愛媛県宇和島市からの良いたより♪

私のブログでは次の内容を紹介致します。
1.「神の王国の良いたより」、聖書教育
2.花々、風景写真
3.俳句、他

聖書のイザヤ書:エホバは公正を量り綱とし、正しさを水準器とする♪

2019-07-30 00:39:47 | 神の言葉・聖書

 イザヤの時代、宗教指導者たちは傲慢になり、「死と契約を」結んだので、死も自分たちに手出しはしないと考えていました(イザヤ28:14,15)。

 では、それら宗教指導者たちは、どこに目を向けるべきでしょうか。イザヤは次のように神エホバの約束を記しています。

 「そのため、主権者である主エホバはこう言う。「私はシオンに、試された石を土台として据える。強固な土台の隅石である。信仰を抱く人は動揺することがない。私(エホバ)は公正を量り綱とし、正しさを水準器とする。ひょうが偽りの避難所を一掃し、水が隠れ場を押し流す」」(イザヤ28:16,17)。

 イザヤが上の聖句の言葉を告げてから少し後に、忠実な王ヒゼキアがシオンで王に就き、その王国は、近隣の同盟国によてではなく、神エホバの介入によって救われます。しかし、イザヤの霊感を受けた上の聖句の言葉は、王ヒゼキアに成就するのではありません。後に使徒ペテロはイザヤの言葉を引用し、ヒゼキアのずっと後代の子孫であるイエス・キリストが「試された石」であること、そしてそのイエスに信仰を働かす者は、全く「動揺することがない」ことを明らかにしました。(ペテロ第一2:6)。なんとも嘆かわしいことに、キリスト教世界の指導者たちは、クリスチャンと唱えながら、イエスが教えた事柄を守り行なって来ませんでした。何故、聖書に記されている真理を調べないで独自の考えを行使するのでしょうか。王イエス・キリストの支配する神の王国を神エホバが実現げさせるのを待つどころか、この世での目立った立場や権力を欲して来ました(マタイ4:8~10)。神エホバは、上の聖句に記されている通り。「公正を測り綱とし、正しさを水準器とする」方です。神エホバの教えの公正を行わない指導者たちは、一掃されます(啓示18章)。引き続き、イザヤの言葉を次回も紹介致します。

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      稲穂出る 畦道整理 老農夫 今日の一句

                        夏は馴染みの「百日草」

 

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ピンクのゼフィランサスと青紫のトレニア

2019-07-29 01:18:23 | 四季折々の花々

 裏庭の隅でピンクのゼフィランサスが咲いていました。

杏子の木の下で可愛らしく咲き、存在を知らしていました。

花期は6月~10月です。

用途は鉢植え、花壇です。

花言葉は「清純な愛」と紹介されています。

 今日はピンクのゼフィランサスと青紫のトレニアを紹介致します。

                      可愛らしい「ゼフィランサス」

                      ユニークな「トレニア」

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聖書のイザヤ書:自慢する者たち、エホバの言葉を聞け!

2019-07-29 00:54:50 | 神の言葉・聖書

 イザヤの預言は、古代のイスラエルとユダだけに成就したのでしょうか。決してそうではありません。イエスとパウロは、どちらもイザヤの言葉を引用し、それを自分の時代の国民に適用しました。(マタイ29:10,13.マタイ15;8,9.ローマ11:8)。今日でも、イザヤの時代と似た状況が生じています。

 今日の成就において、政治に信仰を置いているのはキリスト教世界、諸主教の指導者たちです。彼らはイスラエルとユダの酔いどれたちのように、よろめいて歩み、政治的な事柄に口を出し、この世界の大物たちから相談を持ちかけられることを自慢します。そして、清い聖書の真理を語る代わりに、汚れた事柄を語ります。それら宗教指導者たちは、霊的な視界がぼやけており人類にとって頼れる案内人ではありません(マタイ15:14)。

 キリスト教世界や諸宗教の指導者たちは、エホバの証人のクリスチャンたちが、唯一の真の保証された希望である神の王国を宣明すると、どう反応するでしょうかマタイ6:33;24:14.ルカ4:43)。その人々は、残念なことにイエスが何をしえたのかの意味を悟りません。エホバの証人たちが、聖書から真理を証しする内容が、赤ん坊のように、理解できない言葉を繰り返しているように思うのです。宗教指導者たちはエホバの証人の真理を語るクリスチャンたちを見下げ、あざけります。イエスの時代のユダヤ人と同様、神の王国を望みません。イエスの教えた通りに神の王国に関する真理を信徒に聞かせることをしません(マタイ23:13)。神の王国の良い便りの真理服さない者たちが、「砕かれ、わなに掛り、捕らえられる」時、つまり全く滅ぼされる時が来るのです(啓示18章~20章)。

 イザヤは宣告を続け、次のように述べています。

 自慢する者たち、エルサレムでこの民を治める者たち、エホバの言葉を聞けあなたたたちはこう言う。「われわれは死と契約を結び、墓と協定を交わした。激流が通り過ぎる時も、われわれの所までは来ない。われわれはうそを避難所とし、偽りの中に身を隠したのだ」(イザヤ28:14,15)。

 ユダの指導者たちは、政治上の同盟があるので、自分たちは負けることがない、と自慢します。「死と契約を」結んだので、死も自分たちには手出しをしないと考えています。しかし、実質の伴わないうそを避難所としているので、守ってはくれません。彼らの同盟は「うそ」であり、偽りです。今日でも同様に、裁きのためのエホバの時が到来する時、キリスト教世界や諸宗教が持つ世の指導者たちとの密接な関係は保護とはなりません。実際のところ、そうした関係は、キリスト教世界や諸宗教を破局に至らせるものとなります(啓示17:16,17)。イザヤの預言はこれから間もなく生じることも含まれ、すべての人にとって、重要な内容となっています。

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      奉仕終え 急ぎ求めし かき氷 今日の一句

                     柿畑に咲いている「カンナ」

 

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鬼百合に黒アゲハ蝶と青のトレニア

2019-07-27 22:24:55 | 四季折々の花々

 鬼百合に黒アゲハ蝶が吸蜜に来て、花から花に忙しく移動しています。

その状況を観察していると、鬼百合は下向きに咲いているため

黒アゲハ蝶が花の下に回り、上向きになって吸蜜することが困難である

ことが分ります。そのため黒アゲハ蝶は何とかして吸蜜をしょうとして

花から花に移っていることが分りました。私が見ていた時は黒アゲハ蝶は

吸蜜ができなかった様子でした。

 今日は鬼百合と黒アゲハ蝶と青のトレニアを紹介致します。

                        鬼百合に「黒アゲハ蝶」

    

                      可愛い「トレニア」

 

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聖書のイザヤ書:イザヤを非難し、「誰に知識を伝え、聞いた事柄を説明するのか」!

2019-07-27 22:04:50 | 神の言葉・聖書

 当時神エホバの契約下の民であったユダの指導者・祭司と預言者たちは、霊的に酩酊状態に陥っていました(イザヤ28:7,8)。

 ユダの指導者たちは、神エホバがイザヤを通して与えた警告にどのように反応するでしょうか。彼らはイザヤをあざけり、自分たちを幼子扱いにして話すと言って非難し次のように述べます。

 「「誰に知識を伝え、聞いた事柄を説明するのか。乳離れしたばかりの子供、乳房から離れたばかりの子供にか。「命令に次ぐ命令、命令に次ぐ命令、1行ごとに、1行ごとに、ここに少し、そこに少し」という具合だ」」(イザヤ28:9,10)。

 ユダの指導者たちにとって、イザヤの警告の言葉は非常にくどく、奇妙に聞こえたのです。イザヤはずっと同じことを繰り返し、「これがエホバの命令した事柄である!これがエホバの命令した事柄である!これがエホバの基準である!これがエホバの基準である!」と述べています。そのため、当時の指導者たちは、イザヤの警告が幼稚に聞こえたのでしょう。しかし、間もなく神エホバは、行動によってユダの住民に明らかにされます。バビロンの軍勢を送って、ユダを攻めさせるのです。バビロン人は異国人であり、まさに異なった言語・外国語を話します。その軍勢は神エホバの「命令に命令」を確かに遂行し、ユダは倒れるのです。イザヤは次のように記しています。

 それで神(エホバ)は、口ごもりながら外国語を話す者たちによってこの民(ユダの民)に語る神(エホバ)はかって彼ら(ユダの民)に言った。「これが休み場である。疲れている人は休みなさい。これが憩いの場所である」。しかし、彼らは聞こうとしなかった。彼らにとってエホバの言葉はこう聞こえる。「命令に次ぐ命令、命令に次ぐ命令、1行ごとに、1行ごとに、ここに少し、ここに少し」。彼らは歩くと、よろめいて後ろに倒れ、傷を負い、わなに掛って捕らえられる」(イザヤ28:11~13)。

 イザヤが書き記した言葉から、神エホバの言葉を軽んじることなく、注意深く学び、その教えを守り行なうことが肝要であることが分るでしょう。

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     じりじりと 汗の吹き出す 奉仕かな 今日の一句 

 

                      庭に咲いている「百日紅」   

 

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