がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
579) ミトコンドリアを元気にしてがんを消す(その3):乳酸シャトルと有酸素運動
図:がん細胞の多くは酸素を使わない解糖系での糖代謝が亢進している(①)。この場合、グルコーストランスポーター(GLUT)から取り込まれたグルコースは解糖系でピルビン酸に変換され、ピルビン酸は乳酸脱水素酵素A(LDH-A)によって乳酸に変換される(②)。乳酸はプロトン(H+)と一緒にモノカルボン酸トランスポーター4(MCT4)によって細胞外に排出される(③)。がん組織の中にはミトコンドリアでの酸素呼吸を行っているがん細胞も存在する(④)。この細胞はモノカルボン酸トランスポーター1(MCT1)によって細胞外の乳酸を取込み、乳酸は乳酸脱水素酵素B(LDH-B)でピルビン酸に変換され(⑤)、TCA回路でさらに代謝されてATPを産生する(⑥)。がん組織内では、グルコースを多く取り込んで解糖系主体のエネルギー産生行っているがん細胞と、乳酸をエネルギー源として再利用して酸素呼吸を行っているがん細胞が共生しているので、両方のがん細胞をターゲットにした治療を組み合わせることが必要(⑦と⑧)。
579) ミトコンドリアを元気にしてがんを消す(その3):乳酸シャトルと有酸素運動
【有酸素運動はミトコンドリアでATPを産生する】
骨格筋が収縮するときのエネルギー源はATP(アデノシン三リン酸)です。ATPがADP(アデノシン二リン酸)とリン酸に分解されるときに発生するエネルギーが筋肉の収縮に使用されます。ATPの貯蔵量は少なく、数秒程度で使いきってしまうので、エネルギーを使ってADPをATPに再合成します。
ATP再合成の仕組みにはクレアチンリン酸系、解糖系、有酸素系の3種類があります。
クレアチンリン酸はクレアチンにリン酸が結合した物質で、骨格筋のエネルギー貯蔵物質として働きます。クレアチンキナーゼによってリン酸基が外され、ADPを無酸素的にATPに再合成します。最高の運動強度で約10秒間持続可能で、100メートル競争では主にこの系でエネルギーが産生されます。
解糖系は細胞質でグルコースからピルビン酸を経て乳酸に分解される過程でグルコース1分子あたり2分子のATPを産生します。解糖系は酸素を使わず、最高の運動強度で持続時間は1~2分間程度で、1〜2分程度の中距離走は主に解糖系でエネルギーを産生します。
有酸素系は酸素を使ってミトコンドリアで長時間にわたってATPを産生します。グルコースや脂肪酸などを分解してアセチルCoAが生成され、TCA回路(クエン酸回路)と電子伝達系による酸化的リン酸化によってATPが産生されます。1分子のグルコースあたり32〜38分子のATPが産生されます。
図:ADPからATPの再合成の仕組みにはクレアチンリン酸系、解糖系、有酸素系の3種類がある。最高の運動強度でクレアチニンリン酸系は約10秒間持続可能で、解糖系は1〜2分程度持続できる。この2つは無酸素でATPを再合成できる。2分以上の運動には酸素を使ったミトコンドリアでのATP再合成が必要になる。
主としてこの有酸素系から多くのエネルギーを取り出す運動が有酸素運動であり、有酸素系以外(クレアチンリン酸系と解糖系)からエネルギーを取り出す運動が無酸素運動になります。
運動中に体内に取り込まれる酸素の最大量を「最大酸素摂取量(VO2MAX)」と言います。
VO2MAXはV = 量(volume)、O2 = 酸素、MAX = 最大限(maximum)に由来しています。
最大酸素摂取量(VO2MAX)は骨格筋の中のミトコンドリアの量と機能に比例します。
加齢に伴って骨格筋の筋肉量が減少し、心臓や骨格筋のミトコンドリアの量と機能が低下します。その結果、最大酸素摂取量は低下し、持久力が低下するのです。
つまり、持久力を高めるには、ミトコンドリアの量と働きを高める必要があります。
【赤い筋肉にはミトコンドリアが多い】
筋肉は白筋(速筋)と赤筋(遅筋)が混在して構成されています。
赤筋はミオグロビンが多いので赤い色をしています。ミオグロビンは筋肉中にあって酸素分子を代謝に必要な時まで貯蔵する色素タンパク質で、赤い色をしています。
赤筋はミトコンドリアが多いのが特徴です。つまり、赤筋は酸素を使ってミトコンドリアでATPを産生する筋肉で、長距離走などの持久力が必要な有酸素運動に適した筋肉です。ミトコンドリアを使うので、糖だけでなく脂肪酸もエネルギー源にできます。
一方、白筋(速筋)はミオグロビンが少ないため白い色で、ミトコンドリアも少ない筋肉です。白筋(速筋)は筋肉が運動する際に酸素の使用量が少ない筋肉です。無酸素運動である短距離走やジャンプといった瞬発力が必要な運動に向いています。
まぐろやかつおなどの回遊魚は長距離を移動するために筋肉における赤筋(遅筋)の割合が多くなり、赤い身(赤身)になります。反対にヒラメやカレイなどの白身魚は海を動きまわらないため白筋(速筋)の割合が多くなり、白い身になります。
減量するときには体脂肪を燃焼させる必要があるので、無酸素運動のダッシュより有酸素運動のジョギングの方が有効ということになります。
図:白筋(速筋)はミオグロビンとミトコンドリアが少なく、短距離走などの無酸素運動で使われる。赤筋(遅筋)はミオグロビン(酸素を貯蔵する赤い色素タンパク質)が多いので赤く見え、ミトコンドリアが多く、酸素を使ったATP産生を行うので、長距離走のような有酸素運動に使われる。白筋と赤筋の中間をピンク筋(混合筋)という。
【白筋で作られた乳酸は赤筋や心筋のミトコンドリアで使われる】
白筋(速筋)は、グルコース(ブドウ糖)を解糖系で分解してATPを作ります。白筋は無酸素運動で使われる筋肉で、ミトコンドリアとミオグロビンが少ないので、酸素を使わない解糖系でATPを産生し、その結果乳酸が溜まります。
この乳酸は静脈に入って循環し、心臓や赤筋のミトコンドリアで代謝されてATP産生に使われます。
この場合、骨格筋組織の中でも、白筋で作られた乳酸が近くの赤筋のミトコンドリアでエネルギー源として利用されます。
このように、乳酸は細胞間で積極的な交換(移動)が行われており、これを乳酸シャトル(Lactate Shuttle)と呼んでいます。
シャトル(Shuttle)というのは「近距離間の定期往復便」、「折り返し運転」、「定期往復バス」といった意味があります。乳酸シャトルは局所での乳酸のやり取りのことを意味します。
図:運動時に主として白筋(速筋)線維でグルコースの分解によって産生された乳酸は、心臓や赤筋(遅筋)線維のミトコンドリアにおいてエネルギー源として利用される。骨格筋組織内で白筋と赤筋の間で乳酸のやり取りが行われており、これを乳酸シャトル(Lactate Shuttle)という。
このような乳酸の交換は,骨格筋の白筋(速筋)繊維と赤筋(遅筋)繊維の間の他に、グリア細胞とニューロン(神経細胞),精子細胞と支持細胞,がん細胞とがん間質細胞(線維芽細胞など)の間で行われていることが明らかになっています。
乳酸を細胞膜やミトコンドリア膜を通して運び、出し入れする仕事をする膜タンパク質のモノカルボン酸トランスポーターが1990年代の初めに発見され、このモノカルボン酸トランスポーターを介して、乳酸が細胞内と細胞間で交換している乳酸シャトルの存在が明らかになり、乳酸の考え方が劇的に変化したのです。
【ニューロン(神経細胞)はアストロサイト(星状膠細胞)からの乳酸を主要なエネルギー源としている】
脳や脊髄など神経組織には大きくわけて2種類の細胞が含まれています。
神経細胞(ニューロン)とそれを支える膠細胞(グリア細胞)です。その他に血管を構成する細胞(血管内皮細胞)もあります。
ニューロンは感覚や運動などの情報を処理する主体で、複雑なネットワークを形成して、精神や運動の機能を制御しています。脳のボリュームの約50%を占めています。
そのニューロンに栄養を与え、神経組織を健全に維持するのがグリア細胞の役目です。「グリア細胞」の日本語訳は「膠(こう)細胞」です。
膠細胞(こうさいぼう)は膠(にかわ:動物の腱などから作られた接着剤のようなもの)のように神経細胞の間の組織を埋めるような支持組織で不活性が細胞と考えられていました。
しかし、グリア細胞は脳機能やニューロンの制御に重要な役割を持っています。
グリア細胞は主に3種類あり、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアと呼ばれています。
アストロサイト(星状膠細胞)は多数の突起があり、星のように見えることからこの名があります。実際は、星状というよりスポンジ状の形態をしています。神経組織の形態維持、血液脳関門、ニューロンへの栄養補給、神経伝達物質の輸送などの役割を担っています。神経細胞(ニューロン)の活動にアストロサイトの働きは重要で、アストロサイトがなければ、貝類(shellfish)やミミズ類(worms)以上のレベルに神経組織は進化しないと言われています。
オリゴデンドロサイト(乏突起膠細胞)は神経細胞の軸策に巻き付いて髄鞘の形成や栄養補給の機能を持っています。
ミクログリア(小膠細胞)は骨髄系のマクロファージに由来し、病原菌の排除や死細胞の除去や傷害を受けた神経組織を修復する働きを担っています。アルツハイマー病など神経変性疾患ではミクログリアが炎症の増悪や神経細胞死に関わってきます。マクロファージと同様に組織の生体防御の第一線で働いていますが、慢性の炎症になると、その作用が有害に作用する場合もあります。
図:神経組織には神経細胞(ニューロン)とそれを支える神経膠細胞(グリア細胞)が存在する。グリア細胞は主に、アストロサイト(星状膠細胞)、オリゴデンドロサイト(乏突起膠細胞)、ミクログリア(小膠細胞)の3種類がある。
最近の研究で、アストロサイトから産生される乳酸が、神経細胞のエネルギー源として重要であることが明らかになっています。
健常な成人の脳では、脳組織100g当たり1分間に6〜7mgのグルコースが消費されています。これは1日に120〜130gに相当します。(成人の脳重量は1300〜1400g、1日は1440分なので、6mg x 14 x 1440 =約120g)
脳重量は体重の2%に過ぎないのですが、脳は脂肪酸をエネルギー源として利用できないので、体内のグルコースの50%くらいが脳の代謝に使用されていると言われています。(脳が脂肪酸をエネルギー源にできない理由は492話参照)
ヒトの場合は、グリア細胞の数はニューロンの10倍ほど存在します。
前述のようにグリア細胞は「膠細胞」という意味で、接着剤細胞と認識され、その機能が重視されていませんでしたが、ニューロンの活動に極めて重要な役割を担っていることが明らかになっています。
グリア細胞の働きは多彩ですが、その一つがニューロンへのエネルギー源(グルコースや乳酸)の供給です。
ニューロン(神経細胞)は血液から直接グルコースを取り込むのではなく、アストロサイトが介在しています。アストロサイトが血管壁に巻き付くようにして、ニューロンへの物質移行を制限する「血液脳関門」を作っています。(下図)
図:血管と神経細胞(ニューロン)とは直接接していない。脳のエネルギー源であるグルコースは、血管壁細胞とアストロサイトの細胞膜に存在するグルコーストランスポーター(GLUT1)を使ってまずアストロサイトに取り込まれ(1)、そしてアストロサイトから神経細胞にも同様に運ばれる(2)。神経細胞はGTUT3というグルコーストランスポーターを使ってグルコースを取り込む(3)。血液中の一部のグルコースは血管壁から細胞外に流れ出して神経細胞のGLUT3を通って神経細胞に取り込まれる(4)。アストロサイトに取り込まれたグルコースは解糖系でピルビン酸になり、ミトコンドリアのTCA回路で代謝されてATPを産生する(5)。ピルビン酸の一部は乳酸になり、この乳酸はモノカルボン酸トランスポーター(MCT)によって神経細胞に渡される(6)。神経細胞に取り込まれたグルコースと乳酸はピルビン酸になって、さらにミトコンドリアのTCA回路で代謝されてATPを産生する。(参考:「脳とグリア細胞」工藤佳久, 技術評論社)
【がん組織においても細胞間で乳酸のやり取りが積極的に行われている】
細胞のエネルギー源としてはグルコースが主体ですが、多くの細胞はグルコース以外に乳酸、ケトン体、酢酸などのモノカルボン酸を特異的トランスポーター(モノカルボン酸トランスポーター, monocarboxylate transporter;MCT)を使って取り込み、利用することができます。
モノカルボン酸とは、一つのカルボキシル基(−COOH)を持つ有機酸です。とくにグルコースが利用できない状態では、モノカルボン酸のエネルギー寄与率が著しく増大します。
がん細胞の代謝の特徴として、①グルコースの取込み亢進、②解糖系酵素の発現と活性の亢進、③ミトコンドリア機能の低下、④乳酸の産生亢進、⑤乳酸のトランスポーターのモノカルボン酸トランスポーター(monocarboxylate transporter)のMCT1とMCT4の発現亢進があります。MCT1は乳酸の取込みを行い、MCT4は乳酸を排出する働きがあります。
多くのがん細胞でMCT1とMCT4が発現亢進し、発現量が多いほど予後不良という報告があります。つまり、がん組織ではがん細胞間やがん間質細胞(線維芽細胞など)との間で乳酸シャトルによって、乳酸を積極的にエネルギー源として利用していることが明らかになっています。
図:①がん細胞の多くは酸素を使わない解糖系での糖代謝が亢進している(左の細胞)。②この場合、グルコーストランスポーター(GLUT)から取り込まれたグルコースは解糖系でピルビン酸に変換され、ピルビン酸は乳酸脱水素酵素A(LDH-A)によって乳酸に変換される。③乳酸はプロトン(H+)と一緒にモノカルボン酸トランスポーター4(MCT4)によって細胞外に排出される。④がん組織の中にはミトコンドリアでの酸素呼吸を行っているがん細胞もいる(右の細胞)。⑤この細胞はモノカルボン酸トランスポーター1(MCT1)によって細胞外の乳酸を取込み、乳酸を乳酸脱水素酵素B(LDH-B)でピルビン酸に変換し、⑥TCA回路でさらに代謝されてATPを産生する。がん組織内では、グルコースを多く取り込んで解糖系主体のエネルギー産生行っているがん細胞と、乳酸をエネルギー源として再利用して酸素呼吸を行っているがん細胞が共生している。
【解糖系と酸化的リン酸化と抗酸化システムの同時阻害が必要】
がん組織の中では、酸素を使わずに解糖系だけでATPを産生している解糖系に高度に依存しているがん細胞と、ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)を行っているがん細胞が混在していると考えられています。これらの細胞間の相互依存関係は乳酸シャトルによって成り立っています。
つまり、「がん細胞は酸素が利用できる場合でも解糖系を主体としたエネルギー産生を行っている」というワールブルグ効果(好気性解糖)ががん細胞の代謝の特徴であることは変わらないのですが、乳酸シャトルを使ってミトコンドリアでの酸化的リン酸化もがん細胞の生存と増殖に寄与していることも確かです。
これが解糖系阻害やケトン食だけでは、がん細胞の増殖を十分に阻害できない理由です。(ミトコンドリアで乳酸を代謝できるがん細胞はケトン体も使える)
したがって、代謝をターゲットにしたがん治療では、解糖系と酸化的リン酸化の両方をターゲットにする必要があります。
さらに、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化に対しては、呼吸酵素阻害によるATP産生阻害と同時に活性酸素の産生を亢進して、酸化ストレスを高めることが重要です。つまり、酸化ストレスを高めると同時にがん細胞の抗酸化システムを阻害することも重要です。
がん細胞の代謝をターゲットにした治療では、「解糖系阻害+ミトコンドリアでの酸化的リン酸化阻害+活性酸素産生亢進+抗酸化システムの阻害」を同時に行う必要があります。方法としては、以下のようにまとめることができます。
図:がん細胞の解糖系やペントース・リン酸回路を阻害するケトン食と2-デオキシグルコース(2-DG)、ミトコンドリアでの代謝を促進するジクロロ酢酸、呼吸鎖を阻害して活性酸素(ROS)の産生を高めるメトホルミンやドキシサイクリン、細胞質でフリーラジカルを産生するアルテスネイトや半枝蓮や高濃度ビタミンC点滴、グルタチオンやチオレドキシンによる抗酸化システムを阻害するオーラノフィンやジスルフィラムを組み合わせると、がん細胞のエネルギー産生と物質合成を阻害し、さらに酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させることができる。
解糖系阻害+ミトコンドリアでの酸化的リン酸化阻害+活性酸素産生亢進+抗酸化システムの阻害では、正常細胞もダメージを受けることが予想されます。
しかし、がん細胞はミトコンドリア機能にいろんな異常があるので、正常細胞に比べて活性酸素が発生しやすくなっています。
多量に産生された活性酸素を十分に消去できないと、消去できなかった活性酸素種がミトコンドリア内の成分を酸化傷害でダメージを与え、アポトーシスによる細胞自滅を引き起こすことになります。酸化ストレス自体はがん細胞の増殖や転移を抑制する作用があります。
酸化的リン酸化の阻害と酸化ストレスは、ミトホルミシスとサーチュイン活性化の機序により、正常細胞に対してはストレス抵抗性を高め、寿命延長と抗老化の効果があります。したがって、このような代謝をターゲットにしたがん治療は副作用が少なく、がん細胞の増殖を抑えることになります。
図:メトホルミン、ドキシサイクリン、半枝蓮はミトコンドリアの呼吸鎖を阻害して活性酸素の産生を高め、ATP産生を低下させる。この作用は正常細胞に対しては、適度な活性酸素の産生がミトホルミシスの作用によってストレス抵抗性を高め、AMP/ATP比の上昇はAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)やサーチュインを活性化して、抗加齢(加齢関連疾患の抑制)や寿命延長効果を発揮する。一方、がん細胞においてはミトコンドリアで活性酸素が産生されやすい状況にある。その結果、呼吸鎖の阻害は活性酸素の産生が過剰になって酸化傷害を引き起こし、エネルギー低下によって増殖を抑制する。酸化傷害によって効果を発揮する抗がん剤や放射線治療、がん細胞の解糖系を阻害し酸化ストレスを高めるケトン食、2-デオキシグルコース(2-DG)、ジクロロ酢酸、オーラノフィン、ジスルフィラム、アルテスネイトなどと併用することによってがん細胞に選択的にダメージを与えることができる。
【有酸素運動でがん組織の酸素供給を増やすと治療効果を高める】
がん細胞が増殖し、がん組織が大きくなるためには腫瘍組織を養う血管の新生が必要です。
がん組織内で新生する血管網は正常組織のように整然としたものではなく、様々な異常を伴い、がん細胞の一部は酸素や栄養素の欠乏に陥っています。
血管内皮細胞の増殖速度はがん細胞の増殖に追いつかないので、不完全な血管網が形成されます。
正常組織のような整然とした血管網ではなく、血管壁構造は不完全(pericyteや基底膜がない、血管平滑筋が不完全、細胞の受容体が無いなど)で、血管のネットワークも不規則でいびつです。
血管抵抗が高く、血流も滞りやすく、血管自体がもろく、漏れ易い状況です。
リンパ管の発達は不完全で、がん組織では組織液の圧が高くなっています。
酸素と栄養素は血管から拡散によって細胞に到達するので、血管から離れたがん細胞は低酸素と低栄養状態に陥っています。
酸素や栄養素が不足すれば、がん細胞の増殖が低下し、死滅することが期待できるので、それは治療にメリットがあるように考えることもできます。
しかし実際は、がん組織の低酸素化は低酸素誘導性因子-1(HIF-1)を活性化し、低酸素状態に適応したがん細胞は、より浸潤性と転移性を高める事が明らかになっています。
酸素を使わない解糖系での代謝が亢進すると、がん組織はさらに酸性化します。このがん組織の酸性化は、血管新生を誘導し、浸潤や転移を促進し、生体の免疫細胞からの攻撃を阻害します。
つまり、がん組織における低酸素という微小環境は、がん細胞の悪性度を高め、治療効果を弱めることにつながります。
1950年代に、がん組織の低酸素が放射線治療の効果を弱めることが報告されています。
低酸素はヒト遺伝子の1〜2%ほどの遺伝子の発現を調節しており、これはHIF-1が行っています。HIF-1は低酸素で活性化される転写因子です。
有酸素運動は、がん組織の低酸素を除去する方法の一つです。
運動は様々な健康作用を持ちます。鬱状態を軽減し、免疫系を亢進します。
がんと運動の関係においては、発がん予防や再発予防やがんサバイバーの症状の改善などが中心に研究されていますが、がん治療における効果についてはあまり検討されていません。
しかし、研究結果をまとめると、 「運動はがん組織の血液循環を良くし、低酸素状態を改善することによって治療効果を高める」というのが現在のコンセンサスのようです。
つまり、がん患者さんが有酸素運動を積極的に行うことは、いろんなメカニズムで、がん治療や再発予防に役立つと言えます。以下のような報告があります。
Effects of exercise training on tumor hypoxia and vascular function in the rodent preclinical orthotopic prostate cancer model.(齧歯類における前臨床試験としての同所性前立腺がんモデルにおける腫瘍低酸素および血管機能に対する運動訓練の効果)J Appl Physiol (1985). 2013 Dec;115(12):1846-54. doi: 10.1152/japplphysiol.00949.2013. Epub 2013 Oct 31.
この論文では、ラットの前立腺がんの実験モデルを使って、トレッドミルによる運動をさせた群と運動をさせなかった群で比較しています。
その結果、運動はがん組織の微小環境における血液循環を良くして低酸素状態を改善し、その結果がん細胞の浸潤性や悪性度が低下し、生存率を良くすることを報告しています。
がん細胞は酸素を嫌う嫌気的な生き物で、酸素が少ない方が生存に有利な細胞です。したがって、運動によってがん組織の血液循環と酸素供給を増やすことは、がん細胞の増殖抑制に有効と言えます。
運動はがんの発生と再発のリスクを低下させる生活習慣の一つです。
がん治療中では、副作用を軽減し、生活の質を良くします。
運動する方が再発は少ないという報告もあります。
運動する人は喫煙者が少なく、肥満や痩せすぎがなく健康的な体重を維持しており、野菜の摂取が多いので、これらの交絡因子を排除する必要がありますが、運動はがんの発生や再発を予防することが多くの研究で示されています。その機序の一つにミトコンドリアの活性化も関与しているかもしれません。
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