【内村鑑三や趙子昴の書、探幽の掛け軸…】
岡山県津山市の自然史博物館「つやま自然のふしぎ館」の向かいに、重厚な洋風建築「森本慶三記念館」が立つ。約100年前の1926年に森本慶三(1875~1964)が国内唯一のキリスト教関連の図書館「津山基督教図書館」として建てた。図書館業務は2001年に終了。現在は講堂・研修室だった2階部分を江戸時代の豪商の暮らしぶりや文化などを紹介する「歴史民俗館」として公開している。
記念館の建物は国指定の登録有形文化財。中の歴史民俗館は「津山商人(錦屋)の商い風景とその調度品」「津山商人の所蔵品」「創設者森本慶三の足跡」の3つのコーナーで構成する。まず目に止まったのが縦3文字の力強い長尺の書「大字赤壁之賦(せきへきのふ)」。中国の“書聖”王羲之以来の名筆家といわれる元代の書家趙子昴(趙孟頫、1254~1323)の真筆という。
全長は前後2巻合わせて約40mもあり、肉筆で894字が綴られている。赤壁は曹操軍と孫権・劉備の連合軍が戦った古戦場。この戦いを題材に宋代の文豪蘇軾(1036~1101)が詩文「赤壁之賦」を作った。この書は「錦屋」が津山藩の佐久間家老から拝領したものという。
「錦屋」は森本家の屋号で、江戸時代から明治末期まで約300年にわたって呉服業や金融業などを営んだ。趙子昴の書の上部には江戸前期の絵師狩野探幽の龍などを描いた軸装「三幅對(さんぷくつい」も展示(写真は部分)。これも佐久間家老からの拝領品とのこと。津山で探幽の作品に巡り合えると思っていなかったこともあって、しばし見入ってしまった。
津山基督教図書館の創設者森本慶三は内村鑑三を師と仰いだ。内村は津山を3回訪れており、3回目は1926年のこの図書館の開館式だった。館内の森本慶三記念コーナーには内村の「禁酒非戦」と大書した横書きの額も展示中。内村は日露戦争に反対し、民衆に非戦を説いていた。
森本家は一時時計店も営んでいた。それもあって「だるま時計」など珍しい時計も展示されている。英国のグラハム社製で約150年前の1877年製。その左側には大阪の天文道具師が18世紀前半に製作したという木製の天体望遠鏡。長崎・大村藩の天文方で実際に使われていたそうだ。
「蒙古兵と戦う日本武士の彫刻」も目を引いた。蒙古兵とは1274年と1281年に博多湾に襲来した元寇。当時、全国各地の神社は「敵国降伏」を願って祈祷を行った。このケヤキの彫刻像はもと岡山県真庭郡の神社が所蔵していたもので、鎌倉時代の作と推定されている。
館内には呉服商「錦屋」の店構えを再現した一角があり、特産の「作州かすり」などの展示も。京都の人形師が作った煌びやかな内裏雛や全国各地から集められた陶磁器類も見応えがあった。
(追記)津山を訪ねたのは2019年11月以来ほぼ4年ぶり。懐かしい城東地区の町並み(重要伝統的建造物群保存地区)を散策し、ほぼ中央に差し掛かると――。少し折れ曲がった通りの正面の建物が火災に遭ったように無残な姿をさらしていた。内部をのぞくと、被災からまだあまり時間が過ぎていない様子。
近くの男性に伺ってみると、半年ほど前の4月上旬に材木店の倉庫から出火し、この家屋やアパートなど7棟ほどに燃え広がったという。男性は「熱風が押し寄せてきた」など当時の情景を語っていた。写真のこの家屋は空き家だったという。景観が重視される重伝建地区。今後どんな形で再建・整備されるのだろうか。