829)再利用薬とサプリメントを用いたがん細胞のフェロトーシス誘導

図:鉄はトランスフェリン(TF)に結合して全身を循環している。1分子のトランスフェリンは3価の鉄イオン(Fe3+)を2個運搬できる(①)。がん細胞はトランスフェリン受容体(TFR)を多く発現している。細胞膜に存在するトランスフェリン受容体に3価鉄イオンを結合したトランスフェリンが結合すると、この複合体はエンドサイトーシス (Endocytosis)によって細胞内に取り込まれる(②)。エンドソーム(endosome)内の酸性の環境では、鉄イオンはトランスフェリンから離れ、3価の鉄イオン(Fe3+)は2価の鉄イオン(Fe2+)に還元される(③)。2価の鉄イオンはエンドソームを出て細胞質に移行し、細胞内の様々な目的で使用される(④)。アルテスネイト(⑤)はがん細胞内の2価の鉄イオン(Fe2+)と反応して活性酸素を発生し(⑥)、酸化作用の強いヒドロキシルラジカルや脂質ラジカルを発生させ、過酸化脂質の蓄積を引き起こし(⑦)、フェロトーシスによる細胞死を誘導する(⑧)。がん細胞はグルタチオンやグルタチンペルオキシダーゼ4(GPX4)の活性を高めて活性酸素を消去する(⑨)。スルファサラジンとメトホルミンはシスチン/グルタミン酸アンチポーター(xCT)の働きを阻害し、グルタチオンの合成を阻害し、(⑩)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)とメトホルミンはATPとNADPHの産生を減らしてグルタチンペルオキシダーゼ4(GPX4)の活性を低下する(⑪)。ジスルフィラムとジクロロ酢酸ナトリウムは活性酸素の産生を増やす(⑫)。鉄剤の投与はがん細胞内の鉄を増やしてフェロトーシスを促進する(⑬)。ドコサヘキサエン酸は細胞膜に取り込まれ、細胞膜の脂質過酸化を促進する(⑭)。したがって、アルテスネイト+スルファサラジン+メトホルミン+ジスルフィラム+ジクロロ酢酸ナトリウム+鉄剤+ドコサヘキサエン酸はがん細胞のフェロトーシス誘導において相乗効果を発揮する。

829)再利用薬とサプリメントを用いたがん細胞のフェロトーシス誘導

【細胞は様々なメカニズムで死滅する】
細胞が何らかのダメージを受けて死滅する時、細胞死の形態として、ネクローシス、アポトーシス、オートファジー、フェロトーシスなどが知られています。
脳梗塞や心筋梗塞のような虚血や、火傷や毒物による細胞傷害では、ネクローシス(壊死)という細胞死を起こして、細胞が崩壊して炎症反応が引き起こされます。炎症反応を引き起こすことによって、生体に異常事態を知らせ、防御や修復を促進することができます。

体内では1日に体の約200分の1の細胞が死滅して、新しい細胞が置き換わって補充されています。この場合、周りに炎症応答を起こさないアポトーシス(apoptosis)という細胞死で細胞が死滅して排除されます。アポトーシスはミトコンドリアのチトクロームCやタンパク分解酵素のカスパーゼが関与する細胞死です。カスパーゼは、基質であるタンパク質をアスパラギン酸残基の後で切断するシステインプロテアーゼの総称です。Fas などの細胞死受容体や各種の傷害刺激などに反応してカスパーゼが速やかに活性化され、細胞内タンパク質を分解して細胞死を誘導します。

オートファジー(autophagy)は細胞内の構成成分を分解するための細胞機能で、このオートファジーが関与するプログラム細胞死をオートファジー細胞死と呼んでいます。

フェロトーシス(Ferroptosis)では、鉄依存的な活性酸素種の発生と過酸化した脂質の蓄積によって細胞死が起こります。細胞内の鉄に依存する機構であり,ほかの金属類には依存しません。「フェロ(Ferro)」は「鉄」という意味です。
カスパーゼ阻害剤はアポトーシスの細胞死を阻止できますが、フェロトーシスは阻止できません。鉄に結合して反応性を阻害するキレート剤や、フリーラジカルを消去する抗酸化剤(ビタミンEなど)はフェロトーシスを阻止しますが、アポトーシスは阻止できません。つまり、フェロトーシスは鉄のキレート剤や抗酸化剤で阻止され、カスパーゼ阻害剤では阻止できない点でアポトーシスと区別される細胞死です

がん治療においてフェロトーシスの誘導が注目されています。がん細胞は鉄を多く含みますが、正常細胞は鉄を多く含みません。つまり、フェロトーシスはがん細胞で最も一般的に観察され、正常細胞ではあまり起こらないからです。正常細胞のダメージが少なく、がん細胞に特異的に細胞死を誘導する方法としてフェロトーシスを誘導する治療が注目されているのです。

【がん細胞は鉄を多く取込んでいる】
私たちの体内には、体重60kgで平均4g程度(2~6gくらい)の鉄が存在します。鉄は全て食事から体内に摂取しています。
鉄は酸素などの小さな分子と強く特異的に結合する性質があります。体内の鉄の60%くらいはヘモグロビンのヘムとして存在し、酸素を運搬する働きを担っています。
鉄はイオンの価数が変化する遷移金属で、簡単に二価イオン(Fe2+)三価イオン(Fe3+)の両方の型を行き来するので、電子の移動を伴う生体反応に利用できます。例えば、NADPHオキシダーゼ、キサンチンオキシダーゼ、リポキシゲナーゼ、チトクロームP450酵素など、活性酸素を産生させるような酵素の活性に必要です。ATPを生産するミトコンドリアの電子伝達系のタンパク質など電子を輸送する様々なタンパク質にも使われています。ペルオキシソームで過酸化水素(H2O2)を分解するカタラーゼの活性にも鉄が必須です。

このように、鉄イオンは細胞の呼吸、核酸合成、増殖などに必須な補助因子として重要な役割を果たしています。したがって、がん細胞は鉄の需要が増え、鉄の取込みが増えています

血液中では鉄イオンはトランスフェリンに結合して細胞まで運ばれます。1つのトランスフェリンに2つの3価鉄(Fe3+)が結合します。 トランスフェリンは細胞膜にあるトランスフェリン受容体と結合し,エンドサイトーシスによって取り込まれ、リソソーム内で酸性の環境になると鉄イオンが解離し、2価の鉄(Fe2+)になって細胞内に取り込まれます。

【2価鉄イオン(Fe2+)はフリーラジカルを発生して細胞を傷害する】 
鉄は様々な生体反応に必須の物質ですが、過剰になると活性酸素発生の触媒作用を発揮することによって細胞の酸化傷害を引き起こし、発がんのリスクを上げることが明らかになっています。 
鉄の代謝異常で細胞内に鉄が多く蓄積する遺伝性疾患や、慢性炎症などでフリーの鉄イオンが増える状況では、細胞のがん化が促進することが明らかになっています。さらに、人間では定期的に除鉄を行うとがん発生が抑制されることが明らかになっています。 1年に2回の定期的瀉血が内臓がんの発生を35%減少させるという論文が報告されています。(J Natl Cancer Inst. 2008 Jul 16;100(14):996-1002.) 
つまり、献血のようにして定期的に瀉血して、体内の過剰な鉄を減らすことはがん予防に有効であることが示されています。さらに、鉄による酸化傷害を防ぐことは細胞の老化の進行の抑制にも有効です。

細胞内ではミトコンドリアで酸素を使ってエネルギー(ATP)を産生する過程で活性酸素が発生します。2価のフリーの鉄は過酸化水素(H2O2)と反応してより有毒なヒドロキシルラジカルを生じ、DNA障害、脂質酸化、細胞死などを引き起こします。 
鉄は電子の授受を容易に行いうることから種々の酵素の活性中心として働いており,地球上のほぼすべての生物にとってその生存に必須な元素です。 しかし一方で,二価鉄(Fe2+)が過剰に存在すると,その高い反応性ゆえにフリーラジカルの産生を促進し細胞に対する傷害性をもたらすということです。 つまり、鉄は「両刃の剣」であり、鉄は不足しても過剰でも生体に悪影響を及ぼすため、生体においては鉄の量がつねに適切な量になるよう厳密に調節される必要があるのです。

がん細胞内には過剰な2価鉄イオンが存在します。フリーの2価鉄が過酸化水素(H2O2)と反応して酸化作用の強いヒドロキシルラジカルを発生させ、さらに脂質と反応して脂質ラジカルを発生させて強い細胞傷害を引き起こします。フェロトーシスは、鉄依存的な活性酸素種の発生と過酸化した脂質の蓄積によって引き起こされる細胞死です。

図:がん細胞はトランスフェリン受容体の発現が増加し、鉄の取り込みが増えている。細胞内の鉄は活性酸素種の産生を増やし、細胞膜の脂質を過酸化して細胞膜を傷害し、細胞膜を破綻して細胞死を誘導する。この細胞死をフェロトーシスという。

【アルテミシニン誘導体はフェロトーシス(Ferroptosis)を誘導する】 
がん細胞にフェロトーシス(ferroptosis)を誘導する物質としてアルテミシン誘導体が近年注目されています。アルテミシニンは青蒿(セイコウ)というキク科の薬草から見つかっています。
青蒿(Artemisia annua)は中国伝統医学でマラリアなど様々な感染症や炎症性性疾患の治療に古くから使用されていました。
抗マラリア作用の活性成分がアルテミシニン(Artemisinin)で、その効果を高めたアルテスネイト(Artesunate)とアルテメーター(Artemether)という2種類の誘導体が合成されています。これらは現在、マラリアの治療薬として世界中で使用されています。
青蒿からアルテミシニンを発見し、抗マラリア薬を開発した中国の女性科学者の屠呦呦(Tu Youyou)博士は、駆虫薬のイベルメクチンを開発した大村智氏およびW. C. キャンベル(William C. Campbell)氏と一緒に2015年のノーベル医学生理学賞を受賞しています。

ベトコンを援助するために中国軍がベトナム戦争に従軍しましたが、密林でマラリアに感染して病死する兵士が多く、そこで毛沢東の命令でマラリヤの治療薬の開発が国家プロジェクトとして1967年に開始されました。その指揮を取ったのが、当時37歳の屠博士でした。 屠博士は1970年代に、その薬効成分のアルテミシニン(Artemisinin)を分離し、アルテミシニンやその誘導体のアルテスネイト(Artesunate)やアルテメーター(Artemether)の抗マラリア薬としての有効性を確認しました。
近年、このアルテミシニン誘導体が抗がん物質として注目を集めています。がん細胞内でフリーラジカルを産生して酸化ストレスを高める作用、血管新生阻害作用、DNAトポイソメラーゼIIa阻害作用、細胞増殖や細胞死のシグナル伝達系に影響する作用などが報告されています。臨床試験での有効性も報告されています。

アルテスネイトは水溶性で、抗マラリア作用や抗がん作用はアルテミシン誘導体の中で最も高いと考えられています。毒性が極めて低いので、副作用がほとんど無いのが特徴です。しかし、体内での半減期が比較的短いという短所もあります。
アルテメーターは脂溶性で、アルテスネトより体内の半減期は長く、血液脳関門を容易に通過するので、脳マラリアや脳腫瘍にも効果があります。しかし、高用量を使用すると神経毒性が現れるという副作用があります。
アルテミシニンは、アルテスネイトとアルテメーターの2つの中間的な半減期をもち、血液脳関門も通過します。 米国では、これら3種類の成分を含有する製品がサプリメントとして販売されています。

図:アルテミシニンおよびその誘導体(アルテスネイト、アルテメーター)は、現在マラリアの治療薬として世界中で使用されている。さらに、抗がん作用があることから、がんの代替医療にも使用されている。

アルテスネイトやアルテミシンやアルテメーターはセスキテルペン・ラクトンの一種で、分子の中にエンドペルオキシド・ブリッジ(endoperoxide bridge)を持っています。エンドペルオキシド・ブリッジ(-C-O-O-C-)は鉄イオンと反応してフリーラジカルを発生します。がん細胞は鉄を多く取り込んでいるので、その鉄と反応してフリーラジカルを産生してがん細胞を死滅させるという作用機序が提唱されています。
つまり鉄介在性の細胞死です(下図)。 

図:がん細胞は細胞内に鉄を多く含む(①)。アルテスネイトは分子内にエンドペルオキシド・ブリッジ(endoperoxide bridge)を持つ(②)。このエンドペルオキシド・ブリッジは細胞内の鉄と反応してフリーラジカルを産生し、フェロトーシスの機序で細胞死を誘導する(③)。一方、正常細胞は鉄の含有が少ないので、アルテスネイトによる細胞傷害を受けない(④)。

このアルテスネイトによる鉄介在性の細胞死は2000年頃から知られており、がん治療の目的でアルテスネイトを服用する数時間前に鉄剤を服用してがん細胞に鉄を多く取込ませておくと、抗腫瘍効果を増強できることが指摘されています。

以前は、「がん細胞に多く含まれる2価の鉄イオンとアルテスネイトが反応してフリーラジカルを産生してがん細胞を死滅させる」と簡単に理解されていましたが、2012年にフェロトーシスという鉄介在性の細胞死の存在が提唱され、そのメカニズムが明らかになってきて、アルテスネイトの抗がん作用に注目が集まってきています。つまり、フェロトーシス促進によるがん治療においてアルテスネイトの利用が検討されています。

【酸素と鉄が細胞膜を傷害する】
地球上の初期の生物は酸素のない状態で進化しました。生物とは生命活動を行うことができる生き物です。「外界と膜で仕切られた細胞からできている」、「DNAを持って自分の複製を作ることができる」、「外界から栄養分を取り入れてエネルギーを産生し、物質を分解したり合成する代謝を行う」といった特徴を持っています。さらに、「進化することができる」という特徴を加える意見もあります。

地球が誕生したのは約46億年前で、その地球に最初の生命(=生物)が出現するのは8億年後の今から約38億年前です。最初の生物は、はっきりした核を持たない(核膜をもった核が無い)原核生物です。これらの生物は、海の中を漂う有機物を利用し、酸素を使わずに生息していました。
 約25億年前に光合成を行う藍藻(シアノバクテリア)が登場します。それまで地球上には酸素は存在しませんでしたが、そこに太陽光エネルギーで無機物である二酸化炭素と水からグルコース(ブドウ糖)などの有機物を作り出し、酸素を放出するという光合成を行う真正細菌のシアノバクテリアが出現しました。この酸素放出型光合成を行う生物の出現によって、それまで無酸素状態だった地球大気に大量の酸素分子が放出され、最終的に現在の大気は21%の酸素濃度に達しています。  

初期の生物の細胞膜は単純な飽和脂肪酸で構成されていたと思われますが、やがて不飽和脂肪酸が細胞膜に利用されるようになります。細胞膜の不飽和脂肪酸は膜流動性の調節可能性を高めることを可能にし、生物が進化するために必要だったためです。温度が低い状態で細胞膜の流動性を維持するためには不飽和脂肪酸が必要です。
しかし、不飽和脂肪酸を有する細胞膜を有する生物にとって大気中の大量の酸素の出現は、極めて困難な出来事でした。なぜなら、不飽和脂肪酸は酸素の存在下で脂質過酸化を受けやすいからです。そしてこの過酸化反応は、二価金属、特に二価の鉄イオン(Fe2+)によって劇的に加速されます。
 そこで、生物は酸素と鉄イオンによる細胞膜の酸化傷害を阻止するために、グルタチオングルタチオン・ペルオキシダーゼによる抗酸化システムを発達させました。

【グルタチオンとグルタチオン・ペルオキシダーゼ】
グルタチオン(Glutathione)というのは、グルタミン酸とシステインとグリシンの3つのアミノ酸が結合したトリペプチドです。
γ-グルタミルシステイン合成酵素によってグルタミン酸とシステインが結合してγ-グルタミルシステインを合成します。引き続いてグルタチオン合成酵素によってγ-グルタミルシステインにグリシンが結合してグルタチオンが合成されます。この合成にはATPが必要です。
つまり、グルタミン酸やシステインやグリシンが不足したり、ATPが十分に産生できなかったり、γ-グルタミルシステイン合成酵素やグルタチオン合成酵素の活性が阻害されれば、グルタチオンの濃度は低下して、酸化ストレスに対する抵抗力が低下することになります。

図:グルタチオンは3つのアミノ酸(グルタミン酸、システイン、グリシン)がATPを使って結合して合成される。 

グルタチオンは細胞内に0.5〜10mMという非常に高濃度で存在します。チオール基(SH基)を持ち、この水素が電子を供与することによって活性酸素やフリーラジカルを消去します。
還元型のグルタチオンはGSH(Glutathione-SH)と表記され、GSHが活性酸素などで酸化されると酸化型グルタチオンGSSG(Glutathione-S-S-Glutathione)になります。
つまり、酸化型は、二分子の還元型グルタチオンがジスルフィド結合(2個のイオウ原子が繋がった状態)によってつながった分子です。
細胞内で発生した活性酸素やフリーラジカルに電子を与えて酸化型になったグルタチオンを還元型に戻す酵素がグルタチオンレダクターゼ(グルタチオン還元酵素)で、このときNADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、nicotinamide adenine dinucleotide phosphate)から水素をもらいます。このNADPHはペントース・リン酸経路で産生されます。

図:還元型グルタチオンは活性酸素(スーパーオキサイド、過酸化水素など)などと反応して酸化され、2量体化した酸化型グルタチオン(GSSG)に変化するが、グルタチオン還元酵素がNADPHからの電子をGSSGに転移して、GSH(還元型グルタチオン)に再生される。

がん細胞は還元型グルタチオン(GSH)の産生を促進することで、酸化ストレス抵抗性を高め、増殖や転移や治療抵抗性を高めていることが知られています。 
NADPHはペントース・リン酸経路で産生されます。つまり、がん細胞のグルコース取り込みや解糖系やペントース・リン酸経路を阻害するケトン食や2−デオキシ-D-グルコースやジクロロ酢酸はNHDPHの供給を減らすことによって、グルタチオンの合成を低下させ、酸化ストレスに対する抵抗性を減弱させることができます。
ATP産生低下はグルタチオン合成をさらに低下させます。また、NADPHの産生抑制は脂肪酸合成を抑制して細胞増殖を低下します。

グルタチオンペルオキシダーゼ(glutathione peroxidase: GPx)は活性中心にセレンを有する酵素で、グルタチオン(GSH)の存在下で 過酸化水素(H2O2)を水(H2O)に還元するほか、過酸化脂質(LOOH)を還元する機能を有し、 スーパーオキサイドジスムターゼ(SOD)、カタラーゼとともに生体内において重要な抗酸化作用を担っていると考えられています。
グルタチオンペルオキシターゼ活性はNADPHの供給に依存しており、NADPHはペントースリン酸経路から供給されます。

図:グルタチオン・ペルオキシダーゼは、過酸化水素(H2O2)を還元型グルタチオン(GSH)の存在下で、水(H2O)に代謝させ、酸化型グルタチオン(GSSG)を生成する。還元型グルタチオンはペントース・リン酸経路から供給されるNADPHを使って還元型グルタチオンに還元される。

図:グルタチオンペルオキシダーゼは、過酸化脂質(LOOH)を還元する。

細胞膜の過酸化脂質を還元できるのはグルタチオンペルオキシダーゼだけです。したがって、グルタチオン、グルタチオン・ペルオキシダーゼ、グルタチオン還元酵素、NADPH(ペントース・リン酸回路から供給)、ビタミンB2(グルタチオン・ペルオキシダーゼの補酵素)のどれかが不足しても過酸化脂質が増えます

【スルファサラジンはがん細胞のグルタチオン濃度を低下させて死にやすくする】

がん細胞が抗がん剤などで死ににくい理由の一つとして、グルタチオンの関与が指摘されています。
がん細胞は還元型グルタチオン(GSH)の合成を促進することで、酸化ストレス抵抗性を高め、増殖や転移や治療抵抗性を高めていることが知られています。
シスチン・トランスポーター(xCT)シスチン/グルタミン酸交換輸送体とも呼ばれ、哺乳類細胞形質膜上に発現するアミノ酸トランスポーターの一種で、細胞内のグルタミン酸との交換により細胞外のシスチンを細胞内に輸送する機能を有します。
シスチンはグルタチオンの構成成分であるシステインが2個結合したアミノ酸で、シスチンが細胞内に取り込まれると、システインに代わってグルタチオンを合成する材料になるというわけです。

このトランスポーターの発現が亢進すると、細胞内グルタチオンレベルが上昇し、これによって、活性酸素などの酸化ストレスに対する防御能が高まると考えられます。

図:システムxc-は、4F2重鎖(4F2hc)と軽鎖xCTで構成されており、これらはジスルフィド結合(-S-S-)で結合されている。 システムxc-は、グルタミン酸(Glu)と引き換えにシスチン(CySS-)を細胞内に取り込む。xCTは12回膜貫通型タンパク質。

スルファサラジン(別名:サラゾスルファピリジン:商品名はサラゾピリンなど)という潰瘍性大腸炎の治療に使われている既存薬にシスチン・トランスポーターを特異的に阻害する作用があることが報告されています。
シスチントランスポーターの阻害剤であるスルファサラジンを投与すれば、がん細胞内のグルタチオンの濃度が低下し、酸化ストレスに対する抵抗性が低下するので、抗がん剤や放射線治療が効きやすくなると推測されます

シスチントランスポーターの阻害以外にも、グルタチオン合成に関与する酵素の阻害剤なども臨床試験が行われています。
グルタチオンの生合成や酸化型から還元型のグルタチオンに再生するメカニズムの複数の作用点を同時に阻害すれば、より効率的にグルタチオンの濃度を低下させることができます。


図:シスチン/グルタミン酸交換輸送体(xCT) は、シスチンとグルタミン酸を輸送基質とする交換輸送体で、細胞内のグルタミン酸を放出し、細胞外のシスチンを取り込む(①)。シスチンはシステイン2分子がS-S結合したアミノ酸で、細胞内でシステインに還元される(②)。システインはグルタミン酸とグリシンと結合してグルタチオンが合成される(③)。グルタチオンは酸化ストレスを軽減することによって抗がん剤や放射線治療に抵抗性を与える(④)。xCTの働きを阻害する作用のあるスルファサラジンは、細胞内のシステインを減らしてグルタチオンの濃度を低下させ(⑤)、その結果、がん細胞の酸化ストレス抵抗性を減弱することによって細胞死を亢進する(⑥)。

【メトホルミンはシスチンの取り込みを阻害する】
アンチポーターxCTは12回膜貫通型タンパク質です。遺伝子溶質キャリアファミリー7、メンバー11(SLC7A11)によってコードされます。以下の論文のSLC7A11はxCTのことです。

Metformin induces Ferroptosis by inhibiting UFMylation of SLC7A11 in breast cancer.(メトホルミンは、乳がんにおけるSLC7A11のUFMylationを阻害することによりフェロトーシスを誘発する)J Exp Clin Cancer Res. 2021 Jun 23;40(1):206.

【要旨】
背景: フェロトーシスは、脂質過酸化の鉄依存性の蓄積を特徴とする新たに定義された形態の細胞死であり、がんを含むさまざまな病態生理学的状態に関与している。がん治療の新規ターゲットとしてフェロトーシスが注目されている。FDA承認薬の中からフェロトーシス誘発作用のある薬の特定は、がん治療のための有望なアプローチであると提案されている。
抗糖尿病のメトホルミンはがん治療において有効性を示す証拠が増えているにもかかわらず、この有効性の根底にある正確なメカニズムはまだ完全には解明されていない。

方法: SLC7A11のUFMylationは免疫沈降によって検出され、腫瘍組織におけるUFM1とSLC7A11の発現は免疫組織化学的染色によって検出された。フェロトーシスのレベルは、細胞内の遊離鉄、過酸化脂質およびグルタチオンのレベルによって決定され、ミトコンドリアの形態学的変化は透過型電子顕微鏡によって観察されタ。インビボでのメカニズムは、ヌードマウスにおける移植腫瘍モデルによって検証された。

結果: メトホルミンはAMPKに依存しない方法でフェロトーシスを誘発し、腫瘍の成長を抑制したメトホルミンは細胞内のFe2および過酸化脂質レベルを増加させた。具体的には、メトホルミンは、フェロトーシス調節因子であるSLC7A11のUFMylationプロセスを阻害することにより、SLC7A11のタンパク質安定性を低下させた。さらに、シスチン/グルタミン酸アンチポーターxCTの阻害剤のスルファサラジンをメトホルミンと併用すると、フェロトーシス誘発において相乗的に作用し、乳がん細胞の増殖を阻害した。

結論: この研究は、フェロトーシスを誘発するメトホルミンの能力が、その抗がん効果の根底にある新しいメカニズムである可能性があることを実証した最初の報告である。さらに、SLC7A11を新しいUFMylation基質として特定し、UFM1/SLC7A11経路を標的とすることが有望ながん治療戦略である可能性があることを発見した。

UFMylationはユビキチン様修飾因子UFM1 (Ubiquitin-fold modifier 1) が関連するタンパク質翻訳後修飾の一種です。メトホルミンはSLC7A11(xCT)タンパク質のUFMylationプロセスを阻害するメカニズムでxCTの働きを阻害するという報告です。
スルファサラジンとメトホルミンの併用はフェロトーシスの誘導を相乗的に促進するという結果です

【ジスルフィラムは還元型グルタチオンを枯渇する】
ジスルフィラム(Disulfiram)はアルデヒド脱水素酵素を阻害する作用があり、断酒薬としてアルコール中毒の治療薬として60年以上前から処方薬として使用されています。アルコールを飲むと強い副作用が出ますが、アルコールさえ飲まなければ、ジスルフィラムは極めて副作用の少ない薬です。

アルデヒド脱水素酵素(ALDH)はアルデヒド(CHO)を酸化してカルボン酸(COOH)にする反応を触媒する酵素です。アルデヒト脱水素酵素はがん幹細胞のマーカーとしても知られています。つまり、アルデヒト脱水素酵素はがん幹細胞に過剰に発現し、その生存や増殖や自己複製に何らかの重要な働きを行っていることが指摘されています。細胞にとってアルデヒドは毒性があるので、アルデヒドを早く代謝するために必要なのです。

ALDH活性を阻害するとがん細胞の増殖や転移を抑制でき、抗がん剤の効き目を高めることができます。ジスルフィラムと銅の組合せ(複合体)はプロテアソーム(proteasome)におけるタンパク質の分解機能を強力に阻害する作用があります。
プロテアソームはタンパク質分解活性を持った巨大な酵素複合体で、ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する系はユビキチン-プロテアソーム・システムと呼ばれ、細胞周期やシグナル伝達やアポトーシスなど細胞内の様々な機能の制御に関わっています。プロテオソームの働きが阻害されると細胞内タンパク質の恒常性に異常が起こり、ユビキチン化されたタンパク質が細胞内に増え、毒性の強い凝集したタンパク質によってがん細胞に対して致死的に作用します。
つまり、ジスルフィラムはプロテアソーム阻害作用による抗がん作用もあるということです。

ジスルフィラムはタンパク質のシステインに反応して活性を阻害する機序によって、プロテインキナーゼCやP糖蛋白質やDNAメチルトランスフェラーゼなど様々ながん促進性のタンパク質を阻害します。
ジスルフィラムの代謝物は銅イオンや亜鉛イオンと複合体を形成するため、細胞内の重金属イオンの貯蔵量を減らし、その結果、スーパーオキシド・ディスムターゼ(酸化ストレスから細胞を保護する)やマトリックス・メタロプロテイナーゼ(がん細胞の浸潤や転移を促進する)のような酵素活性に亜鉛や銅が必須の酵素の活性を阻害する作用があります。
ジスルフィラムの抗腫瘍効果は二価重金属の存在下で強く現れます。がん細胞内には正常細胞よりもこのような二価の重金属(銅や亜鉛)が多く存在するので、ジスルフィラムの毒性はがん細胞に強くでます。
ジスルフィラムと銅イオンの複合体内における一価の銅イオンCu(I)と二価の銅イオンCu(II)の酸化還元サイクルは、グルタチオンの酸化と過酸化水素の産生を引き起こし、細胞内の酸化ストレスを高めることになります。

図:ジスルフィラムの代謝産物のジエチルジチオカルバミン酸は二価の重金属(銅や亜鉛)と複合体を形成する。その結果、細胞内の重金属イオンの貯蔵量を減らし、酵素活性に亜鉛や銅が必須の酵素の活性を阻害する作用がある。また、ジスルフィラムと銅イオンの複合体内における一価の銅イオンCu(I)と二価の銅イオンCu(II)の酸化還元サイクルは、グルタチオン(GSH)の酸化と過酸化水素(H2O2)の産生を引き起こし、細胞内の酸化ストレスを高める。がん細胞内には正常細胞よりもこのような二価の重金属が多く存在するので、ジスルフィラムの毒性はがん細胞に強く出る。

【ドコサヘキサエン酸(DHA)はがん細胞のフェロトーシスを促進する】
がん細胞は細胞分裂をして数を増やし、増殖します。細胞数を増やすために、細胞膜に使う脂肪酸の合成が亢進しています。さらに、がん細胞は自分で作った脂肪酸以外に、食事から摂取して血液中に存在する脂肪酸を積極的に取り込んで、細胞膜の合成に使います。食事やサプリメントからのDHAやEPAの摂取を増やすと、がん細胞の細胞膜にDHAやEPAが多く取り込まれます

DHAは二重結合が6個存在する多価不飽和脂肪酸です。不飽和脂肪酸は酸化されて過酸化脂質になります。DHAは酸化されやすいので、鉄を多く含み、活性酸素の産生が増加しているがん細胞では、DHAは過酸化脂質を増やし、細胞膜の酸化傷害を増強します。つまり、DHAを多く取り込んだがん細胞はフェロトーシスが起こりやすくなるのです。
放射線治療や多くの抗がん剤は、がん細胞に活性酸素を産生してフェロトーシスで最終的に死滅することが明らかになっています。したがって、食事からのDHAの摂取を増やすと、放射線や抗がん剤による細胞死を起こしやすくなります。

図:食事(①)からのドコサヘキサエン酸(DHA)は細胞膜に取り込まれる(②)。多価不飽和脂肪酸は酸化を受けやすいので、がん細胞内で鉄介在性に活性酸素の産生が高まると(③)、脂質の過酸化によって細胞は酸化傷害を受け(④)、フェロトーシスの機序で死滅する(⑤)。抗がん剤、放射線照射はがん細胞に比較的選択的にフェロトーシスを誘導する(⑥)。食事からのDHAの摂取量を増やすと、がん細胞のフェロトーシスを増強できる。(赤丸は活性酸素による脂質酸化を示す。多価不飽和脂肪酸は酸化を受けやすいことを示している。)

放射線治療や抗がん剤治療以外で、がん細胞に活性酸素の発生量を増やす方法として、高濃度ビタミンC点滴アルテスネイトジクロロ酢酸ナトリウムなどがあります。
さらに、瘍性大腸炎の治療に使われていスルファサラジン(別名:サラゾスルファピリジン:商品名はサラゾピリンなど)はシスチン・トランスポーターを特異的に阻害し、がん細胞内のグルタチオンの濃度を低下し、抗がん剤や放射線治療が効きやすくします。
がん細胞にDHAを多く取り込ませた後に、このような活性酸素を多く発生する治療を行うと、がん細胞を選択的に死滅できます。

【ジクロロ酢酸ナトリウムはミトコンドリアを活性化して活性酸素の産生を増やす】
ジクロロ酢酸ナトリウム(sodium dichloroacetate)は酢酸(CH3COOH)のメチル基(CH3)2つの水素原子が塩素原子(Cl)に置き換わったジクロロ酢酸(CHCl2COOH)のナトリウム塩です。構造式はCHCl2COONaになります。 
ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害することによってピルビン酸脱水素酵素の活性を高める作用があります。ミトコンドリアの異常による代謝性疾患、乳酸アシドーシス、心臓や脳の虚血性疾患の治療などに、医薬品として古くから使用されています。
がん治療の場合は、体重1kg当たり10~15mgを水に溶かして服用します。 
ピルビン酸脱水素酵素の補因子のビタミンB1とR体αリポ酸を併用すると抗腫瘍効果を高めることができます。 (図)

図:低酸素誘導因子-1(HIF-1)はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を誘導して(①)、ピルビン酸脱水素酵素(ピルビン酸をアセチルCoAに変換する)の働きを阻害するので(②)、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるATP産生が抑制されている。ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼの活性を阻害することによってピルビン酸脱水素酵素の活性を高め(③)、R体αリポ酸とビタミンB1はピルビン酸脱水素酵素の補因子として働き(④)、ピルビン酸脱水素酵素の活性を高めてピルビン酸からアセチルCoAの変換を促進し、TCA回路での代謝と酸化的リン酸化を亢進する(⑤)。ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が亢進すると、活性酸素の産生が増え、乳酸産生が減少し、アポトーシスが起こりやすくなって、抗がん剤感受性が亢進する(⑥)。

さらに、2-デオキシ-D-グルコースを併用すると、解糖系とペントースリン酸経路を阻害してNADPHの産生を減少し、がん細胞の抗酸化力を低下できます。
これらを併用すると、がん細胞に選択的にフェロトーシスを誘導できます。(図)

図:シスチン・トランスポーターはシスチン/グルタミン酸交換輸送体とも呼ばれ、細胞内のグルタミン酸との交換により細胞外のシスチン(Cystine)を細胞内に輸送する(①)。シスチンはグルタチオンの構成成分であるシステイン(Cysteine)が2個結合したアミノ酸で、シスチンが細胞内に取り込まれると、システインに変換されて還元型グルタチオン(GSH)の合成が増える(②)。グルタチンペルオキシダーゼ4(GPX4)は細胞膜の脂質の酸化を防ぐ(③)。抗がん剤、放射線照射、高濃度ビタミンC点滴、アルテスネイト、ジクロロ酢酸ナトリウム、ジスルフィラム、鉄剤は活性酸素の産生を増やし(④)、二価の鉄イオン(Fe2+)と酸素(O2)が介在した機序で(⑤)、脂質酸化を促進し(⑥)、脂質二重層の破綻によってフェロトーシスによって死滅する(⑦)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)とメトホルミンはATPとNADPHの産生を減らしてグルタチンペルオキシダーゼ4(GPX4)の活性を低下する(⑧)。ドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)は多価不飽和脂肪酸で酸化されやすいので、細胞膜の脂質過酸化を促進する(⑨)。スルファサラジンはシスチン・トランスポーターの働きを阻害してグルタチオンの合成を阻害する(⑩)。これらを組み合わせると、がん細胞に選択的にフェロトーシスによる細胞死を誘導できる。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 828)ドコサヘ... 830)スルフォ... »