徒然草の第百九段「高名の木登りといひし男」は、木登り名人の逸話です。名人が木の手入れを監督していました。ある作業者が非常に高いところにいるときには何も言わず、木から下りてきて軒先くらいの高さまできたところで「ケガをするな。気をつけて下りろ」と声をかけました。
なぜ落ちても大ケガをしないくらいの高さまできてから注意をするのか、その理由を聞いてみると名人はこう答えました。
「目がくらむほど高く、枝も折れそうな危険な場所では、放っておいても気をつけるので声をかけません。安全なところまで降りたあたりでケガをするものなんです」と言ったのでした。
確かに、人はかなり緊張していると何も言わなくても自分で気をつけます。ところが、安全な状態にさしかかると、とたんにケガやミスが多くなります。
実は私自身もそういう経験があります。
はじめて使うコンテンツやテキストで研修や講演に臨むことは大変緊張します。一日研修となると、朝から夕方までずっと緊張しっぱなしです。そして、午後四時を過ぎて終了時間まであと少しというところまで来ると、やれやれ何とかなった、と気が緩む瞬間があります。ミスはそんなときに起こります。
先日も、「あ!”この点については後程詳しく説明します。”と言った箇所の説明がまだだった!」というような、うっかり型のミスを起こしました。終了時間ぎりぎりになって駆け込み的に説明をしましたが、反省しきりです。
さて、企業にも「木登り名人」がいるようです。
ある企業のベテラン人事部長が新人採用面接のコツを教えてくれました。
「最近の学生はしっかりと面接対策をしてきているので、なかなか良し悪しを見抜けない。面接が終わって緊張が解けてきた頃にちょっと雑談してみると、その学生の出来が良いかよくわかる。」
私は「どんなことを話すのですか?」と聞いてみたところ、笑いながら「そりゃあ、企業秘密だよ。ここで喋ったらブログのネタにするでしょ?」と言われてしまいました。
図星です。
(人材育成社)