うたたね日記

アニヲタ管理人の日常を囁いております。

そしてまた、あの日が巡る・・・

2014年03月11日 21時11分38秒 | 雑記
三年目の今年、また「あの日」が巡ってきました。
『東日本大震災』・・・3年前の今日、職場の時計で午後2時54分(※東北の震源地とはタイムラグがありました)、急に<ドーン!>と来る揺れ。普段通り「あぁ、また地震か」程度で終わる―――とそう思っていました。ところが止まらない。一分たっても二分たっても一向に収まる気配がないどころか、揺れは強くなる一方。
慌ててドアを開けてお客様を誘導。ふと振り返ってとなりの課で流しているテレビを見たら、車がどんどん波に飲まれていって、畑や田んぼどころか、家も車も船までさらってどんどん押し流されていく映像に「・・・どこの国?」と一瞬疑いました。『宮城県震度7強』。のちにマグニチュード9.0となりますが、全くもって未経験の大震災に、一体自分は何をするべき何か、頭の中真っ白な状態でした。
夜中の3時に職場から電話かかってきて、避難してきた人たちの救護に向かうとき、夜空がすでに春の星座ですごく普段よりきれいだったのを覚えています。
その後、福島から原発事故で逃げてきた方々の被災所を回って、食事やら寝床やら病院の手配もしたり。そういえばすっかり忘れていた「計画停電」で、町中真っ暗な時もありましたね。
避難してきた方々で一番困ったのは「薬」。「どんな薬飲んでいたか、覚えていない」ので「処方が出せない」で困ったり。こんな時「お薬手帳」を持っている人はものすごくありがたかったです。後結構困ったのが「入歯」。高齢者の方々はみんな身一つで逃げてこられたので、「入歯を持ってくるのを忘れた」といって、配給したお弁当が食べられなくって、石油ストーブでお弁当のご飯をおかゆにしてあげたり。『保険証』と『入歯』と『お薬手帳』は大事!とつくづく思いました。
後はミルクの確保。お母さん方も心労で母乳が出なくなってしまって、急きょ買い集めたり。そうそう、避難所で赤ちゃん産まれた妊婦さんもいて、大変な時でしたがほんの少しでも明るい気持ちになれたり。

―――たった3年、されど3年。大変だったけど、その分いろんなことを教えてもらったと思います。
このサイトでも相変わらずINDEXに「東日本大震災、募金サイト」を張ってありますが、一度きりではなく、継続的な支援はとっても大事なのだと思い、自分への心構えとして、ずっと張っております。そういえばオフ誌作った時、売り上げを全部募金したこともありました。
ついつい「過去のこと」になってしまいがちですが、ずっと先々にも教訓として学んだこと残していきたいです。忘れずにいる・・・それが大事じゃないかな。
まだ避難生活が続いている人、肉親が行方不明のままの人、地元に帰れない人、沢山いらっしゃいますが、一歩でも前に進めますように(-人-)


関係ないですが、先週センターで送別会開いてくださった時に、またも綺麗なお花をいただいてしまったので、記念に。
東北にも未来に綺麗な花が咲き誇りますように。

コメント (2)
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