薬師岳は過去に二度登っている。最初は1974年、職場山岳会の夏合宿ー薬師岳~雲ノ平~双六~新穂高だった。今から48年前だからほぼ半世紀前ということになる。当時おじさんは24歳、今は72歳、その時の山行記録があるので、薬師岳の部分のみを画像で示す。二回目は、10年後の1984年だからおじさんは34歳。コースは立山室堂から五色ヶ原、スゴ乗越、薬師岳を経て太郎平小屋、おじさんはそこから折立に下山したが、他のメンバーは雲ノ平に向かった。
もともとは手書きの記録だが、退職してから当時の記録を全てワード化した 画像は一部のみスキャンし、残りの写真は捨てた
当時の記録を見ると、体調と食事のことばかり書いてあって、高山植物のことはほとんど出てこない
当時から体力にあまり自信がなかったことを如実に示している
今回薬師岳を再び登ることになったのは、昔の山とものM氏が登っていなかったからだ、M氏とは若い頃、二人で春から初冬の山をいろいろ登ってきた。そしておじさんの発案で6年前の白馬岳を最初に、北岳、笠ヶ岳、雲ノ平、甲斐駒・仙丈などを登り、その次薬師岳に登る予定だった。ところが、新型コロナの蔓延などもあり、計画を実行に移すことができなかった。今回も、前年よりも多いコロナ感染者が出ていたが、山小屋での感染対策なども進んだこと、小屋を除けば活動は野外であるから感染の怖れはないと勝手に判断し、実行することになった。この計画には奥揖斐山荘のオーナーのE氏、4年前に山を始めたばかりのYさん、そしてM氏が参加した。
「日本百名山登る下巻」から
◯一日目7月31日(日)
揖斐川3:50→関4:50→立山IC→折立8:30~太郎平小屋13:15
有峰林道は有料であり、2000円。しかし、半世紀前は随分道も悪かったことを思えば、高くないかも。
登山口に最も近い駐車場は満車 300m先の駐車場に停める ここもほとんど一杯 日曜日は降りてくる登山客が大勢いるはずだが、この時間には降りてきていない
登山口 富山あるいは有峰口と往復するバス このバスも予約が必要と聞いた
9:19 最初の休憩 同じようなところで皆さん休む
10:16 前半の森林帯の中の登りがほぼ終了し、ここからは森林限界上の草原の中の登りとなる
登山道は木道、石固めされた道がこの先小屋まで続く 半世紀前はここまで整備されていなかった(まあ当たり前か)
10:16 休憩ベンチ
10:32 ニッコウキスゲ
10:40 キンコウカ 草原はほぼこの花に占領されている
10:48 木の下にミヤママコナ 地味な花!!
11:17 気持ち良いベンチ ここで昼食
11:17 富山市街と富山湾
11:34 同行者
11:48 整備された道 まるで遊歩道
11:59 有峰湖
12:13 五光岩 小屋までまだ2kmもある
12:26 小屋が見えた
12:27 ニッコウキスゲが群生
12:28 ハクサンボウフウ
12:33 ミヤマリンドウ
13:08 チングルマ 隣は果穂のみ どうしてこのような差が出来るのだろうか
13:13 イワオトギリ
13:14 木道の間に咲くハハコグサ
1時15分頃小屋に到着。受付けを済ますと部屋に入る。幸い個室が割り当てられた。燕山荘のようなプラスティックの仕切りはない。大部屋では結構な人数が収容されていたが、もちろん仕切りはない。自己責任で守れということか?
5時から夕食ということなので随分時間がある。外に出て各自持ってきたアルコールを飲んでいたら、雨が降り出した。雨よけのある場所に移動し続行。同じような歳の隣のグループは広島から来たということで、彼らは薬師岳をパスし、残りのグループは薬師岳に向かったという。雨が強くなってきているので、大変だろう。
5時から夕食。食堂には合い向かいにパネルが設置されていた。食事の内容はとんかつ、羊羹みたいなのは中味は刺身だった。消灯は8時、それまで時間は随分ある。Yさんが、しりとりをやろうと言いだした。これが延々と続き、結構楽しい時間となった。外は大雨だった。小屋は随分古い、床も緩やかにカーブしているが、トイレはきれいで臭いもほとんどない。
◯二日目8月1日
小屋5:35~薬師岳8:45~小屋11:15~11:45昼食~折立14:33→揖斐19:45
この日、朝から快晴
小屋
5:36 黒部五郎岳
5:46 槍の穂先が見えた
5:56 キャンプ場 半世紀前はここにテントを張った
キャンプ場の先は沢に沿った急登となっていたが、湿気が多いせいか高山植物が豊富だった。
6:01 オタカラコウ
6:04 モミジカラマツ
6:20 シナノキンバイ
急な登りの先にも多くの植物があった。
6:24 ハクサンイチゲ
6:24 アオノツガザクラ
6:41 小さな雪渓
7:02 ウサギギク
7:05 なだらかな登り
7:28 ヨツバシオガマ
8:26 山頂が見えた
8:43 山頂の近くで咲いていたミヤマアキノキリンソウ
8:48 山頂から見る剱岳
8:49 槍穂高
現在のおじさん 最新モード??
半世紀前絵のおじさん ウールの山シャツ 短パン 長いウールの靴下(当時の標準的山スタイル)
帰り道であった80歳の関西なまりのある叔母さん。膝には人工骨を入れたばかり、医者からは運動するなと言われた。しかし、運動しないと筋肉は急速に衰える、ということで超低速な山登り、今日は太郎平小屋から来て、登頂後薬師岳小屋に宿泊だと言う。おじさんが72歳だと言うと、まだ8年は大丈夫だとお返しされた(おじさんには絶対無理)。
10:06 ハクサンフウロ
10:06 オンタデ
11:40 小屋から薬師岳 bye-bye
14:33 約3時間の下り 最後に4人が考えていたものは、コカコーラだった
かくして70代3人、50代1人の薬師岳登山は大成功のもとに終わった。めでたし、めでたし。行き帰りとも運転をしてくれたEさんに最大限の感謝。8月2日のおじさんは使い物にならず、ブログを一生懸命書いている。花の名前を調べるのが特に手間がかかる。晩方畑の水やり、行きたくないけれど。おじさんが山登りの間2日間は家内がかわって水やり。その家内からこのため筋肉痛になったと言われる始末((^0^)。
もともとは手書きの記録だが、退職してから当時の記録を全てワード化した 画像は一部のみスキャンし、残りの写真は捨てた
当時の記録を見ると、体調と食事のことばかり書いてあって、高山植物のことはほとんど出てこない
当時から体力にあまり自信がなかったことを如実に示している
今回薬師岳を再び登ることになったのは、昔の山とものM氏が登っていなかったからだ、M氏とは若い頃、二人で春から初冬の山をいろいろ登ってきた。そしておじさんの発案で6年前の白馬岳を最初に、北岳、笠ヶ岳、雲ノ平、甲斐駒・仙丈などを登り、その次薬師岳に登る予定だった。ところが、新型コロナの蔓延などもあり、計画を実行に移すことができなかった。今回も、前年よりも多いコロナ感染者が出ていたが、山小屋での感染対策なども進んだこと、小屋を除けば活動は野外であるから感染の怖れはないと勝手に判断し、実行することになった。この計画には奥揖斐山荘のオーナーのE氏、4年前に山を始めたばかりのYさん、そしてM氏が参加した。
「日本百名山登る下巻」から
◯一日目7月31日(日)
揖斐川3:50→関4:50→立山IC→折立8:30~太郎平小屋13:15
有峰林道は有料であり、2000円。しかし、半世紀前は随分道も悪かったことを思えば、高くないかも。
登山口に最も近い駐車場は満車 300m先の駐車場に停める ここもほとんど一杯 日曜日は降りてくる登山客が大勢いるはずだが、この時間には降りてきていない
登山口 富山あるいは有峰口と往復するバス このバスも予約が必要と聞いた
9:19 最初の休憩 同じようなところで皆さん休む
10:16 前半の森林帯の中の登りがほぼ終了し、ここからは森林限界上の草原の中の登りとなる
登山道は木道、石固めされた道がこの先小屋まで続く 半世紀前はここまで整備されていなかった(まあ当たり前か)
10:16 休憩ベンチ
10:32 ニッコウキスゲ
10:40 キンコウカ 草原はほぼこの花に占領されている
10:48 木の下にミヤママコナ 地味な花!!
11:17 気持ち良いベンチ ここで昼食
11:17 富山市街と富山湾
11:34 同行者
11:48 整備された道 まるで遊歩道
11:59 有峰湖
12:13 五光岩 小屋までまだ2kmもある
12:26 小屋が見えた
12:27 ニッコウキスゲが群生
12:28 ハクサンボウフウ
12:33 ミヤマリンドウ
13:08 チングルマ 隣は果穂のみ どうしてこのような差が出来るのだろうか
13:13 イワオトギリ
13:14 木道の間に咲くハハコグサ
1時15分頃小屋に到着。受付けを済ますと部屋に入る。幸い個室が割り当てられた。燕山荘のようなプラスティックの仕切りはない。大部屋では結構な人数が収容されていたが、もちろん仕切りはない。自己責任で守れということか?
5時から夕食ということなので随分時間がある。外に出て各自持ってきたアルコールを飲んでいたら、雨が降り出した。雨よけのある場所に移動し続行。同じような歳の隣のグループは広島から来たということで、彼らは薬師岳をパスし、残りのグループは薬師岳に向かったという。雨が強くなってきているので、大変だろう。
5時から夕食。食堂には合い向かいにパネルが設置されていた。食事の内容はとんかつ、羊羹みたいなのは中味は刺身だった。消灯は8時、それまで時間は随分ある。Yさんが、しりとりをやろうと言いだした。これが延々と続き、結構楽しい時間となった。外は大雨だった。小屋は随分古い、床も緩やかにカーブしているが、トイレはきれいで臭いもほとんどない。
◯二日目8月1日
小屋5:35~薬師岳8:45~小屋11:15~11:45昼食~折立14:33→揖斐19:45
この日、朝から快晴
小屋
5:36 黒部五郎岳
5:46 槍の穂先が見えた
5:56 キャンプ場 半世紀前はここにテントを張った
キャンプ場の先は沢に沿った急登となっていたが、湿気が多いせいか高山植物が豊富だった。
6:01 オタカラコウ
6:04 モミジカラマツ
6:20 シナノキンバイ
急な登りの先にも多くの植物があった。
6:24 ハクサンイチゲ
6:24 アオノツガザクラ
6:41 小さな雪渓
7:02 ウサギギク
7:05 なだらかな登り
7:28 ヨツバシオガマ
8:26 山頂が見えた
8:43 山頂の近くで咲いていたミヤマアキノキリンソウ
8:48 山頂から見る剱岳
8:49 槍穂高
現在のおじさん 最新モード??
半世紀前絵のおじさん ウールの山シャツ 短パン 長いウールの靴下(当時の標準的山スタイル)
帰り道であった80歳の関西なまりのある叔母さん。膝には人工骨を入れたばかり、医者からは運動するなと言われた。しかし、運動しないと筋肉は急速に衰える、ということで超低速な山登り、今日は太郎平小屋から来て、登頂後薬師岳小屋に宿泊だと言う。おじさんが72歳だと言うと、まだ8年は大丈夫だとお返しされた(おじさんには絶対無理)。
10:06 ハクサンフウロ
10:06 オンタデ
11:40 小屋から薬師岳 bye-bye
14:33 約3時間の下り 最後に4人が考えていたものは、コカコーラだった
かくして70代3人、50代1人の薬師岳登山は大成功のもとに終わった。めでたし、めでたし。行き帰りとも運転をしてくれたEさんに最大限の感謝。8月2日のおじさんは使い物にならず、ブログを一生懸命書いている。花の名前を調べるのが特に手間がかかる。晩方畑の水やり、行きたくないけれど。おじさんが山登りの間2日間は家内がかわって水やり。その家内からこのため筋肉痛になったと言われる始末((^0^)。
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