ある冬の1日。新潟のスキー場にいた。
夕方、しこたま地のどぶろくを飲んだ。気が大きくなったのか、宿泊した旅館のベランダの手すりを乗り越えて、なんとなくぶら下がった。3階の部屋だった。
下は白銀の世界とはいえ、どの程度の積雪があり、部屋の下に何があるかは分からない。ぶら下がっているうちに急に恐怖感が湧いてきた。このまま落ちたらどうなるのか? ひとつには雪がクッションになって大したこともなく笑い話で済む。ひとつには下になにか致命的な、例えば刃をもった道具があって、肉体的な損傷を受ける。とりあえず、想像以上のことは起きない。
まあ、いくつかの可能性があったけれど、ボクとしては、落ちずにベランダに這い上がることを選択した。ところが、壁に足を掛けようとするが、ツルツル滑る。壁の材質がツルツルだった。腕力もそれほど長くは続かない。腹筋が弱っていたのか、べらんだの金具に足をかけることもできない。
もがけばもがくほど、ドツボにはまっていく。
そのうち、彼女が、ボクの異変に気付いたのか、上から覗き込む。ボクは、「たすけてくれ」と懇願する。ようやく異変に気付き、一緒にいた友人が手を差し伸べてくれた。
その瞬間である。ボクの腕を握っていた友人が「アッ!?」と声をあげて、手の力を緩めた。だがすぐに友人はボクの置かれた立場を重々に理解していて、落ちる寸前にもう一度ボクの腕を握りなおし、引っ張り上げてくれた。
なぜ手を離したのか? 後から友人に聞いた。
すると彼はこう言った。
「離したほうが良いと、誰かが言った」
……離さないでいてくれてありがとう!! きっと離されたらボクは大怪我を負っていただろう。それは分かる。だが、誰が友人に「離せ」といったのか?
それは今でも分からない。
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