「国」(「口」の中に「玉」)の成り立ちは次のとおり。
中国では、漢代の頃に「口」の中に「王」の形の文字が「國」の異体字として作られていた。
「くに」には、「国」や「國」など、様々な異体字がある。
水戸黄門の徳川光圀の「圀」は、唐の時代に則天武后が、「八方」うまく治まるようにと広めた字という。
わが国では、国という字体が平安時代から使われはじめ、最初に生み出した中国よりもたくさん使われてきた。ここでは、「口」の中の「玉」は、「王」が転訛したようだが、「或」の崩し字から「玉」のようになった説がある。
戦後の当用漢字表に「国」が「國」に代わって新字体として採用された。
その後、中国でも日本を模擬して「国」を簡体字として採用したといわれている。
「口」の中の「王」の形では、王が居るようで新中国の政治体制に似合わないというのが理由だった。
いままでの漢字の成り立ち
[ 「魔」の秘密 ] 2005年10月27日
[ 「胡」 ] 2005年11月19日
[ 「竹」の語源 ] 2005年11月20日
[ 「鮨」 ] 2005年11月24日
[ 「雇」の成り立ち ]2006年07月03日
[ 「婦」の成り立ち ]2006年09月08日
[ 「教」の成り立ち ]2006年10月31日
[ 「蟹」の成り立ち ]2007年04月28日
[ 「横」の成り立ち ]2007年06月03日
[ 「終」の成り立ち ]2007年08月31日
[ 「谷」の成り立ち ]2007年10月24日
[ 「童」の成り立ち ]2007年11月14日
[ 「正」の成り立ち ]2008年01月10日
[ 「葉」の由来 ] 2008年03月24日
[ 「NEWS」の語源 ] 2008年06月22日
[ 「完璧」の由来 ] 2008年07月08日
[ 「漢」 ] 2008年08月12日
[ 「毒」の成り立ち ] 2008年10月15日
[ 「愛」 ] 2009年02月10日
[ 「得手」 ] 2009年02月28日



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中国では、漢代の頃に「口」の中に「王」の形の文字が「國」の異体字として作られていた。
「くに」には、「国」や「國」など、様々な異体字がある。
水戸黄門の徳川光圀の「圀」は、唐の時代に則天武后が、「八方」うまく治まるようにと広めた字という。
わが国では、国という字体が平安時代から使われはじめ、最初に生み出した中国よりもたくさん使われてきた。ここでは、「口」の中の「玉」は、「王」が転訛したようだが、「或」の崩し字から「玉」のようになった説がある。
戦後の当用漢字表に「国」が「國」に代わって新字体として採用された。
その後、中国でも日本を模擬して「国」を簡体字として採用したといわれている。
「口」の中の「王」の形では、王が居るようで新中国の政治体制に似合わないというのが理由だった。
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いずれも頑張っているので、励まされます。
ガンバレ、日本 !
とくに野球は、敗者復活戦を競り上げて、決勝戦では追いつかれ
延長戦を制しての優勝なので感慨もひとしおです。
頑張っていますね、スポーツは。
もとの元義が失われてしまったものが多いのでしょうけど、きっと、言霊のように字霊が漢字の奥底に在って、影響しているとしか思えない事も多いです。
民 など その代表例ではないでしょうか?
錐で目を潰された奴隷、という意味は消えてしまっていますが、
『民』はまさにそのような状態におかれているといっても過言ではないでしょう。
その大元の原意(もののはじめ)にも興味をひかれます。