58) 抗がん剤の神経障害を緩和する漢方薬

図:微小管は細胞が分裂する時に染色体の移動に必要なため、微小管の形成を妨げると細胞分裂が阻害される。また、神経細胞の信号を伝達する軸索の中にも微小管があり、軸索の発育や物質の輸送に関連している。したがって、微小管をターゲットにする抗がん剤は、その副作用としてしびれや感覚低下や痛みなどの末梢神経障害の副作用が問題になる。

58) 抗がん剤の神経障害を緩和する漢方薬

【抗がん剤による神経障害】
現在使用されている抗がん剤のほとんどは、がん細胞に対して特異性があるわけではなく、増殖している細胞の全てに作用が及ぶ点が欠点です。つまり、DNAの複製を阻害したり、細胞分裂に必要な蛋白質の働きを阻害することによって、がん細胞の分裂を阻害し、がん細胞を殺すのですが、増殖の盛んな正常細胞もダメージを受けることになります。
骨髄細胞(赤血球、白血球、血小板)、免疫細胞、消化管粘膜細胞、毛根細胞などは絶えず分裂・増殖を行っている細胞です。したがって、抗がん剤を使用している時には、これら正常細胞の分裂も障害されるため、
骨髄障害(貧血、白血球減少、血小板減少)、免疫力の低下、吐き気や嘔吐や下痢などの消化器症状、脱毛などの副作用が起こります。
神経細胞や筋肉細胞は細胞分裂を行わないため、抗がん剤や放射線治療を受けても、ダメージを受けにくいと思われます。
しかし、
パクリタキセル(商品名タキソール)ドセタキセル(商品名タキソテール)などのタキサン製剤、ビノレルビン(商品名ナベルビン)などのビンカアルカロイド製剤、シスプラチン(商品名ランダなど)カルボプラチン(商品名パラプラチン)オキサリプラチン(商品名エルプラット)などの白金錯体製剤では、高頻度に末梢神経障害による副作用(しびれや感覚障害や痛み)が発現します。この末梢神経障害の原因として、神経軸索の微小管の傷害や神経細胞の直接傷害などが関連しています。

【微小管とは】
微小管は細胞骨格を形成する蛋白質であり, チューブリンというタンパク質が集まった長い直径約25nmの管状構造をもっています。
微小管は細胞内の蛋白質の輸送や細胞内小器官輸送のレールとして機能しており、細胞分裂の時の染色体の移動に必要です。つまり、細胞分裂する際に、複製されたDNAは染色体と呼ばれる構造に凝集し、細胞の両極へと引き寄せられ、等分されますが、このとき染色体を分裂した2つの細胞に分離する働きをするのが微小管です(図上)。
近年,抗がん剤の標的の一つとして微小管が注目されています。がん細胞が分裂する時に、チューブリンから微小管が形成される過程を阻害すれば、細胞分裂を防ぐことができるからです。
チューブリンから微小管が形成される過程を
重合、微小管がチューブリンに戻る過程を脱重合といいます。
タキサン化合物(Paclitaxel,Docetaxel)は微小管に結合して チューブリンの重合を促進し,微小管を安定化・過剰形成させます。一方、ビンカアルカロイドのVinorelbineはチュブリンの重合を阻害します。いずれの薬剤も微小管重合の動的平衡状態を破壊することにより微小管の正常の働きを妨げ,細胞周期を分裂期( M 期)に停止させて細胞増殖を抑制し、がん細胞を殺します。

【抗がん剤による末梢神経障害】
微小管の形成を阻害することは、細胞分裂の阻害だけでなく、神経障害の原因にもなります
神経の
軸索(神経線維)は、神経細胞の細胞体から発する1本の長い突起で、他の神経細胞や筋肉に信号を伝達するケーブルのようなものです(図下)。軸索の中にある微小管は軸索の発育や物質の輸送に関連しています。神経軸索の中では、微小管は細胞体から神経軸索の先端に向かって伸びていて、微小管の上で、モータータンパク質の助けを借りて、神経軸索内でのタンパク質の輸送が行われます。
したがって、
微小管をターゲットにする抗がん剤は、その副作用として神経細胞の軸索の働きを傷害し、神経の信号が正しく伝達出来なくなって、しびれや感覚障害や痛みなどの末梢神経障害の副作用を引き起こします
タキサン系薬剤やビンカアルカロイド系薬剤は微小管を標的として作用することによりがん細胞の抑えるため、神経細胞の微小管も傷害され、神経障害を引き起こします。多くの場合、
指先のしびれ感にはじまり、しだいに上の方に広がっていきます。進行すると筋力低下歩行困難なども生じます。自律神経が障害されると便秘排尿障害が起こることもあります。
またプラチナ製剤は、神経細胞を直接傷害する結果、二次的に軸索障害をきたしていると考えられています。下肢やつま先のしびれに代表される感覚性の末梢神経障害が主に起こります。
末梢神経障害を起こると、日常生活において、服のボタンがとめにくくなる、つまづきやすくなる、手や足の先がしびれる、温度感覚が無くなる、味覚が変わるなど、様々な症状が発生してきます。

【末梢神経障害の漢方治療】
抗がん剤による神経障害はいったん発現すると有効な対策が少なく、不可逆的になる場合もあります。したがって、症状が強い場合には、抗がん剤治療の中断や薬剤の変更を余儀なくされます。
手足の冷感、しびれがある場合は、温かい手袋や靴下を身につけて保温します。お湯で温めたりマッサージで血行を良くすることも効果があります。
薬物治療としては、しびれ症状の緩和のために
ビタミンB製剤(B6, B12など)を用いたり、疼痛に対しては非ステロイド性抗炎症剤副腎皮質ホルモン剤が使われることがあります。
このような西洋薬に併用して、漢方薬の
牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)の有効性が報告されています。
牛車腎気丸は
地黄・山茱萸・山薬・沢瀉・牡丹皮・茯苓・附子・桂皮・牛膝・車前子の10種類の生薬を組み合わせて作られた漢方薬です。
この10種類のうち、地黄・山茱萸・山薬・沢瀉・牡丹皮・茯苓の6つは
六味丸(ろくみがん)という処方です。六味丸は老化に伴う諸症状の改善に使用します。六味丸に附子・桂皮を加えたものが八味地黄丸(はちみじおうがん)という漢方薬です。附子と桂皮は共に血液循環を良くし、体を温めます。附子には鎮痛作用やしびれを改善する効果があります。したがって八味地黄丸は老化に伴う諸症状に加えて冷えが強い場合に使用します。
この八味地黄丸に牛膝と車前子を加えた処方が
牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)です。牛膝は下肢の血液循環を良くし、車前子は利水作用によってむくみをとります。これにより、八味地黄丸の効能に加えて、むくみ、しびれ、関節痛に対する効果が強化されます。
つまり、
牛車腎気丸は血液循環を良くし、体を温め、鎮痛作用やむくみを軽減する効果のある漢方薬と言えます。
通常、
腰痛や関節痛が強く、浮腫傾向の目立つ場合に用いられ、座骨神経痛や糖尿病性神経障害ほか、末梢血行障害の関与が疑われるものに頻用され、有効性が示されています

地黄
山茱萸
山薬
沢瀉
牡丹皮
茯苓
附子
桂皮
牛膝
車前子
六味丸(老化に伴う諸症状の改善)
       
八味地黄丸(六味丸の効能+冷えの改善)
   
牛車腎気丸(八味地黄丸の効能+むくみ、しびれ、関節痛の改善)

抗がん剤の副作用による末梢神経障害の改善にも使用され、多くの研究が報告されています
例えば、
乳がんにおけるパクリタキセルの末梢神経障害に対して牛車腎気丸のエキス製剤(ツムラ TJ-107)を使用すると80%以上の例でしびれ、疼痛など何らかの症状が緩和したという報告があります(大阪市立大学腫瘍外科;高島勉)。
卵巣がんや子宮体がんに対してパクリタキセルとパラプラチンを併用する抗がん剤治療に実施した場合にみられる末梢神経障害に対しても、牛車腎気丸の有効性が報告されています(三重大学婦人科;田畑務)
また、
芍薬甘草(しゃくやくかんぞうとう)はこむらがえりや生理痛など様々な筋肉痛に対して使用される漢方薬が、パクリタキセルなどによる関節痛や筋肉痛に対して芍薬甘草湯の有効性を示す報告もあります。(近畿大学産婦人科 山本嘉一郎)

抗がん剤による末梢神経障害や筋肉痛を完全に抑えることは困難ですが、ビタミン剤や鎮痛剤などの治療に加えて、牛車腎気丸のような血液循環を良くししびれや痛みに使用される漢方薬や、芍薬甘草湯のように筋肉痛に有効な漢方薬を併用すると、改善効果が高まる可能性は高いようです。

(文責:福田一典)

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