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必ずコメントに参ります by iina

おいらん

2008年12月13日 | 歴史
大尽だいじんともなれば、猪牙船ちょきぶねで山谷堀を巡って吉原よしわらを目指す。目当ては、女郎たちの中でも、最も位の高い「おいらん」だ。

江戸吉原よしわらの傾城(けいせい)、遊女のことで「花魁おいらん」とも書く。

この「おいらん」は、吉原の禿かぶろたちが、自分の姉女郎あねじょろうのことを「おいらんの姉女郎」といったところからできた。
「おいらの所の姉さん」は「おいらんとこの姉さん」となるわけで、今でも方言などで「おいらんちに来いよ」というのと同じである。

また、江戸元禄期、吉原仲の町に女郎じょろうが銘々の桜を植えたとき、ある禿かぶろが自分の姉女郎の植えた桜が一番よく咲いたのを誇って「おいらんがいっちょよく咲く桜かな」という句を作ったという説がある。

言葉遊びのような愉快な説もある。
市中の婦女の名に「お」をつけたが、くるわの女を呼ぶのに『「お」はいらん』というところからできたとか、老人さえも心を乱されるから「老乱」だ等。
iinaとしては、この説に軍配をあげたいな。


4月第二土曜日に[ 浅草のおいらん道中 ]するが、冬は[ 冬の一葉桜まつり ]を25日までイルミネーション点灯中。


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6 コメント

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Unknown (乱鳥)
2008-12-13 17:30:32
おひさしぶりでございます。
TBをありがとうございました。
興味深く拝見させていただきました。

ありがとう^^
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(乱鳥)さん へ (iina)
2008-12-14 11:16:47
乱鳥 さん、おいらん家にオコシに嬉しiina~。
(寿司の助六は何故『助六』か)は、面白かったです。
幕間に食べるので、幕の内弁当なのでした。
ご指摘とおり、花川戸助六は清水の次郎長と同じく名に地名をかぶせたようです。
iinaも、「助六」をブログにアップしていました。
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/02b7f94657691e8238502397d8c51167
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おいらん遊び (老乱な六五六)
2009-03-26 21:34:31
いま、ボクは老乱でダメだから、若いときにいちどくらい 
本物のおいらん遊びしたかったな。

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(老乱な六五六) さん へ (iina)
2009-03-27 17:29:27
おいらん道中が、4月の第2土曜に、浅草[一葉桜まつり]でありますから、
おいらんにあえますよ。
一葉桜・小松橋通り
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お久しぶりです♪ (エリ)
2009-04-13 07:35:00
おいらん綺麗ね
あこがれる

いろんな生き方があるんだなあって思う
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(エリ)さん へ (iina)
2009-04-13 08:25:04
桜も葉桜に近くなりました。
でもまだ造幣局、吉野山などが残っています。

おいらんは、見た目は華やかだけど決して憧れるものではありません。
借衣装で舞妓姿で観光しているのも、おかしな風俗に映ります。
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/231188a75817fffddc0d66bf2ea24584
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