17. 孫子 (孫武著 紀元前480年)
孫子は、紀元前480年に書かれた兵法書である。この兵法書は多くの解説書がある。私も何冊か読んで、それぞれにすばらしいが、一つだけ不満なことは、それを読む人が、太平洋戦争を分析するために、企業の経営者として、企業戦略のために読んでるわけではない。
多くの読者は、有能な経営者や軍の参謀や官庁の企画課長ではなく、むしろ私のように無能な悩めるサラリーマンか、むしろ職すらない人の方が、大多数である。この前提の時、この兵法書をどのように読み解くべきかを考察する。
この兵法書の中で私が扱うのは、次の一文のみとする。”彼(カレ)を知り己(オノレ)を知れば、百戦して殆(アヤウ)からず”
この兵法書は、戦いの兵の用い方を分析し、体系化したものである。しからば、戦争や企業間の競争にしか活用できないか。私は、この兵法書を自分の能力を高めるための戦いに活用すべきであると考える。
まず、戦いとは、一般に白兵戦を想定していると思うが、実際には、様々な国力、経済力、技術的な武器の優劣(例えば、鉄器)、食料補給の優劣、君主の知力、参謀の情報集積力、分析力、火力の優劣、外交能力の優劣、貨幣の信用力等々と白兵戦の前に非常に多くの集積があり、多くの場合、白兵戦の前に勝敗は決定される。
更には、国家間は交易により、国境に於ける人的文化的交流もあり、様々な情報や貨幣までも交流があり、共生している視点も忘れてはいけない。生存競争の動物であっても、先人たちも無意味な争いを避けてきた。
自分の能力を高める戦いの武器とは何か。例えば、絵筆であり、万年筆であり、ピアノであり、数式であり、楽譜であり、英語の辞書であり、様々な武器によって、戦うことになる。
個人に於いても、多くの先人が自分の能力を高めるために道具を作り、言葉を完成させ、文字を発明し、鉄器を発明し、数式を完成させ、楽譜を完成させた。
これらの文明の資産の一つでも、二つでも自分のものにし、これらの武器を自分の脳と手の延長として、戦わなければならない。
”彼を知り己を知れば、百戦して殆からず”の彼(敵)は、自分の能力を発揮すべき事柄である。自分の能力が発揮すべき事柄は、ただ本を読んだりするだけでは、その入口に到達できない。
私のチェロの例で言うと、バッハの無伴奏チェロソナタを弾きたくて、チェロと弓とバッハの無伴奏チェロソナタの楽譜を買ってきて、楽譜の読めない自分、弦の音程を合わせられない自分、チェロの指盤には印がないので途方に暮れる自分、楽譜を暗譜できない自分を発見する。
これは、チェロを弾くという1つの課題が、数個の絶望的課題に拡大した状態に陥った。これは前進したのではなく、明らかに後退しているが、戦いとはこのように問題点を露出させる。
ここでもう一度、彼(敵)が何かが少し理解でき、己(自分)がどこに位置し、そのギャップを埋めるために、絶望的な戦いと準備が必要であることを理解する。
私は、30歳の時フランスのチェリスト、モーリス・ジャンドロンの演奏会を聴いてそう考えたのであるが、悩めるサラリーマンには習いに行く時間も、ゆとりのなかったが現在まで、細々と続けてきた。そして、62歳で退職し、65歳の現在もチェロを自分なりに楽しんでいる。
チェロの入門書も数冊読んで、弦楽器の本も多数読んだが、一番自分の味方になってくれたのは、比較的易しい名曲である。これは、歌謡曲でも、ポピラー音楽でも、クラッシクでも、民族音楽でも、下手に弾いてもその曲のキャパシィティが大きいため、自分としては楽しめるのである。
優れたチェリストの演奏を聴いて分析した結果、彼らのチェロの音色は一音だけを弾いてもすでに美しいのである。弦楽器は八割が右手の弓運であるとも言われている。もちろん、楽器も上は億単位であり、弓も上は百万単位である。
あるヴァイオリニストは、自分の新しい名器と相性の合う弓を数十本を2,3年かけて選んだという話すらある。
そこで私が現在チェロを楽しみ、何とか他人にも聴いてもらうための、戦法はピッチカートによる戦法であり、歌謡曲、ポピラー音楽、クラッシク、民族音楽の中から名曲を掘り起こし、自分のレパートリーにする戦法である、そのためには、より多くの楽譜(これは、ピアノ、ギター、声楽のための楽譜でよい)を手当たり次第に試してみる戦法である。
つぎに、”彼を知り己を知れば、百戦して殆からず”のなかで、選択(あるいは決断)は、大は国家間の戦争の決断から、小は昼食の選択まである。ここで、自分にとって、昼食の決断は、ある意味米国のイラク戦争の決断よりも重いと考えるべきかもしれない。
なぜなら、自分の身体は、他の生命体の命をいただいて、自分が食べたものの集積であり、自分の体の分子は2~3年で入れ替わっている。これは、代謝であり、放射性同位元素の追跡で証明されている。
この選択を考える時、より多くの選択余地の中から選択することも重要である。イラン戦争で言えば、毒ガスや生物兵器の信憑性、イラクを孤立させないためのイラクの近隣諸国と連携の選択子が用意されるべきであったか!
自分の能力を高めるために、時間とお金をどう使うべきかも重要な選択である。自分の能力を高めるためにやってはいけないことは偽りの指南書を真に受けること、偽りの指南書を見抜く力を身につけなければいけない。
まず他力本願的なものは、ほぼ偽りである。寝ていて英語が上達する、億万長者になる方法を教えます…。自分を鍛錬することなく、健康も、自分の能力を高めることも、あり得ない。ただその道の達人の指導を受けることは、非常に良い方法である。
”彼を知り己を知れば、百戦して殆からず”ではあるが、争い(キレル)は、個人でも、国家でも、争いを回避することが戦略として重要である。
ただし、自分の能力を発揮するための戦いを自分の哲学に従って、最良の選択は何かを常に実践すべきである。
己とは、自分が食べてきた食物の集積であり、己とは、自分が選択してきた結果の集積であり、己とは、自分が読んできた読書の集積であり、己とは、自分と接してきた家族や友達や同僚の集積である。
”彼を知り己を知れば、百戦して殆からず”彼(敵、目的)を知ることも、己(自分がどのような能力があるか)を知ることも意外と難しいことである。本来は、自分の能力でお金を得るための近道は、意外にお金に囚われない方が、近道かもしれない。(第18回)