曲がり角で 迷いながら

自分も家族も人生の曲がり角に。戸惑いの中の日々を迷いうろついています。

Yこさん、入退院騒動  その5

2016年03月31日 | 介護

左上腕部骨折の実家母Yこさん(たぶん認知のほうでの、要介護2)の入退院騒動のつづきでございます。

一応、大騒ぎの診察を終えて、一旦自宅に戻り、次の日の手術日を迎え撃つYこさんとその息子夫婦(私の弟夫婦)の夜はどのように…。

たぶんおそらく、Yこさんの混乱?わがまま?は診察時と変わらず、大変であったろうと思いますが、次の日の手術(手術開始は午後4時以降だが、診察に10時に行ってベットが空いていれば入院手続きになるとな)の為に、一日弟夫婦が付き添うことになっております。長~~い一日であろうのお~~。

が、入院できたとしても、退院予定日は弟夫婦は二人ともどうしても休みが取れないので、退院日には私が仕事を休んで(と言っても半日の仕事なので)付き添う予定。

それだっても、仕事の事だけでなく、こっちのオット母Bこさんの事があるので、そう簡単ではなく…。とはいうものの、3人のやりくり(私と弟夫婦)でなんとかかんとかなるっていうのは恵まれていることなんだろうと思います。

前もって予定がわかることではなく、このような緊急時、遠方だったり、単身でなんとかしなくてはってのは、ものすごく大変なことだろうと。

もう、その晩と手術日はそっちは弟夫婦に任せて、手も口も出さず、自宅待機でございます。

ようやく手術が終わったのが、夜9時過ぎ。

それから、丸一日の絶食から初めての食事を弟曰く「ばくばく」食って、「無理やり寝かされた」そうな。懸念された日帰りではなく、なんとか、他の病棟に突っ込んで入院させてもらったんであります。病棟はなんと、整形外科からいちばん離れた「小児科」

いやあ~~、ご迷惑かけております(Q )) ><ヨヨ

これがまた、後日の様々トラブルになるんでありました~~

まだまだ続く(いやあ、正直言うとこの日も長い一日でおました。Bこさんに説明もエンドレスだしね


Yこさん 入退院騒動  その4

2016年03月30日 | 介護

左上腕部骨折の実家母Yこさんの、入退院騒動の続きです。

日曜当番医で診察→図らずも掛かりつけ医となっている、総合病院の整形外科での診察→入院どうなる?

とりあえず検査だ

で、わたくしは大きな荷物(含む実家母Yこさん)を抱えて、整形外科に戻りました。

更に、血圧測定などがあり、やっと終了。

検査結果と、手術室の空きの確認で、今度の方針がきまります。

ところが、ここから(このとき12時半過ぎ)さらに一時間近く待った挙句の再診察。

結果!

なんとか次の日に、Dr,の自分の手術が終わった後、いちばん最後に手術を行う。

但し、ベットの空きがないので、最悪は日帰り手術になるかもしれない。

と、Yこさん、「日帰りのほうがいいです。」

思わずどつきたくなりましたぜ。

左腕だけなのに、何もできなくなっているYこさんでごぜえますだ。全部やってやらなくてはならず、トイレに食事に移動にすべて人の手がいるのに、何を言うてる!ってなもんですが、Yこさんは、すっかり日帰りでウキウキです。(^-^;

まあ、先生も「せめてなんとかその日だけでも泊まれるように調整しますから、とりあえず今飲んでいる薬を調べます。いいですか?Yこさん、入院出来たら、入院してくださいよ。ひとりじゃ無理ですからね。」

そして、手術についての説明。

一応、サインは自分でしましたぜ。どうも、右腕も痛いは仮病のようでございますだ。

薬の確認に行くと、自分ではもう入院するつもりで(すぐ手術をやってもらえると思っていた→だから前開きを着ていると主張、自分では日曜日と思い込んでいるのに、それでも日曜日に手術をしてもらえると思い込んでいるのがすごい!)自分で小分けにした(朝昼晩で飲む薬が違う&入院中飲むからと小包装してきたらしい)袋を出したのですが、

が!

3つとも間違って入ってましたがな(^_^;)

 今晩から抜かなくてはいけない薬、新たに出される薬。そして、明日の朝からの絶食と、他もろもろの注意にetc.

とやっているうちにもう2時半過ぎ。

本人は外のレストランでのお食事をご所望ですが、なにせ、雨!

そして車いすでの移動

まだ、会計が残っているし。

もう強引にロビーでサンドイッチと飲み物でお昼を食べさせました。

時間もよく分かっていないのか、(正直こっちはオット母Yこさんは、昼食はおいてきているものの、待機させているので、なるべく早く帰りたいが)あそこへ寄ってほしいのなんの、(いやあ、今それどころじゃないでしょうが。しかも歩くと響いていたいだのなんだの言っているのに、雨も降っているのに、寄ってほしいと…)ごねていて、サンドイッチも一向に食べず。

仕方なくお菓子を出したら、そいつは食べるのだねえ~~。

どっち道食べるのが大変だから(右手は何ともないんだから、お箸も使えると思うが、右手も使えないとのたまっております)私に持っていけというのを(しかも齧りかけをね(^-^;)強引に母親の晩御飯に持たせ、実家に送り届けました。

弟に結果を報告し、薬他の注意点を伝え、家に戻ったのが、もう5時になっとりました(^-^;

一応Bこさんも、無事でございました。

明日の手術は弟が付き添ってくれることになっているので、明日はお役御免えございます。

しか~~し、入院ができるのかどうかそれが問題なんでございます。もしも、入院できなければ、手術がおわるのが夜になるので、帰宅は夜遅く???その晩はどうする???の不安のまま、次の日を迎えたのでした。

入退院騒動ってことは入院したんだよねと、お分かりかと思いますが、行ってみないとわからないつうのは、かなりのプレッシャーですわねえ。

まあ、私よりも弟夫婦がかなりの大変さでしたでしょうがねえ。

というわけで、この騒動まだまだ続きますです。


Yこさんの入退院騒動  その3

2016年03月29日 | 介護

やっと、やっと、入院の為の検査にたどりついたYこさんでございます。

検査を受けたら終わりつうわけではありません。

まだ、もう一度の診察まで時間があるからその間にどうせやらなきゃならない検査を今のうちやっておくつうのが、目的です。つまり、時間を無駄にしないようにっていう、先生のありがたいご指示なんです。

一緒に掛かっていたやはり腕を骨折のおばあさま。私たちよりも早くに診察室に入りましたが、まず、レントゲンを撮りに行って、戻ってきて1時過ぎに診察して、それから、また検査に回っていきましたから、「掛かりつけ」となっていて良かったねなんですけどね。でもまあ、その辺はYこさんには通じないわけでして。

さてさて、おおむくれのYこさんを車いすに乗せたまま、廊下で待機していると、検査の順番を書いた書類と、検査の場所の地図を渡されます。さて、行こうと思ったら、荷物が…、あいにくの雨で雨具から傘から杖から車いすからカルテフェイルに地図に…。車いすを押すにはどうしても両手を使わざるをえないし、さらにYこさん、最近かなり太りまして、車いすからあふれんばかりでございます。

そして、左腕だけでなく、体のどこかにちょっと触っただけでも、イタイイタイと大騒ぎ。

しか~~し、当然ながら、血液は抜くし、レントゲンはとるし、心電図はとるしetc…。

まあ、いくら前開きの服とはいえ、ちょっとでも触れば痛いのに、なんで、腕を通してしまうのか、無理やり何枚も服を着ているので、まず、服の脱ぎ着に……。大騒動。レントゲン室だの、心電図だのって横にならなきゃならないから、大間のマグロ状態のYこさん、生きがいいというのか、いや、大間のマグロではないな、それこそ、とどか何かのように、とどよりは手は長いが、体形は完全にとどでございますだ。しかも制御の利かないオスのトドだす。

そして、すぐ次でまた脱がなきゃならないからというのに、「袖を通さないと、外に出れない」とかふんぞり返っておりまして、まあ本人がいいっつうならば、(姑じゃあそうはいかないが)痛がろうが何だろうが(痛ければあきらめるだろうさ!)むきむきの腕になっている腕に肌着にセーターにカーデガン、無理やり通しましたぜ!さらにその上から(なぜか着るのはできるのに)三角布を通すのに、まあまあ、地球の終わりかってほどの大声を響かせて吠えてくれましたわん。(またああいう部屋は響くのさ"(-""-)")

なあんとか、血液検査に心電図にレントゲンクリア。

今度は難関の尿検査だす。

まあ、Yこさんの場合騒ぐものだけれど、太いのが…非常~~~に、あの狭い個室で、ベンキの上でなんとか紙コップを~~~と思うが、隙間がねええ~~~。わたいの手が入る隙間がないんだよお~~。

その前にこれまた、下のものを下げるにも、三段ハラにつっかかりひっかかり、そして、また、なんでこんなきついのをはいてくるんだ!下がらねえ~~~。と、まあまあ、大汗でごぜえますだ。そして、いざ!となったら、小が出ない!ちょろんちょろん、ちびっ!で終わり。それでも本人はひねり出したらしい。

う~~ん、朝から昼過ぎまででこんだけしか出ないのかあ??

思わず水で薄めたくなったわたくしでございますが、一応これでよいというので、おいてきました。

寒い日のはずが、大汗ですわ。

いろんな意味の荷物を抱えて、整形外科に戻り(このときすでに1時過ぎ)これからまた、1時間診察を末端であります。

というわけで、まだまだ続きます~~。なげえな"(-""-)"


Yこさんの、入退院騒動  その2

2016年03月27日 | 介護

要介護1から、たぶんもう要支援に格上げになるだろうと、覚悟して受けた介護認定審査ですが、めでたく(?)要介護2の認定の降りた、実家母Yこさんであります。

なぜ、介護度が上がったか?

認知機能の低下の為

の疑問の中、今回の転倒骨折騒動が起こったのでした。

さて、骨折後、何の因果か掛かりつけとなってしまった総合病院の整形外科に、月曜日に予定外での診察です。

もうすでに、受付時点で不遜なYこさん

私のほうは、今までの経験から、診察を受けられるのはたぶん午後、帰りは夕方。緊急手術も今週に入るかどうかぐらいだろうと覚悟をしての付き添いです。

Yこさんも何度もその経験をしているわけですから、わかっての診察を思っていました。

ところが、どうも、その経験はすっかり忘れている様子。

もう一人、やはり認知症らしい車いすに乗せられ、同じく腕を固定されたおばあさま。品のいいかたでしたが、ここが病院とかなぜ固定されているのか、また、なぜ車いすに乗っているのかが理解できないようで、付き添いのお嫁さんが何度もなだめておりました。

話をしてみると、昨日の日曜当番医での診察も同じように受け、転倒して腕を骨折というのも同じでした。年齢も同じぐらい。

お互い、なだめなだめして待っていたのですが、そのうち、わが母Yこさん

「なんで今日はこんなに混んでいるのか?」と言い出しまして、

「休み明けだから、うちのように、緊急で予約なしでかかる人が多いんじゃないの?」

と、「それにしても、人が多いし、こんなに待たされるなんて。」

よくよく聞いてみると、どうも今日を日曜日と勘違いしているようで、「休日の当番医に来ている」と思っている。

「休みの日なのに、病院の人(スタッフ)も普通に出ていてご苦労なこったね。」

「……?今日は月曜日だよ。」と言ったら、怒った怒った

「よしこは知らないでしょうが、わたしは昨日○○病院ってところに、緊急で連れて行ったもらったんですだから、今日は当番医に来たんです

しばし無言の後、できるだけ静かに「今日は月曜日だよ。」と言ってみましたが、なかなか納得せず…。

と、そのうち、たぶん、診察時に今までの病気の履歴を聞かれたりするからだと思うのですが、Yこさんご執心の掛かりつけ医のK医院(何度かこの総合病院に入院しながらも、K先生に痛み止めを出してもらってほしいとごねた事あり)に、なぜ私(Yこさん)は掛かっているんだ?と言い出しまして。

「はい?すっと、K先生に内科的なことを見てもらっているんでしょ?今は高血圧とか診てもらっているんでしょ?」

と、こおおんな顔して、「だ~か~ら!なんで掛かってんの?」

こっちは何を言っていいんやら

「だから、そもそもを聞いてんの

まあ、一応知っている限りのことを答えておきましたが…続けて、じゃあ、M整形外科は?N胃腸科外科には?」

わ、忘れてしまったんでしょうかあ???

わからなくなってしまったんでしょうかあ

やっと、診察に入って、これは見事に折れてますなあ~~となって、とりあえず、手術室のやりくりと、使う「髄内釘」のサイズの合ったものが手配できるかどうかを検討しておくから、まずは、入院に向けての検査に回ってくださいとなりました。

で、まだまだこれから時間がかかるし、この後さらに診察があるんですが、いったん検査室へ行くときにYこさんが「今日は先生、お世話になりました。」と言ったので、

「いやいや、まだまだこれから診察があるんだよ。」

と言ったら、先生と看護師さんの前で怒り泣きでごぜえますだ。

「なんで、わたしがちょっというと、そう言って…・ぎゃあぎゃあ

もう、そのまま外へ連れ出しちゃいましたよ。

こういう時車いすに乗せていると便利ですわ

でもね、こっちもなんか声とか震えてきちゃいますよね。

つい、この間までは、しっかりしたおばあちゃんだったんですけどね

涙、ちょちょぎれましたわ。

外へ出ても、車いすで待機する場所もないありさまで、カルテフォイルをもらう間、できるだけ静かに言うつもりで、でもそれはできなかったです。

「なんで、あそこで怒るの?まだまだ時間がかかるよって言っただけでしょ?もう終わったと思っていると困るから、これからまだ検査があって、それからまた診察だよって教えてあげた(このあげたも気に入らないでしょうけどね)だけなのに、なぜ、そうやってすぐ怒ったり泣いたりするの?

いい?これから検査だから、騒いだら検査できないよ。検査できなかったら、手術もしてもらえないよ。いたくてもいやでも、やらなきゃこの後の診察もできないからね。」

このときすでに12時近く。

それから、小一時間かかって、種々検査に回ったんですが、これまた、大騒ぎでございますわ。

そいつああ~、またまた、続くんであります。

 


Yこさん、入退院騒動etc  その1

2016年03月24日 | 介護

実家母Yこさん、骨折から2週間、退院後間もなく1週間ですが、経過は順調。デイにも平常通り行きだして、一応日常が取り戻せているようです。

が、気がかりは、「認知機能の低下」……。

一応防忘録として、まとめておこうと思います。

今回の騒動を記事にしようと、過去録を見ると、勘違い、記憶違いも多々あり、あたらめて記録が大事と思った次第です。

そして、この骨折騒動を通して、認知機能の低下を更に実感することとなり、昨年の弟との話し合いのように、今回もこのあと、何か手立てをしないといけないのではないかと思っています。

まずは、当番医に日曜日に診察を受け、その結果を携えて、月曜日に診察を受けた時のYこさんの様子から。

朝、同居のオット母Bこさんの褥瘡の手当てを済ませてから、車で実家に迎えに行きました。

まず、Yこさんの顔を見て(*_*;びっくりです。

やけにむくんだ感じで、髪もばさばさ。

いわゆる、やまんば状態でした。

いつもは、化粧をしているのですが、この日は化粧もしていなかったということもあって、一気に年を取った雰囲気。

冷たい雨が降り、おのすとこちらもYこさんの荷物も多くなります。

困ったのは、病院の車いすの車寄せには、停車できたのですが、Yこさんをボランティアの方に託して、駐車場に止めに行ったのですが、空きがなかなかみつからず、時間がかかってしまったことです。

Yこさんは、車いすで、受付前の待機所で待たされていました。

受付は済ませたが、そのあと番号札をもったままどうしたらいいかわからすにいまして、番号札をもって受付に確認に行くと、ちょうど患者ファイルが出されるところでした。そして、保険証と一緒に他の医院の診察券が入っていたからと戻してくれました。

ファイルをもって、とりあえず整形外科に行き、そこの受付にファイルを出して、隙間を縫って、車いすを止めてその横に腰かけ落ち着いたところで、先ほど戻された診察券を、Yこさんに渡しました。

すると、それまでの不遜の様子ではあったんですが、わなわなしながら怒り出し、

「これは、わざと保険証と一緒にしたんだ。なんで怒られなきゃならないわざわざ入れておいたものをなんで出すんだ!」

激怒でございます。

そして、待っている間、ずっと、

「今日は前開きを着て来た!」をひたすら繰り返すYこさん。

まだ、病院について30分も経っておりませんが、のYこさんを抱えて長い一日が続くのでありましたあ。

第2弾に続く~~

 

 


微妙な立ち位置 

2016年03月20日 | NPO法人の活動

所属しているNPOの、今まで所属していた部門で、責任者ではないものの、責任者に代わってもろもろの雑用をひきうけていた私。

先日、「もうできない」発言をし、メンバーに自分の仕事を振り分ける(できればすべてやめたかったが)事にし、その体制づくりというか、引継ぎの為の話し合いが行われました。

忙しい人たちの集まりなので、いちばんは現委員長と、新委員長の予定に、副委員長と会計他庶務の担当の私が合わせるという日程で、行われました。

こちらは、実家母Yこさんの骨折入退院騒ぎがあった直後でして、はっきり言って、心身ともに疲れ切った状態。気の合った友達にグチでも聞いてほしい気分。

自分では、正副委員長は、「ある程度本心が話せる相手」と思っていました。今度委員長になる人もずっと一緒に活動をしてきた人なので、少しぐらいは愚痴も聞いてくれる相手であると、思っていたんです。

4人で集まるところ、先に副委員長から少し遅れますのメールが入り、私が行ったとき、新委員長と、現委員長が先に2人で何やら深刻に話をしておりまして。

二人の話を邪魔しないように、棚の整理なんぞして私は黙って控えておったんであります。2人の話の中でも、ご自分の家族の病気の話も出てきたので、ちょっと私も仲間に入ってもいいのかなと、実家の母親の話をしかけたところに、副委員長がやってきまして、私の「実はまた、実家の母が骨折しまして…」に対しては、こちらにすると、その話は無視される形で、

「では、議事に入ります。」となりました。

ここで、私って微妙な立ち位置と思ったわけです。

微妙に、もう中心になってやらない人間と無駄な話をする時間はないとの空気感が漂ったんです。

まあ、普通、「母親が入院して…」と言いかけたのを、さえぎってってことは無いと思うんですけどね。

新現委員長2人ともノーリアクションでした。(その前の2人の話に入ってはいけないという雰囲気からもそれは感じてはいたんですが)

正直、む~~んとなったんですねえ。相手が感じたかどうかはわかりませんが。

今日の内容は→

私の作成していた書類や、日当や交通費の書類の提出と確認→事務局への提出→公的機関への提出もろもろ、担当者の確認、そして、年間の予定の作成と、手続き云々。報告書の作成(各部門ごと、同じ部門ごとの集約、年間のすべての活動の集約、活動に伴う保険の手続きとその報告)つ会員への文書の発送(その前の印刷).施設に訪問するので、その相手先とのやりとり、日程調整、派遣するメンバーの調整、さらに必要な備品の調達と在庫管理、その出金と会計報告等など、そして、訪問先から回収したアンケート用紙のまとめ等、山ほど仕事があるのですが、施設への連絡以外は、他のメンバーに振り分けることになっています。

振り分け先については、現委員長がやってくれました。ネックは備品管理と注文とその会計でしたが、文句を言っていたご本尊が、承諾したそうで、内心やってみればわかるだろ!みたいなのが、正直な気持ちです。前の委員長で、この人もえ~。よしこさんがやるんでしょ?それに、みんなよしこさんがやるものと思ってるよと言っていた人にも、2つぐらい仕事を回し、他の事も何人かに振り分けをし、一応全体の話がすんだところで、現委員長と新委員長との2人の打合せ。

副委員長とわたくしめはお暇になりまして、やっと、実家母の話題をごちょごちょと、副委員長は最近生まれたお孫さんの写真を見せてくれて、お返しにYこさんのサイボーグ写真を見せて、ひそかにお互いちょっぴり、私的な話。

そして本題に戻り、いよいよ終了というところで、わたくしから確認事項

ある意味、一番の確認事項でございます。

前委員長も、現委員長も忙しくので、緊急連絡先にはなれない、また、事業責任者の名前は出すが、連絡先はわたくしよしこの電話番号になっているのですが、

「それはどうしますか?」

しばし無言の後、事業責任者となりました。

はい。これで、わたいの雑用のかなりの部分がやっとやっと、減ります。

まあ、その…、書類からわたくしの名前がなくなるつうのも(何年も私の名前だったからね...("= =) トオイメ)なんというか、多少の痛みもあり、でもまあ、いつもいつも最後までいたのも、これで、とっとと帰ることも出来、よかったじゃん。

でもねえ、立ち位置微妙です。もう仕事もやめているわけだしね。

はっきり言って、現委員長と、新委員長との考え方の相違は(向こうから見ると家庭の事情なんぞくだくだ聴いている暇はなく)私が微妙な立ち位置にいることを、実感させられるのですなあ...("= =) トオイメ目

 

 


サイボーグと化したYこさん

2016年03月19日 | 医療

左上腕部を完全にぽっきりしてしまった、実家母Yこさん。

先週末から、さすが認知機能低下での「要介護2」パワー炸裂です。

もうもう、そちらの話題はあまりに沢山で、つうか、あまりにありすぎてどこから手を付けたものやら状態です。

 とりあえず、サイボーグと化したYこさんの腕をご覧くださいまし。

使用前、使用後 もとい、手術前、手術後

  

骨髄に入れ込むので、髄内釘というそうな。

これ入れるのに、肩近くに2センチほど、ひじ近くにも2センチほどの切開で、この長いくぎを入れるという、神業のような手術と素人には思えるのですが、外科の手術としては簡単なもの(*_*;で、手術自身は1時間半もあれば、できるのだそうで。

骨髄は中が空洞なんで、こんなことが出来るというのですが、びっくりであります。

文字通り筋金入りのYこさん、炸裂しております。

大騒ぎの末、退院し(追い出されたとも言う)引き続き実家でも不遜パワーが炸裂。家庭も崩壊状態になっている模様。

が、わたいのところにも、オット母Bこさんがおる故、実家が最悪の連休だろうが何だろうが、「弟たちがいるときは手を出さない」を厳守しておりますよ。

しかし、実家母、アームストロング❣ヘッドストロング❣太刀打ちできない(^_^;)だす!

おまけ

退院時の病院前で

 

 空の青と木蓮の白が目に染みる…

 


またまたやってしまったYこさん、手術室無理やり詰め込み

2016年03月16日 | 医療

カテゴリーは一応医療となっておりますが、これって介護?高齢者?日記?ともいえるやつ。

入院となると、介護保険は停止になり、医療保険になるっつうわけなので、一応医療としておきますね。

御年83歳の実家母Yこさん。

若い時から骨折数知れず。

私が知っているだけで、10カ所?

特に77歳(喜寿のお祝い直後)からは、長い入院をしての骨折治療が毎年のようにあり、最近ではご丁寧に交通事故で両足をひかれ4ヶ月の入院という経験もしております。

で、今回は、部屋の中で事件は起こり、単に転倒しただけなのに、

わかります?本当なら肩からひじにかけて、真っすぐの骨が、X状に。MR画像で3Dで見ると、もうもう、ありえないって感じ。肩側の骨はそのはじが皮膚を突き破らんばかり。下は30度ほどねじれて、さらにガラスのかけらのような、骨片があちこりに散らばり…。

一応、私医療関係で仕事をしていたので、レントゲン画像はみることができますから、唖然茫然でしたわ。

至急手術をというものの、同じように前日の救急医からずっと一緒のおばあちゃんは、残念ながら手術は23日と言われておりました。(かなりの認知症で車いすから脱走を図るわ、腕の固定は外そうとするわ、帰る~を繰り返し叫びの方ですが…)

幸か不幸か、実家母Yこさん、何度も手術をお願いしている先生がおり、今回もその先生の診察日に当たり、いろいろ調整をしてなんとか、手術をぶち込んでくれることになりました。と言っても、次の日の緊急の手術が入るや否やに掛かる、しかも、病室なし。の綱渡りの状態で、とりあえず次の日に診察室に赴くということになりました。

まあ、それはいいんですけどね…。

一緒に待っていたおばあちゃんと、そうは変わらない状態でして…。

診察、検査もろもろ、いやあ~~大変でございました。

次回はその辺を、わたいの頭も整理してお伝えいたしますです。

一応、手術はしてもらい、病室もご迷惑をかけながら、なんとか1晩はゲットし、今日も、文句たらたら言ってながら、トイレ介助に車いすへの移乗からベットへ横になるのも装具のセットなど、もちろん、食事介助に歯磨き介助…、もろもろ、弟と、弟嫁さん、私ともちろん、看護師さんとでやっております。

が、口の減らないつうのは、めんどくさいけれども、いつものYこさんでして、こっちにかまわず、ごはんもりもり食らっておりますので(ああ~~、病院から出たらこの後どうする????)ご安心を。


またまたやってしまった!Yこさん編

2016年03月15日 | 医療

実家母Yこさん。

転倒での骨折。交通事故などで4肢満身創痍でございます。自慢じゃないけど、若い時から骨折が大得意の彼女でございます。はい!

しばらく、落ち着いていたと思ったら(認知の騒動はあるものの)おとといやってくれましたよ。

今度は左腕上腕部。見事にばきっと折れております。

明日緊急手術でございますが(無理やり入れてもらいました(^-^;)手術はなんとかぶち込むが、ベットがあいておらず、夕方最後(夜になるかも)の手術で「日帰り(朝帰り?)」になるかも(^-^;

の!ばやいは!

そのばやい!通院!だそうで(^-^;(^-^;(^-^;

転倒での騒動、病院での騒動またまたシリーズ化しそうでございますよ。

とりあえず、命に別状はないです。(と思うが…腕だけど思うが…しかしそれにしては折れ方が尋常でないのだあ~~)

と、いうわけで、しばし無言になるかもです~~。

とりあえず、わたいは、寝る!のだあ~~。続く~~~