ボクの子供の頃に、クリスマスはすでに年末のお祭りになっていた。
ただし、クリスマスケーキを家族みんなで食べるという程度のイベント。ライトアップしたりツリーを飾ったり、オーナメントやリースで家の中を飾るなどということはなかった。クリスマスプレゼントは、決まって不二家などで売っていた長靴に入ったお菓子だった。
忘れもしない昭和30年のクリスマス。当時ボクは東上線の上板橋に住んでいた。もちろん家族と。まだ小学校入学前だった。
当時、クリスマスには代々木に住んでいた母の姉の家に親戚が集まってパーティというか食事をするというのが慣わしだった。
その日も上板橋から池袋に出て、大きなクリスマスケーキ(イチゴの飾られた大きなショートケーキという感じ)を購入して代々木に向かった。ボクは大きな(と感じていただけかもしれないが)ケーキを持つ任務を与えられたが、省線(昔はそう呼んでいた、JR山手線)はクリスマスということもあり混んでいた。それでもしっかりとケーキの箱にかけられた紐というかリボンを握り締めていた。
池袋から代々木までは5駅だが、新宿まではとにかく人が多く、新宿では降りた人数ほどが乗り込んできた。そして代々木でボクは人込みを掻き分け、代々木のホームに降り立った。
そして母の手を握り、ふと違和感を覚えた。母の手を握っている手にはなにか別のものを握っていたような…。手袋をしていたからすぐにわからなかったのだが、手には確かにケーキにかけられていた紐が残っていた。すっぱりとした切り口の残ったリボン、紐。
ボクがしっかりと持っていたつもりだったクリスマスケーキは、掏られていたのだ。当時は電車内の掏りは名人がいたほどに一般的だった。
駅でしゃがみ込みたくなるほど落ち込んだボクに、母は「誰かが喜んでいるのだから」と。どれだけ気が楽になったことか。
それはいいとして、今年のクリスマスイブ。ボクは生まれて初めて一人で過ごしている。いま、うどんを作ってすすっている。息子から孫の写真と一緒に「メリークリスマス」のグリーティング。とてもうれしい。
皆でクリスマスを楽しめる時が来ると良いなとも、少し思う。