【梶山寿子著、文芸春秋発行】
今年も「その日」が巡ってきた。1月17日の阪神大震災。あれから丸22年目に当たる。そして3月11日は東日本大震災から丸6年。「被災者が苦しんでいるときに音楽など不謹慎」。震災直後、神戸でも〝楽都〟を標榜する仙台でも歌舞音曲の自粛ムードが一時広がった。「音楽を自粛することは果たして被災者のためになったのか」。著者梶山寿子さん(ノンフィクション作家・放送作家)はそんな素朴な疑問から、被災者や音楽関係者に広く取材し、音楽が被災者の心に寄り添い、慰め励ましたいくつもの物語を掘り起こした。
「♪大空を見上げてごらん あの枝を見上げてごらん…いっしょうけんめい生きること なんてなんてすばらしい あすという日があるかぎり しあわせを信じて」。東日本大震災から約1週間後の3月19日、被災者避難先の仙台市立八軒中学で『あすという日が』(山本瓔子作詞・八木澤教司作曲)の歌声が響いた。歌ったのは吹奏楽・合唱部の生徒たち。その模様をたまたま取材に訪れていたNHKが全国ニュースで流した。直後から中学には全国から励ましの手紙や演奏依頼が相次いだ。
震災から約2カ月後、東京で南こうせつのコンサートにゲスト出演した。そのときの動画などがユーチューブで流れている。そのレベルの高さに驚いた。それもそのはず、八軒中の吹奏楽・合唱部は前年秋の全日本吹奏楽コンクール東北大会で優勝、合唱も全日本合唱コンクールで銀賞に輝いた実力校だった。その春も3月19日に吹奏楽全国大会(鹿児島)と合唱大会(福島)に部員を振り分けて出場する予定で、カレンダーに「全国大会まであと○○日」と書いて練習に励んでいた。
だが、震災で福島の大会は中止になり、鹿児島の大会への出場も無理に。それなら大会の日に合わせ練習の成果を保護者を前で披露しよう。避難所の人たちに配慮して音が漏れないよう音楽室でささやかに。3月19日の演奏会は最初こんなふうに企画された。ところが避難所の運営委員の中から「私たちも応援するからぜひ聴かせて」といった声が上がる。こうして「音楽の集い」が被災者を前に開かれた。生徒たちの『あすという日が』はCD化され、その収益による寄付の総額は1000万円を上回った。阪神大震災を体験した神戸市の市立玉津中学は八軒中の活動を知って、吹奏楽部を中心に繰り返しチャリティー演奏会を開いた。両中学の交流にも心が温まる。
中学の吹奏楽部といえば、今年1月9日のNHK「おはよう日本」で、熊本県益城町の町立益城中学の吹奏楽部が紹介されていた。益城町は1年前の4月14日の熊本地震で2度震度7に直撃されたところ。益城中の吹奏楽部は2015年の「第1回全日本ブラスシンフォニーコンクール」中学の部の優勝校。昨年12月25日には復興への願いを込めて、町民ら約200人を前に恒例のクリスマスコンサートを開いた。NHKの放送の中で、音楽室から流れる練習中の生徒たちの演奏に、畑仕事中の男性が「元気づけられる」と話していたのが印象的だった。コンサートの直後、東京で開かれた第2回の全日本コンクールでは見事に優勝し2連覇を飾った。
本書には八軒中のほか、仙台フィルハーモニー管弦楽団、地元の人気バンド「MONKEY MAJIK」、仙台出身のピアニスト・小山実稚恵さん、ドイツ在住の指揮者山田和樹さんの活動なども紹介している。仙台フィルは震災2週間後からお寺や街角、避難所、仮設住宅などで「つながれ心、つながれ力」をスローガンに無料コンサートを展開し、小山さんは悲しみの中で自問自答の末「自分にはピアノしかない」と、小学校を中心に30カ所以上で演奏してきた。山田さんは「復興とは未来を考えること。未来は子どもたちにつながる」と帰国のたびに子どもたちの指導に力を入れる。著者は取材を通じて確信した。「音楽の力は目に見えない。だが音楽は傷ついた被災者の心にやさしく寄り添い、生きるエネルギーを取り戻す助けになる」