自分の周りの空を写します
北東気流の街に生まれて
平野啓一郎「本心」を読んでの感想
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/54/7ff067f5f75846cf91e2f5561634ecb6.jpg)
平野啓一郎さん「本心」を読んでの感想です。
僕が落ち着かず不安に満たされていた時に読み始めました。
移り住んだ部屋で読み始めて、空き家の実家の引きこもっていた部屋に4日間戻り、また住んでいる部屋に帰り、
その間この本を読みました。没頭して読みました。
なぐさめられました。
僕のお母さん、亡くなる時涙流していたなと僕が母を看取った時を思い出しました。
僕は死の一瞬前に何を思い浮かべるかな?
死は宇宙の一部から宇宙そのものに移ること。宇宙であるかぎり僕は消滅を恐れなくていい。
僕は好きな母親が元気なのに「もう十分」と「自由死」を望んだとしたらどうしたかな?
この本で主人公朔也は死んだ母をコンピューター上にバーチャルな母を作ってもらいゴーグル内の(母)に「本心」を聴きたいと願う。
その朔也はリアルアバターとして街中をゴーグルを着けて依頼者の目、体と成り依頼者の行きたい所に行き依頼者の言われるままに行動して対価をもらう仕事をしている。
そんな今有りそうな無さそうな生活をしている。
自由死は優生思想につながる。
自由死はあり。
自分はどう思うか。
出会った3人の集まりが楽しかった。
僕もパーティーに居るようでうれしくなった。
仮想現実もいいだろうけれどやはり僕は現実、リアルがいいなと思う。
でも僕が使っているフェイスブックもズームも仮想世界だろう。
また実生活でも本当にやりたいことはあっても,
本心でなくそれに近いものをしているのかもしれない。
考えてみれば世の中みんな代替手段で生きていると思う。
いくらかの真実、やりたいことと、現実に出来ることのあんばいで。
「本心」」とそれに近い現実とを行き来している。
以前平野啓一郎さんがが書かれていた「分人」に通じると思う。
いくつかの自分を持っていて会う人や場面でそれぞれ違う自分を使い分けている。
「本心」と「言い訳」を両方を行ったり来たりして人は生きているのだろうと僕は思う。
僕は死の一瞬前に何を思うかな?
出来れば楽しかったこと幸せだったことを思い浮かんだらいいな。
そのなかで「もう十分」は現実を変えようと頑張ったけれど変えられなかった人への優しさかもしれないという。
僕もそう思いながら読んでいた。
でも本の終盤で、でも僕は生きている間もう少し「もう十分」でなく「まだまだこれからだぞ」と言いたいな。
僕はそんな人間なんだよな。
と元気な頃の僕を思い出して来ました。
そんな最後に元気をもらえた優しい本でした。
疲れていた僕に寄り添ってくれた優しい本でした。
ありがとうございました。元気になりました。
僕が落ち着かず不安に満たされていた時に読み始めました。
移り住んだ部屋で読み始めて、空き家の実家の引きこもっていた部屋に4日間戻り、また住んでいる部屋に帰り、
その間この本を読みました。没頭して読みました。
なぐさめられました。
僕のお母さん、亡くなる時涙流していたなと僕が母を看取った時を思い出しました。
僕は死の一瞬前に何を思い浮かべるかな?
死は宇宙の一部から宇宙そのものに移ること。宇宙であるかぎり僕は消滅を恐れなくていい。
僕は好きな母親が元気なのに「もう十分」と「自由死」を望んだとしたらどうしたかな?
この本で主人公朔也は死んだ母をコンピューター上にバーチャルな母を作ってもらいゴーグル内の(母)に「本心」を聴きたいと願う。
その朔也はリアルアバターとして街中をゴーグルを着けて依頼者の目、体と成り依頼者の行きたい所に行き依頼者の言われるままに行動して対価をもらう仕事をしている。
そんな今有りそうな無さそうな生活をしている。
自由死は優生思想につながる。
自由死はあり。
自分はどう思うか。
出会った3人の集まりが楽しかった。
僕もパーティーに居るようでうれしくなった。
仮想現実もいいだろうけれどやはり僕は現実、リアルがいいなと思う。
でも僕が使っているフェイスブックもズームも仮想世界だろう。
また実生活でも本当にやりたいことはあっても,
本心でなくそれに近いものをしているのかもしれない。
考えてみれば世の中みんな代替手段で生きていると思う。
いくらかの真実、やりたいことと、現実に出来ることのあんばいで。
「本心」」とそれに近い現実とを行き来している。
以前平野啓一郎さんがが書かれていた「分人」に通じると思う。
いくつかの自分を持っていて会う人や場面でそれぞれ違う自分を使い分けている。
「本心」と「言い訳」を両方を行ったり来たりして人は生きているのだろうと僕は思う。
僕は死の一瞬前に何を思うかな?
出来れば楽しかったこと幸せだったことを思い浮かんだらいいな。
そのなかで「もう十分」は現実を変えようと頑張ったけれど変えられなかった人への優しさかもしれないという。
僕もそう思いながら読んでいた。
でも本の終盤で、でも僕は生きている間もう少し「もう十分」でなく「まだまだこれからだぞ」と言いたいな。
僕はそんな人間なんだよな。
と元気な頃の僕を思い出して来ました。
そんな最後に元気をもらえた優しい本でした。
疲れていた僕に寄り添ってくれた優しい本でした。
ありがとうございました。元気になりました。
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