【五十嵐正著、シンコー・ミュージック・エンタテイメント発行】
著者五十嵐氏は金沢出身で、輸入レコード店の店長などを務めた後、音楽評論家として活動、その分野はロックからフォーク、ワールドミュージックと幅広い。著書に『ジャクソン・ブラウンとカリフォルニアのシンガーソングライターたち』など。本書ではアイルランドや米国のアイルランド系の歌手・演奏家・バンドへのインタビュー記事とアルバムの紹介を中心に構成、伝統音楽(トラッド)とそれを元に新たな試みに挑戦するアイリッシュ・ミュージシャンの全貌に迫る。

インタビュー記事で取り上げた演奏家は実に30人/グループ近くに上る。冒頭にアコーディオン奏者シャロン・シャノン、次いで女性バンドのチェリッシュ・レディース。いずれも2016年末の「ケルティック・クリスマス」出演のための来日前にインタビューまたはメール取材した。アイリッシュ・ミュージックを代表するグループやシンガーソングライターとして、エンヤ、メアリー・ブラック、カラン・ケイシー、リサ・ハニガン、ウォリス・バード、ウィ・バンジョー3なども取り上げている。
かつてエンヤのCDを集中的に買い求めたことがあった。エンヤが一時属していたクラナドのCDも。クラナドはエンヤの兄や姉ら家族を中心にしたバンド。エンヤは2年ほどでマネジャーと共にグループを去るが、その際、兄姉から「彼らをとるか、家族をとるか」と迫られ、その後絶縁状態だったということを本書で初めて知った。アルバムの世界売り上げ枚数が7500万枚に上り〝エンヤノミクス〟とまでいわれた成功の裏にはそんな家族との抜き差しならない確執があったのだ。
アイルランドから多くの移民がアメリカに押し寄せた。現在アイルランド系米国人は約4000万人ともいわれる。単純に米国の全人口で割ると、実に6人に1人がアイルランド系ということになる。それだけに政治や経済だけでなく音楽の分野でもその影響力は大きい。アイルランドの伝統音楽はアメリカ生まれのフォークやカントリーの源泉の1つといわれ、それが黒人音楽と結びついてロックンロールが生まれたともいう。
両親がアイルランド出身で『リヴァーダンス』で有名なフィドル(バイオリン)奏者、アイリーン・アイヴァースは意欲的にアフリカや中米出身者など多国籍のメンバーとの演奏活動に取り組んできた。手元にも代表的なアルバム『クロッシング・ザ・ブリッジ』がある。そのアイリーンは「移民は常に合衆国の一部なの。その存在こそが文化を活気づけているのよ。(排斥されるどころか)ほめたたえられるべきものなのにね」とインタビューに答えている。9.11以降、米国パスポートを持たない音楽家の就労ビザ取得が難しくなっている現状を嘆いたものだが、いまアイリーンはその後誕生したトランプ政権の大統領令に怒り心頭状態なのではないだろうか。