じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

小池真理子「飼育箱」

2025-01-05 20:22:21 | Weblog

★ まもなく新学期。校長先生が先生の確保に苦慮している姿が目に浮かぶ。教員が足りないという。

★ マスメディアが「教員の多忙さ」を喧伝した影響もあるが、教員の多忙さは今に始まったことではない。1人当たりの児童・生徒数の推移を見れば、大幅に改善されているし、かつては45人以上の1学級の生徒数も、30人の時代だ。

★ 一定数の教員志望者はいるものの、教員需要が増えているから、定数に対する教採受験者が減っているという側面もある。

★ 確かに、価値観が多様化する中で教員の仕事は難しくなっている。政治や行政はあれもこれもと教育現場に要求し、そのしわ寄せは個々の学校、個々の教員に押し寄せている。英語教育、情報教育、いじめ対応などなど。1人ひとりの児童生徒にきめ細かな対応をしようと思えば、40人はおろか30人学級でも大変だ。それに家庭との対応。格差が拡大する中、学校は福祉面での窓口にもなっている。

★ ネグレクト、ヤングケアラー。それに様々な困難を抱える個々の児童への対応。教員の強圧的な指導(時には体罰を含む)はもはやご法度だ。教員構成のアンバランスによる若手教員の力量不足。今までの学級経営が通用せず、子どもたちに対応できないベテラン教員の消耗。深刻なのは、量よりも質なのかも知れない。

★ 従来型の公教育、「学校」という組織が崩壊過程にあるのかも知れない。創造のための崩壊であればよいのだが。佐久間亜紀さんの「教員不足ー誰が子どもを支えるのか」(岩波新書)を買ったので、読んでみたい。

★ さて今日は、小池真理子さんの「玉虫と十一の掌篇小説」(新潮文庫)から「飼育箱」を読んだ。家庭に問題を抱える少年と少女が友人となる。少女の両親は離婚し、今は母と暮らしている。少年の母親は父の再婚相手で、母親は心身の病からか薄暗い部屋に閉じこもり、そのため身体が巨大化している。

★ 少年は傷ついた鳩を飼育している。傷が癒えるまで世話をしているという。またこの少年は今でいうヤングケアラーだ。義母の世話をしている。少年の父親は妻と不仲になり、今は海外で仕事をしているという。

★ 少年の家にはグランドピアノがある。今は巨大化した義母はかつてオペラ歌手だったという。少女の家にも昔ピアノがあったが、両親の離婚、別居の過程で処分されていた。ある日、少女はピアノで連弾をしようと少年の家を訪れる。

★ 最後は、何か微妙な感覚が残る作品だった。少年にとってハトは何だったのだろうか。

 

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