7年ほど前の晩秋のある日。
僕の乗降する都下の私鉄沿線・M駅は、おそらく都内で最も寂れた駅の一つだろう。M駅は結構夜中まで乗降客はいるのだが、駅前のコンビニで缶ビールを買って帰ると、この少しのタイムラグで、帰り道はまったく人気のないものになる。農道のような、車が一台通ればいっぱいいっぱいの道の両サイドには、林と呼ぶには空疎だが、十分に闇を感じさせる植栽用の「木の畑」がある。
僕の前をやはり黒い服を着た女性が歩いていた。50mほど前を歩いていたのだが、突然ぴたりと立ち止まると、コートの前を掻き合わせているような仕種をした。
振り向くでもなく、そこにやや猫背気味の姿勢でぴたりととどまっている。
僕は歩くのを止めた。なにか、嫌な予感がしたのだ。だが、このまま僕が立ち止まっていたら、それこそ怪しい。やむを得ずややゆっくりと、彼女の様子を見ながら歩き始める。どんどんと彼女との距離は縮まる。彼女にはまったく動きがない。
とうとう彼女の真横に並びかけた。
女性は顔を背けるようにしながら「フフフフッ」と笑った。
僕はその瞬間、走り始めた。走るしか能がなかったといっていい。後ろを振り返ると、真後ろに彼女がいそうな気がして、家の扉に飛び込むまで、ひたすら前を向いて走り続けた。
<拙文『黄泉路のひとり歩き』より>
僕の乗降する都下の私鉄沿線・M駅は、おそらく都内で最も寂れた駅の一つだろう。M駅は結構夜中まで乗降客はいるのだが、駅前のコンビニで缶ビールを買って帰ると、この少しのタイムラグで、帰り道はまったく人気のないものになる。農道のような、車が一台通ればいっぱいいっぱいの道の両サイドには、林と呼ぶには空疎だが、十分に闇を感じさせる植栽用の「木の畑」がある。
僕の前をやはり黒い服を着た女性が歩いていた。50mほど前を歩いていたのだが、突然ぴたりと立ち止まると、コートの前を掻き合わせているような仕種をした。
振り向くでもなく、そこにやや猫背気味の姿勢でぴたりととどまっている。
僕は歩くのを止めた。なにか、嫌な予感がしたのだ。だが、このまま僕が立ち止まっていたら、それこそ怪しい。やむを得ずややゆっくりと、彼女の様子を見ながら歩き始める。どんどんと彼女との距離は縮まる。彼女にはまったく動きがない。
とうとう彼女の真横に並びかけた。
女性は顔を背けるようにしながら「フフフフッ」と笑った。
僕はその瞬間、走り始めた。走るしか能がなかったといっていい。後ろを振り返ると、真後ろに彼女がいそうな気がして、家の扉に飛び込むまで、ひたすら前を向いて走り続けた。
<拙文『黄泉路のひとり歩き』より>
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