
ボクも周五郎を読みましたが、評価の高い「よじょう」はまだです。
「予譲」と書くのですね。ボクは、余情と書くのだと思ってました。
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コメントに m(__)m (iina)
2011-01-18 11:31:00
(楽母) さん へ
間近にみる職人は、いい腕前ですね。iinaも驚かされたひとりです。
でも、仕事ぶりを見ないほうが職人さんたちは本来の力を発揮してくれると思うなぁ。
武蔵の国も宮本武蔵も634に通じるので、いま559mだから残り75mですよ。3月に
634mを確保する勢いだそうです。



(おくだっち) さん へ
ご苦労さまですぅ。
そんなことから開放されて2年になろうとしています。
山本周五郎の『よじょう』は、吉川英治との確執を晴らそうとして想像された小説
ですから、宮本武蔵の性質等々は伝説になっています。
武蔵ほどの剣豪になると彼方此方から引き手あまたで銭の心配はなかったとも伝わります。



(鷲谷芝嵐) さん へ
「よじょう」から「余情」と「予譲」をつかって作文して、ご苦労さまでしたぁ。(^^ゞ



(らいちゃん) へ
もうそんな月日が経ったのですね。
大阪で阪神大震災を体験しましたが、家では茶碗等を割った程度でしたが、数日電車
が止まり食料を確保して兵庫の支社を訪ねました。
百聞は一見に如かずといいますが、報道だけでは現地の匂いまでは伝わらず、大変な
ことでした。日本は地震列島ですから、いま何処で起こっても不思議ではないそうです。

『よじょう』は、山本周五郎が吉川英治との確執を晴らそうとして創作された小説です
から、小説のような性格はまったく根拠はありません。ただ、熊本の細川藩に客分として
晩年を過ごしています。武蔵が残した絵画は重要文化財になるもどに優れたものであった
ようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E8%94%B5



(ムツコ゜ロウ) さん へ
iinaも芝嵐さんとムツコ゜ロウさんが思ったように、余情と書くのだと思ってました。
短編ですから、さがして読んでください。
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の異なる視点 (更家)
2015-02-25 09:14:47
吉川英治と正反対の異なる視点からの山本周五郎の武蔵像、意外でした。
「よじょう」は知りませんでしたが、面白いストーリーですね。
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(更家) さん へ (iina)
2015-02-25 10:47:32
向島では、東京スカイツリーが目立ち、いまは新名所になって賑わっています。
更家さんがスカイツリー界隈を歩いていたころに、iinaはごらんの通り定点観測して遊んでいました。
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/e8077241444a05a054099eaebc2f55cb

熊本出身のコロッケが、山本周五郎著「よじょう」を下敷きにした「ほら吹きと武蔵」を見ましたよ。
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/23c47c29698a6dd01fa2e2a92fce76f2

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