【保存と公開の要請、「そのバランスが難しい」と事務所長】
奈良時代の文化財の一大宝庫「正倉院」。今年も1カ月後の10月27日から正倉院展が開かれる。正倉院といえば、木造校倉造りの国宝「正倉」が有名だが、宝物は現在、鉄筋コンクリート造りの東西両宝庫に収蔵されている。今年も10月2日には天皇の使いである勅使立ち会いの下で、西宝庫の「御開封の儀」が行われる。ではこれらの宝物を管理する宮内庁正倉院事務所って、実際にどんなことをやっているのだろうか。29日、奈良女子大学で杉本一樹所長を迎え「正倉院のしごと」と題する公開講座が開かれた。
正倉院がある場所は東大寺大仏殿の北西で、敷地は東大寺の旧境内。事務所庁舎の中庭は受戒のため来日した鑑真和上ゆかりの東大寺唐禅院があった場所という。事務所は所長の下に保存課(職員14人)と庶務課(5人)があり、保存課には研究職として工芸、染織、古代史各2人、保存科学3人が所属する。2010年に世界文化遺産に登録された「正倉」は現在、瓦屋根の葺き替え工事中(~2014年)。この「正倉」は国宝だが、宝物は一切国宝に指定されていない。現地事務所が直接保存を担当するため、わざわざ指定する必要がないためという。
宝物は聖武天皇(701~756)の冥福を祈念し、光明皇后(701~760)が756年、天皇の遺愛品を大仏に奉献したのが始まり。「先帝陛下の奉為に国家の珍宝・種々の翫好及び御帯・牙笏・弓箭・刀剣、兼ねては書法、楽器等を捨して東大寺に入れ、廬舎那仏及び諸仏菩薩一切賢聖を供養せん」(光明皇后の願文)。その後の献納宝物に加え、大仏開眼会などで使われた東大寺の資材、造東大寺司関係品、聖語蔵経巻などが納められた。
杉本所長は正倉院宝物の価値について「芸術性や国際性、資料的価値など宝物自体に内在する価値と、献納の趣旨そのままに本来の場所から離れることなく、1200年以上にわたり人の手によって保管されてきた伝世品であること」と2つの側面を挙げる。歴史の古い遺物や芸術品に真贋論争は付き物だが、正倉院宝物については真正品であることに疑問を挟む余地がないというわけだ。
1000年以上前の古いものだけに壊れやすく割れやすい。それだけにいかに経年劣化を抑えて保存していくかが最大の課題。正倉院事務所の任務も宝物の適正な管理にある。一方で、展覧会への出陳など公開の要請も強まっている。「そのバランスをどう取るかが難しい」と杉本所長。保存面で大切なのが宝物点検。毎年5月には東宝庫の宝物を点検する。同宝庫は所長判断で開封ができる「所長封」。10~11月の2カ月間開封される西宝庫は管理がより厳しく、勅使立ち会いで開封されるため「勅使封」と呼ばれる。点検は1チーム3人程度で、床にマットを敷いて宝物をなるべく低い位置に置いて調べる。宝庫に入るときは滑らないように体育館シューズ。宝物の扱いには慎重なうえにも慎重を期す。
正倉院展は毎年ほぼ半年前の5月に出展する品目選定が行われる。その後、6月に東京で正倉院懇談会、7月秋の開封諸手続き、8月正倉院展出陳品の手直し修理、9月開封前諸準備……。スケジュールを見ると、いかに秋の定例開封と正倉院展に向けた準備が大変なことかが分かる。今年の第64回正倉院展は10月27日~11月12日。鮮やかなコバルトブルーが目を引くガラス容器「瑠璃坏(るりのつき)」(上の写真)、聖武天皇ゆかりの「螺鈿紫檀琵琶」、天皇が愛用したすごろく盤「木画紫檀双六局」などが目玉という。