690)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する漢方治療とピドチモド

図:新型コロナウイルス(①)の感染によって肺炎を発症するCOVID-19 (Coronavirus Disease 2019)は未だ有効な治療法が開発されていない(②)。中国では漢方薬を用いた治療が有効であることが報告されている(③)。漢方治療は体力と抵抗力を高めると同時に、咳や発熱などの症状の緩和にも有効(④)。さらに漢方薬の成分には抗ウイルス活性を持つものも見つかっている(⑤)。漢方薬はウイルス感染に対する免疫力を高める作用もある(⑥)。ペプチド様構造の免疫増強剤のピドチモド(Pidotimod)は自然免疫と獲得免疫の両方を活性化し(⑦)、海外では呼吸器感染症の予防や治療に使用されている。COVID-19の予防と治療の両方において漢方治療とピドチモドの併用を試してみる価値はある。

690)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する漢方治療とピドチモド

【中国の国家衛生健康委員会は新型コロナウイルス肺炎に漢方薬の使用を推奨している】
インターネットで「既存の薬と中国医学の伝統薬、新型肺炎に効果あり 専門家」というタイトルの記事が2月21日に載っていました。
中国の国営通信社のCNS(China News Service)が配信したニュースを日本語に訳した記事です。記事のリンクは以下です。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200221-03268889-clc_cns-cn

この記事の中で以下のような記載があります。

■「清肺排毒湯」が有効

 国家中医薬管理局科技司の李昱(Li Yu)司長によると、国家衛生健康委員会は6日、管理局と共同で、全土に対し中国医学の伝統薬「清肺排毒湯」の使用を推奨する旨を通知した。
10省57病院で701人の患者に「清肺排毒湯」を投与し観察した結果、130人が治愈・退院、51人は症状がなくなり、268人は症状が改善、212人は症状が安定し悪化しなかったという。

 詳細データのある351人について分析すると、「清肺排毒湯」を服用する前に112人は体温が37.3℃を上回っていたが、服薬1日後で51.8%、服薬6日後で94.6%の患者の体温は正常になった。また、だるさや吐き気、のどの痛みなどの症状にも顕著な治療効果が見られた。

清肺排毒湯については、Wikipediaでも新型コロナウイルス感染症との関連でまとめられています。Wikipediaのリンクは以下です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/清肺排毒湯

このWikipediaでは「清肺排毒湯(せいはいはいどくとう)は、中国国家中医薬管理局が新型コロナウイルス対策として融合創新し、効果があると発表した中医薬」と記載されています。
つまり、古くからある中医薬(漢方薬)処方を参考にしながら、新型コロナウイルスの病態や症状に適合するように新たに調合を決めた処方のようです。
清肺排毒湯の処方内容(1日分)は以下のようになっています。

麻黄9g 炙甘草6g 杏仁9g 生石膏15〜30g(先煎) 桂枝9g 沢瀉9g 猪苓9g 白朮9g 茯苓15g 柴胡16g 黄芩6g 姜半夏9g 生姜9g 紫苑9g 冬花9g 射干9g 細辛6g 山薬12g 枳実6g 陳皮6g 藿香9g

これらは、日本の漢方でも知られる麻杏甘石湯(マキョウカンセキトウ)、射干麻黄湯(ヤカンマオウトウ)、小柴胡湯(ショウサイコトウ)、五苓散(ゴレイサン)らの漢方薬を混ぜて新しく作った処方のようです(Wikipediaの記述より)。

麻杏甘石湯の構成生薬は、麻黄、杏仁、甘草、石膏です。比較的体力があり(実証)、咳嗽が強く、口渇や発汗や熱感があり、喘鳴や呼吸困難などを訴える場合に使用します。
適応疾患は、小児喘息、気管支喘息、気管支炎などです。

射干麻黄湯の構成生薬は、射干、麻黄、生姜、五味子、細辛、紫苑、欵冬花、大棗、半夏です。
気管支喘息や気管支炎で、発熱、悪寒、身体痛、頭痛、痰などの症状に用います。

小柴胡湯の構成生薬は、柴胡、半夏、黄芩、人参、大棗、甘草、生姜です。
胸脇苦満があり、熱性疾患では食欲不振や口中不快感を伴う際に用いられます。
胸脇苦満(きょうきょうくまん)は心窩部から季肋部にかけて苦満感を訴え、抵抗・圧痛の認められる症状を言います。
肺炎、気管支炎、感冒、胸膜炎、慢性肝炎、リンパ節炎、慢性胃腸障害など多く疾患や病態で使用されます。

五苓散の構成生薬は沢瀉、茯苓、猪苓、白朮(または蒼朮)、桂皮です。利水作用があり、口渇や尿量減少など水滞症状に対して頻用される方剤です。

麻杏甘石湯と小柴胡湯と五苓散の出典は傷寒論(しょうかんろん)で、射干麻黄湯の出典は金匱要略(きんきようりゃく)です。
傷寒論と金匱要略は中国後漢の官僚で医師の張仲景が編纂した中国の古典医学書です。
『傷寒論』は傷寒という急性熱性病の病状の変化とこれに対応する治療の法則を述べたのに対し、『金匱要略』は病類別に種々の病を取り上げ、その病理と治療方法とを述べています。東洋医学の薬物療法の古典として最も重要視されています。

清肺排毒湯の構成生薬は、上記の4つの処方+山薬+枳実+陳皮+藿香となっています。
つまり、清肺排毒湯に使用されている生薬は、1800年くらい前の医学書に記載され、風邪やインフルエンザや肺炎などで近代でも頻用されているものです。
中医薬や漢方薬の専門家であれば、個々の生薬の薬効や性質や、これらの組合せの意図は簡単に理解・納得できるレベルの処方内容です。
ただ、21種類の生薬で構成されており、「効く可能性のある生薬を多数盛り込んだ感」が強い印象です。
COVID-19の病態や症状が多彩なので、ウイルス感染症や肺炎に効果が期待できる生薬をやたらと加えたという印象です。
これだけの生薬の入った煎じ薬を飲めば、効かない方が不思議なくらいの内容です。

日本で流通している生薬の価格で計算すると、生薬の原価は1日分が1000円程度でできます。胃腸の弱い人が多い日本人の場合は、この2/3から半分くらいの量で良いと思います。(日本で流通している生薬は細かく刻んでいるので、中国の量の半分でも同等の効果が得られると思います)

個々の生薬の薬効や性質に関する知識や中医薬(漢方薬)治療の考え方の知識が無い人には何のことか全く分からないと思いますが、専門的過ぎるので、解説は省きます。
ここでは「風邪やインフルエンザや肺炎の治療に古くから使用されている中医薬(漢方薬)処方を元にして、新型コロナウイルス感染症の病状や症状に合わせた作成した清肺排毒湯と名付けられた中医薬処方を使用したら、COVID-19に効果が認められた」、そして「中国の国家衛生健康委員会は、全土に対し清肺排毒湯の使用を推奨している」という点を理解しておけば良いと思います。

さらにWikipediaの記述によると、
この処方については台湾でも報道され、それらによると、武漢で患者の80%に処方されたと報じられている。」
香港では培力控股有限公司(PuraPharm)が受託生産を契約し量産体制を整えつつある。」と言うニュースがあるようです。

この清肺排毒湯は発熱や咳などの肺炎の症状がある場合の処方で、COVID-19の発症予防には効果がありません。発熱や咳など肺炎の症状が無いのに服用すれば、副作用が出るだけです。風邪を引いていないのに風邪薬を飲むのと同じです。

【治療指針の最新版では漢方治療の記載が増えている】
中国国家衛生健康委員会総局が2月18日に発表した診療指針に関する最新版の「新型冠状病毒肺炎診療方案 試行第六版」では、2月8日付の試行第5版修正版と比較して、漢方治療に関する記載が増えています。
具体的には、「新型冠状病毒肺炎診療方案 試行第六版」では本文が15ページで、病気の特徴、症状、診断基準、臨床分類などに続いて、治療に関してはページ7からページ14までの8ページ分が使われています。この8ページのうち約5ページが中医薬治療(漢方薬治療)の解説になっています。
「新型冠状病毒肺炎診療方案 試行第六版」のリンクは以下です。(もちろん中国語です)

http://www.nhc.gov.cn/yzygj/s7653p/202002/8334a8326dd94d329df351d7da8aefc2/files/b218cfeb1bc54639af227f922bf6b817.pdf

【病気の程度や症状や体質の違いによって漢方処方は異なる】
感染症を含めて多くの疾患の治療では、西洋医学では画一的な対症療法が行なわれるのが一般的です。しかし、漢方では病気の状態・時期、患者の体質・体調、症状の程度などに合せて薬を使い分けます
また、病気の原因(ウイルスや細菌など)に対する直接的な作用だけでなく、同時に体の治癒力も重視しています。
したがって、中医学的治療では画一的な処方では済まないのです。病気の程度や時期や症状や体質や年齢などによっても処方が変わります。
「新型冠状病毒肺炎診療方案 試行第六版」では、「医学観察期」「軽症」「通常型」「重症」「重篤」「回復期」に分けて、推奨する中成薬を記載しています。

前述の清肺排毒湯の適用範囲は軽症、通常型、重症、重篤の患者に、状況に合わせて使用します。

医学観察期(感染疑いの時期?)で、体力が低下して胃腸虚弱の場合の推奨中成薬は藿香正気膠嚢(藿香、白朮、厚朴、半夏、紫蘇葉、白芷、陳皮、茯苓、桔梗、甘草、大棗、大腹皮、生姜)のような胃腸の状態をよくし、食欲と体力を高める内容を推奨しています。

発熱があるときは、以下のような抗炎症、解熱作用や抗ウイルス作用のあるような処方を推奨しています。

金花清感顆粒:金銀花、石膏、麻黄、杏仁、黄金、連翹、貝母、知母、牛蒡子、青蒿、薄荷、甘草

連花清瘟膠嚢(顆粒):連翹、金銀花、麻黄、杏仁、石膏、板藍根、貫衆、魚腥草、藿香、大黄、紅景天、薄荷、甘草

疎風解毒膠嚢(顆粒):虎杖、連翹、板藍根、柴胡、敗醤草、馬鞭草、芦根、甘草

軽症例、通常例、重症例、重篤例については、症状や病状の違いで推奨する処方内容が異なります。つまり、発熱、咳や痰、吐き気、倦怠感、便通、発汗、口渇などの症状、さらに脈診や舌診の所見などの違いによって患者の(症状や体質や病状を総合した薬の使用目標)によって推奨される処方が異なります。
中国では生薬成分を使った注射薬もあり、重症・重篤例では中医薬の注射の治療法も記述されています。 
回復期は胃腸の状態をよくし、食欲や体力や免疫力を高め、回復力を促進することが目標になりますが、この場合も、症状や体力によって推奨する処方が異なります。

以上、漢方治療や中医学治療というのは画一的な処方で治療するのではなく、患者の病気の程度や時期や、症状の種類や強さ、患者自身の体力や抵抗力の状態によって処方内容を適切に修正します。
病気の進行状況や回復状況などによって適する処方が違ってくるというのが漢方治療の基本です。

多くのCOVID-19患者を診療している中国からの情報として、感染症や呼吸器疾患の日本の専門家も「新型冠状病毒肺炎診療方案 試行第六版」を参考にしていると思いますが、中医学的治療の箇所を理解できる医師はほとんどいないと思います。
したがって、日本ではCOVD-19の漢方治療に関しては、中医学や漢方の知識がある漢方薬局が対応していますが、標準治療では全く言及されていません。

【感染症に対する抵抗力を高める漢方治療の方法論とは】
病気に対する体の抵抗力を漢方医学では「正気(せいき)」といい、それに対して病気の原因を「邪気(じゃき)」といいます。自然治癒力を高めるというのは正気を充実させることであり、かぜやインフルエンザなどの感染症に対する漢方治療においてもこの原則は変わりません。

漢方では、生体機能を担っている基本的な構成成分として、気(き)・血(けつ)・水(すい)の3つの要素を考えています。
は人体のすべての生理機能を動かす生命エネルギーであり、血・水は体を構成する要素です。血は血液に相当し、水は体液やリンパ液など体内の水分であり、気のエネルギーが原動力になって体の中を循環しています。

気を陽気、血・水を陰液と呼んでおり、陽気と陰液をあわせたものを「正気(せいき)」といいます。
正気は、自然治癒力を働かせる原動力と物質的基礎であり、病気の原因となる「邪気(じゃき)」と対抗する人体の抵抗力や生命力を示す概念です。
正常な人体では、気(生命エネルギー)と血・水(体を構成する要素)が、いずれも過不足なく、しかも滞りなく生体を循環することによって、生命現象が正常に営まれます。
気・血・水の量のバランスがよく、循環が良好であると、体の新陳代謝・生体防御力・恒常性維持機能が十分に働いて、体の自然治癒力が高まります。
つまり、漢方医学では、体の抵抗力や自然治癒力を高めるためには、気・血・水の量のバランスが良くし、循環を良好な状態にすることが必要条件と考えています(図)。

図:体の抵抗力(正気)は気・血・水の3つの働きによって生み出される(①)。気は生命のエネルギーであり、自然治癒力の物質的基礎である血・水を動かす原動力となる(②)。気血水が過不足なくバランスがとれて循環が良好な状態(正気の充実)では栄養物質の供給や老廃物の排出が良好になり(③)、新陳代謝や生体防御力や恒常性維持機能が良くなり(④)、自然治癒力(=生命力)が十分に働いて病気の原因(邪気)に抵抗することができる(⑤)。その結果、病気を予防し、治療することができる(⑥)。

漢方には、気血水の量や巡りを正常化させるための生薬が多数用意されており、それらを組み合わせて抵抗力を高めることができます。漢方薬には、栄養の消化吸収をよくするもの、血液の循環をよくするもの、組織の新陳代謝を改善するものなど、いろいろとあります。それらは、長い年月をかけ、多くの漢方医が臨床を重ねることにより見つけ出してきたものです。

かぜに罹ったときには、「栄養を十分とって、熱い粥を啜ったり、布団をかぶって体を温かくする」という昔ながらの療養方法はまさに正気を充実させるための知恵です。正気(せいき)(=抵抗力や治癒力)を助けながら症状を和らげ病気を治していくための補助手段として、いくつもの民間療法があります。
かぜの初期で体の治癒力が十分あれば熱い生姜(しょうが)の汁を啜って、体を温かくして寝ていれば自然と汗をかいて翌朝には熱が下がってすっきりとなり、かぜも2−3日で治ってしまうものです。
熱いうちに生姜湯を飲んで、すぐに布団にくるまって寝ると、間もなく体がぽかぽかとして汗が出てきます。これは生姜の香りのもとになっているジンギベロールやシトラールなどの精油成分と、辛味のもととなっているショウガオールやジンゲロールなどの成分が体の芯から温めて発汗を促し、体にたまっている熱を鎮めるためです。ショウガを乾燥させたものはショウキョウ(生姜)という生薬で多くの漢方薬に配合されています。生姜は食品ではショウガと読み生薬ではショウキョウと読みます。

汗を出やすくするためにクズ(葛)やネギなどの力を借りることも経験医療の中では伝えられています。クズの根を乾燥した生薬は葛根(かっこん)といい発汗作用や解熱作用があり、かぜの初期症状の頭痛、肩や首すじの凝りを和らげたり、痛め止めの働きもあります。
市販のクズ粉でつくるクズ湯も、滋養があり体を温めるのでカゼのひきはじめや回復期に効果があります。ネギの白い部分は漢方では葱白(そうはく)といい、体を温め発汗を促す作用があります。ネギの白い部分を刻んで生姜湯に入れると発汗作用は増強され初期のかぜにはこれだけでも十分な効果があります。

かぜウイルス(邪気)の種類や強さも多様であり、患者の体力(正気)も様々です。そこで症状の強さや体の抵抗力の度合いに応じて薬草を組み合わせて、より合理的にカゼを治療していく方法を考えたのが漢方薬です。
現在の漢方薬は、約1800年前の後漢の名医、張仲景(ちょうちゅうけい)によって記された古典「傷寒論(しょうかんろん)」の考え方が基本になっています。この本は今日でいう腸チフスやインフルエンザやカゼなど急性熱性疾患の病状の変化とその治療法則をまとめたもので、体の治癒力を補いながら病気を治療していく臨床経験に基づいて体系化されたという強みがあります。

【麻黄湯はインフルエンザに有効?】
かぜの治療に使う漢方薬の代表に桂枝湯(けいしとう)と葛根湯(かっこんとう)と麻黄湯(まおうとう)があります。この3つの漢方薬の成り立ちと使い方を説明しながらかぜを治す漢方のやり方を説明します。

桂枝湯は、桂皮(けいひ)、芍薬(しゃくやく)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)、甘草(かんぞう)という5つの生薬から構成されています。体力を補いながら、体の血行を促進して体を温め、穏やかに発汗させてカゼを自然と治していく効果があります。その多くが食品であることからもわかるように胃腸の虚弱な人や正気の不足した人にも適しているのです。

桂皮(けいひ)は血管拡張作用があり弱い発汗作用があります。
生姜(しょうきょう)は体を温め、桂皮の発汗作用を増強します。
芍薬(しゃくやく)と大棗(たいそう)は発汗が過度になるのを防ぎ、体液を補う効果があります。
甘草(かんぞう)は諸薬を調和させる作用があり、他薬の作用(この場合は発汗作用)が過度になるのを抑制します。
このように桂枝湯は、正気の消耗を防止し体液を保護して、体の治癒力を利用してかぜを治す薬なのです。「傷寒論」には、「服用後しばらくしてから熱い粥をすすり、ふとんをかけ、薬効を助けなさい。全身に汗がにじむ程度がよく、だらだらと流れるほど発汗させてはならない」などと、丁寧な注釈がついており、かぜを自然に治す知恵の集積といっても過言ではありません。

葛根湯(かっこんとう)は桂枝湯に葛根(かっこん)と麻黄(まおう)を加えた構成です。
麻黄には交感神経を興奮させるエフェドリンが含まれていて、熱産生を高めるほかに、発汗作用・気管支拡張作用・鎮咳作用・抗炎症作用・抗アレルギーなどの作用があります。桂皮の血管拡張作用は麻黄の発汗作用を促進し、葛根には発汗作用や筋肉の緊張を和らげる効果があります。
葛根湯はカゼの引き始めで発熱と寒け、後頭部から項部のこりがあるような場合で、まだ汗が出ていない状態に使います。このような状態の時に葛根湯を服用して体を温かくして寝ると、気持ち良く汗が出て熱もゆっくりと自然に下がり、カゼが治っていくのです。

体力があって、高熱や悪寒や関節痛などの症状が強く、汗も出にくいときには、効果を緩和させる葛根・芍薬・大棗・生姜を除き、麻黄・桂皮・甘草・杏仁の4つの生薬からなる麻黄湯が適します。杏仁には鎮咳作用もあります。一般に、構成生薬が少ないほど作用は峻烈になり、多いと緩和になります。麻黄と桂皮の組み合わせの発汗作用を最大限に引きだすために、発汗の行き過ぎを抑える芍薬や大棗などを除いた解釈できます。

表:桂枝湯・葛根湯・麻黄湯の構成生薬の違い。

かぜに罹っても、多くの場合はほっておいても自然に治ります。これは体に備わっている免疫力などの自然治癒力が働いているからです。漢方治療で体力や症状の違いによって使う薬を変えるのは、偏った体の状態を正常な方向に向けながら、体の治癒力が効果的に働くように考えているからです。かぜに罹った人の体力を考慮しながら、体の自然治癒力を最大限に生かすような治療薬を作り出している点に漢方薬の特徴があるのです。

麻黄湯がインフルエンザの治療に有効である可能性が報告されています。

The use of maoto (Ma-Huang-Tang), a traditional Japanese Kampo medicine, to alleviate flu symptoms: a systematic review and meta-analysis.(インフルエンザの症状を緩和する伝統的日本漢方薬の麻黄湯の使用:系統的レヴューとメタ解析)BMC Complement Altern Med. 2019 Mar 18;19(1):68.

インフルエンザの治療にノイラミニダーゼ阻害剤が使用されます。
この論文では、インフルエンザに対する「麻黄湯とノイラミニダーゼ阻害剤の併用 vs.ノイラミニダーゼ阻害剤単独」あるいは「麻黄湯単独 vs. ノイラミニダーゼ阻害剤単独」を比較した臨床研究のシステマティックレビューおよびメタ解析を報告しています。
主要評価項目(有効性)は投薬開始からインフルエンザ症状(発熱、頭痛、倦怠感、筋肉痛、悪寒)の改善までの期間とウイルス検出期間です。
文献検索の結果、2つのランダム化比較試験を含む12の研究がメタ解析に組み入れられました。
併用では発熱期間の有意な短縮が認められました。
麻黄湯とノイラミニダーゼ阻害剤を直接比較した研究では、発熱期間や症状消失までの期間に両者間に有意差はないという結果でした。
この論文では、「ノイラミニダーゼ阻害剤に麻黄湯を併用することで発熱期間が短縮した。
麻黄湯単独とノイラミニダーゼ阻害剤単独の比較ではあらゆるアウトカムに差はない」という結果です。

ほとんどの研究で、使用された麻黄湯は日本の(株)ツムラのものでした(つまり、日本からの研究報告のみ)。エキス顆粒製剤は通常の煎じ薬に比べて効力がかなり落ちるので、十分な量の生薬を使った煎じ薬を使えば、もっと有効性がでる可能性があります。

麻黄湯に含まれる麻黄、杏仁、桂皮、甘草は清肺排毒湯にも入っていますが、ツムラのエキス製剤の量は清肺排毒湯の3分の1以下で、しかも煎じ液をスプレードライ法で粉末過程で精油成分がほとんど消失したエキス顆粒では、新型コロナウイルスには効かないと思います。もし、COVID-19の治療に使うには、清肺排毒湯のような本格的な煎じ薬が必要です。

【COVID-19の発症予防に漢方治療は有用?】
二千年以上前に記された『黄帝内経(こうていだいけい)』という中国医学の代表的古典の中に、「上等の医者は、既成の病気を治すということよりも、未病を治す」という記載があります。これは中国医学では二千年以上前に予防医学の重要性を認識し,「病気にならないようにする」ことを最高の医療としていたことを示しています。この書物では感染症の予防法も解説しています。
感染症の拡大を防ぐ戦略には2つの方法があります。
一つは「感染源から遠ざかる」ことで、もう一つは「体力や免疫力を高めて病気に対する抵抗力を高める」ことです。
前者の戦略は、感染者を隔離したり、多くの人が集まるところを避けたり、マスクや手洗いなどで感染の機会を減らす方法です。
後者に関しては、西洋医学では、ワクチンを開発して、ワクチンの接種によってウイルスに対する免疫力を高める方法があります。
漢方治療では、感染症に対する抵抗力を高める漢方薬を積極的に使って、感染症を予防する方法があります。

前述の2000年以上前の『黄帝内経』には、疫病(感染症)の予防の目的で「Xiaojin Dan (小金丹)」という処方が記載されています。これが、感染症を予防する目的の漢方治療の最初の記述だと言えます。
その後も、多くの書物で感染症の予防を目的とした処方が記述されています。
中国唐代の医者の孫思邈(そんしばく)は、中国ないし世界史上有名な医学者、薬物学者、薬王とも称され、『備急千金要方』30巻、『千金翼方』30巻の両大著が知られます。これらの書物には、感染症に対しては治療だけでなく予防の観点からの処方も記載されています。

それでは、近代医学において、漢方治療でウイルス感染症が予防できるというエビデンスがあるかということが問題になります。
過去にもウイルス感染症の大流行がありました。
例えば、2002年から2003年にかけて中国南部の広東省を起源とした重症な非定型性肺炎の世界的規模の集団発生がおこりました。これは、重症急性呼吸器症候群(SARS: severe acute respiratory syndrome)と呼ばれ、新型のコロナウイルスが原因です。

2009年から2010年にかけては、世界中でH1N1亜型による新型インフルエンザが流行(パンデミック2009H1N1)しました。豚の間で流行っていた豚インフルエンザのウイルスがヒトに感染するようになったことに起因するとされています。

このようなウイルス感染症に対して漢方薬(中医薬)が感染予防に有効かどうかを検討する臨床試験が行われています。
具体的には、感染源に接する(感染患者を診療している)医療従事者を対象にして、感染予防の目的で漢方薬を服用した群と、服用しなかった群で、感染率に差があるかを検討した臨床試験が中国で多数実施されているようです。
このような研究によると、漢方薬には感染予防の効果があるという結果が得られています。
以下のような論文が最近発表されています。

Can Chinese Medicine Be Used for Prevention of Corona Virus Disease 2019 (COVID-19)? A Review of Historical Classics, Research Evidence and Current Prevention Programs.(コロナウイルス病2019(COVID-19)の予防に漢方薬を使用できるか? :歴史的古典、研究エビデンス、現在の予防プログラムのレビュー)Chin J Integr Med. 2020 Feb 17. doi: 10.1007/s11655-020-3192-6. [Epub ahead of print]

【要旨】
目的:2019年12月以降、コロナウイルス病2019(COVID-19)が武漢で発生し、中国のほぼ全ての地域に急速に広がった。 これに対して、予防のために漢方薬を推奨する予防プログラムが行われた。漢方薬を推奨するための証拠を提供するために、伝統医学の古典的記述と臨床試験の研究をレビューした。

方法:中国伝統医学における感染症の予防と治療に関する歴史的記録、重症急性呼吸器症候群(SARS)およびH1N1インフルエンザの予防に関する漢方治療の臨床的証拠、およびCOVID-19の発生以降に中国の保健当局が発行した漢方治療による予防プログラムを、2020年2月12日までのさまざまなデータベースおよびWebサイトから取得した。
研究内容は、伝染性呼吸器ウイルス疾患の予防に漢方薬を使用した臨床試験、コホート研究、その他の集団研究のデータが含まれていた。

結果:伝染病の流行を防ぐための漢方薬の使用は、予防効果が記録された黄帝内経(Huang Di Nei Jing)で引用された古代中国にまでさかのぼる。
SARSの予防に漢方薬を使用した3つの研究と、H1N1インフルエンザの予防に関する4つの研究があった。 漢方薬を服用した参加者は、3件の研究でSARSに感染しなかった
H1N1インフルエンザに関する臨床試験では、漢方薬服用群でのH1N1インフルエンザの感染率は、非服用群よりも有意に低かった(相対リスク0.36、95%信頼区間0.24-0.52)。

COVID-19の予防のために、中国の23の省が漢方治療プログラムを発行した。漢方薬使用の主な原則は、気(qi)を強化して外部の病原体から体を保護し、風を分散させて熱を放出し、湿を解消することであった。(The main principles of CM use were to tonify qi to protect from external pathogens, disperse wind and discharge heat, and resolve dampness.)
最も頻繁に使用された生薬には、Radix astragali(黄耆)、Radix glycyrrhizae(甘草)、Radix saposhnikoviae(防風)、Rhizoma Atractylodis Macrocephalae(白朮)、Lonicerae Japonicae Flos(金銀花)およびFructus forsythia(連翹)が含まれていた。

結論:歴史的記録とSARSおよびH1N1インフルエンザ予防の臨床試験の証拠に基づいて、中国伝統医学の漢方薬処方は、高リスク集団におけるCOVID-19の予防のための代替アプローチとして有効である可能性がある。漢方薬の潜在的な予防効果を確認するために、前向きで厳密な臨床研究が必要である。

上記の要旨の中の「気を強化して外部の病原体から体を保護し、風を分散させて熱を放出し、湿を解消する(to tonify qi to protect from external pathogens, disperse wind and discharge heat, and resolve dampness.)」は西洋医学的には意味不明です。中医学や漢方の理論・方法論になります。
前述のように、漢方医学的概念の(=生命エネルギー)を高めて、体の防御力を強化し、入ってきたウイルス(邪)を発散させ、解熱し、体内の水分代謝を良くするというような漢方医学独特の考え方に基づいて治療法です。

SARSの予防に関する臨床研究は、症例対照研究(コントロール研究)が1件とコホート研究が2件報告されています。
症例対照研究は香港で実施され、SARS患者を診療する医療機関の医療従事者(医師、看護師、その他のスタッフ)16,437人(漢方薬投与1063人、非投与15,374人)が対象です。
使用された漢方薬は玉屏風散+桑菊飲+αのような処方です。
漢方薬を服用しなかった対照群では15,347人中64人(0.4%)にSARSが発症し、漢方薬を服用した群では発症者はゼロでした。この差は統計的に有意でした(P=0.035)。

玉屏風散(ぎょくへいふうさん)」は黄耆(おうぎ)・白朮(びゃくじゅつ)・防風(ぼうふう)の三種類の生薬からなるこの処方です。1465年に刊行された処方集の『医方類聚』で掲載されています。
「玉」は玉石をさし、珍しい・貴重の意味で、「屏風」は風邪(外来的な邪気)を防ぐ意味があります。
黄耆(健脾補肺・固表止汗)と白朮(健脾益気)は、胃腸の状態を良くし、栄養摂取を強化し、体力と抵抗力と免疫力を高める効果があります。
防風は表に行って、風邪(ふうじゃ)を駆除します。つまり邪を除く作用です。
黄耆・白朮の益気と、防風の去邪によって、「体の防御力を強化し、入ってきたウイルス(邪)を発散させる」という考えです。常に発汗しやすく、風邪にかかりやすい虚弱な体質の人に適します。

桑菊飲(そうぎくいん)の構成生薬は杏仁、連翹、薄荷、桑葉、菊花、桔梗、甘草、葦根です。風熱の邪が肺を侵犯し、咳嗽が生じ、微熱、軽度の口渇を呈する状態に使います。

2件のコホート研究はいずれも北京で実施され、サンプルサイズは3561人と163人でした。それぞれ、SARSの患者を治療している病院の医療スタッフが対象です。
予防目的での漢方薬の服用期間は1件が6日間、もう一つが12〜25日間でした。
使用した漢方薬は玉屏風散にいくつかの清熱解毒作用のある生薬を加えた内容でした。(classical formula Yupingfeng Powder plus some heat-clearing and detoxifying herbs.)
この漢方薬を服用した医療スタッフの中にSARSを発症したものはいなかったという結果でした
H1N1インフルエンザの流行のときも、感染者の治療に従事する医療スタッフを対象に臨床試験が4件実施されています。ランダム化比較試験が3件、非ランダム化比較試験が1件です。
使用された漢方薬はSARSの場合とは異なり、いくつかの種類が使われていますが、これら4つの臨床試験をメタ解析すると、H1N1インフルエンザの発症率は漢方薬服用群がコントロール群に比べて有意に低い結果でした(相対リスク=0.36、95%信頼区間:0.24-0.52,)

【COVID-19の感染予防に推奨される生薬】
新型コロナウイルスに感染して、発熱や咳などの症状が出てきたときは、これらの症状の軽減と重篤化の阻止と回復促進の目的では、清肺排毒湯のような処方の出番になります。
しかし、感染予防の目的では、清肺排毒湯は効果はありません。
感染予防には、体力や免疫力や抵抗力を高め、さらに抗ウイルス作用のあるような生薬を組み合わせるのが良いと考えられます。
新型コロナウイルスが原因のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行のときに臨床試験で使用された生薬は以下のようなものです。
(青字の英文が出典の論文で、その臨床試験で使用された漢方薬の構成生薬の学名と和名を示しています)

The use of an herbal formula by hospital care workers during the severe acute respiratory syndrome epidemic in Hong Kong to prevent severe acute respiratory. J Alternat Complement Med 2005;11:49-55.

Folium mori (桑葉)、Flos chrysanthemi (菊花)、Semen armeniacae Amarum(杏仁)、Fructus forsythia (連翹)、Herba menthae (薄荷)、Radix platycodonis (桔梗)、Radix glycyrrhizae (甘草)、Rhizoma phragmitis (芦根)、Radix astragali (黄耆)、Radix saposhnikoviae (防風)、Folium isatidis (板藍根)、Radix scutellariae(黄芩)

香港で実施された臨床試験です。玉屏風散(ー白朮)+桑菊飲に抗ウイルス作用のある板藍根(ばんらんこん)と抗炎症作用のある黄芩(おうごん)を加えた内容です。

Clinical observation of Yinhua Yupingfeng Decoction in preventing SARS: analysis of 163 first-line medical staff. Conference on the prevention and treatment of SARS in integrated traditional Chinese and Western medicine in five provinces of North China. Beijing, 2006:158-159.

Lonicerae Japonicae Flos (金銀花)、Radix astragali (黄耆)、Rhizoma Atractylodis Macrocephalae(白朮)、Radix saposhnikoviae (防風)、Glehniae Radix (沙参)、Crystal sugar (砂糖)

玉屏風散に抗炎症作用のある金銀花と補陰・止咳・去痰作用のある沙参を加えた内容です。

Analysis of fangdu decoction on SARS and zero infection in hospital. Chin J Hosp Pharm (Chin) 2005;25:59-60.

Radix astragali  (黄耆)、Rhizoma Atractylodis Macrocephalae(白朮)、Radix saposhnikoviae (防風)、Cyrtomium fortune J. Sm. (やぶそてつ)、Isatidis Folium (大青葉)、Radix Scutellariae(黄芩)、Talcum (滑石)、Radix glycyrrhizae (甘草)

玉屏風散に抗炎症作用のある大青葉や黄芩などを加えた内容です。

中国では現在、多くの地域(省)でCOVID-19の感染予防を目的とした漢方薬処方が作成され使用されているようです。
COVID-19の発生以来23の省で発行された予防プログラムに記載されている漢方薬の処方内容は地域の違いによって異なります。
その理由は、地域によって温度や湿度など風土が異なると、同じCOVID-19感染症でも、症状や病態が変わるという理由です。
中国は広いので、北方と南方、平地と高地で、気候や風土が異なり、その結果、適する漢方処方も異なるという理由です。
このような漢方処方のまとめでは54種類の生薬が使用され、3処方以上の漢方薬に使用されている19種類の生薬とその使用頻度が以下の表です。

表:COVID-19の予防目的で検討されている漢方処方に使用されている頻度の高い生薬。数字は使用頻度。

COVID-19の感染予防に役立つと考えられている生薬は、
Radix astragali (黄耆)、Glycyrrhizae Radix Et Rhizoma (甘草)、Radix saposhnikoviae (防風)、Rhizoma Atractylodis Macrocephalae (白朮)、Lonicerae Japonicae Flos (金銀花)、Fructus forsythia (連翹)、Atractylodis Rhizoma (蒼朮)、Radix platycodonis (桔梗)、Pogostemonis Herba (藿香)、Cyrtomium fortune J. Sm. (ヤブソテツ)、Perillae Folium (紫蘇葉)、Rhizoma phragmitis (蘆根)、Glehniae Radix (浜防風)、Citri Reticulatae Pericarpium (陳皮)、Ophiopogonis Radix (麦門冬)、Eupatorii Herba (蘭草)、Folium isatidis (板藍根)、Coicis Semen (薏苡仁)、Folium mori (桑葉)だということです。

以上のような報告を参考にすると、COVID-19の予防には、玉屏風散(黄耆・白朮・防風)に抗ウイルス作用のある板藍根(ばんらんこん)、抗炎症作用のある黄芩(おうごん)、金銀花などを加えた処方がベースになると思います。
食欲や体力の低下が強いときは人参党参茯苓大棗など補気健脾臓薬を追加しても良いと思います。また、気道粘膜の抵抗性を高める麦門冬(ばくもんどう)も有効です。

【ピドチモドは自然免疫と獲得免疫の両方を活性化して感染症を予防する】
ピドチモド(Pidotimod)は、免疫増強作用を示すペプチド様構造の生体応答調節療剤の一種です。(構造は下図)

動物およびヒトの細胞を使った実験で、自然免疫獲得免疫の応答を増強し、その作用は生体内の実験(in vivo)でも確認されています。さらに、多くの臨床試験で感染症に対する有効性が確認されています。
例えば、呼吸器感染症を繰り返す人に使用して感染症を予防する効果が臨床試験で証明されています。感染症を発症する頻度の減少し、発症しても症状が軽いという結果が報告されています。
特に小児を対象にした臨床試験が行われており、ウイルス感染に対する抵抗力の増強や、学校を休む日数の減少などの有効性と、安全性が極めて高いことが報告されています。
ピドチモドの免疫刺激作用のメカニズムとして、樹状細胞の成熟を促進し(HLA-DRと補助刺激分子の発現亢進)、樹状細胞からのサイトカインの産生を刺激してT細胞の増殖とTh1フェノタイプ(細胞性免疫に関与)への分化誘導、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)の機能亢進と貪食能の亢進などが報告されています。
ピドチモドはインターロイキン-12(IL-12)の産生を高める効果があります。IL-12は当初「NK細胞刺激因子」の名称で報告されたように、NK細胞に対する著明な活性化作用を特徴とするサイトカインです。
IL-12はT細胞やNK細胞に対して細胞増殖の促進、細胞傷害活性誘導、IFN-γ産生誘導、LAK細胞誘導などの作用を示します。
このように、ピドチモドは自然免疫と獲得免疫の両方を活性化し増強します(下図)。

図:①ピドチモドは未熟樹状細胞を活性化して成熟樹状細胞に分化させる。②成熟樹状細胞はリンパ節に移動し、CD4+T細胞(ヘルパーT細胞)とCD8+T細胞(キラーT細胞)に抗原提示によって活性化する。③リンパ球のTh1フェノタイプを促進してIL-12, TNF-α,インターフェロン-γ(IFN-γ) の産生を亢進し、B細胞からIgGと分泌型IgAの産生を亢進する。④一方、Th2フェノタイプを抑制して抗アレルギー作用を示す。⑤ピドチモドはNK細胞、マクロファージ、好中球など自然免疫も活性化する。⑥これらの総合作用によって感染症やがんに対する免疫力を増強する。

ピドチモドは1日400〜800mg程度を1日1〜2回に分けて服用します。経口摂取での生体利用率(bio-availability)は42〜44%で、血中の半減期は約4時間です。体内では代謝されずにそのままの形で尿中から排泄されます。
安全性は極めて高く、副作用は少なく、感染症を繰り返す小児や高齢者への使用が行われています。

【ピポチモドの再評価】
ピドチモドの免疫増強効果は1990年代初期から報告があります。感染症の予防や治療に有効であることが複数の臨床試験で明らかになっています。
幾つかの国(イタリア、ギリシャ、中国、ベトナム、コスタリカ、ドミニカ共和国、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、メキシコ、パナマ)で医薬品として販売されています。
最近、ピドチモドの免疫増強作用が再評価されています。その動向を知るために、ピドチモドに関する最近の論文の要旨を幾つか紹介しておきます。

Pidotimod: a reappraisal.(ピドチモド:その再評価)Int J Immunopathol Pharmacol. 22(2):255-62.2009年

【要旨】
ピドチモド(Pidotimod)はペプチド様の合成化合物で、自然免疫と獲得免疫を活性化する生物活性を持つ。
動物およびヒトに由来する培養細胞を用いたin vitroの実験で、自然免疫および獲得免疫を亢進する強い活性が認められ、生体内(in vivo)の研究でも同様の効果が認められた。
このような活性は臨床試験で確かめられ、上気道感染症や尿路感染症を頻回に繰り返す小児を対象にした臨床試験で、ピドチモドは感染症の発症頻度を減少させる効果が確認されている。
同様の臨床効果は、成人における再発性の呼吸器感染症を対象にした臨床試験でも確認された。
興味深いことに、このようなピドチモドの免疫増強効果は老化やダウン症候群やがんのような免疫低下を起こしやすい状況でより明らかな効果が認められた。

Efficacy and safety of pidotimod in the prevention of recurrent respiratory infections in children: a multicentre study.(小児の再発性呼吸器感染症の予防におけるピドチモドの有効性と安全性:多施設臨床試験)Int J Immunopathol Pharmacol. 27(3):413-9.2014年

【要旨】
急性呼吸器感染症は、小児科医にとって重要な疾患であり、特に他の疾患を持った小児は呼吸器感染症に罹患しやすいので予防のための対策が必要である。
小児においては免疫システムが十分に発達していないことも感染症を発症しやすい理由になっている。
本研究では、ロシアの5つの場所で呼吸器感染症を罹患しやすい小児を集め、ピドチモド投与群と対照群に分けて30日間の投薬を行い、6ヶ月間の経過観察で急性呼吸器感染症の罹患頻度を比較した。
さらに、血清中の免疫グロブリンの濃度を、薬を投与する前と投与開始30日後で比較した。
病気を持って急性呼吸器感染症を発症しやすい小児157人を対象に、ピドチモド投与群とプラセボ投与群の2群に分けた。
3つの時点で比較した結果、いずれも急性呼吸器感染症の発症頻度はピドチモド投与群で統計的有意に低下した。
6ヶ月後の比較では、対照群では79例(100%)に急性呼吸器感染症の発症を認め、ピドチモド投与群では72例(92.3%)であった。
免疫グロブリンの数値も、ピドチモド投与群で良好なプロフィルを示した。
疾患を有する小児を対象にした試験で、30日間のピドチモドの投与で急性呼吸器感染症の発症頻度を3ヶ月間にわたって低下させ、発症した場合でも症状は軽く、回復が早かった。

Pidotimod: the state of art.(ピドチモド:その現状)Clin Mol Allergy. 2015; 13(1): 8.

【要旨】
抗生物質やワクチンの発達にもかかわらず、呼吸器感染症の罹患率は依然として高い。特に免疫系が未熟な小児や、老化によって免疫力が低下している高齢者においては、呼吸器感染症を予防する手段は重要である。
そのような理由から、免疫系を活性化し増強する医薬品は、感染症の予防や治療において益々重要性を増している。
ピドチモドは2つのペプチドが結合したような構造の合成化合物で免疫調整作用を有する。
本論文では、呼吸器感染症を繰り返す小児や高齢者を中心にして、ピドチモドの臨床効果に関する報告をまとめた。
ピドチモドは免疫調整作用を示し、自然免疫と獲得免疫に働く免疫細胞の機能を活性化し、患者の臨床症状を改善した。
ピドチモドは細菌に対する唾液腺IgAの濃度を高め、気道粘膜の上皮細胞のトル様受容体と接着分子の発現を亢進して気道粘膜の感染症に対する抵抗性を高めた。
アトピー性皮膚炎の患者を対象にした研究では、ピドチモドは抗アレルギー作用を発揮するようにTリンパ球のバランスを制御した(Th1優位にした)。
気管支喘息の患者に対しては、ピポチモド投与によって呼吸器機能が改善した。
主な臨床効果として、感染症を罹患する頻度の減少と症状の軽減が認められ、その結果として、抗生物質や対症療法薬の使用量の減少、仕事や学校を休む日数の減少、死亡率の低下が認められた。
これらの研究結果は、ピドチモドの有効性を示している。さらに多くの臨床研究によって高い安全性が認められており、重篤な副作用や催奇形性は認められず、副作用の頻度も極めて低かった。

その他、漢方薬に使われる 紅参(高麗人参を加熱処理したもの)に含まれる酸性多糖とピドチモドを併用すると、免疫増強効果が相乗的に高まることが報告されています。
免疫を活性化する方法として漢方治療とピドチモドの併用は有用だと言えます。

【COVID-19の感染予防は外出禁止だけで良いのか】
COVID-19は約80%が軽症であり、致命率は2.3%と比較的低いと報告されています。若くて体力や抵抗力のある人は、重篤化して死亡することは少ないのは確かです。
問題は高齢者や持病を持ち、抵抗力の低下した人々です。
抗がん剤治療を受けているがん患者さんは、もしCOVID-19に感染すれば重篤化しやすく、死亡率も高くなることが予測されます。

抗がん剤治療を受けている患者さん、あるいは高齢者や持病を持っている人向けの専門家のアドバイスは『外出を控えたり、生ものを避けたりして、手指の衛生を。手指の衛生には、アルコール入りの消毒剤が一番です。』という内容で終わっています。
しかし、がん治療中は病院に通院する必要があり、外出が必要です。
中国のように漢方治療を利用して、積極的に体力と免疫力と抵抗力を高めて、感染しないように、感染しても重篤化しないようにという発想と戦略を日本に求めるのは無理かもしれません。日本では医療者に漢方治療の知識が乏しく、むしろ「漢方治療は効かない」とう偏見や先入観があります。

感染者を隔離して感染拡大を防ぐ公衆衛生の仕事や、患者を治療する医療に関しては、国の責任で行われています。
しかし、体力や免疫力や抵抗力を高めて感染症を予防するという手段は個人の問題であり、国も医療機関も関与しません。
したがって、個人個人で、体力と抵抗力を高める方法を実践するしかありません。その目的では、漢方薬やピドチモドが最適だと思います。

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