【勇壮な湖国近江の奇祭、800年続く繖峰三神社の祭礼】
うわさ通りの荒々しく勇壮な奇祭だった。滋賀県東近江市能登川町で5月4日に行われた「伊庭の坂下し(いばのさかくだし)祭」。五穀豊穣を祈願する繖峰三(さんぽうさん)神社の春季祭礼で、繖山(きぬがさやま、標高約433m)の中腹にある本殿・拝殿から3基の神輿を麓の大鳥居まで引きずり下ろす。距離は500mほどだが、その間の参道は切り立った絶壁や大きな岩、急斜面など難所続き。まさに手に汗を握る場面の連続で、難所を乗り越えるたびに見物客から拍手と歓声が湧き起こった。

この坂下し祭は800年以上続くといわれ、滋賀県の無形民俗文化財にも指定されている。正式名称は「伊庭祭降神祭山道渡御」。岩場続きの参道を登ること約30分、拝殿には3基の神輿が整列し、若衆たちが本殿に無事を祈ったり神輿の周りで腰を下ろしたりしていた。神輿の重さは400~500kg。それぞれの神輿は太い綱で網目状に覆われ補強されていた。正午すぎ神事が始まり神職によるお祓いや神移しなどが行われた。そして粽(ちまき)蒔きで神事が終わると、いよいよ宮出し。先陣の神輿は「三ノ宮」で、これに「八王子」、そして最後に屋根が赤い「二ノ宮」が続いた。

「伊庭の祭りを一度は見やれ 男肝つく坂下し」――。若衆の祭り装束の背中にこんな文字が刺繍されていた。麓に至るにはいくつもの難所が待ち構える。それらの難所一つひとつに名前が付けられていた。「僧衣の岩」「吹上岩」「屏風岩」「本堂抜け」「台懸け岩」「二本松」……。垂直の岩場をどう下るか、難所は若衆にとっては腕の見せ所でもある。神輿を先導し号令を出すのは前方で長柄(担ぎ棒)を持って後ろ向きに進むリーダー。神輿の後ろには2本の綱が結ばれ〝サル〟と呼ばれる若衆たちが引っ張って神輿の勢いを加減する。「谷(側)へ」「もう少し山へ」。神輿を下から見上げる経験豊かな氏子からも方向を指示する掛け声がしきりに飛んでいた。

難所の岩場は経験の少ない若手にとっても晴れ舞台になっているようだ。垂直に切り立つ岩場から神輿が引きずり下ろされる直前、リーダーたちの指名で中学生ぐらいの2人が神輿の前部に乗り込んだ。が、狭くて長い手足がなかなかうまく収まらない。しかも、この後待ち構えているのはまるで恐怖の肝試し。2人の不安に満ちたような表情が印象的だった。その直後、神輿は前後左右の若衆たちのチームワークで、この岩場も無事に下ることができた。ただ神輿はあちこち傷だらけ。長柄棒の先端を金槌で打って修理する姿がしばしば見られた。最後尾の神輿「二ノ宮」が麓の大鳥居に着いた時は既に午後5時を過ぎていた。
