がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
518) がん細胞の代謝をターゲットにする(Nature Videoから)
図:がん細胞は飢えている。がん細胞の急激な増殖を支えるために、がん細胞の代謝は変化している。さらに、がん細胞は正常細胞とは異なる方法で糖質(グルコース)を利用している。この代謝の特徴をターゲットにしてがん細胞を攻撃すると、がん細胞は死滅する。学術雑誌Natureの姉妹誌のNature Reviews Drug Discoveryによって作成された『Targeting Cancer Cell Metabolism(がん細胞の代謝をターゲットにする)』というタイトルのアニメーションは、がん細胞における代謝の特徴を分かりやすく解説し、新しいがん治療法の開発にヒントを与えている。
518) がん細胞の代謝をターゲットにする(Nature Videoから)
【がん細胞の代謝の特徴をターゲットにするがん治療とは】
代謝(metabolism)とは、生命の維持のために細胞が行う一連の化学反応で、異化(catabolisim)と同化(anabolism)の2つに大別されます。
異化(catabolism)は食物から取り入れた有機物質(糖や脂肪やタンパク質など)を分解することによってエネルギー(ATP)を得る過程です。
同化(anabolism)はこの逆で、細胞内のエネルギー(ATP)を使って、タンパク質や核酸や脂肪酸など細胞の構成成分を合成する過程です。
がん細胞は、遺伝子の異常によって増殖シグナルが停止せずに増殖を続けていますが、がん細胞が数を増やしていくには、莫大なエネルギー(ATP)と、細胞を構成する成分(タンパク質や脂質や核酸)の合成が必要です。
がん細胞では正常細胞に比較して、数倍から数十倍のエネルギー産生と物質合成が行われています。
したがって、がん細胞のエネルギー産生や物質合成を阻害すれば、がん細胞の増殖を抑え、死滅させることができます。
逆に言うと、抗がん剤治療などでがん細胞をいくら攻撃しても、がん細胞のエネルギー産生や物質合成の材料である糖質(グルコースなど)やアミノ酸や脂肪が大量に供給されていれば効果は減弱します。
エネルギー産生と物質合成の材料が十分の供給されていると、がん細胞は抗がん剤で受けたダメージを修復でき、さらに増殖を開始できるからです。
がんとの戦いにおける戦略は戦争の戦略とも似ています。武器や物資の供給を絶てば、相手は反撃できずに降参してきます。
がん細胞における代謝の異常(特徴)をターゲットにした治療法の開発に注目が集まっています。がんの根本原因である遺伝子異常を正常に治すことはかなり困難ですが、がん細胞に特徴的な代謝異常(ワールブルグ効果)を是正することは比較的可能です。
【がん細胞は増殖し転移するために代謝が再プログラム化されている】
ワールブルグ博士が、「がん細胞ではグルコース(ブドウ糖)の取込みが多い」、「酸素が利用できる条件でも酸素を使うミトコンドリアでのエネンルギー産生は抑制され、酸素を使わない解糖系によるエネルギー産生が亢進している」というがん細胞のエネルギー産生や物質代謝の特徴を指摘したのは90年以上も昔(1920年代)のことです。
しかし、「増殖の早いがん細胞は低酸素になりやすいので、低酸素に適応するために酸素を使わない代謝が亢進している」というように、単なる適応反応と長い間理解されていたため、がん研究の領域ではワールブルグ効果の意義は最近まで注目されていませんでした。
しかし、このワールブルグ効果が細胞の増殖や転移に極めて重要な役割を果たしていることが明らかになっています。
そして、最近の研究で、解糖系を阻害し、酸化的リン酸化を活性化してワールブルグ効果を阻止する治療法はがん細胞の増殖・転移や抗がん剤抵抗性を抑制し、細胞死を誘導できることが報告されています。(517話参照)
がん細胞は低酸素の条件でも生存でき、さらに増殖や転移を起こすのに有利なように代謝を再プログラム化(metabolic reprogramming)しています。このような代謝の再プログラム化が、過酷な条件で生き残るがん細胞の強さや、浸潤・転移する悪性化の原動力になっています。このような代謝の特徴が、抗がん剤治療に対する抵抗性の原因にもなっています。
したがって、がん細胞に起こっている再プログラム化された代謝の特徴を正常細胞に近づければ、増殖や転移を抑制できることが理解できます。
その手段として、がん細胞で発現や活性が亢進している酵素を阻害する方法があります。がん細胞で亢進している解糖系酵素や脂肪酸合成系の酵素やグルタミンを代謝する酵素や核酸合成に関与する酵素などの阻害は重要なターゲットになっています。
グルコースや乳酸の細胞内外への出入りに関与するグルコーストランスポーター1(GLUT1)やモノカルボン酸トランスポーター(MCT)の阻害も薬の開発のターゲットとして重要視されています。
断食やケトン食もがん細胞の代謝を正常化する方向で作用するので、このような食事療法に上記のような阻害剤を併用するがん治療法の可能性が指摘されています。
【がん細胞の代謝をターゲットにする(Nature Video)】
『Targeting Cancer Cell Metabolism(がん細胞の代謝をターゲットにする)』というタイトルのビデオ・アニメーションがNatureの姉妹誌のNature Reviews Drug Discoveryによって作成されて公開されています。(公開:2014/11/21)
Natureのオリジナルは以下のサイトで見られます。
http://www.nature.com/nrd/multimedia/cancermetab/index.html
YouTubeでも見られます。YouTubeの方が計時表示(経過時間表示)があるのと字幕が利用できるので便利です。YouTubeのビデオを使って、内容を以下に翻訳しています。
https://www.youtube.com/watch?v=kYmLQP2M-qo
詳細は以下のサイトにもまとめています。
http://www.ketogenic-diet.org/Nature-Video/TargetingCancerCellMetabolism.html
0:36
がんは細胞の無制限の増殖によって生じる。
(Cancer is caused by the uncontrolled proliferation of cells.)
0:41
急速な増殖と細胞分裂を可能にするため、栄養素の摂取を増やし、細胞構成成分を作るための需要を満たすため、がん細胞は飢えている。
(Cancer cells are hungry in order to meet their demand for the nutrients and cellular building blocks that enable them to grow and divide rapidly.)
0:51
がん細胞の代謝は変化している。
(Their metabolism changes.)
0:53
このようながん細胞における代謝の変化に関する検討は、がん細胞の代謝の特徴をターゲットにした医薬品の開発における関心を高めている。
(New insights into these processes have sparked interest in developing drugs that target the unique metabolic characteristics of cancer cells. )
1:02
そのような医薬品は、正常細胞には比較的作用を及ぼさずに、多くの異なる組織から発生するがんを治療できる可能性を持っている。
(Such drugs have the potential to treat cancers arising from many different tissues while leaving normal cells relatively unaffected.)
1:09
がん細胞における代謝の変化として、グルコースやグルタミンのような栄養素の取込みの亢進がある。
(The altered metabolism of cancer cells includes an increased uptake of nutrients such glucose and glutamine.)
1:17
さらに、がん細胞はワールブルグ効果と呼ばれる、正常細胞とは少し異なる方法でグルコースを代謝する。
(Also they start to metabolize glucose in a slightly different way, a phenomenon called the Warburg effect.)
1:25
全ての細胞でグルコースは数段階の過程を経てピルビン酸に分解される。
(In all cells glucose is broken down in several steps to pyruvate.)
1:33
正常細胞においては、ピルビン酸の多くは、効率的なエネルギー産生工場として働くミトコンドリアのクエン酸回路で代謝される。
(In normal cells, most of the pyruvate enteres the citric acid cycle in the mitochondria which effectively act as the energy factories of the cells.)
1:44
このようにして、細胞に取り込まれたグルコースの多くは、完全に分解(酸化)されて二酸化炭素になる。
(In this way, most of the glucose that is taken up is completely oxidized to carbon dioxide.)
1:51
1920年代に、オットー・ワールブルグは、がん細胞は正常細胞と異なり、酸素が十分に利用できる状況でも、酸素を使わない代謝系でグルコースを分解していることを発見した。
(In the nineteen twenties, Otto Warburg discovered that cancer cells, unlike most healthy cells, metabolize most of their glucose using biochemical pathways that do not require oxygen regardless of whether oxygen is available.)
2:06
がん細胞はグルコースを多く取り込み、正常細胞と同様に、ピルビン酸まで分解する。
(Excess glucose is taken up and like in normal cells broken down to pyruvate.)
2:11
しかしながら、がん細胞では、ピルビン酸はクエン酸回路に入らずに、多くのピルビン酸は乳酸に変換されて細胞外に放出される。
(However, instead of entering the citric acid cycle, most of the pyruvate is converted to lactate which is secreted from the cell.)
2:20
グルコースからのエネルギー産生において、なぜがん細胞が非効率的な方法を使っているのかという理由は、まだ結論が出ていない。
(It is still controversial why tumor cells employ this relatively inefficient way of extracting energy from glucose.)
2:28
一つの仮説は、がん細胞が細胞を増やすために必要な細胞構成成分を作るために、そのような代謝系に変化しているという考えである。
(One theory is that the process reflects a metabolic program that cells used to convert nutrients into the building blocks of macromolecules.)
2:36
細胞は分子レベルの工場のようなものであり、がん細胞では解糖系以外にも様々な変化が起こっている。
(Cells can be viewed as molecular factories and glycolysis is not the only aspect of the cells metabolism that resulted in cancer cells.)
2:46
急速な細胞増殖を支えるために、がん細胞ではタンパク質や核酸や脂質の合成が亢進しており、代謝は異化(catabolism)から同化(anabolism) にシフトしている。
(Cancer cells undergo a general shift from catabolic to anabolic metabolism in order to produce the greatly increased amounts of proteins, nucleic acids and lipids they need to support their high rates of proliferation.)
3:01
がん細胞はアミノ酸の取込みも亢進している。
(Cancer cells also take up amino acids.)
3:05
アミノ酸の中でも、特にグルタミンが重要である。
(Amonfst these, glutamine is of particular importance.)
3:08
グルタミンは、ヌクレオチドや別のアミノ酸の合成に必要な窒素の供給源となっている。
(It acts as a key source of nitrogen which is required for nucleotide and new amino acid synthesis.)
3:15
ある種のがん細胞では、グルタミンはクエン酸回路の代謝産物の補充に必要な炭素源としても重要な役割を担っている。
(In some cancer cells, glutamine also acts as a critical source of carbon which is required for replenishing the components of the citric acid cycle.)
3:23
市場にある抗がん剤の多くも、代謝をターゲットにしている。しかしながら、それらの抗がん剤の代謝系におけるターゲットは、薬が開発されてからかなりの時間を経てから明らかになった。
(Many anti-cancer drugs on the market have metabolic targets in the cells, although for a large proportions of them the metabolic target was only recognized long after the drug was developed.)
3:35
例えば、広く使用されている抗がん剤の5−フルオロウラシルやゲムシタビンはDNA合成過程を阻害する。
(For example, widely used chemotherapy drugs 5-fluorouracil and gemcitabine interefere with DNA synthesis.)
3:45
がん細胞の代謝における様々な過程をターゲットにして、医薬品の開発において多くのアプローチが試みられている。
(Today there are a multitude of approaches in development that targets different aspects of cancer cell metabolism.)
3:52
例えば、研究者は、炭素と窒素の供給を阻止することによってグルタミンの代謝を阻害する治療法を研究している。
(For instance, scientists are exploring the possibility of blocking glutamine to interrupt the supply of carbon and nitrogen.)
4:01
彼らは、細胞構成成の合成に必要な栄養素の使用を制限する他の酵素をターゲットにすることも検討している。
(They are also considering other enzyme targets that might limit the use of nutrients to make key building blocks.)
4:08
オットー・ワールブルグが述べているようなグルコース代謝と乳酸産生の亢進を阻害する治療法も検討されている。
(Some strategies are aimed at interfering with the high rate of glucose metabolism and lactate secretion as described by Otto Warburg.)
4:16
がん細胞の代謝をターゲットにしたがん治療法の開発は、多くの問題に直面している。
(Anti-cancer approaches targeting tumor metabolism face many challenges.)
4:22
主なものとして、正常組織への毒性を予防するための治療濃度域(therapeutic window )に関する検討である。
(A major one is finding the therapeutic window to prevent toxicity to normal tissues.)
4:27
しかしながら、がん細胞はある特定の代謝経路に依存するように遺伝子レベルでの異常を起こしているので、その代謝系は治療のターゲットになることが明らかになっている。
(However, it’s become clear that the genetic changes associated with cancer can create addictions to specific metabolic pathways which can be therapeutically exploited.)
4:38
さらに、がん細胞は細胞周期チェックポイントの機能欠損のための、正常細胞より代謝系の維持に敏感である。
(Moreover, cancer cells can be more sensitive to metabolic preservations than normal cells due to the loss of cell cycle checkpoints.)
4:47
細胞のがん化に関与する遺伝子異常が代謝にどのように変化を及ぼすかを明らかにすることは、がん治療のターゲットになる酵素や酵素の組合せを同定する上で役にたつ。
(A better understanding of how metabolism altered in specific genetic context that lead to cancer will help sicentists identify enzymes or combinations of enzymes to target for intervention.)
4:59
そして、より有効性の高い抗がん剤の開発につながる。
(And hopefully allow the creation of more effective anti-cancer drugs.)
以上です。
がん細胞に特徴的な代謝異常をターゲットにする治療法が有望であることを分りやすく解説しています。
例えば、このビデオの中では、以下のような幾つかのターゲットを示しています。
(1)モノアシルグリセロール(Monoacyl glycerol)を脂肪酸とグリセロールに分解するモノアシルグリセロールリパーゼ(MGLL):この酵素の阻害剤は脂肪の分解を阻害する。
(2)ピルビン酸脱水素酵素キナーゼ1(PDHK1):PDHK1はピルビン酸(Pyruvate)をアセチルCoA(Acetyl CoA)に変換するピルビン酸脱水素酵素(PDH)を阻害することによってクエン酸回路(TCA回路)での代謝を阻害する。したがって、PDHK1の発現や活性を阻害するとクエン酸回路を活性化できる。
(3)グルコースをがん細胞内に取り込むグルコーストランスポーター1(GLUT1)やグルコースをグルコース6リン酸に変換するヘキソキナーゼ(HKs)や乳酸を細胞外に放出するモノカルボン酸トランスポーター(MCTs):これらの働きを阻害すると、がん細胞の解糖系での代謝を阻害できる。
(4)呼吸鎖の呼吸酵素複合体I(Complex I):Complex Iの阻害は、ミトコンドリアの酸素呼吸(Mitochondrial respiration)を阻害し、活性酸素の産生を高めることによって、ATP産生を減らし、同時に酸化ストレスを高める。
他にもターゲットは多数あります。そして、具体的な医薬品の開発が行われています。すでに使用できるものもあります。
単独のターゲットでなく、複数のメカニズムをターゲットにすると、がん細胞の代謝を正常化して、増殖や転移を抑制できる可能性があります。
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