自分の周りの空を写します
北東気流の街に生まれて
ブルース・スプリングスティーンのファンの集まりに行ってきました
今回は少人数で1テーブルを囲んでいつものブルースネタで盛り上がりました。
僕も自伝本「Born To Run」を読み終えて、感想をみなさんと話せてよかったです。
最高の音楽を聴きながらのボス談義が楽しかったです。
これからのブルースの活動がどうなるのか、みなさんの情報も聞けました。
僕としては出来たらE Street Band で日本に来て欲しいなと思っています。
僕もいくらかみなさんに受け入れてもらえて来たかなと感じられてよかったです。
楽しい時間を過ごせました。
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ブルース・スプリングスティーン自伝本「Born To Run」の感想その20
クラレンスも亡くなった。ブルース自身も「BRUCE SPRINGSTEEN」を大変重要な人だと思って見ている。その重圧は大変なものなのだろう。
そしてブルースは自分がうつ病を患っていると語り始めた。
それは自分の中から沁み出してくるものなのだろうと僕は思った。前触れも無くそれは訪れると書いてあった。
その中でブルースが一番信頼出来る自己治療法はライブツアーだというのが僕は微笑ましく感じた。
そして彼の音楽キャリアでブルースは自分の声は完全ではないので、それでいろいろなあらゆることに力を注いできたと言う。
その自分をよく知った上でさらに努力によって最高のライブパフォーマーになったのだと僕は思う。
そして終盤の自身のうつ病の闘病体験を読んで、
僕も本当にありきたりの感想だけど、あのブルースでさえうつ病になるのかと思った。
そしてこの自伝本「Born To Run」はブルースが自分の物語を自分で語ることによって自分を回復させようとした本なのだと思う。
父親との確執もあった。ブルース自身も父と同じなのではないかとも思った。
そう思いながらブルースの出した結論は「Long Time Comin'」だった。
僕は最後は赦し(ゆるし)なのかなと思った。
何か僕のことを書いているようにも感じる。
僕も自分の人生をもう一度ながめてみよう。
僕も自分の物語を語ろう。
それにより僕もさらに前へ進めるかもしれない。
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ブルース・スプリングスティーン自伝本「Born To Run」の感想その19
ダニーの死もあった。そしてスーパーボウル・ハーフタイムショー。
ブルースはこの日を本当に特別な日と考えたようだ。
今日、俺達はみんなのために演奏する。
白人だけでなく。と書いてあった。
僕もテレビで観たハーフタイムショー、
ブルースとビッグマン・クラレンスの2人のシルエット、かっこよかったな。
ブルースがスライディングしてカメラとぶつかったな。
そういえば「ワーキング・オン・ア・ドリーム」をやったのだな。思い出してきた。僕の歌。僕の物語だ。
ブルース達の最大のショーだったのか。
そして僕はE Street Bandでのライブをボストンに行って観てきたのだ。ワーキング・オン・ア・ドリーム・ツアーを。
僕はこのツアーはブルース達もライブを楽しむ為に行われたツアーだと思っている。
僕はステージ前2列目で観た。
クアトロのようなライブ・スペースで観ている感覚がした。
ブルースが伸ばす腕をなでた。柔らかかった。ブルースは恍惚の表情をしていた。(?)
プロミスド・ランドで吹いたハーモニカをブルースは子供に渡した。僕はそれを触らせてもらった。歯の凸凹の感触を覚えている。
うれしかったな。THUNDER ROADを大声で歌った。"Tramps Like Us"も言ったし、
LAND OF HOPE AND DREAMS の"FAITH WILL BE REWARDED"をかみしめた。
この頃が僕がやっとブルース達に近づいた時期だ。
「レッキング・ボール」は「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」以来もっとも良く出来たアルバムの一つとブルースが書いている。
僕もそう思う。
ブルース達の物語と僕の物語がようやく重なってきた。
そしてこの本も最後に近づいて来た。
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ブルース・スプリングスティーン自伝本「Born To Run」の感想その18
ブルースがロックの殿堂セレモニーでミック・ジャガーとジョージ・ハリソンにはさまれて歌ったのはブルースにとってもやはり大きな出来事だったようだ。
それでもブルースは自分を俺は日雇いの職人のようだと言っているのがなかなか的をえていて僕はいいなと思った。
そしてブルース・スプリングスティーンがロックの殿堂入りする時にEストリート・バンド名義で入れればよかったのにと僕は思う。
でもブルースはソロでコロムビア・レコードのオーディションを受けた時の気持ちを大切にしたと書いていた。そこが僕はブルースらしいと思った。
BRUCE SPRINGSTEEN & THE E STREET BAND が再結成する。
その時にブルースが書いた曲
Land of Hope and Dreamsは僕がWorking on a Dream Tour を僕がボストンで観た時にとても感動を受けた曲
41 shots は僕がHigh Hopes Tourでトム・モレロのギターで聴いた凄く熱い曲
それぞれ僕の思い出の曲になっているのがうれしい。
ブルースは曲を作り、ライブで演奏することでずっと自分を立て直してきたのだと思う。
そして彼らは「ザ・ライジング」で生き返った。
彼らが必要とされて、彼らがそれに応えたのだと思う。
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ブルース・スプリングスティーン自伝本「Born To Run」の感想その17
このころブルースも自分とファンとの距離が広がっていると感じていたようだ。
”貧乏人のシャツを着た金持ち”と自分を疑っていたらしい。
その中で「The Ghost of Tom Joad」はブルースにとって大切なアルバムになった。
政治問題を自分の身近な問題ととらえて曲を作る。僕もそれが好きだ。
僕は「The Ghost Of Tom Joad Tour」をサンフランシスコ・バークレーで95年に観せてもらった。
「across the border」をブルースが歌い始めた時に僕は温かい涙が出たのを覚えている。
ブルースの歴史が僕の歴史と重なった。僕にとってそんな大切な時期だった。
それからブルースのお父さんの話。
ブルースのお父さんは統合失調症、躁うつ、だったと書いている。
治療を受けて、おだやかに最後は亡くなった。
お父さんは亡くなる前にブルースを訪ねて来てブルースと話す。
「俺はお前にあまりよくしてやらなかった」
「親父は出来るだけのことをしてくれたさ」
最後和解出来てよかった。
僕も僕のお父さんとお父さんが亡くなる前に話をした。
「お父さん、僕のやりたいことをやらせてくれてありがとう」
「よく受かったよお(気象予報士試験)受け続けなければ得意な問題は出なかった」
僕は7年間14回目の試験で合格した
「僕はやりたいことはいくらでもやる。やりたくないこともやれればいいのだけど」
「やってくれた」
僕もこの父の言葉が聞けてよかったと思っている。今もたまに思い出す。
そんな僕の父との関係に重なるブルースとお父さんとの話だった。
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10月24日朝日新聞朝刊にブルース・スプリングスティーンの記事が載りました
自伝本「Born To Run」の紹介を兼ねたブルースへのインタビュー。
僕は案外地味な記事に感じた。
まんべんなくブルースの近況、自伝本の紹介をしていた。
その中でライブがリハビリになっているというような記事が僕にはすごくうれしかった。
僕もあなたのライブをリハビリにしていますとブルースに伝えたく思った。
自伝本の紹介で、父との確執、本人のうつ体験が書かれていた。
僕もブルースと父親との関係がこの本の中で一番興味深い。
それにしても「うつ」だと公表するのが、こんなに大きなインパクトになるのが僕は意外に感じます。
でもそれが現実なのかなとも思いました。
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ブルース・スプリングスティーン自伝本「Born To Run」の感想その16
ブルース・スプリングスティーンの生活、関心事と僕の生活が離れてきているのかなと思いながら読んでいる。
ブルースはパティとの間に3人の子供を授かり子育てをしている。
僕は一人で自分のやりたいことをしているけれど、一人でいる。少しさみしい気持ちがする。
本の中でブルースはロイ・ビタンに以前は労働者の声を代弁していたと言われたと書いてあった。
これからこの本の残りはどういう展開になるのか心配だけれど期待もしている。
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ブルース・スプリングスティーン自伝本「Born To Run」の感想その15
ブルースは結構自分のエゴを出しているなと僕は思う。それはブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドには必要だったのだろうけれど。
読んでいてあまり目新しい事は無い。ブルースとスティーヴがディズニーランドに行った時の話ぐらいだ。
そして僕にとっては成功の絶頂期だったと思う「Born In The U.S.A. Tour」もブルースにはかなり負担が大きかったようだ。
そんな内容の本を読んでいく中で僕は時おり語られるブルースの内面がすごく興味深い。
そしてブルースがお父さんとメキシコに行って釣りをした時の話はよかった。
ブルースにはお父さんがついてまわるのだなと思う。
そこにパティが登場して来た。パティいいな。
パティが登場して来てから話の内容が楽しくなってきた。
いよいよ最後の第3部を読むのが楽しみです。
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ブルース・スプリングスティーン自伝本「Born To Run」の感想その14
ブルース・スプリングスティーンが「ポイント・ブランク」で言った障害年金。
僕はジュリエットを待っていないで障害年金を待っているのか。
でもお金があれば僕もゆとりを持って暮らせる。
やれるだけやって結果を受け入れようと思う。やるだけやれば納得出来ると思う。
「Born To Run」を読んで感想を書くのも気が付けば14回目になっている。
37 「闇に吠える街」 38 投下 39 休息 40 「ザ・リバー」 41 ヒッツヴィル 42 ハロー・ウォールズ
ブルースはずっとアイデンティティーを求めて生きてきたようだ。
自分は何者だ。どこから来て、どこに行くのか。
そして実際に身近な人、実際のものに関心を持とうとした。
そして気ままな生活と自由に生きるのとは違うと気が付いた。気ままに生活しても自由にはなれないと。
それにしてもブルースにとってレコーディングでスタジオにこもるのは苦行になっていたのだろうと僕は思う。
もう少し気楽に出来ればいいのだろうにと僕は思う。
やはり僕はブルース・スプリングスティーンはライブが一番得意なのだと思う。
それの準備にレコーディングで地獄の生活をしてきたのかなと思う。
来週のブルース・スプリングスティーンのファンの集まりまでにこの本を読んでおきたいので、
読むペースを速めよう。
今読んでいる第2部よりも第3部が一番読み応えがあるのかなと思う。
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ブルース・スプリングスティーン自伝本「Born To Run」の感想その13
ブルースはこの自伝本を書くことで、自分の良かったこと、嫌だったことをまとめて整理しようとしたのだと思う。
プロデューサー ジョン・ランドーとの思い出、そしてマイク・アペルとの争いも書いているが最後は本の中で和解している。
僕はブルースはずっとアイデンティティーを問いかけて求めていると思う。
自身にたいしても出会った相手にたいしても。「この愛は本物なのかと」
そしてブルース・スプリングスティーンのEストリート・バンドへの位置づけが興味深い。
ブルースはバンドを完全な平等な民主主義のものとはしようとしないで、ブルース自身が一番の権力者でいる。
それでもEストリート・バンドのメンバーを大切に思っている。
Eストリート・バンドはバックバンドではなくて、ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドなのだと。
その適切な距離感があって40年間Eストリート・バンドが続いているのだと思う。
また僕はこの自伝本の中で時おり描かれる家族の姿にひかれる。
ブルースは父親の様にはなりたくない、という思いでいくつかの大切な場面で自分の行動を決めている。
良くも悪くも父親の影響が大きいのだなと思う。
僕も自伝本を書きたいなと思う。いや僕は僕の書く日記がそれであり、このブログもそうなのかなと思います。
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ブルース・スプリングスティーン自伝本「Born To Run」の感想その12
ブルース・スプリングスティーンは結構、いい話が好きでその一方で嫌な事、やりづらい事は他の人にやってもらうのが多いように僕は感じる。
当時のドラマー、マッド・ドッグをバンドから辞めさせたのも、それを当人にはマイク・アペルが言ったらしい。
なかなか曲やライブでの僕のブルース・スプリングスティーンのイメージ、友情を絶対一番にする姿とは違う所があるようだ。
でも僕もまさにそういう所がある。都合が悪くなると逃げてしまう。
僕はそれをブルース・スプリングスティーンを聴いてから直そうとしたし、
ブルースも自伝本を書きながらそれを考えたのかもしれないと僕は思った。
「ロザリータ」の解説でブルースは歌詞の
”いつか振り返れば、すべて笑い話に思えるさ”
Some day we'll look back on this and it will all seem funny
これは笑い話になるわけではなく、笑い話に思えるのだと書いてあった。
僕はまさにそうだと思った。これがブルース・スプリングスティーンの基本だと思う。
また僕が好きなヴァン・モリソン「アストラル・ウィークス」も地元のFM局で出会えて美を信頼することと崇高さを信じることを教えてくれたと書いている。
僕はそれを読んでうれしかった。
1st,2ndアルバムでブルースのニュージャージー、ボード・ウォークでの生活をまとめて、
次のさらなる躍進「Born To Run」へと進んでいく。
僕の知らなかったアルバム「Born To Run」以前のブルースの生活が、この自伝本でわかってきたように思う。
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ブルース・スプリングスティーン自伝本「Born To Run」の感想その11
ブルースはマイク・アペルの仲介でコロンビア・レコードと契約を結んだ。この後、マイク・アペルとはドロドロの訴訟騒ぎとなるのだろうけれど、
今のところ好意的に書かれている。ブルースもマイク・アペルのことを好きだった為にその裏返しで憎んだのかなと僕は思う。
そしてブルースは自分は声もギターもある程度上手いと思うけれど人並み。自分は曲作りで際立たせようと思ったと書いてある。
ちょうどノーベル文学賞を受賞したボブ・デイランを目標にしたようだ。
ただこれもフォーク音楽を求められるようになる裏側もあったと思うが、なかなか人生難しいなと僕は思った。
そして短い文章だけど父親のことも書かれている。僕はこれがとても興味深い。
西海岸に引っ越した両親にブルースも広い場所で演奏を認めてもらいたいとの思いで西海岸に行って、そこで両親と再会。
父親と二人で旅行するも、わだかまりは取れなかった。
またブルースが酒を飲まなかったのは父親を見て、父親のようにはなりたくなかったからだと書かれていた。
ブルースと父親との関係。これもとても深い関係なのだなと僕は思った。
それにしても両親、特に父親との関係をこの本では随所に書かれている。
僕はこの本に書くことによってブルースは自分の気持ちを整理しようとしたのだろうなと思う。
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追憶の「6割理論」
その時に僕が以前、いろいろな人と考え出した「6割理論」の話になった。
部屋に帰り、もう一度「6割理論」を読み返した。
僕が必要としているのは、まさにこれだと思った。
脳天気予報士の6割理論
ウエザーマン H.O
謙虚さ、やわらかい、わくわくする、進化成長する理論
「6割理論」
*自分でやったことが6割出来ていれば、残りの4割が納得しなくても良しとする
今までにやりたいことをやってきたと思えれば、そう言える。段々と喜びが増えてくる。
* 友人作りにも6割を求める
相手にも自分が6割だけを求めていると分かってもらえると、楽につきあえる。
(相手を1回のことだけで判断しない、決め付けない 自分の欠点 やわらかいつきあい、徐々に仲を深めていければいい)
(相手も物事も6割の良いところを見て、4割の悪いところを見ない)
* 自分の見ているもの、分かっているものは実際の6割しか見えていないと知る
決め付けない、謙虚に
(宇宙の中には見えていない、こんな驚きもあるんだ)
(4割のまだ見ていないものが楽しみ。わくわくする)
* 全部は出来ない、6割のやれる事を一生懸命にやる
(今までの自分が一番大事にしてきた姿勢 でも出来ないと決め付けない)
少しずつ良くなっていく。あきらめとは違う。生きていくのが楽しくなる。わくわくしながら生活出来る
* そして4割理論 (6割理論の裏)
相手の言いたくても言えない、4割の気持ちを想像して思いやる
雲を見ると空気の流れが見える。雲だけが目に見えるけれど、みんな動いている。
自分自身が6割理論なのでは・・・。本気で全力でやるけど、その結果は真剣6割、抜けている
のが4割。
おもしろいものを探しながら生きていこう。楽しみを見つけ出しながら生活しよう
自分でやりたいことはとことんやって、人づきあいではある程度で良しとする。
これをわかってくれて有難う(全部は分かるはずが無い)
「沖縄の衝撃 沖縄へ作業所で研修旅行に行った」
海で熱帯魚が群れて泳いでいた。水がきれいすぎて信じられなかった。別世界、別の宇宙 そこに自分も泳いでいた。こんな世界もあるんだと知り、今あるものだけで生きていこうとしていた自分に気がついた。もっと多く、大きく新らしいものも求めていこう。人生止まっていた。歳をとるには早すぎる。おもしろいものだな旅行も。皆とだから出来た。自分で一生懸命にやっていけば手伝ってくれる、友達も出来る、音楽でも気象でもそうだった。
支援センターなどは生活の基盤 おだやか 6割
自分のやりたいことをやるのが生活の中心 一生懸命 500パーセント
「1ミリ理論」
「これだけは」にこだわる。「これだけは」があれば他は不満でもOK
今まで自分が一番大切にしてきた姿勢、生き方(ブルース・スプリングスティーン、気象予報士、)
漠然とした抽象的なイメージ外見より、実際のひとりの人、こだわるものが大切。
友達もごく少しの信頼する人が出来ればいい。とことん、こだわるものに打ち込めればそれでいい。自分は他はだめでも「これだけは」自信があると、音楽を聴いて、空を眺めて、「これだけは」の話を信頼する人に話す。充実した生活が出来る。自分の価値感、自分の達成感が大切。
そして最近、近くの海に行って、海と空を眺めてぶつぶつ言っていたら思いついた。よく受かったもんだよな気象予報士。勉強していた時は大変だったけれど充実していた。息抜きでデイケアに来ていた。挑戦するものを作ろう。支援センターなどは休む場、サポートの場、練習の場。大事な場は自分が作る。気持ちの向くままに、信じる人を信じて進んでいこう。自分の人生、自分のやりたいように生きよう。他人の顔色気にして一生終わっちゃうよ。「今は行かなくなってしまった気象予報士会の勉強会にもう一度参加しよう。」もう一度挑戦する。その息抜きにデイケアなどを使おう。
「三寒四温の法則」
無理して合わそうとしない。自然に合う。合う相手には、合う時には。
その日だけにこだわらない。そのうちによくなる。
ブルース・スプリングスティーンが前回来日した時のインタビューでの話
「得ようとすると失うという恐れの気持ちも生まれてくる。それは自然なことです。でも、得ようとすることが生きているということ」
僕はいつまでも青臭く夢を語っていたい。以前書いた文章を自分に言い聞かせながらまとめてみた。そして気がついた、自分を失くしていたことに。僕は自分を笑うユーモアを持っていたい。
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ブルース・スプリングスティーン自伝本「Born To Run」の感想その10
ブルース・スプリングスティーンはスティール・ミルでのある程度の成功の後、
ニュージャージーの海岸での生活を2年間程送った。
そこで1st,2ndアルバムの原型を作ったようだ。
スティール・ミルのギター・ソロを弾きならしたノリのある音楽から曲重視へと変わっていく。
そしてブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドの運営の基本、
ブルースの言う民主的独裁主義を作った。
ブルースが重要な決定は自分が全て行い、メンバーは許される範囲内での意見を言う。
そしてブルースが全責任を負う。
これによりバンド内の意見対立は無くなったと書いてあった。
確かにいろいろなバンドがバンド内の意見対立で解散するのが多い中、
Eストリート・バンドは途中休止はあったけれど40年以上続いている。
そこにはブルースの絶対的な中心位置があるからなのだと僕は思う。
僕は少しブルースが偉そうにし過ぎと感じることもあるけれど、バンドを維持していくには大切なことなのかなと思いました。
そうしてブルースはスティール・ミルから卒業して現在のブルース・スプリングスティーンの音楽へと進んでいったようだ。
この頃に高校生のパティに会い、そしてブルースの生涯の友、クラレンス・クレモンスと出会った。
The Ballad of Jesse James Bruce Springsteen Band
ギターソロもあるけれど今のブルース・スプリングスティーンの音楽、曲重視になってきたと感じた。
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肋骨状巻雲(ろっこつじょうけんうん)
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