験を担ぐ(げんをかつぐ)とは、何か事を行うに際して、
以前に良い結果が出た時の行いを再現することで縁起を担ぐことである。
昔、五段や六段審査に落ち続けていた頃、
審査に向かってはこの「げんかつぎ」を良くやった。
お気に入りの竹刀や甲手を選ぶのはわかるが、
特に審査に影響しない手拭いや鍔にこだわったりしてしまうのである。
ましてや家を出る前に切火(火打石を打って火花を起こす)をしたり、
朝日に向かって願をかけるなど、何だかんだとやってみた記憶がある。
結果的には何のご利益?も無く審査は落ち続けたのだ。
六段審査に合格した時は、会社を辞める、いや訴えてやるなどと
人生で一番ドタバタしていた頃で、収入も激減し精神的にも不安定だった。
稽古も月に1回しか出来ないことが半年以上も続いていた。
審査前の最後の稽古は、審査2週間前の出稽古だが、
ベテラン三段にバカスカ打たれ自信も何も無くなった記憶がある。
実は当日の朝まで審査をすっかり忘れていた。
よそいき防具は道場に置いていたので使ったのはボロ防具。
甲手には小さな穴が開いているし竹刀もいわゆる後家竹刀だった。
独立したばかりで仕事が忙しく、朝からバイクのエンジンも掛からず、
諦めかけた時にエンジンが掛かって京都までイヤイヤ行った次第。
頭の中は仕事のことばかりで精神的には最悪だった。
それが逆に良かったようで、捨てた気持ちで構えてたら相手の様子がよく見えた。
稽古不足だから遠間から打てない。だから大きく間合いに入る。
ぐんと入ったら相手が居付いたので、すかさず面を打ったら見事に決まった。
あとは相手が焦って打ってくるので出小手を2回決めて終了。
二人目も似たようなものだ。
七段審査に合格した時はアバラ骨が3本折れていた。
3ヶ月間、稽古はまったくしなかった。
稽古どころでは無い。寝返りをすると激痛が走り慢性的な寝不足状態だった。
日中、仕事をしながら、デスクの前でウトウト居眠りしていたほどだった。
審査の3日前に長正館で基本稽古だけしたら痛くて動けない。
「こらアカンわ・・」と、審査当日は本当に憂鬱な気分で名古屋に向かった。
面はたまたま家にあった面金が歪んで自分で修理した1万5千円の安物。
ただ竹刀と甲手は佐藤武道具店で購入した使い慣れたお気に入りを持って行った。
手拭いは商売見本で置いてあった兵庫県のある剣友会の手拭い。
鍔はお気に入りを道場に置いてきてしまったので安物のファイバー鍔。
鍔止めも普段用の、売れ残っていたピンクの鍔止めだ。
「おいおい、ピンクかよ」って感じ。
気になったのは手袋だ。
多汗症なのでいつも白い手袋をしている。
手袋ありと手袋無しは微妙に手の内が変わる。
しかし審査で甲手の内側から白い手袋が見えるのは無作法では無いか?
前日に、短く切って(外から)見えなくした手袋を作っておいた。
しかし会場で「こんな事にこだわるほうがおかしい」と思い使わなかった。
「どうせ駄目ならなるようになれ」という気分だった。
端(はな)から捨てていたので気持ちだけは楽にしていた。
少し緊張しているが基本はリラックスしてるので相手が良く見える。
初太刀は、少し攻め足をしたら、相手が面に跳んできたので出小手を押さえた。
ただし脇腹が痛くてこの初太刀、まったく体捌きが出来なかった。
そのあと面が見えたので飛んで見るがまったく飛べない。少し焦った。
面はあきらめ、攻め足使っての出小手と返し胴のみ決めさせていただいた。
二人目は手こずったが構えだけは崩さなかった。で合格。
面は1本も決めていない。「面が打てないと合格しない」というのは嘘である。
げんをかつぐのも良いが、行き過ぎると天候やら方角やら、
何ら関係の無いことまでこだわり過ぎることになるので要注意だ。
「1年間酒絶ちしました」なんて人もたまにいるがご苦労なことだと思う。
あれこれ「げんをかつぐ」人は考えすぎて緊張し過ぎるのでは無いか?
まったく何も気にしない人もたまに見かけるが、それはそれで態度に出てしまうかも。
ボロボロの胴着やヨレヨレの袴、使い古して色落ちした防具などは論外である。
適度な緊張感を持ち、身だしなみだけは気を付けて、
道具は竹刀と甲手だけに気を使うぐらいが宜しかろうと思う次第だ。
以前に良い結果が出た時の行いを再現することで縁起を担ぐことである。
昔、五段や六段審査に落ち続けていた頃、
審査に向かってはこの「げんかつぎ」を良くやった。
お気に入りの竹刀や甲手を選ぶのはわかるが、
特に審査に影響しない手拭いや鍔にこだわったりしてしまうのである。
ましてや家を出る前に切火(火打石を打って火花を起こす)をしたり、
朝日に向かって願をかけるなど、何だかんだとやってみた記憶がある。
結果的には何のご利益?も無く審査は落ち続けたのだ。
六段審査に合格した時は、会社を辞める、いや訴えてやるなどと
人生で一番ドタバタしていた頃で、収入も激減し精神的にも不安定だった。
稽古も月に1回しか出来ないことが半年以上も続いていた。
審査前の最後の稽古は、審査2週間前の出稽古だが、
ベテラン三段にバカスカ打たれ自信も何も無くなった記憶がある。
実は当日の朝まで審査をすっかり忘れていた。
よそいき防具は道場に置いていたので使ったのはボロ防具。
甲手には小さな穴が開いているし竹刀もいわゆる後家竹刀だった。
独立したばかりで仕事が忙しく、朝からバイクのエンジンも掛からず、
諦めかけた時にエンジンが掛かって京都までイヤイヤ行った次第。
頭の中は仕事のことばかりで精神的には最悪だった。
それが逆に良かったようで、捨てた気持ちで構えてたら相手の様子がよく見えた。
稽古不足だから遠間から打てない。だから大きく間合いに入る。
ぐんと入ったら相手が居付いたので、すかさず面を打ったら見事に決まった。
あとは相手が焦って打ってくるので出小手を2回決めて終了。
二人目も似たようなものだ。
七段審査に合格した時はアバラ骨が3本折れていた。
3ヶ月間、稽古はまったくしなかった。
稽古どころでは無い。寝返りをすると激痛が走り慢性的な寝不足状態だった。
日中、仕事をしながら、デスクの前でウトウト居眠りしていたほどだった。
審査の3日前に長正館で基本稽古だけしたら痛くて動けない。
「こらアカンわ・・」と、審査当日は本当に憂鬱な気分で名古屋に向かった。
面はたまたま家にあった面金が歪んで自分で修理した1万5千円の安物。
ただ竹刀と甲手は佐藤武道具店で購入した使い慣れたお気に入りを持って行った。
手拭いは商売見本で置いてあった兵庫県のある剣友会の手拭い。
鍔はお気に入りを道場に置いてきてしまったので安物のファイバー鍔。
鍔止めも普段用の、売れ残っていたピンクの鍔止めだ。
「おいおい、ピンクかよ」って感じ。
気になったのは手袋だ。
多汗症なのでいつも白い手袋をしている。
手袋ありと手袋無しは微妙に手の内が変わる。
しかし審査で甲手の内側から白い手袋が見えるのは無作法では無いか?
前日に、短く切って(外から)見えなくした手袋を作っておいた。
しかし会場で「こんな事にこだわるほうがおかしい」と思い使わなかった。
「どうせ駄目ならなるようになれ」という気分だった。
端(はな)から捨てていたので気持ちだけは楽にしていた。
少し緊張しているが基本はリラックスしてるので相手が良く見える。
初太刀は、少し攻め足をしたら、相手が面に跳んできたので出小手を押さえた。
ただし脇腹が痛くてこの初太刀、まったく体捌きが出来なかった。
そのあと面が見えたので飛んで見るがまったく飛べない。少し焦った。
面はあきらめ、攻め足使っての出小手と返し胴のみ決めさせていただいた。
二人目は手こずったが構えだけは崩さなかった。で合格。
面は1本も決めていない。「面が打てないと合格しない」というのは嘘である。
げんをかつぐのも良いが、行き過ぎると天候やら方角やら、
何ら関係の無いことまでこだわり過ぎることになるので要注意だ。
「1年間酒絶ちしました」なんて人もたまにいるがご苦労なことだと思う。
あれこれ「げんをかつぐ」人は考えすぎて緊張し過ぎるのでは無いか?
まったく何も気にしない人もたまに見かけるが、それはそれで態度に出てしまうかも。
ボロボロの胴着やヨレヨレの袴、使い古して色落ちした防具などは論外である。
適度な緊張感を持ち、身だしなみだけは気を付けて、
道具は竹刀と甲手だけに気を使うぐらいが宜しかろうと思う次第だ。