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オレオレ

 火曜日の夜、塾が終わって家に戻ったら、熱が出た」と息子から電話があったと妻が言った。「明日の朝、医者に行くって言ってたけど、インフルエンザだったら看病に行ってやらないと・・」「そりゃそうだな・・」と、私は妻が担当していてくれる生徒の送迎をどうするか、考え始めていた。「まあたぶん何とかなるから行ってやれよ」と結論してその夜は寝た。
 水曜の朝、10時少し前に妻の携帯に息子から電話がかかって来た。横で聞いていたら、インフルエンザではないようだったので、少しホッとして別の部屋に行った。10分ほどして台所に戻ったら、まだ妻は電話で話していた。だが、妻の顔が鬼のように険しい。「何事だ?」と聞き耳を立てたら、「100万だね。それでいいんだね」ととんでもないことを言って電話を切ったから、すぐに「どうした?」ときいた。すると、「人妻と関係して妊娠させたのが旦那にばれて、慰謝料を100万円要求されているんだって。支払い期限が今日の昼までだからお金を貸して欲しいって言うんだけど・・」と見れば、メモ用紙に口座番号が控えてある。示談交渉をしてくれた弁護士の口座なのだそうだ。「何だそれ?訳が分いからんぞ」「じゃあ、自分で電話して直截聞いてみて。携帯が壊れて修理に出してあるから、代わりの電話からかけて来てるんだけど・・」と言って、リダイアルボタンを押してくれたらすぐに通じた。
 「どういうことだ」「弁護士頼んで示談になったんだけど・・」「じゃあ、その弁護士と直接話すから電話番号を教えろ」「ダメなんだよね、登録した人しか電話ができない」「何だそれ、おかしいだろ、そんなの。どういう弁護士だ」「同僚が紹介してくれた弁護士」「同僚ってバイトのか?」「そう。他にも探したんだけど一番安かったから」「じゃあ、お前がその弁護士に電話して家に電話してくれるように頼んでくれ」「分かった・・」
 確かに風邪をひいているのだろう、ひどい鼻声で話が聞き取りにくかったが、かなり困った様子は伝わって来た。しかし、どうにもおかしい。登録した者としか電話で話さない弁護士がいるものだろうか?それに、いくらなんでも学生の親と連絡をとらずに示談交渉を進めるなんてありえない。「騙されているんじゃないか?」「美人局?」「そう。みんなでグルになって金を巻き上げようとしているとしか思えない」「弁護士からうちに電話がかかって来るんでしょう?」「そん弁護士、本物じゃないだろう、きっと。試しにネットで口座の名義人を検索してみてくれ。弁護士だったら名前くらい見つかるだろう」
 「ないなあ・・」「やっぱり怪しい。これは騙されているんだ。人妻と言ったって、そんな女遊びまくってる奴だろうから、もし妊娠したのが本当だとしても、誰の子どもか分かったもんじゃない。絶対危ない。お金は振り込んじゃダメだぞ」「でも、昼までだって言ってたし・・」「そんなのいい加減なことだ。よし、高校の同級生で弁護士やってるのがいるから、そいつに相談してみる。ネットで電話番号検索してくれ」不安と心配で居てもたってもいられないような顔をしていた妻はこの言葉にやっと落ち着きを取り戻したようで、すぐにHPを見つけ出してくれた。
 さすがに本物の弁護士だけあって、HPもきちんとしている。表示された経歴も間違いなく、古い同級生のものだった。さっそく電話した。本人は出張中で留守だったが、高校の同級生だったと告げると、受付けの女性が彼の携帯に連絡してくれると言ってくれた。
 すると、十分も待たないうちに電話がかかって来た。「久しぶり。分かるかな」「分かるよ。背の大きい人だよね」「そうそう、元気?」「元気だよ」と30年以上ぶりに話すのに、そんな時の隔たりなどなかったように話せるのも、やはり同級生ならではのことだろう。懐かしさがこみ上げてきたが、グッと堪えて、息子の不始末を話した。黙って聞いていた彼は。私の話が一段落した所で、「そんな弁護士はいないよ。何かトラブルに巻き込まれているかもしれないね。まずは、もっと状況が分かるように、すぐに君が東京にくべきだよ」「それが仕事でそういうわけにはいかなくて・・」「じゃあ、息子さんを帰ってこさせりゃいい。示談書みたいなものがあるなら、そうした物をすべて持ってくるように言って」「なるほど、そうか。こちらの土俵で相撲を取った方がいいものね。ありがとう、とりあえず電話してみる」
 すぐに妻が電話したら、夕方までには戻ると答えたそうで、すべてはそれからだと腹を括った。しかし、息子が電話したら「実家に電話する」と約束したはずの弁護士からはまったく電話がかかってこなかった・・。

 夕方になって、妻が息子に電話したところ、携帯が直ったからそれを取りに行ってから帰る、と返事をしたそうだ。妻が
「それと明日の夕方にお父さんの同級生の弁護士さんのところへ一緒に行って、相談に乗ってもらうことにしたから」と付け加えたら、「本当にそんなことしたの?」と言いながら電話を切ったそうだから、変だなと思ってまたすぐに電話したところ、「仕事中だから」と一言だけ言って切ってしまったそうだ。それからはずっと頭の中に疑念が渦まいてきて、どうにも我慢ができなくなて、修理から直って来ると言っていた、元々の息子の電話番号に電話をしてみた、すると、
 「どうしたの?」と元気な息子の声が聞こえてきて、「どうしたじゃないでしょう?いつまでぐずぐずしてるの?早く帰ってらっしゃい!!」と叫んだところ、「どういこと?まったく分かんない」という息子の言葉でハッと気付いたのだそうだ、騙されてた・・。
 「僕がそんなことするわけないじゃん」と叱られたそうだが、早々に電話を切って、私に内線電話で事情を教えてくれた。「えっ??」私も思わず絶句した。息子が騙されてる、と思っていたのに、本当に騙されていたのは私たちだったのだ・・・。だって、声は鼻声で違和感はあったものの、話し方やイントネーションが息子によく似ていたから、頭から息子だと思い込んでしまった・・。それと、ちょっとおバカな息子なら騙されることもあるんじゃないか、と直感で思ってしまったのもいけなかった・・。今になってよく考えてみれば辻褄の合わないことばかりだったが、電話で話している時は、何となく脈絡があっていて、「お前は誰?」などと少しも疑わなかったのだから、相手の方が1枚も2枚も上手だったのだろう・・。悔しい・・。

 実際のところ何の被害も受けなかったが、業腹な妻は警察署に電話して、すべて話したそうだ。「相手の電話番号と、口座番号が分かっただけでも、大手柄ですよ。ありがとうございます」と感謝されたそうだが、それも痛し痒しの話だ。私も生き恥を晒すようで、この顛末は記事にしようとは思っていなかったが、妻と警察とのやり取りを聞いて、こうやってバカな夫婦がひっかかりそうになったサギの手口を記事にすることで、これから先の被害を少しでも未然に防ぐことができたら、と思い直して、敢えて記事にしてみた。

 しかし、息子を信じてやれなかったのだから、本当にバカ・・。ダメ・・。

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