宝鏡寺は、百々御所という御所号をもっている臨済宗単立の尼門跡寺院で人形寺として有名。
「人形寺」といわれるのは、代々内親王が入寺し、父君である天皇から季節やことあるごとに人形が贈られてきたことに由来する。多くの人形が所蔵されている。
秋に人形供養祭が営まれることから、タイトルの人形塚が境内に建立された。ひな祭り前だったので、雛壇が飾られており、女性がたくさん見学にきていた。人形(ひとがた)に始まり、平安朝ではひいな遊びに興じ、雛飾りに転じた。
また、日野富子の木像も安置されていた。
鶴亀の庭
公武合体のため徳川家茂に嫁いだ皇女和宮も幼い4か月を過ごし、この鶴亀の庭で遊び、塀の内側で踏み台に乗り、町の様子を覗き見たという高台があって、頬笑ましく思えた。
宝鏡寺は、西陣会館の堀川通りを北に歩いて直ぐにある。
宝鏡寺の周辺に、裏千家・表千家がある。未公開。
裏千家
表千家
<注> 写真は、15年ほど前にiinaが撮ったもの。
ステキ~
流石、京都です。1300年の歴史が、往時を今に伝える素晴らしい町ですね。
人形寺は知りませんが、人形の家ならわかります。昔、紅白歌合戦で歌ってました。
海外旅行で、拉致されて殺され臓器を売られる事件もあるようです。
とくに女性は狙われやすいので、安全な日本を観光する気持ちで行くのは危険です。
(らいちゃん) へ
小栗判官が通った道が小栗街道で喉が渇いて呑んだ井戸を小栗井戸として名を伝えるとは、余程
善政を敷いた方なのでしょう。
歴史が古いと、いろいろな出来事に応じ刻み込まれる事跡も多くなりますね。京都では、良くも悪くも
好ましいことも厭らしいことも見聞しています。
(鷲谷芝嵐) さん へ
紫式部の好物が、イワシとは面白いです。
紫式部は娘時代、越前国守に任じられた父・藤原為時と国府の置かれた武生で2年ほど過ごしたそうです。
そんなことから、紫式部公園が福井県越前市にあります。縁があって歩きましたよ。
(ぼたん) さん へ
新宿裏通りを間寛平さんが歩いてるなんて、仕事でもあったのでしょか?
ドヤ街の雰囲気は大阪にピッタリですが、さすが庶民の人気者にふさわしい場所での登場でした。
(ハイジ) さん へ
弘田三枝子が「人形の家」を唄ってましたね。
寺の名は、「宝鏡寺=ほうきょうじ」 ですよ。
タイトル写真の人形塚が有名で、いやされる童像が印象的でした。
ともかく、西陣界隈の散策は面白いです。