若いときからずっと傾倒してきたベートーヴェンの作品。
さすがに「楽聖」といわれるだけあっていずれも傑作ぞろい、素人があれこれと”出来栄え”について口を挟むのはとても恐れ多い気がするが、とりわけ後期の作品に関しては一段と高く聳え立つ山のような趣がある。
まあ、具体的に絞り込むとすればピアノ・ソナタでは30番~32番、弦楽四重奏曲では14番と15番、そして交響曲では第6番と第9番といったところかな~。
これらの作品にはベートーヴェンが最晩年に到達した哲学的な心境が横溢し、極めて内省的な性格、深い思索と達観の世界、秘めたる高い精神的な感動といったところが大きな特徴で、最初の一音を聴いただけで思わず”居住まいを正したくなる”ところが明らかに前期、中期あたりの作品とは違う。
仏教に「解脱」(げだつ)という言葉がある。
広辞苑によると「束縛から離脱して自由になること。現世の苦悩から解放されて絶対自由の境地に達すること。また、到達されるべき究極の境地。涅槃(ねはん)」とあるが、これが「ベートーヴェンの到達した境地に近いのではあるまいか」なんて勝手に思ったりする。
さて、これら後期の作品の中でも自分が一番深く傾倒しているのがピアノ・ソナタ32番(OP.111)の第二楽章。ベートーヴェン最後のソナタとしてピアノ単独による表現では限界を極めたとされる作品。
この曲には音楽評論家「小林利之」氏の名解説がある。
「深い心からの祈りにも通ずる美しい主題に始まる第二楽章の変奏が第三変奏でリズミックに緊張する力強いクライマックスに盛り上がり、やがて潮の引くように静まって、主題の回想にはいり、感銘深いエンディングに入っていくあたりの美しさはいったい何にたとえればよいか。「ワルトシュタイン」などが素晴らしく美しくて親しみ深いと言っても、まだこれだけの感銘深い静穏の美しさにくらぶべくもないことを知らされるのです。
この曲を聴きながら折にふれ自問自答するのが「クラシックファンのうち、このソナタを好きになるような人とは一体どういう人なんだろう?」。
つまり無意識のうちに「自分捜し」をしているわけだが、少なくとも「苦労知らずのネアカ人間で万事に積極果敢なタイプ」は好きになれない曲目だと断言していい気がする。
いや、「好きになる資格がない」と言い換えた方がいいかもしれない。
「タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない」とは、どこかのハードボイルドの小説に出てくる言葉だが、まあ~、これは関係が無いっか。
さて、現在この曲目のCD盤は全部で12枚所持している。
バックハウス、内田光子、アラウ、グールド、ミケランジェリ、リヒテル、ケンプ、ブレンデル、コヴァセヴィッチ、ギュラー、ゼルキン、デムスと多彩に富む。
沢山持っていても何も自慢にはならないがこの曲目への愛情のひとつの証(あかし)にはなる。
「日本広し」といえども「32番」をこれほど愛し、そして多く所持している人間はそうそうはおるまいと内心ひそかに自負してきたわけだが、そのプライド(?)が木っ端微塵に砕け散ってしまうときがついにやってきた。
何とこの「32番」について「99枚ものCD盤(当然レコード盤も含む?)を試聴しその結果を掲載しているホーム・ページ(以下「HP」)があった」。
ウーン、参った!
自分をはるかに上回る99枚ものCD盤を聴きとおして記事にしている「HP」はおそらく空前絶後、日本はおろか世界でも皆無だろう。
世の中にはスゴイ人がいるものである、と同時に自分以上にこの32番にトコトン入れ込む方がこの世にいらっしゃると知って何だか心の底からうれしくなってしまった。
「リンクご自由に」とあったのでご本人にお断りなしに紹介させてもらう。
このHPの表題は「Piano Sonata No.32 op.111」
表題に続くご本人のコメントには「あくまでも素人の私の独断と偏見の言いっ放しです。なにとぞご容赦ください。感想は主に第二楽章について」と随分控え目な表現があり、なかなか柔軟な方のようである。
そして、それぞれの演奏者の評価が5段階に分けられジャケットの写真と寸評が記載されている。
その結果は次のとおり。(2011年6月9日現在)
☆☆☆☆☆(五つ星)21枚 ☆☆☆☆☆(四つ星半)30枚 ☆☆☆☆(四つ星)24枚 ☆☆☆(三つ星)21枚 ☆☆(二つ星)3枚
「繊細さと柔軟さを併せ持つ表情豊かな演奏が好き」とこれまたコメントにあるのでそういう観点からの評価だと思うが残念なことに自分とは好みが合わないようで、たとえば何度聴いても退屈感を覚えるギュラーの演奏には「五つ星」が付けられている。
自分の評価の基準は何よりもスウィング感とリズム感を重視、極端に言えばジャズみたいなノリが好みで、この曲目に限っては思い入れたっぷりのゆったりとした演奏スタイルはあまり好きではない。
”深遠な内容”と、分かりきっているのにことさら深刻に演奏されると追い討ちをかけるみたいで”くどい”というのがその理由。
それにしても「五つ星」21枚については大半がまだ聴いたことがない演奏者なので、これからこの名曲を聴く楽しみが増えるのはうれしい。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ32番が大好きな方でまだこの「HP」をご覧になっていない方は随分と参考になること請け合い、一度アクセスされても損はないと思うが。