9月6日午前3過ぎ。
日ハム対西武戦の結果を当ブログに書いてアップした途端に、ドンと下から突き上げ
られるとともに、激しい横揺れが....。
食器棚からはグラス類が飛び出し、ガチャンガチャンと割れるなか停電。
真っ暗闇のなか私は食器棚にすがり付き、頭の中はかなりパニックに陥っていました。
さぁそれからが大変でした。
電気は通じず水道も受水槽からの汲み上げ方式なのでこちらもSTOP
生れて70年を経て初めて経験ライフラインは瓦斯のみが生きてはいましたが、
情報はラジオのみで、北海道は全地域停電とのニュースで、何をすればよいのか
携帯はスマホではなく、ガラ携なので情報は皆無。
いやぁ~それからが大変でした。
電気機器に依存をした生活のなか、当然PCも使えないのですから、この時だけは
ガラ携からスマホに切り替えていないことを後悔しました。
とりあえず生活環境が落ち着いたなら、すぐにスマホを買います
水と電気のない生活で最も苦労をしたのが、「トイレの水」でした。
飲料水はストックがあったので幸いに助かりましたが、生活に関わる水を4階まで何度も
”ゴミ袋”(これは東日本大震災での経験談から)に入れて運ぶのは、足腰が弱っている
私には大変でした。
一人生活なら何もできなかったでしょうね。
ただ、奥方は股関節に障害を持つ身ですから、重いものは持てずその役割は私の仕事。
そんななか一日を過ぎた7日には、電気が復旧したお客様と連絡がとれて、取り敢えずは
ラジオ用の電池等を持ってきてもらい2日目の停電生活に備えました。
しかし、携帯電話のバッテリー残量は2台とも残りわずか.....。
午後3時からは地下鉄が開通とのニュースを聞き、すでに電気が通じているという薄野の
居酒屋さん(知っている方は知っている「白ちゃん」)に赴き、携帯電の充電をさせて
貰い、その間奥方と冷えた生ビールと日本酒を頂き、その美味しさに感激!!
店主のお家もいまだ停電中でしたが、お店は暖簾を外して私たち二人のための営業でした。
家に帰ると昨夜までは真っ暗だった周囲の家々には明かりがともり、ようやくと停電生活
から解放されました。
PCを開くと様々な方から「大丈夫かとの」メールとラインが届いていましたが、取り敢えず
全国のお客様にはこの場を借りでお礼を申し上げます。
プーさんはかなり痩せこけましたが、生きていますよ
なお、この様な状況下にあるので、ご依頼を受けている鑑定書は、少々遅れると思います。
申し訳ありませんが、その旨ご了承をお願い致します。