【大橋コレクションの白髪一雄作品など約100点】
奈良県立美術館は近鉄奈良駅から登大路を東へ徒歩数分の至便の場所にある。11月26日は「絵画のたのしみ」と銘打った企画展「所蔵名品展≪冬≫」の初日(のはず)。いつものように県文化会館前の並木道を通って美術館に向かった。すると、建物全体が工事用のシートで覆われているではないか。えっ、休館? まさか! よく見ると右上に赤字で「開館中」。やれやれ。館内に入るとこんな「お知らせ」が掲示されていた。「屋上防水・軒裏改修工事のため、工事音・振動が発生する場合があります」
企画展での主な展示品は1950~70年代の前衛絵画を中心とする“大橋コレクション”。このコレクションは関西の実業家として活躍した大橋嘉一(1896~1978)が収集した作品群で、遺族から約2000点の作品が大阪の国立国際美術館と母校の京都工芸繊維大学、奈良県立美術館の3カ所に分割して寄贈された。県立美術館はうち500点余を収蔵しており、今回はコレクション以外の館蔵の作品も一部加え104点を展示している。(下の写真は白髪一雄の『作品』1963年頃)
同館の大橋コレクションは白髪一雄(1924~2008)の作品がほぼ4分の1の120点を占めていることが大きな特徴。白髪は1955年に前衛集団「具体美術協会」に参加し、天井からぶら下がって素足で絵具を塗りつける“フットペインティング”という大胆な手法で注目を集めた。今回の企画展は5章で構成し、「画家とコレクター:白髪一雄と大橋嘉一」と題した第1展示室に白髪作品30点を集めて展示している。
会場に入って最初の展示作品が1973年作の『喜』(上の写真)。裏面には「大橋嘉一博士の御喜寿をお祝いして」と記されているそうだ。フットペインティングの作品は単に『作品』として展示されているものが多い。ただ『波』シリーズや『ハイウェイ』『重なる二つの赤い扇』などと題した作品も。白髪は1971年に比叡山延暦寺で得度しており、70年代には密教をテーマにした作品の制作にも力を注いだ。会場には『竹生嶋(ちくぶしま)』(下の写真)や『十界の内、天・人間界』『諸仏舌相』などの作品も並ぶ。
第2展示室のタイトルは「1950~60年代:様々な前衛」。関西ゆかりの須田剋太(1906~90)や津高和一(1911~95)に加え杉全直(1914~94)、難波田龍起(1905~97)、前田常作(1926~2007)、イタリアのロベルト・クリッパ(1921~72)ら内外の作家を取り上げる。第3展示室は「彫刻家が『描く』」をテーマに、2人の彫刻家が彫刻作品の構想段階で描いたドローイング(素描)を展示している。一人は大橋コレクションから豊福知徳(1925~2019)、もう一人はそれ以外の館蔵作品から奈良ゆかりの柳原義達(1910~2004)。
第4展示室では女性作家を取り上げる。国際芸術展ヴェネチア・ビエンナーレに日本の女性作家として初めて出品した江見絹子(1923~2015)、前衛女性画家の草分け的存在だった桂ゆき(1913~91)……。大橋コレクション以外では田中敦子(1932~2005)の色彩豊かな円と線が絡み合った大作『90E』(下の写真)を展示中。田中は白髪一雄らと「具体美術協会」に参加し、奈良県明日香村にアトリエを構えて制作を続けた。
第5展示室は既成の日本画壇に飽き足らず革新的な日本画を目指した作家たちに焦点を当てる。岩崎巴人(1917~2010)や上田臥牛(1920~99)、小野具定(1914~2000)、野村耕(1927~91)らだ。岩崎巴人の作品『魚族』は画面中央に描かれた鋭い歯を持つグロテスクな魚の描写が印象的。この作品を見るうち『さかなクンの水族館ガイド』(ブックマン社発行)に載っていた怖そうな面構えのオオカミウオの写真が頭をよぎった。企画展の会期は12月25日まで。