曲がり角で 迷いながら

自分も家族も人生の曲がり角に。戸惑いの中の日々を迷いうろついています。

Bこさん、歩幅は3センチ

2015年01月27日 | 介護

介護人(少なくとも、介護保険の手続き上)を降りる決心をしてから、早3週間。

今までなら、2日に1度は手を引いてどこかに連れて行っていた(病院含め)。

それが、あの、プッツン以来、丁度年末に病院も一通り行き、いつもよりも予約日までの間が長くしてもらったので、1月中の受診の予約もない。

私もそんなこんなで、「散歩」に連れ出す事もない。

よって、ここのところ、週1のデイ(年末年始休みで2週ぶり)と、Bこさんの生きがいのお稽古、シャンプーも含めて週1の美容院。

まあ、それでも、週に3日は外出はしているのね。

それに、必要以上にかかわらないから、今までなら、とってもらっていたものも、自分で取りにいかなくてはならないのだから、それほど、運動量は減っていないはずなのに…。

なのにでございますよ。

歩幅3センチ。しかも、右足が3センチ進んだら、左足はそれにそろえるだけなので、ほどんと、亀ぐらいの速度。

そこまで、退化いたしました~~。

一応、一人ではどこにも行けないとの自覚が芽生えました。

雨の日にも一人で帰ってきてしまって、わたくし激怒でございましたが、そちらも、黙って(電話するから来てではなく)弱弱しい声で、

「お願いします。来て下さい。」の電話をよこすようになりました。

今日、そのお稽古の日だったんですが、行きは送って行くのにも、手は引かずに荷物だけ持ってやり、一人で歩かせました。

帰り路、本当に2センチあるかないかの段を降りることが出来ず、たたらを踏んでいるBこさん。

思わず手を差し出したところ、ためらわずにぐっと握ってきました。

段を下りても手を離さず、ぐうっと握ったまま。

まずい!

優しさのホルモンが出てしまうではないか!

出てしまいましたがな(--〆)

その、必死に握る手が、切なかった。

弟の言う「所詮はあわれな年寄り。優しくしてやれよ。」の言葉が、蘇ってしまったよ。

 


デイでの健康講座に参加して

2015年01月26日 | 介護

オット母Bこさんの通っているデイサービスの施設内は、実はまだ、実際には入った事がありません。

デイサービス以外のところは、(ケアマネさんの部屋や、事務所など)入る機会がありましたが、一度見学させてほしいとお願いしましたが、本人様のお試しデイで、とのことで、また、至急の利用がしたかったため、とりあえずお願いしたという経緯があります。

(実際に他の利用者さんがいる為、と言うのがその理由です。)

お祭りもありましたが、その時はエントラスや、他の施設(有料老人ホーム=かなり高額な)の見学は希望すれば出来ましたが、デイサービスの施設は見ることが出来なかったのです。

たぶん、Bこさんが、お便りを持って帰ってきていたのでしょうが、私の目に触れることもなくいたのですが、丁度認定審査の時にケアマネさんが資料を持っていらして、2カ月に一度、施設内での後悔健康講座が行われているのを知りました。

行われたのは先週の日曜日。私一人で行ってきました。

募集が30人で、先着順とあったのですが、中に入ると、男性1人、女性1人のみ。

そこに私が入ってたった3人で講座は始まりました。

内容は、「インフルエンザとマスク」でして、薬局にお勤めの薬剤師さんのお話で、具体的でわかりやすかったです。

マスクにいろんな種類がありますが、実際に何種類かのマスクを渡されて、使用感を試しながらの受講。

マスク以外の対策グッズ(顔にスプレーして花粉やウイルスをつかないようにするものや、鼻の内側に塗るタイプのものなど)も実際に試す事が出来て、それはそれで、良かったないようでした。

マスクに表示のウイルス99%除去の根拠などもわかりやすく説明がありました。

→詳しくは、この辺のものがわかりやすいと思います。今の時期インフルエンザや花粉対策にきっと役に立つと思うので、ちらっと覗いてみてください。

さて、途中でもう一人講座の参加者があり、皆さんにお茶にお茶菓子にとのおもてなしがあり、希望者には有料老人ホームの見学が出来るとの事でしたが、私は初めて入る、デイの施設内を見学。

もちろん、利用の前の説明でパンフレットでの中の様子は見ているのですが…

思っていたのよりも、かなり狭い

それが一番、感じた事です。

たぶんデイに入ると、皆テーブルの回りの椅子に座り、一日過ごすのでしょうね。

足踏みの健康器具も「たくさん」あって、リハビリも出来る。

との、事ですが、確かに「足踏み器」はありますが…どうなの?

いわゆるリハビリ用の器具を予想していると、……あれあれな、簡単な作りのものです。

別室に運動するところもありますが…、全員が入れるスペースではない。数人ですね。

老人ホームの方たちが育てている「畑」に見学→施設内すぐ目の前の吹き抜けの一部に「プランター」の「野菜畑」中から見えるし、入室の時に当然見える。わざわざ「今日は畑見学」なんて言うほどのものじゃありません

狭い家のプランターより、少ないぞ!

「外に散歩」→目の前の植え込みのところに出る

でございました。

う~~ん!

まあ、それでも、家からマイクロバスに乗って、デイに出かけ、そこで他の人とかかわり、またバスにのって帰ってくる。それだけで、すごい刺激なんでしょうが。

こりゃ、実家の母には物足りないわ。もっとも実家母はもうひとつのデイより、こっちの方がいいと言いますがね。

食事もおやつも出ますしね。

「介護人」は助かりますわね。預かってもらうだけでも。

でもまあ、正直、デイに週2日も行きたくないというBこさんの気持ちも、少しわかったような…。

そう思った事はBこさんにもオットにも内緒でございますよ(*^^)v

はい、見ざる聞かざる言わざるでございます。

しかし

しかし

自分の時には…

やはり

「行きたくない」と言いそうな予感でごぜえますだ


Bこさんの介護認定審査からオットの参加

2015年01月25日 | 介護

自分が介護から降りるというよりも、オットを参加させなくてはいけないとの気づきもあり、丁度3月からの切り替え分に向けての介護認定審査が行われるのを、機に、少なくとも手続きはオットにシフトをもくろんだ私です。

亡きオット父Gオさんの、4年前の硬膜下出血を境に、介護保険を使う機を伺い、更にその後のGオさんの、COPDによる緊急入院→退院時からの介護保険の利用に向けて、そして、オット母をもその期に介護申請。介護保険を使っての自宅改修と、私が主導して行ってきました。

それは、もちろん、Gオさんの為ではありましたが、介護するこちらの立場が楽になるようにと言う事がありましたから、「自分の為」という面もありました。

けれども、オット父Gオさんが亡くなってからの、オット母Bこさんの私への依存は日々強くなり、こちらのばねがはじけてしまったのです。

たかだか、「要支援2」ですから、「歩ける」し、「なんでも自分で出来る」が「見守りが必要」と言う状況です。

もちろん、この状態で、一人暮らしの方も大勢いる訳で、本来なら、「自立」して、生活できるはずなのです。

「歩けるのに歩かないだけ」ですし、「自分で出来るのに家族がやってやる」と言う事なります。

私がやってしまえば、ますます、「歩かなくなる」訳で、どんどん、筋肉は落ちてきます。

本来なら、「歩かせる」見守って、「散歩に連れ出す」などしないといけない訳ですが、「デパート」なら歩けるのに、その辺は歩きたくない(みっともないと思うらしい)Bこさん。自分の趣味の教室なら、付き添ってもらい荷物を持ってもらって「自分で行っている」と思っているBこさん。(内心はわかりません。他の人には見栄を張ってそう言っているだけでしょうが)

オットにシフトをして初めての介護認定審査。

その時もきっと、「自分でなんでも出来るしやっている」と言い張るのは目に見えています。

その為、ケアマネさんも「作戦介護」の名のもとに、Bこさんとオットに「指導」というか、「理解」させるように、話をしてくれました。

始めにオットとBこさんに聞くと、「別に…」特別何もないとの返事。

「よしこさんはどう思いますか?」とのケアマネさんの問いかけに、私は「入浴と夜のトイレの対策が必要だ」との意見を言いました。

出来るだけ冷静に、具体的に話しました。

二人は異口同音に「まだいい、必要無い」を繰り返します。

つまり、夜奥の院から、よたよたと何回もトイレの往復するのも、お風呂も完全に一人で(補助なしで、見守りなしで)心配ない。との主張です。オットもBこさんも入浴時の転倒は「あり得ない」のだそうで、だから、別に何もしなくてもいいのだそうです。

今までなら、この辺でこっちはカッカ来るところですが、この日はいたって冷静。

ケアマネさんに「まあ、このように言っているので、そのままでいいんじゃないですか?」と言いました。

ケアマネさんは「お二人のお気持ちはわかりました。僕もいろんなケースを見てきています。僕の立場からですと、このような事が心配と言う事があれば、それに対して、こういう事ができます、こうすればいいと思いますと言えますが、何もしなくてもいいということであれば、こちらからは何も提案できません。ただ、正しく介護認定をしてほしいということであれば、今の状況を正確に伝えなくてはいけません。

以前Bこさんは、手すりはいらないと言いましたね?使っていないと言いましたね?今はどうですか?使わないと階段上り下り出来ませんね?付き添ってもらわないと外出出来ませんね?買い物、一人ではできないですね?病院も一人では行けないですよね?お風呂も見まもってもらって入っていますね?ベットからの立ち上がりも手すりがないと出来ませんね?

それを正しく伝えて下さい。

そうすれば、要介護になるかもしれません。

要介護になれば、今までは1ヶ所しか行けなかった通所施設が、いろんなところに行けるようになるので、Bこさんの以前希望していたリハビリのデイも行けます。

それに、入浴時の転倒はただ、ころぶのではなく、意識がなくなって倒れる事もあると言う事を踏まえておかれた方がいいです。自分がしっかりしているから大丈夫ではなくて、誰でも夜の入浴は危険があると言う事です。その時にドア側に倒れると、ドアが開かなくなりますかが、助けたくても助けられないって言う事もあります。高齢になればなるほど、そういう意味の入浴時の危険と言うのは増し、その時には意識がありませんから、思い切りどこかに頭をぶつけてしまう事もありますよ。

でも、ご本人様と介護人がそれでも構わないと言うことであれば、今のままでいいと思います。」

しばし、無言の「ご本人様」と「介護人」でございます。

はい、「元介護人」も別の意味の無言でございますよ。

まあ、お陰さまで「ご本人様」は「出来ない事は出来ない」と言い、始めは「10分程度付き添います」と言っていたケアマネさん。最後まで口添えして下さり、たぶん、正しく審査が出来たのではないかと思います。

前と違ったのは、以前は「ベットから立ち上がれますか」と「寝返りが打てますか?」のところは、「はい」の返事だけで、特別確かめもしなかったのですが、今回は「実際のベット」での審査となり、Bこさんの部屋へ移動しての審査が行われた事です。

まさか、「部屋に押しかけられる」と思っていなかったBこさんは、大慌てでしたが、その時に「杖」歩行でも覚束無い足元、しっかり披露し、私は部屋へは入れないので、待機していましたが、その辺も後で確認があり、Bこさんが、私に依存しているのに、部屋には入れさせない(部屋の入口の襖の中にカーテンと付けて中が見えないようにしてある)事も、審査の対象になったようです。

ケアマネさんにも、家の中の実情がかなりわかってもらえたようで、こっそり、

「どうします?よしこさんは、もう待ったくタッチしない方向で行きますか?」と聞かれました。

平日で、自分が開いている時には今まで通りですが、デイの日を替えるとか、手続きとか、その辺はオットにやってもらって、徐々に「介護」に巻き込んでいく方向でと、伝えました。今までのように私がケアプランを提案するのではなく、オットがどうしたらいいか考えてもらえばいい。実子である、オットがそれでいいなら、私はそれ以上はかかわらないと言う事で(*^^)v

この日以来、必要以上にBこさんの傍にはいないようにしましたし、今まではこの日は私が出かけるからと、色々私が対策をしてきましたが、あっさり、「この日は私いません」だけ。

お昼にいない時には昼食の用意もしていきましたが、今は全くフリーで出かけてしまいます。

結局私が一日仕事になっているからデイに行ってと言う日も、本人、そんなことは聞いてないとか言い出して、「オットが休みをとる(本当は休みの日なのに出かけることにしていた)」事で決着。

Bこさんのお稽古の送迎も、ムスメが来れる時にはやってくれて、

「すぐ近くなのに、本当に遠いね。あんなにおばあちゃん、大変になってたんだね。」と言っていました。

今まではムスメも小さい子を抱えて大変だし、おばあちゃんの面倒を見させるのもかわいそう。」なんて思っていましたが、なんと言っても自分のおばあちゃんなんですもの、やってもらえばいいんですよね。

と言う訳で、私、現在、羽が生えた思いでございます。

気持ちが全く違います。

軽~い軽~い、身軽になった感じがします。

まあ、オットは気の毒ではありますがね。

Bこさんも、今までは自分で勝手に日や時間を決めて、○○に誰それが来るからとか、どこそこに行くからなんて言ってましたが、一応お伺いを立てるようになりましたよ。

私の実家母の介護人である弟は「お互い大変ですなあ。でも、トドちゃんもかわいそうだから、適当にしてやってよ。」だってさ。

ま、雨降って地固まるってことで(*^^)v


Bこさん、介護認定審査を受ける

2015年01月23日 | 介護

よく、アルコール依存症の夫の妻は、献身的な妻であるがゆえに依存を増長する。逆に言うとその妻がアルコール依存症の夫を作るとまで言われていますが、介護にもそういう事が言えるのではないかと、感じています。→共依存連鎖する依存関係

一応医療関係の仕事をしていたと言う事もあって、言われなくても先回りして準備をするのが身についているため、相手が手を出そうとすれば、相手が求めているものを相手が受け取りやすいように渡す(何も言われなくても)。

これが当たり前になっています。

だから、生活面でもそれが当然のこととなり、「気がつかない夫」の先回りして、やってしまう。

その積み重ねが、もともと、気が回る方ではない夫の、そういう面を増長してしまっているのではないかと、思います。

そして、私は「この家にはなくてはならない人なのだ。私がやらなくては」と思い込んでいたのですねえ。

それが、先日の「事件で」思い切り、付き物が落ちたように、肩からオット母Bこさん、オットが転げ落ちまして、私は思いっきり身軽になりました。

今回、突然の「介護人指名」は、オットにも、オット母Bこさんにもかなりの戸惑いもあるのですが、それを言えない(今までなら、当然のことのようにやって=はっきり言えば命令)、言い出せない、そんないきなりのバリアが出来たように思っているのではないかと思います。

手始めに、介護認定審査の前の、ケアマネさんとの打ち合わせ。

事前には「やってらんねえ。仕事辞めるわ!」なんてブチ切れたりしたオットも、一応、やらなくてはと思ったようで、当日はそれについて何も抵抗することなく、神妙な面持ちで行いました。

今は要支援2ですが、今回は介護1になる可能性もあり、前回何でも出来るような事を強調してしまっていたBこさんに、色々アドバイス。

「いつも、杖を持っていないとなら、ほら、今持ってきてないと駄目でしょ?なぜ使わないんですか?常に持っていましょう。」と取りに行かせ、立ち上がりやその歩き方をチェック。

もちろん、Bこさんに移動には杖を徹底させる目的もありますし、審査の時に杖歩行であることをアピールしないといけませんからね。

義弟達が来た時のように「杖なし」をアピールしたいBこさんに、まず、ジャブですな!

そして、今度は、オットに「今後の支援あるいは介護」についての考えを確認します。

(その前に今受けている支援についての説明がありました。)

さて、今後?

たぶん夫の頭の中にその構想は白紙でありましょう。

何をしていいのか、するべきなのか、なんのベクトルもない状態でしょう。

オット「もごもご…、同じで…いいん…じゃない…か??」

Bこさんも「別にわたしもいいです。」

 

黙ってそこにいる、私の方に「よしこさんは、どのように思われますか?」と、質問されました。

→いつもながら 続く~~


介護者の会で話を聞いてもらいました

2015年01月20日 | 介護

11月に参加した介護の会。

12月は出席できなかったのですが、今回はお誘いのお手紙もいただき、先ほど行ってきました。

良いか悪いかBこさんの知人が、介護の会を主宰している会の役員さんで、「よしこさん?」と声を掛けられました。

ホントは思いっきりBこさんへのいわゆる不満を言いたかったですが、こりゃまずいと、今日は思うようには、話せないかなと。そして、世間は狭いから、ここでもそうそう思うようには話せないのかなと、思いました。

けれども、前回参加した時のメンバーに更に、介護関係の職員さんもいましたし、初参加の方も何人かいらして、もちろん、すべてを話すとはいかなかったものの、話が出来る場があるというのは、いいですね。

そして、他の方の話を聞くのもいい事です。

他の方はずっと、Bこさんよりも介護度は重い人たちばかりで、うちなんかほんとに介護の入口なんですけど、やっぱり、話して理解してくれる人がいるっていうのは、気持ちが和らぎますね。

私は、オットの介護への理解と、協力を得るためには、まず、手始めに介護手づづきと思ったら、オットがこんな風だった。Bこさんには気の毒だけど、ぐっと我慢して、オットを介護手続きを通して、介護に巻き込んでいる最中だと話しました。

Bこさんへの不満をしゃべるのは我慢

なんと言ってもBこさんの、知り合いなので悪しざまに言う訳にも行かないし、顔役の方なので、知り合いも多いですからね。

もちろん、Bこさん共通の知り合いや友達もいる訳でして。

今回はとどを介護(少なくても手続きや手配などをやってほしい)に巻き込むための、現在進行形であることを話しました。

それこそ、介護申請中なので、今後どうなるのかわかりませんが、担当者に聞くと正直Bこさんの場合は、「要支援」になる公算が大きいと言う事でした。たとえ、歩みがゆっくりでも、歩幅がせまくても「歩けている」のでね、自立ではないですが、介護ではない。つまり、「支援」になるとの事でした。

まあ、そうでしょうね。

介護の会で話を聞くと、本当にうちなんかやはり「支援」の範囲内だわって思います。

不思議なもので、それが、介護の会の中でなら、すんなり受け入れられるんですよね。

オットを介護人にする活動は、これからも続きます。

でも、会でも言われました。

「ご主人もそろそろ認知(介護される側の)じゃないですか?」

はい!わたいもそう思います。

先は長いので、わたいも、手抜き見ざる聞かざる言わざるで、やって行きたいと思います(*^^)v

まずは、オットを「立派な介護人もとい、支援人」にしたてやしょうぞ(*^^)v

 

やはり、Bこさんのことを色々言わなくて良かったです。

Bこさんの知り合いの方は、以前歩くのがあれまになったBこさんを見て、思わず

「いや~、こんなになっちゃって。よしこさん、大変ね。」と言った方なんですよ。

会が終わった後で話を聞くと(というか向こうから話しかけてきた)先日お会いしたそのあと

「あまりにBこさんの様子がたいへんそうだったもんで、あの後皆にそう言ったのよ。」つうて、ましたからね。

「ねえ、Bこさんが、前々からしていた話を聞くと、お宅のご主人、相当のぼんぼんよねえ。

頑張って、ご主人を巻き込んで、あなたはちょっと引きなさいよ。

そうしないと、あなたが倒れちゃうわよ。」と気の毒そうに言って下さいましたが、皆って誰だい?

これでまた……噂は広まるんでありましょうね~~。

でもまあ、オットとどを巻き込んでの介護手続き進行中と言う事の話が出来て、それだけでも気持ちは思いっきり軽くなりましたよ。

いかったいかった。(*^^)v

あ~?今日のBこさん?

ムスメに丸投げしました~~。一応お昼の支度はしてね(^_^)v

おばあちゃんを生きがいのお稽古に、すぐ近くのうちに送って行って曰く。

「○○さんちって遠いねえ。あんなに近いのに、遠い遠いところだねえ。お母さん、大変だったねえ。いいよ、今日は子どもたちのお迎えまでは居られるから、行ってきな。」と言ってくれました。

 

一応オットもお昼に一度帰ってきたので、二人に任せ、さも、仕事に出かけるような亭で介護の会に参加しました。(*^^)v(*^^)v

 

これからも、さっさと出かけま~す。(*^^)v


Bこさん、介護認定審査を期に、介護人変更を申し出る騒動

2015年01月19日 | 介護

介護人としての気持ちがぷっつり切れた私

キレた次の日、祭日にもかかわらず、認定審査の日程の相談が、審査員の方からありました。

できれば、明日と言われたのを、ケアマネさんの立ち会いもお願いしたいし、今回から介護人を私からオット(実子)に交代するので、オットの休みの日にと、少し日のべをお願いしました。

まずは、ケアマネさんの都合。オットは休みなので、何があっても立ち会ってもらいますがね。

ケアマネさんは留守で伝言をお願いし、オットとBこさんに

「○日○時に介護認定審査があります。ケアマネさんが立ち会えれば予定どうり、もし都合が悪ければ変更です。今ケアマネさんの連絡待ちです。それから、その時から介護人=連絡先はトドにお願いしますから。私は介護人からはおりますのでよろしく。」と宣言しました。

さすがに、その件初耳のBこさん、びっくり眼でした。

 

それを無視し、しばらく出来なかったカメラを持っての散策に出ちゃいました。

ちょっと風はありましたけど、空は澄み切った青空。

ひさしぶりに、野の花を探しに。

そして、外の空気を吸って生き返りかけたその時、携帯電話の呼び出し音。

ケアマネさんからでした。

日時を伝え、そして、介護人を今回からオットに替えたい旨、伝えました。

さすがにケアマネさん。

「何かありましたか?」

一応、今回の骨折云々のことから、もっと実子が関わらなくては駄目だと思ったことを伝え、少なくとも事務的な手続きなど出来ることはオットにシフトしたい旨伝えました。

「とりあえず、審査員の人が見える前、15分前に作戦会議とご主人と打ち合わせをしましょうか。いつも月末にやる介護計画もその日にやってしまって、印はご主人からいただくって事で。」

私の方はすべてをはきだした訳ではありませんが、ここで、ちょっと気持ちは軽くなりました。

オオイヌノフグリホトケノザなどのかわいい花も陽だまりに咲きだしていて、久しぶりにマクロ撮影。

真っ白になった富士山も眺めながら、気分一新で、帰宅したのです。

そして、Bこさんと、トドに、ケアマネさん当日OK。ただ、審査の人が来る15分前にケアマネさんが来てくれるから、さっき言った時間より15分早く打ち合わせをするからね。連絡先も伝えないといけないし…と言いかけたら、オット

「じゃあ、おれに仕事を辞めろってことだな!ああ、辞めるよ。やってらんねえ

は?  

ど~~して、こうなるんすか

休みの日にたった15分ですよ。なんで仕事を辞めるになるンすか?

しかも、Bこさんのいるところでブチ切れた

それを言えば、私がやるつうとでも思ってるンすか

平日はいいんすよ。自分の休みの日に出来ることだから、やってくれつうてるんですわ。

それに、介護保険を利用するには、契約だの利用料金の支払いは、銀行からの引き落としで、その件はトドが管理しているんですから、そっちでやってもらわないといけません。オット父Gオさんが存命の時はGオさんがやってくれていて、今まで引き続きですから特別新たな手続きは必要無くて済みましたけど、今度介護認定が変われば当然新たな契約をかわさなくてはなりません。

丁度、そういう事も知ってもらういい機会じゃないですか。

通帳、わたいは触りませんからね

実家では弟がすべてやってます。

常勤の夫婦で手続きもすべてやっている訳ですから、週4日出勤のオットに出来ない訳がないじゃないですか。

弟だけじゃありません。皆仕事を持って、介護する為に行う、必要な手続きじゃないですか。

でしたが、ここで、喧嘩しては駄目駄目よ~~。

すべてが水泡になりますからね。

この時は、「すべてをあなたにやれって言っている訳じゃない。とりあえず、介護保険の手続きなら仕事の休みの日に出来るでしょう。それに支払いはすべて銀行からだから、そっちは、私、タッチできないですよ。とりあえず15分。出来るでしょ?」

とだけ言いました。

答えは「めんどくせ!」でした。

 

夜になって、とどが落ち着いているのを見計らって、

「さっきはなぜ仕事を辞めるなんて言ったの?仕事を辞めなくていいように介護保険を使うんでしょ?」と聞くと、

「めんどくさくなっちまったもんでさ~」

こやつ、前にもこんなことがありましたね~~。

その時はGオさん、Bこさん、実家母Yこさんのトリプルだった時です。4年前の夏でした。

あんときゃ、暑い暑い夏の夜、自転車で家を飛び出したんでありました。

(改めて過去ブログを読んで涙っす

 

 

仕事を辞めて、一人でBこさんの介護をする方が、よっぽど大変だと思うが。

そう言うと、「……、よく考えてみるわ(--〆)」

はい!私、オットトドが介護状態になっても、みませんから~~~。

と~~ぜん

その前にさいなら~~でいいんじゃないすか?

あはあは!またまた、オットとどは私に見放されたんであります~~。

つうたら、ムスコ「俺も見ねえぜ~~(*^^)v」だと。

みなさん、予測はつくと思うが、ケアマネさんとの打ち合わせ、及び認定審査。当然、でも、オット母ですから~~


Bこさんの傾き転倒後の様子と私の気持ちの変化

2015年01月18日 | 介護

オット母、年末の仙骨骨折3日後、1月2日に丁度真後ろから写した写真です。
背中の傾斜がいっそうひどくなったように感じたので、診察の参考にあるいは、介護認定の時にと写したものです。


新聞を読んでいるBこさん。
筋が浮き出ているところが背骨です。

右に傾き更に前に倒れているでしょう?

直後左に傾く。



真っすぐしているつもりなのか、真っすぐが保てないのか、逆に左に倒れそうになっています。

そのまた直後に今度はたぶん寝てます。



昨日はBこさんが昼食をとったあと、買い物に出たのですが、カメラを持ってゆっくり一回りして帰宅すると、前に突っ伏して顔面が全面机にくっついた状態でした。

こちらは、11月2日、食卓の椅子で右に大きく傾いたまま寝ている画像。

これも正面から写しています。

赤の十字を入れてみました。





年末にはやはり買い物から帰ってくると、こんな恰好で寝ていたのですが、なんと、裁縫箱を広げ右手に針を上に向けて寝ていたんです。

どうですか?これでも一人で置いておいて心配ないですか?

娘が来た時、おばあちゃんが(Bこさん)部屋から出てこないので、娘が部屋に入って見てくれました。すると、お化粧をしながら寝ていた!と。私は部屋には入れませんから、中で何かあってもわかりません。

それでも、いいですか?

立って歩いている時だけじゃないんです。座っている時だって、転倒の心配があるんです。現にそれで怪我をしてますからね。

四六時中ずっと張り付いてはいられないし、しかも、部屋の中に入れないんですから、こちらにも限度があるじゃないですか?

だから、今まで長い時間は一人にしておけなかったんですよね。私がね。勝手にね。心配で出れなかったんです。

残念ながらBこさんの歩行歩幅は両足とも3センチに減少。(年末から殆ど歩いてないから、日々歩けなくなっている)でも、もう私が散歩に連れ出したり、ドライブに連れて行くってことは止めます。止めました。必要とオットが思うならば、オットが一緒に歩けばよい。

手伝って頼まない限り、やらない!

でも、実子であるオットは、心配せず、私が仕事で出かけていると気にも自分も自分の趣味に出かけて行ってしまうんでね。これからは、仕事や自分の用事で、出る時には私の方が調整するんではなく、オットに考えてもらいます。

 

おほほ!自由にでるぞ!

冠婚葬祭はこちらでは調整できないので、欠席したりしていましたが、行きます!

泊まりでも行きます!

 

ぐわははは!私は自由だあ~~


タイミングばっちりのBこさんの介護認定審査 その準備編

2015年01月18日 | 介護
オット母Bこさんの介護認定審査(3年目4回目=再審査をしたことあり)の時期がやってきました。
審査を行いますよのお知らせはかなり早くから来てまして、更にそのお知らせが来る前にケアマネさんが手続きの手配をしてくれてありました。
なにしろ、前回「要介護1がとれるように僕が書きますよ」と言った先生は当時体重が42kgだったBこさんの体重を60kgで申請してあったと言う(内容もケアマネさんが見たら問題があったらしいです)事で、今度はしっかりと、内科と整形外科両方やっている、10年来の掛かり付け医に(といっても、ここもどうかなと思わなくもないが整形外科のみのところよりは、全体についてコメントしてくれるのはないかということになりました。
最近体重が減ってきているので、(丁度1年前より4kg減=筋肉の低下)しっかり身長体重を計ってもらわないとと、丁度診察日だった掛かり付け医にしつこくお願い。
また、本人が必要もないのに膝に注射をしてほしいだの、胸のレントゲンがどうとら、検査を最近してないけどやってもらえないかとか言い出しましてね。(逆にわからないことを言った方が、介護認定には有利に働くでしょうが)薬も出してほしいと望んでDrも渋々出した薬、結局ほてるのが気になって飲まないのに、また念を押して出してほしいと言うので、Drもちょっと嫌な顔をしましてね、
「じゃあ、次回は6週間後にしましょう。1ヶ月にしなくてもいいでしょう。検査を希望なら、血液検査だけね。前やったばかりだから6週間後でないと出来ません!
血流の薬は1日2回分を2週間だけ出します。他は6週間ね。また飲まないでしょ?前の残っているのから飲んでね。」

検査をすぐ出来れば今日やってほしいと言うBこさんに、
「出来ません!検査をしたかったら、6週後しか出来ませんよ。検査しないなら1カ月後に予約を取りますけど、6週後でいいでしょ?来ても仕方ないですよ。薬が無くなったら来て下さい。(つまり、他の時には来なくてもいいと言ってるんですな。とにかく薬では毎回揉めますから。なんで、飲みたくないのに、くれって言うんでしょうね?)」

と言う訳で、認定審査の主治医意見書はちゃんと今回はしっかり身長体重も計ってもらって、随分背も縮み体重も減った事も、わからんちんであることも転倒しやすい事も書いてもらえるんじゃないかと思いますよ。
だたねえ、はっきり言って、先生に嫌われてますわ。無理もないですけどね。


レントゲン撮ってほしいだの、胃カメラやりだいだの、すべて却下!

不服のBこさんに、わたいからも「悪いところがないと、検査はできないの。なんともなかったでしょ?血液検査もこの間やったばかりだから間を開けてやらないといけないから、今日は出来なくて、一番早くて、2月の20日過ぎだって。」

大声を張り上げての説明をしながら、待合室に戻ると、よろんよろんのBこさんを見て、皆ささっと移動してくれましたわ。


さて、まあ、一応掛かり付け医の意見書はこれでOK。

あとは、認定審査の時に、介護人の変更をすればよいのだあ~~。

まあ、これにまた一悶着ある訳ですが、こっちは、着々と準備をしておりますですハイ (*^^)v

Bこさん、骨折後、私の気持ちが折れるその②

2015年01月16日 | 介護
Bこさん、骨折後、私の気持ちが折れる その①の続きです。

Bこさんのお怒りは、義弟(Bこさんの次男)一家の魅力に打ち消され、たぶん居眠りから覚醒したのでしょう。15分ほどすると、けろりと(その間に義弟達には年末の骨折騒動をごく簡単に説明してある)して、「手柄話」あるいは「自慢話」のように、自分から骨折のあれこれを話し始めました。

まあまあ時系列は、それほど間違ってはいません。(つっこみどころも多々ありましたけど、まあ、細かい事はいいかとそこはスルー)
というか、その前に憤怒があったので、私もう「女中」に徹して、家族そして、第一介護人としては、対しないつもりで、台どころに引っ込んでおりました。

なんだかんだいいながら(オット=Bこさんの長男)とどのことも、かわいいんですな。
まるで、オット一人で病院に連れて行ったような話しになっとりますわ。
そして、私が呆れた大浜海岸に連れて行った事も、「いやあ、もう何十ン年ぶりに大浜に連れて行ってもらって…」となっておりました。もしかしたら、本心かもしれませんね。
でも、わたしからしたら、はあ~ん?ってなもんですわ。
病院でも、とどが付き添っていたかのような話(つうか、わたいはまるでそこにいないかのような話しぶりですわ)
ほお~~。そうですか
でも、私、ひっこんで、一人黙々と2回目の正月の準備でございますよ。

弟たちも特につっこみもせず、それで、どの位で治るんですか?と聞くと、
「なんともないだよ。一応6週間とか言ってるけど、別にどうってことない。」
「○○さんちへのお稽古も、荷物さえ持ってもらえば行けるから、行きはよしこさん、帰りは○○さんに持ってもらって、ちゃんと行ってる。デイも行かなきゃならないし、とにかく忙しいだよ。お風呂も全然大丈夫だし、美容院も週に1回は行かなきゃならないし、どこそこへも行かなきゃならないし…」
云々かんぬん、以前と変わらぬ生活が出来ていると、アピール。

「車でよしこに」送迎及び、病院の付き添い全面的になんてのは、毛ほども出てきません。

が、さすがに弟達も、一人じゃどこへも行けなくなっているってことも、私がやっているって事もよお~くお分かりで、
義妹がこっそり手まねきして、
「このままじゃあ、よしこさんが息詰まっちゃうから、夫(義弟)が泊まりに来るって言ってるから来てもらって、トドさんとよしこさんとで、どこかへ行ってきたら?」
と提案してくれました。まことありがたいですけど、まず第一にオットとでは、休まりません。

「いいよ、とどと行ったんじゃ休まらないし、それにBこさんが承知しないでしょう?」
と言うと、義妹は
「じゃあ、お友達とでもいいじゃない。息子2人がおばあちゃんの面倒見ればいいんだから(それもそうだ!)、お友達とでもどこかへ行った来たら?」と言ってくれました。けれども、義弟をお客さん扱いしているBこさんが承知しないでしょう。まあもし許したとして、義弟が泊まるにあたっては(Bこさんの部屋に)またそこで大騒ぎでしょうし、まだ、家にムスコもいますしね。行く前の騒動準備なんぞ考えると逆に大変。

でも、気持ちはありがたく頂きました。
(おし!いざとなったらその手を使って、自分の方の親戚の方の冠婚葬祭に行くを押しきる手がある!)


そのうち(もちろん、Bこさん居ない時に)Bこさんの米寿のお祝いをどうするかになったのです。

と、義弟が「いいよ、簡単にお昼をどっかでさあ…」と言いかけたので、
「悪いけど、ウチはそういう事が無ければ、どこにも行けないんだけど。近くでもいいから、どこかに1泊したらどう?あなたたちが言えばBこさんも行くって言うと思うよ(私と私のムスメが誘った時には嫌がった)」
と言いました。

すると、急転直下、3月に皆で泊まりに行こうと言う事に。

ある程度話が決まったところで、Bこさんに義弟一家がその話をすると
「私はいつでもどこでもいいですよ。」だと

(ほお~~、だいぶ私たちが誘った時と違うじゃん!)

はあ~~、そうですか

じゃあその後のお話は皆さんで!
私は「女中でございますからね、失礼いたしますよ」と心の中で呟いて台所へ。

と、義妹が追っかけてきて「私やりますから」と片づけを手伝いながら、ひそひそ話。

「こんなに大変になってるって気がつかなくてごめんなさい。
家におばあちゃんを預かれればいいんだけど、あの外階段がね~。私たちももう上がるのが大変になってきているので、いい売り家があれば、引っ越そうと思っているんだけど。室内犬の老犬が1階を自由に徘徊しちゃってるから、あの犬もなんとかしなきゃ、おばあちゃんにいてもらうところもないし。となると、ここに義弟が泊まりにくるのがとりあえず出来る事かと思うんで、彼も毎日が日曜日になったから、いつでも自由に来れるから、遠慮なく言ってね。
それでも、おばあちゃんが泊まりに行くって言って良かったですね。
その日はトドちゃんと義弟2人がおばあちゃんと寝て、よしこさん、私たちの部屋に来ませんか?男の子たちは2人で一部屋にして、私たちは女子会にしましょうよ。」と言ってくれました。

でもって、リビングではマゴ達とムスコとで、日程や場所の検討が行われ、
「わたしゃベットなら手すりがあるから(ないと思うけどね)大丈夫、一人で寝られる。」そうでございます。
「お風呂も一人で行ける」そうでございます。
ほお~~。やってもらおうじゃん。
立派なムスコ2人に成人したマゴも大勢いるんですから、みんなで寄ってたかって面倒見てくれるんでありましょう。


よかったよかった!と皆が大盛り上がりのところ、そうは思えないところが、ヨメとしての私の気持ち

散々苦労したところを、あっと言う間にひっくり返したのよねえ

はあ?何がどこでも行けますだあ!連れて行って下さいだろうが



実子だの、孫の威力には、ヨメの365日の努力は、思いっきりブッ飛ばされますな

まあ、それが自然の摂理つうもんでありましょう。
仕方ないことなんでありましょう。


と言う訳で、私の介護人としての気持ちがここで、思いっきりぶった切れたのであります


義弟一家が帰り、米寿のお祝いに泊まりに行く話がまとまったと、ご機嫌なオットとムスコに、

「私、第一介護人を降りさせていただきます。
Bこさんには立派な息子に孫もいるので、Bこさんの介護人は、トド、あなたに譲ります。
丁度介護認定審査が近々ありますから、その時から交代しましょう。
以後の介護の手続きは、そっちでやって下さい。私が出かける時には、そっちで色々手配をよろしく(*^^)v」

だって、色々こうしたらああしたらと考えたって、言う事聞く訳じゃなし、とどだってそれでいいと思っているなら、留守に何があったっていいじゃないですか。

何も私が3回も救急搬送するこたあなかったんですわ。
実子が必要だと思うえばやりゃあいいんです。
実子が良いと思えば、ほおっておきましょ!
何かあったら、どうする?って相談して良いって言うなら、ほたらかしときましょ!

お風呂場だって夜のトイレだって、本人がいいっていうんだから、いいんですよ。
転んで何かあったら、オットが世話すればいいんですわ。

オット父Gオさんのときだってそうだよねえ。全部私がやった。
一応介護のメンドクサイ手続きはやり、道筋は付けてあるんで、あとは、自分たちでやってくれればいい訳でね。

私が宣言した時には、二人ともびっくらこいてましたがね。

二人とも言葉がありませんでしたね。

その後2日ほど、余計な事は一切言わないし、やらないし、まあ、必要最上限の話はしますけどね、食事が終わったら、今までだと、Bこさんがだらだら食べているので、お昼なんか12時に食べ始めて2時過ぎまで片付けができないんですけど、食事は1時間として、とっとと下げてしまう事にしました。

今までなら、「いいですか?」なんて聞いてたんですけど、その都度、「まだ、あれを食べてない。これを食べる。あれを持ってきてもらおうか」なんて言っていたんですよ。

無言で、とっとと片付けちまいます。フン

さすがにBこさんも、なんかよしこさん、機嫌が悪いと思ったらしく、最近は「○○とってもらおうか」と言った後、顔色をうかがうようにして小さい声で、「とって下さい」とか、迎えに来ての電話も「来れたら来て下さい」と言うようになりましたよ。

そして、いよいよ認定調査が始まったんですが、そちらはまた次回ね(^_^)v