855)ケトン体療法(その5):ケトン・サプリメント

図:絶食時には体脂肪(脂肪酸)が燃焼することによって肝臓でケトン体(アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸)が産生され、ケトン体は血中に移行し、脳やその他の末梢組織に代替燃料源として提供する。β-ヒドロキシ酪酸およびそのミネラル塩(ケトン塩)、ケトンエステル、R-1,3-ブタンジオール、中鎖トリグリセリド (MCTオイル)を摂取すると、体脂肪を燃焼させずに体内のケトン体濃度を高めることができる。

855)ケトン体療法(その5):ケトン・サプリメント

【人類は肉食として進化した】
動物は食事の内容によって肉食草食雑食と分けられていますが、消化管の構造や体の代謝系はその食事の内容に適応するように進化しています。
例えば、肉食動物のネコには唾液にアミラーゼ(デンプンを分解する酵素)が無く、腸や膵臓の消化液も糖質を分解する酵素の活性が低くなっています。肝臓ではアミノ酸などからブドウ糖を作り出す酵素の活性が高くなっています。さらに、タンパク質を分解して得られるアミノ酸からミトコンドリアでエネルギー(ATP)を産生できるような代謝系が発達しています。このように肉食の動物は肉が多く糖質の少ない食事に適応するように消化管の構造や体の代謝系が進化しています。

人間はアミノ酸からミトコンドリアでエネルギーを産生する代謝系や、アミノ酸から肝臓でブドウ糖を合成する代謝系も発達しています。つまり、タンパク質を分解してエネルギー産生と物質合成を行う代謝系が肉食動物と同じように発達しています。
人間は、ブドウ糖(グルコース)の血中濃度(血糖)を下げるのはインスリンだけですが、血糖を上げるホルモンはグルカゴン、エピネフリン(アドレナリン)、糖質コルチコイド 、成長ホルモン、甲状腺ホルモンがあります。高血糖を防ぐホルモンより低血糖を防ぐホルモンを多く持っていることは、人間ではもともと血糖が上がらない食事(糖質の少ない食事)が基本であることを示唆しています。

【人類は脳が発達したために進化の過程でケトン体産生能を高めた】
インスリンは骨格筋と脂肪組織におけるグルコース(ブドウ糖)の取込みを促進し、肝臓での糖新生を抑制することによって血糖を低下させます
糖質の少ない食事では、脳や胎児へのグルコースの供給を減らさないために、骨格筋や脂肪組織へのグルコースの取込みを低下させることや、タンパク質や脂肪から肝臓でグルコースを作る糖新生の能力を高めることことが必要です。人類が氷河期に生き残るために、インスリンの働きを低下させるように進化しました。

インスリンは食事から吸収されたブドウ糖を血中から早く消失させる作用がありますが、食事からの糖質摂取量が少ない状況では、血中からブドウ糖が早く消失すると脳の働きや胎児の発育に支障をきたします。少ない血糖を脳や胎児に多く確保するために、インスリンの標的組織である筋肉や脂肪組織や肝臓でのインスリンの働きを弱める体質、すなわちインスリン抵抗性の体質を持つ方が生存に有利になります。
インスリンの働きが低下することを「インスリン抵抗性」と言います。人類はインスリン抵抗性の形質を獲得することによって低糖質の食事に適応していったのです。つまり、人類は糖質の少ない食事で低血糖を起こさないように、血糖を低下させるインスリンの働きを弱めるように進化しました
このインスリン抵抗性が、近代になって糖質摂取が増えてから人類に様々な病気(糖尿病やメタボリック症候群など)を起こす原因となっています。

このようなインスリン抵抗性の獲得は人類以外の動物はあまり関係ないようです。脳の重量が小さい動物は、脳が使用するエネルギーも少ないからです。
チンパンジーの脳容積は400cc程度で、現代人の成人男性の脳容積の平均は約1350ccです。チンパンジーと同程度の脳容積しかなかった初期人類から、高度の知能をもった現生人類に進化する過程で脳容積は3倍以上に増えました。動物性の栄養素が増えたことが、人類の脳を大きく成長させ、知能の発達に大きく寄与したと言えます。人類が肉食になり、脳が発達したことによって、知能が高まり、文明を発達させることができました。

一方、脳が発達したことによって脳のエネルギー消費が増え、低酸素や低血糖によってダメージを受けやすくなるという問題が出現しました。これを解決する進化的圧力によって、人類ではケトン体の利用を増やすように進化することになったのです。
すなわち、脳内で絶えず発生する基本的なプロセス、つまり神経伝達(ニューロン間で発生する電気通信)は、多くのエネルギーを費やします。ブドウ糖は、成人の脳の標準的な条件下で主要な燃料として機能します。
ケトン体は脳の主要な代替燃料であり、断食、飢餓、極端な運動、またはカロリーや炭水化物の制限など、低グルコースおよび低インスリンの条件下では、肝臓で代謝される脂肪の一部がケトジェニック経路に切り替えられます。 
この経路は、まとめてケトンと呼ばれる 3 つのケトン体β-ヒドロキシ酪酸アセト酢酸、およびアセトン)を生成します。

β-ヒドロキシ酪酸とアセト酢酸は、β-ヒドロキシ酪酸デヒドロゲナーゼという酵素を介して相互に変換でき、おおよそ 2:1 (β-ヒドロキシ酪酸:アセト酢酸) の比率で循環血液中に存在し、β-ヒドロキシ酪酸を血中の主要なケトン代謝産物にします。アセト酢酸の一部は自発的に アセトンに脱炭酸され、肺から急速に吐き出されます。
アセトンは、ケトーシスのときに発生する可能性のあるフルーティーな呼気の原因です。β-ヒドロキシ酪酸とアセト酢酸は血液中に放出され、肝外組織に運ばれ、エネルギー源として利用されます。脳、心臓、腎臓、骨格筋などの一部の組織は、特に大量のケトン 体を使います。

図:グルコースの供給が少ない状況では、肝臓では脂肪酸の燃焼(β酸化)で産生されたアセチルCoAからアセト酢酸の合成が亢進する。アセト酢酸は脱炭酸によってアセトンへ、還元されてβ-ヒドロキシ酪酸へと変換される。このアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンの3つをケトン体と言う。アセトンは呼気に排出され、アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸は肝臓以外の組織の細胞に運ばれ、ミトコンドリアのTCA回路と電子伝達系でATP産生に使われる。

ケトン体は、19 世紀半ばに糖尿病性ケトアシドーシスで亡くなった患者の尿中に初めて大量に発見されたため、当時の医師はケトン体をグルコース代謝障害の有毒な副産物と見なしていました。医学者が、糖質と糖原性アミノ酸の供給源が不足している場合、ケトン体が肝臓によって生成される正常な代謝産物であり、その量が増加することを理解するのにほぼ半世紀かかりました。
しかし、断食中またはケトン食を順守している健康な人に発生する安全な「生理的ケトン血症」と、インスリン欠乏性糖尿病に関連する病的で制御不能な高ケトン血症とを区別できない医師もまだいます。

人間の場合、脳の重量は体全体の2%しかありませんが、脳が使用するエネルギーは体全体のエネルギー量の20%前後です。体の全心拍出量の15%は脳に行きます。神経細胞はエネルギー源としてグルコースを使います。
脳は脂肪酸をエネルギー源として使用できないようになっています。脂肪酸をエネルギー源にすると低酸素や酸化傷害のリスクが高くなるからです。
健常な成人の脳では、脳組織100g当たり1分間に6〜7mgのグルコースが消費されています。これは1日に120〜130gに相当します。(成人の脳重量は1300〜1400g、1日は1440分なので、6mg x 14 x 1440 =約120g)
1日の消費カロリーを2000キロカロリーとして60%を糖質から摂取すると1200キロカロリーでこれは約300グラムの糖質になります。つまり、通常では、摂取したグルコースの40〜50%を脳が消費していることになります。したがって、飢餓などで食事からグルコース摂取が無くなると、脳のエネルギー源が不足します。

体内では肝臓と腎臓でグルコースが産生されます。これを糖新生といい、乳酸やグリセロールやアミノ酸などからグルコースを作ります。
長期間の絶食時には、肝臓で60%、腎臓で40%の比率で糖新生が行われます。ただし、糖新生で産生されるグルコースの量は1日に80グラム程度です。
1日の糖新生の量は、乳酸やピルビン酸から35-40g、脂肪由来のグリセロールから20g、タンパク質由来のアミノ酸(主にアラニン)から15-20g、ケトン体から10−11gと報告されています。(Annu. Rev. Nutr. 2006. 26:1-22)
つまり、糖新生で産生されるグルコースだけでは、脳が必要とする1日120〜130gのグルコースは供給できないのです
そこで、肝臓でケトン体が産生されることになります。1日に100から150グラム程度のケトン体が産生できるので、絶食時におけるグルコースに代わる脳のエネルギー源となります

ケトン体は水溶性で細胞膜や血液脳関門を容易に通過し、骨格筋や心臓や腎臓や脳など多くの臓器に運ばれ、これらの細胞のミトコンドリアで代謝されてブドウ糖に代わるエネルギー源として利用されます。特に脳にとってはグルコースが枯渇したときの唯一のエネルギー源となります
血中のケトン体濃度が上昇するに比例して、脳のエネルギー産生におけるケトン体の依存度は増えます。
たとえば、2~3日間の絶食で達する1.5mMのケトン体濃度では、脳のエネルギー産生の18%がケトン体に依存します。8日間の絶食で達する5mMでは脳が消費するエネルギーの60%がケトン体由来になります。20日間以上の絶食で達せられる7mMでは、60%以上がケトン体由来になります(下表)。 

表:血中ケトン体濃度による、脳のエネルギー産生におけるケトン体依存の割合。(出典:J. Lipid Res. 2014. 55: 1818-1826)

【ケトン体は脳を守る働きがある】
人間の脳は、毎日 100 ~ 120 グラムのブドウ糖を消費します。食事からの糖質摂取が無い状況では、糖新生のメカニズムで1 グラムのブドウ糖を生成するのに1.75 グラムの筋肉タンパク質を分解する必要があリます。
したがって、他の適応がなければ、飢餓状態でブドウ糖を奪われた脳に栄養を与えるために、筋肉組織が急速に分解され萎縮します。
筋肉の分解・萎縮を減らし、脳に燃料を供給し、飢餓での急速な死を避けるために、β-ヒドロキシ酪酸とアセト酢酸が貯蔵脂肪から生成されます。

ケトン体の産生は、飢餓を生き延びるために進化の過程で獲得した代謝系です。発達して大きくなった脳を守るために、特に人類で発達した代謝系と言えます。
人類は二足歩行を開始し、両手を使い、脳が発達し脳の体積は大きくなります。二足歩行は骨盤を狭くし、脳が大きくなると、出産のときに産道を通過するのに時間がかかります。その結果、動物の中で人類が最も出産時に脳の低酸素や低血糖で脳障害を起こしやすくなっています。
人間の胎児は他の動物に比べて太っている(体脂肪が多い)のは、出産時や出産後の脳へのケトン体の供給を増やして脳がエネルギー不足にならないように適応するためだという意見があります。
新生児では、脳は全エネルギー必要量の最大 70% を消費します。そのエネルギーのほぼ半分は、出生後にグルコースレベルが急激に低下し、β-ヒドロキシ酪酸レベルが自然に 2 ~ 3 mM に上昇するため、β-ヒドロキシ酪酸から得られます。ヒトの母乳にはケト原性脂肪である中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCTオイル)が多く含まれているため、通常、乳児は授乳期を通して軽度のケトーシス状態のままです。

動物の中で絶食時にケトン体の生成が最も増えるのが人間です。熊は冬眠している間は絶食状態で体脂肪が燃焼していますが、4〜5ヶ月絶食している間もケトン体は0.5mM以上に増えないと報告されています。猿も人間ほどケトン体は上昇しません。イルカはどんな状況でもケトン体は増えません。
人間は体が使うエネルギーの20%くらいを脳が使っています。他の動物は5%以下です。
絶食したときに、脳が小さい動物はケトン体を作らなくでも肝臓や腎臓の糖新生だけで脳のエネルギーを十分に賄えるからです
しかし、脳が大きく進化した人間の場合は、糖新生だけでは脳のエネルギーを満たせない状態になったので、ケトン体を懸命に作るように進化したと考えられています。
脂肪酸を燃焼すると神経細胞がダメージを受けやすくなるので、肝臓や腎臓やアストロサイトで脂肪酸を分解させてできたケトン体を神経細胞に運ぶという代謝系を作り出したと言えます。つまり、ケトン体の産生は、脳を大きくする上で人類の進化に必要な代謝系と言えます。

小児や新生児はケトン体産生能が高いことが知られています。成人が絶食してβヒドロキシ酪酸の血中濃度が3mMになるのに2〜3日間かかります。一方、新生児や乳幼児は4〜8時間の絶食で2〜3mMに達します。6歳の子供では24時間の絶食で4mMに達すると報告されています。(下図)

図:絶食後のβヒドロキシ酪酸の血中濃度(mM)。新生児や乳幼児や小児は数時間でケトン体の濃度は顕著に上昇する。体全体に対して脳が消費するエネルギー比率が高いほどケトン体は産生されやすい。(出典:Annu. Rev. Nutr. 2006, 26: 1-22)

これは、新生児や乳幼児や小児は成人に比べて、体に対する脳の重量比が大きく、エネルギー消費率も高いので、絶食によってグルコースが減少すると脳のダメージを受けやすいので、ケトン体を合成する能力が高くなっているためと思われます。
妊婦もケトン体産生量が高いことが知られています。妊婦は胎児が存在する分のグルコース消費が高いので、ケトン体の産生も高める必要があるからです。

絶食で体内に増えるケトン体が有毒であるのであれば、狩猟採取で食糧を得ていた氷河時代の人類が生き延びることはできなかったはずです。ケトン体はエネルギー消費量が大きくなった脳を飢餓時に守るために作られるようになったのです。
神経組織はグルコースよりケトン体を好んで使います。最近は、アルツハイマー病など神経変性疾患で、中鎖脂肪酸(MCTオイル)を積極的に摂取したり、ケトン体のサプリメントを補充する治療が注目されています。

【ケトーシス(ケトン症)には内因性と外因性がある】
通常は、ケトン体の血中濃度は0.3 mmol/L(mM)以下と極めて低値です。しかし、絶食すると数日で増え始め、10日くらいするとブドウ糖濃度を超え、脳の神経細胞もケトン体が主なエネルギー源になります。
絶食時にケトン症が起こるのは、脳の神経細胞にエネルギー源を供給するための生理的な現象で、生理的ケトーシスと言います。一般に、血液中のβヒドロキシ酪酸の濃度が0.5 mM以上に増えている状態をケトーシス(ケトン症)と言います。

ケトーシスには内因性ケトーシスと外因性ケトーシスがあります。
内因性ケトーシスは飢餓、断食、ケトン食(低糖質+高脂肪食)、糖質摂取が少ない状況での激しい運動の後に発生します。これらの状態では、ブドウ糖(グルコース)の利用は制限され、体脂肪が燃焼することによってケトン体が産生され、ケトン体を脳やその他の末梢組織に代替燃料源として提供します。人間は、長期間の断食中に毎日約 150 g のケトン体を生成することができます

図:飢餓、断食、ケトン食(低糖質+高脂肪食)などの状態では、ブドウ糖(グルコース)の利用が制限され、体脂肪(脂肪酸)が燃焼することによって肝臓でケトン体(アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸)が産生され、ケトン体は血中に移行し、脳やその他の末梢組織に代替燃料源として提供する。このように体脂肪の燃焼が亢進してケトン体が増えた状態を内因性ケトーシスと言う。

外因性ケトーシスは、ケトン体またはケトン体前駆物質を含む化合物を摂取した結果、血中ケトン体濃度が上昇した状態です。糖質制限は必要とせずに血中ケトン体濃度を高めることができます。
ケトン体療法の実用性を広げる努力の中で、研究者は、ケトン体を放出する、またはケトン体の前駆体であり、食事による糖質や脂肪の摂取に関係なく生理学的ケトーシスの状態を誘発する外因性ケトンサプリメントを開発およびテストしてきました。
外因性ケトンは、血中ケトンの用量依存的な上昇を誘発します。個人のニーズと好みに応じて、普通食、糖質制限食、またはケトン食に加えて使用されています。現在利用可能な主なタイプの外因性ケトンサプリメントには、中鎖トリグリセリド (MCTオイル)フリーのβヒドロキシ酪酸とそのミネラル塩(ケトン塩)ケトンエステルR-1,3-ブタンジオールなどが含まれます。
これらはケトン食の代替として、食事制限なしで軽度のケトーシスを達成できます。(ただし、MCTオイルは糖質摂取が多いとケトン合成は抑制されます)
外因性供給源を使用して血中ケトン濃度を上昇させることは、人間の健康に複数の潜在的な用途があると報告されています

中鎖トリグリセリド (MCTオイル)は炭素数 8 と 10 の脂肪酸の混合物で構成され、遊離脂肪酸に効率的に分解され、門脈を経由して肝臓に取り込まれて、肝臓で急速に代謝されてケトン体を生成します。摂取量が多いほどケトン体濃度は上昇しますが、胃腸に対する刺激症状(腹痛や下痢など)によって使用量は制限されます。

通常のMCTオイルは「カプリル酸(炭素数8):カプリン酸(炭素数10)=6:4」で構成されていることが多いです。ココナッツオイルは中鎖脂肪酸を約60%含みますが、その組成はC8(10%以下)、C10(5〜6%)、C12(41〜42%)です。残りは長鎖飽和脂肪酸です。つまり、ココナッツオイルを多く摂取しても、ケトン体産生をわずかしか増やしません。ココナッツオイルを30g摂取してもβヒドロキシ酪酸はほとんど上昇しないという報告されています。
カプリル酸(炭素数8)が最もケトン体産生能が高く、カプリル酸が100%のMCTオイルも販売されています

例えば、12時間以上空腹にした状態、あるいは糖質を含まない食事の後で、20gから30gのMCTオイルを摂取するとβ-ヒドロキシ酪酸の濃度を1mMから1.5mM程度に数時間高めることができます。糖質を摂取するとβ-ヒドロキシ酪酸の濃度はあまり上がりません。
何回か同じ実験を行った結果、MCTオイルを20g摂取後3時間くらいでβ-ヒドロキシ酪酸の濃度は1.0mM程度に上昇します。MCTオイルを30g摂取すると1.5mM程度まで上昇します
この実験条件ではMCTオイル服用して3時間から4時間後をピークにして、その血中濃度は1.5mM程度まで上昇します。5時間後以降は次第に低下して10時間後にはほぼベースに戻ります(下図)

MCTオイルの場合は、小腸でリパーゼで脂肪酸とグリセロールに分解されて、門脈から肝臓に吸収され、肝臓で分解されてβヒドロキシ酪酸が産生されて血中に移行するので、血中濃度がピークになるのに3〜4時間程度かかります。
MCTオイルについては852話で詳しく解説しています。

ケトン塩というのはβヒドロキシ酪酸のミネラル塩(ナトリウム、カリウム、カルシウム塩)です。βヒドロキシ酪酸のカルシウム/ナトリウム塩を製品化したものや、βヒドロキシ酪酸のナトリウム/カリウム塩を製品化したものなどがあります。
 カルシウム/ナトリウム塩やナトリウム/カリウム塩はナトリウムなどの摂取量が増えるのでβヒドロキシ酪酸の摂取量は10〜30グラムが限界です。一度に多く摂取すると、塩類による下痢が起こります。しかし、尿がアルカリになるので、βヒドロキシ酪酸の尿中排泄量が増えて酸性になる尿を中和してくれるメリットはあります。
ケトン塩を摂取すると、ケトン食を実行しなくても血中のβヒドロキシ酪酸濃度を高めることができます。

図:ケトン・サプリメントのKetoCaNaを20g(βヒドロキシ酪酸として約12g)摂取 すると、βヒドロキシ酪酸の血中濃度は、1~2時間後をピークに1mM(mmol/L)前後に上昇する。

ケトンエステルはβ-ヒドロキシ酪酸に1,3-ブタンジオールなどがエステル結合したものです。
エステル結合とは酸と水酸基の脱水縮合によって形成される共有結合です。 狭義ではカルボン酸とアルコールによって形成された結合を意味します。
消化管などでエステル結合が分解されてフリーのβ-ヒドロキシ酪酸ができます。1,3-ブタンジオールも肝臓で代謝されてβ-ヒドロキシ酪酸になります。
ケトンエステルは特許によって製造・販売が制限されており、日本ではまだ普及していませんが、米国などでは運動パフォーマンスを高めるサプリメントなどとして販売されています。
β-ヒドロキシ酪酸濃度を高めるので、認知症など神経変性疾患やがんの治療などにも利用されています。ただ、まだ価格が高いようです。

ケトンエステルの合成に使われるR-1,3-ブタンジオールは物質特許が無いので自由に利用できます。ただ、R体とS体のラセミ体だと生理活性のあるD体のβ-ヒドロキシ酪酸は半分しかできません。ラセミ体の1,3-ブタンジオールはかなり安価(1kgが数千円程度)ですが、生理活性があるR体のR-1,3-ブタンジオールはやや高価(1kgが10万円程度)です。

血中ケトン体レベルが上昇すると (ケトジェニック ダイエットまたは外因性ケトンのいずれかによって)、脳は優先的にケトンを利用します。脳のケトン代謝は、広い濃度範囲で血漿ケトンレベルに正比例します。脳のケトン代謝の増加は、軽度認知障害やアルツハイマー病の脳全体のエネルギー供給を増加させる可能性があります
実際に、MCTオイルやケトンエステルは認知症の治療に使用され、その有効性が認められています。ケトン体には抗老化作用や寿命延長作用が知られています。外因性ケトンのサプリメントは今後需要が増えると思われます。

【1,3-ブタンジオールにはR体とS体の2つの光学異性体がある】
同じ分子式を持ちながら、分子内の原子の配置が異なる化合物を異性体といます。たとえば、グルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)は同じ分子式(C6H12O6)を持ちますが、原子の配置が異なるために異性体となります。(下図)

鏡像異性体」とは、立体化学的には同じ分子式や原子配列を持ちながら、空間構造が左右対称であるために光学的性質が異なる分子のことを指します。炭素原子に4つの異なる原子団が結合すると、鏡像異性体が存在することがあります。
炭素原子が4つの異なる置換基で置換されている場合、その炭素原子は不斉炭素原子と言います。

図: 4つの異なる置換基で置換されている炭素原子を不斉炭素原子と言い、不斉炭素原子を持つ化合物は右手と左手のように、鏡に映った状態と同じ構造の異性体(鏡像異性体)ができる。

一方の異性体が光学活性であれば、もう一方の異性体も光学活性ですが、回転方向が逆になります。このように、鏡像異性体同士は物理的・化学的性質はほぼ同じでありながら、光学活性や生物学的活性などが異なることがあります
生物分野では、鏡像異性体の中でも、アミノ酸や糖などの分子の立体異性体が重要視されます。たとえば、天然に存在するアミノ酸は全てL-アミノ酸であり、D-アミノ酸はほとんど存在しません。
また、糖についても、グルコースやフルクトースなどはD-糖であり、L-糖は天然にはほとんど存在しません。このように、生物が利用する化合物は、特定の鏡像異性体のみが利用される場合が多いことが知られています。
鏡像異性体を区別するために、D体とL体R体とS体が使われますが、詳しい事は略します。

不斉炭素原子を有し、鏡像異性体が存在する化合物を化学合成すると、通常、両方の鏡像異性体が等量存在する混合物ができます、これをラセミ体と言います。
ラセミ化は、医薬品などの製造において問題となる場合があります。鏡像異性体のうち、特定の鏡像異性体だけが効果を持つ場合があるため、ラセミ体の場合には効果が半減してしまうことがあります。このため、化学合成においては、できるだけ単一の鏡像異性体を得るような手法が開発されています。

β-ヒドロキシ酪酸を化学合成するとD体とL体の2種類が1:1に混ざったものができます。これをラセミ体と言います。人体で生理的に産生され、体内で生理活性を示すのはD体なので、化学合成したラセミ体では半分の効果しかありません
(D)-β-ヒドロキシ酪酸は(R)-β-ヒドロキシ酪酸という場合もあります。
細菌を使った生物学的製法では自然に存在するD体(R体)のみが得られます。最近ではD体のみのβ-ヒドロキシ酪酸を使ったケトンサプリメントも販売されています。

1,3-ブタンジオールの場合は、R体とS体の2種類の異性体があります。体内(肝臓)でD体のβ-ヒドロキシ酪酸に変換されるのはR体の1,3-ブタンジオールです。

図:R-1,3-ブタンジオールは肝臓で代謝されてD-β-ヒドロキシ酪酸に変換される。

R-1,3-ブタンジオールは、分子式 C4H10O2 の有機化合物です。 これはブタンジオールの一種で、4 つの炭素原子を含むジオール (2 つのアルコール官能基を持つ分子) です。 R-1,3-ブタンジオールは、具体的には、最初の (またはアルファ) 炭素で R 配置を持ち、3 番目の (またはガンマ) 炭素で S 配置を持つ立体異性体を指します。
S-1,3-ブタンジオールと呼ばれるブタンジオールの立体異性体も存在することに注意することが重要です。これは、R-1,3-ブタンジオールとは逆の立体配置を持っています (最初の炭素に S、3 番目の炭素に R)。 これら 2 つの異性体は、物理的および化学的特性が異なり、用途や用途が異なる場合があります。

【R-1,3-ブタンジオールはサプリメントとしての利用されている】
血中のケトン体が増えた状態をケトン症(ケトーシス)と言います。人間の健康に対するケトーシスの利点が数多く報告されているため、ケトン体を増やす方法にかなりの関心が寄せられています。
伝統的に、ケトーシスは低糖質・高脂肪のケトン食(ケトジェニック・ダイエット)に従うことによって達成されてきましたが、そのような食事法を順守することは困難な場合があります。脂肪の摂取を増やすと、腹痛や下痢などの消化器症状が高頻度で発生するためです。

ケトン食以外でケトン体のβ-ヒドロキ酪酸の血中濃度を上昇させる別の方法としてケトン・サプリメントがあります。ケトン・サプリメントとして、β-ヒドロキ酪酸そのもの、ケトン塩(β-ヒドロキ酪酸のナトリウム塩やカルシウム塩)、ケトンエステル、R-1,3-ブタンジオール、中鎖トリグリセリド(MCTオイル)などがあります。これらケトン・サプリメントを使用すると、糖質制限を行わないで血中ケトン体濃度を高めることができます。
米国では、これらのケトンサプリメントの人気が高まっています。日本でも、MCTオイルやケトン塩は販売が増えています。

R-1,3-ブタンジオールは透明で粘稠な液体で、水に溶け、わずかに甘い味がします。 溶媒、湿潤剤(水分の保持を助けるため)、および他のさまざまな化学物質の製造における化学中間体として一般的に使用されています。 また、ポリエステルやポリウレタンなど、特定の種類のプラスチックの製造にも使用されます。
R-1,3-ブタンジオールは全くの無毒です
1,3-ブタンジオールをラットに 43 日間、炭水化物 の代替として自由に与えた場合(1 日カロリーの 23.4% で高脂肪食に追加された) 、1,3-ブタンジオールは容易に代謝されることが示されました。
成長期の若いラット、ニワトリ、ブタに、段階的なレベルの 1,3-ブタンジオール を含む飼料を与えました。エネルギーの最大 20% を 1,3-ブタンジオール に置き換えても、これらの種の体重増加や食物効率には影響しませんでした。

米国では1950年代から、長期にわたる有人宇宙旅行のための栄養密度の高い食品の開発が行われました。スクリーニングされた多くの既知の化合物の中で、1,3-ブタンジオールが最も有望でした。1,3-ブタンジオールは、ラットの食事で 20% を超えないレベルで与えられた場合、1g当たり約 6 kcal を供給します。1g当たりのカロリーはグルコースが4kcal、脂肪が9 kcalです。
1,3-ブタンジオールは肝臓でβヒドロキシ酪酸に変換され、最終的に (末梢組織レベルで) アセト酢酸 に変換されエネルギー源として利用されます。
米国ではR-1,3-ブタンジオールのサプリメントが販売されています。
苦味がありますが、10倍以上に水などで希釈すれば簡単に飲めます。個人的にはコーヒーに混ぜて飲用すると、苦味の強いコーヒーくらいの味で抵抗なく飲めます。

低用量の1,3-ブタンジオールは、ケトン体β-ヒドロキシ酪酸とは無関係に、加齢に伴う血管機能障害を逆転させることが報告されています。以下のような論文報告があります。

Low-dose 1,3-butanediol reverses age-associated vascular dysfunction independent of ketone body β-hydroxybutyrate(低用量の1,3-ブタンジオールは、ケトン体β-ヒドロキシ酪酸とは無関係に、加齢に伴う血管機能障害を逆転させる)Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2022 Mar 1;322(3):H466-H473.

【要旨の抜粋】 
世界人口の高齢化に伴い、寿命を延ばし、血管系などの重要な末端器官の劣化を減らすために、新しい治療法を開発することが必要である。 1,3-ブタンジオールは、ケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸の生合成を刺激するために一般的に投与される。 
1,3-ブタンジオールを多く摂取すると、全身のβ-ヒドロキシ酪酸 を有意に増加させることができるが、1,3-ブタンジオール自体は、ナノモル濃度で血管拡張を引き起こす作用がある。 したがって、β-ヒドロキシ酪酸生合成とは無関係に、1,3-ブタンジオールが新しい老化防止治療薬になる可能性があるという仮説を立てた。 
この仮説を検証するために、若年および老齢の Wistar-Kyoto (WKY) ラットに 4 週間飲料水を介して低用量 (飲水に5%の1,3-BDを混和して投与) の1,3-ブタンジオールを投与し、治療後の血管機能と代謝の指標を測定した。 
低用量の1,3-ブタンジオールは、加齢に伴う内皮依存性および非依存性の機能障害を逆転させるのに十分であり、これはβヒドロキシ酪酸の増加とは関連していないことが観察された。 
1,3-ブタンジオール の直接的な血管拡張メカニズムのさらなる分析により、それが主にカリウム チャネルと一酸化窒素合成酵素の活性化を介した内皮依存性血管拡張であることが明らかになった。 
要約すると、βヒドロキシ酪酸を増やさない濃度の1,3-ブタンジオールは、加齢に伴う血管機能の低下を逆転させることができる栄養補助食品である可能性があることを報告する。 
これらの結果は、1,3-ブタンジオールには複数の濃度依存的な作用機序があることを強調している。 

1,3-ブタンジオールは、肝臓で代謝されて、最も豊富なケトン体である β-ヒドロキシ酪酸に変換されます。一般的に、1,3-ブタンジオールの健康作用はβ-ヒドロキシ酪酸によると言われています。 しかし、この論文では、低用量の 1,3-ブタンジオール で、β-ヒドロキシ酪酸とは無関係に、加齢に伴う血管機能障害を逆転させるのに十分であることを報告しています。 

飲料水に5%の1,3-ブタンジオールは1リットルの水に50gの1,3-ブタンジオールを入れることになります。 人間は1日に1リットル程度の飲料を飲みますので、50gの1,3-ブタンジオールはかなり量が多いとも言えます。 R体の1,3-ブタンジオールを1回10g摂取すると血中のβ-ヒドロキシ酪酸は1mM程度まで上昇します。
いずれにしろ、R-1,3-ブタンジオールはβ-ヒドロキシ酪酸を増やす作用と、直接的な血管拡張作用によって、抗老化作用や健康作用を発揮すると言えます
日頃から、1日10g程度のR-1,3-ブタンジオールの摂取は抗老化に効果が期待できます。

R-1,3-ブタンジオールの鏡像異性体のS-1,3-ブタンジオールと、D-β-ヒドロキシ酪酸の鏡像異性体のL-β-ヒドロキシ酪酸も、肝細胞内でアセチルCoAからHMG-CoA(3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoA)を経由してD-β-ヒドロキシ酪酸に変換される経路はあります。しかし実際は、鏡像異性体のS-1,3-ブタンジオールとL-β-ヒドロキシ酪酸を摂取してもD体のD-β-ヒドロキシ酪酸まで行くのはわずかなようです。
それは、ラセミ体の1,3-ブタンジオールとR体のみのR-1,3-ブタンジオールを同じ量摂取して血中のR-β-ヒドロキシ酪酸の量を測定すると、ラセミ体の方は半分程度の数値になるためです。

図:R-1,3-ブタンジオールとD-β-ヒドロキシ酪酸のそれぞれの鏡像異性体のS-1,3-ブタンジオールとL-β-ヒドロキシ酪酸は、肝細胞内でアセチルCoAからHMG-CoAを経由してD-β-ヒドロキシ酪酸に変換される経路はあるが、その量はわずかと思われる。ラセミ体の1,3-ブタンジオールを摂取しても、R-1,3-ブタンジオールを摂取した時の半分しかD-β-ヒドロキシ酪酸は増えない。

【中鎖脂肪ケトン食とR-1,3-ブタンジオールの併用による『がんのケトン体療法』】
ケトンサプリメントを使った外因性ケトーシスの利用は、脳、筋肉、心臓などの高エネルギー要求組織の代替エネルギー燃料として機能する血清ケトン体を増加させる戦略として有効です。
アルツハイマー病や認知症などの神経変性疾患の治療や、持久力などの運動パフォーマンスの向上において、糖質制限を行わなくても、ケトンサプリメントを使った外因性ケトーシスだけで十分な効果が期待できます。

一方、がん治療の目的では、糖質摂取を減らすケトン食でなければ、抗がん作用は期待できません。それはケトン体濃度が上がっても、血糖とインスリン濃度が上昇している状況では、がん細胞の増殖を抑えることはできないからです。
つまり、がん治療の場合は、中鎖脂肪酸を用いたケトン食を実施しながら、さらにケトンサプリメントを使って血中ケトン体濃度を高めることが重要です。がん治療の場合は、血中のグルコースとインスリンの濃度が低い条件で、ケトン体の濃度が抗腫瘍効果に比例するからです。
MCTケトン食で内因性ケトン産生を増やしている状態で、外因性のケトンサプリメントを経口投与すると、ケトン食のケトン体の血漿レベルをさらに高めることができます。

内因性ケトーシスの場合は、糖質摂取を減らし、インスリン分泌が低下し、体脂肪の燃焼が亢進する必要があります。一方、外因性ケトーシスでは、糖質制限は必要なく、血糖上昇やインスリン分泌が存在してもケトン体が増えます。
がん治療の場合は、血糖上昇とインスリン分泌亢進はがん細胞の増殖を促進する要因になるので、外因性ケトーシスだけでは効果が期待できません。糖質制限が重要です。しかし、内因性ケトーシスと外来性ケトーシスを同時に実行すると、ケトン体濃度を高め、抗腫瘍効果を増強できます。

アルツハイマー病などの神経変性疾患の治療の場合は、外因性ケトーシスだけで効果が期待できます。脳神経にケトン体というエネルギー源を与えることになるためです。脳神経は、ブドウ糖よりケトン体を好んで利用します。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 854)ケトン体... 856)ケトン体... »