833)抗腫瘍免疫増強法(その2):免疫抑制性の微小環境の改善

図:がん組織から産生される様々な因子が骨髄由来抑制細胞(MDSC)を動員し活性化する(①)。肥満細胞はヒスタミンなどのケミカルメディエーターを分泌してMDSCを活性化する(②)。がん組織から分泌される乳酸とプロトン(H+)はMDSCを活性化し(③)、がん細胞を攻撃するキラーT細胞やナチュラルキラー細胞(NK細胞)の働きを抑制する(④)。MDSCはキラーT細胞やNK細胞を抑制する(⑤)。シメチジンはヒスタミンとヒスタミン受容体の結合を阻害してMDSCの働きを阻害する(⑥)。COX-2阻害剤のCelecoxibやシクロホスファミドはMDSCの働きを抑制する(⑦)。レチノイドとビタミンD3はMDSCの細胞分化を誘導してMDSCの活性を阻害する(⑧)。ジクロロ酢酸、2-デオキシグルコース(2-DG)、プロトンポンプ阻害剤(PPI)はがん組織からの乳酸とプロトン(H+)の産生を抑制し、重曹はがん組織の水素イオンを中和してアルカリ化する(⑨)。これらの組合せで骨髄由来抑制細胞の働きを阻害するとキラーT細胞やNK細胞によるがん細胞の排除を亢進できる。

833)抗腫瘍免疫増強法(その2):免疫抑制性の微小環境の改善

【酸性化したがん組織は免疫細胞の働きを阻害する】
免疫チェックポイント阻害剤を用いる方法や、培養したキラーT細胞やナチュラルキラー細胞を投与する方法など、様々な免疫療法が行われています。がん細胞に特異的なT細胞を増やすことができても、実際にそのT細胞ががん組織内でがん細胞を攻撃できるとは限りません。
その理由は、「免疫抑制性の微小環境」の存在です。がん組織の微小環境がT細胞の働きを弱めているのです。

まず、がん細胞はグルコース(ブドウ糖)やアミノ酸の取り込みが亢進し、エネルギー産生と細胞分裂の材料に使っています。これらの栄養素は、リンパ球が増殖し、がん細胞を排除する働きを実行する上でも必要です。従って、がん組織ではT細胞が働くために必要な栄養素が枯渇しているのです。

さらに、がん細胞では解糖系でのグルコース(ブドウ糖)代謝の亢進で、乳酸水素イオンの産生が亢進しています。がん細胞内に乳酸と水素イオンが蓄積すると細胞毒になるので、がん細胞は乳酸と水素イオンを細胞外に排出しています。従って、がん組織には乳酸と水素イオンが増え、その結果、がん細胞の周囲は酸性になっています。

図:がん細胞は解糖系によるグルコース代謝が亢進して乳酸と水素イオン(プロトン、H+)の産生量が増える(①)。細胞内の酸性化は細胞にとって障害になるので、細胞はV型ATPアーゼ(vacuolar ATPase)やモノカルボン酸トランスポーター(MCT)やNa+-H+ 交換輸送体1(Na+-H+ exchanger 1:NHE1)などの仕組みを使って、細胞内の乳酸や水素イオン(プロトン)を細胞外に排出する(②)。その結果、がん細胞の周囲はpHが低下してがん組織は酸性化している(③)。組織が酸性化すると、免疫細胞の働きが抑制され、血管新生が促進し、がん細胞の浸潤や転移も促進される(④)。

正常な細胞はpHが7.4というややアルカリ側でないと働くことができません。実際に、がん組織ではがん細胞外のpHが6.2〜6.9と酸性になっています。このような酸性の状態では、リンパ球は正常な働きができません。
組織が酸性になるとがん細胞を攻撃しにきた免疫細胞の働きが弱ります。
さらに乳酸には、がん細胞を攻撃する細胞傷害性T細胞の増殖や、免疫細胞の働きを高めるサイトカインの産生を抑制する作用があり、がんに対する免疫応答を低下させる作用もあります。

したがって、がん細胞の乳酸産生とがん組織の酸性化を改善できれば、免疫療法の効き目を高めることができることになります。
例えば、胃酸分泌阻害剤として使用されているプロトンポンプ阻害剤がV型ATPアーゼを阻害する作用があることが知られています。動物の移植腫瘍を使った実験などで、プロトンポンプ阻害剤が腫瘍組織の酸性化を改善して抗がん剤や免疫療法の効果を高める作用が報告されています。

ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してピルビン酸脱水素酵素を活性化して、ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)を亢進し、乳酸とプロトンの産生を抑制します。
ジクロロ酢酸ナトリウムは低酸素誘導因子-1(HIF-1)の活性を抑える作用もあります。HIF-1はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を誘導します。さらにHIF-1は乳酸脱水素酵素を活性化するので、HIF-1の活性阻害は乳酸とプロトンの産生を減らします。
ジクロロ酢酸ナトリウムでピルビン酸からアセチルCoAへの変換を促進すると乳酸の産生が抑制されます。プロトンポンプ阻害剤とジクロロ酢酸ナトリウムの併用は、がん組織の酸性化を抑制する効果を高めることになります

さらに、解答系を阻害する2-デオキシ-D-グルコースや、がん組織をアルカリ化する重曹(炭酸水素ナトリウム)の摂取も有効です。このようながん組織をアルカリ化する方法はがんの免疫療法の効果を高めます。

図:がん細胞は解糖系(①)によるグルコース代謝が亢進して乳酸と水素イオン(プロトン、H+)の産生量が増えている(②)。細胞内の酸性化は細胞にとって障害になるので、細胞はプロトンポンプ(③)を使って水素イオンを細胞外に排出するので、がん細胞の外側は酸性化している(④)。細胞内の乳酸はモノカルボン酸トランスポーター4(MCT4)を使って細胞外に排出する(⑤)。がん細胞の周囲の酸性化と乳酸の増加は、周囲の正常細胞がダメージを受けてタンパク分解酵素が活性化してがん細胞の浸潤や転移が促進され、腫瘍を養う血管新生が誘導される。塩基性の抗がん剤は酸性の組織に到達しにくくなり抗がん剤が効かなくなる。さらに、細胞傷害性T細胞のようながん細胞を攻撃する免疫細胞の働きが阻害される(⑥)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は解糖系を阻害し(⑦)、ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸からアセチルCoAの変換を促進する作用によって乳酸の産生を阻止する(⑧)。プロトンポンプ阻害剤はがん細胞のプロトンポンプを阻害して水素イオンの細胞外への排出を阻害する(⑨)。重炭酸ナトリウム(重曹)は水素イオンを中和してがん組織の酸性化を抑制する(⑩)。これらの治療法を組み合わせると、がん細胞内は酸性化し、細胞外はアルカリ化して、がん細胞は死滅しやすくなり、免疫療法の効き目も高まる。

【がん組織には骨髄由来抑制細胞が増えている】
免疫抑制性の細胞は、免疫反応を適切な時期に終息させたり、自己のタンパク質や食物に反応しないようにする働きがあります。もし異常に免疫系が活性化され続けたり、自己のタンパク質と反応すると、自己免疫疾患やアレルギー性疾患を引き起こします。

つまり、免疫応答を実行する細胞が暴走しないように抑制性の細胞やサイトカインや伝達物質が存在し、それによって免疫系が正常に働くことができるのです。

免疫抑制のメカニズムの一つに骨髄由来抑制細胞(Myeloid derived suppressor cell: MDSC)があります。この細胞は顆粒球のマーカーと単球/マクロファージのマーカーとを同時に発現している未熟な段階の骨髄由来細胞で、免疫反応を強力に抑制する働きを持っています。

骨髄由来抑制細胞はアルギナーゼや活性酸素、一酸化窒素、IL-10、TGF-βなどの産生を介して免疫担当細胞の活性を阻害したり、制御性T細胞(Treg)の誘導をきたすことによって免疫抑制作用を発揮します。
正常な場合には、免疫系が過剰に働いて自らの体を攻撃してしまう自己免疫疾患にならないように、骨髄由来抑制細胞や制御性T細胞がブレーキをかけています。つまりこれらの免疫抑制細胞は、健康な人にとっては、むしろ良い働きを担っています。


一方、担がん(体内にがんがある)状態では、骨髄由来抑制細胞ががん病巣部位のみならず循環血中やリンパ組織(リンパ節や脾臓など)においても増加することが報告されています。

末梢血中の骨髄由来抑制細胞の数が多いと予後が悪いという報告もあります。
がん細胞は免疫抑制性の骨髄由来抑制細胞をがん組織内に動員させることによって、キラーT細胞やNK細胞からの攻撃を抑えていることが明らかになっています。

つまり、がん細胞を攻撃・排除しようとするナチュラルキラー細胞(NK細胞)や細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)の働きが、がん組織内では骨髄由来抑制細胞の増加によって抑制されているのです。


図:腫瘍組織からプロスタグランジンE2、IL-6、TGF-β、VEGF、GM−CSFなどの因子が産生される(①)。これらの腫瘍由来因子は血流によって骨髄に達し(②)、骨髄の前駆細胞から骨髄由来抑制細胞(MDSC)の増殖を促進する(③)。腫瘍組織から産生されるケモカイン(CXCL1/2やCXCL12など)がMDSCを腫瘍組織に誘導して集める(④)。腫瘍組織に集まったMDSCは細胞傷害性T細胞(CD8+T細胞)やナチュラルキラー細胞(NK細胞)の働きを阻害して抗腫瘍免疫を抑制する(⑤)。MDSCは成熟した樹状細胞やマクロファージに分化させることもできる(⑥)。

【COX-2阻害剤のセレコキシブは骨髄由来抑制細胞の働きを抑制する】
がん組織ではがん細胞やマクロファージが産生するシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の活性亢進によってプロスタグランジンE2(PGE2)の産生が高まっています。
PGE2ががん組織に骨髄由来免疫抑制細胞を動員し、免疫担当細胞の働きを弱めることによって、免疫細胞の攻撃からがん細胞を守っていることが明らかになっています。

COX-2阻害剤のセレコキシブ(celecoxib)が骨髄由来抑制細胞の働きを阻害して、免疫療法の効き目を高めることが報告されています。以下のような報告があります。

COX-2 inhibition improves immunotherapy and is associated with decreased numbers of myeloid-derived suppressor cells in mesothelioma. Celecoxib influences MDSC function.(中皮腫において、COX-2阻害は、免疫療法の効果を高め骨髄由来抑制細胞の数の減少に関連する。 セレコキシブは骨髄由来抑制細胞の機能に影響を与える。) BMC Cancer. 2010 Aug 30;10:464. doi: 10.1186/1471-2407-10-464.

【要旨】
研究の背景:骨髄由来抑制細胞(MDSC)は、腫瘍組織に集積する不均一で未成熟な細胞集団である。これらの細胞は、腫瘍由来因子(例えば、プロスタグランジン)によって誘導され、免疫抑制において重要な役割を果たす。 MDSCは、アルギナーゼIの発現の増加および活性酸素種(ROS)および酸化窒素(NO)の産生を介して、T細胞およびNK細胞の機能を抑制する。
MDSCによる免疫抑制は、免疫療法に対する不応性の主な要因の1つである。
そこで、MDSCサブタイプによる活性酸素種産生に焦点を当て、特異的COX-2阻害によるプロスタグランジン合成を阻害することによって、MDSCの生体内免疫抑制機能が阻止できるかどうかを調べた。さらに、セレコキシブが免疫治療戦略の改良につながるかどうかを検討した。

方法:マウスの中皮腫移植腫瘍モデルにおいて、MDSCの数および機能を解析した。マウスに中皮腫腫瘍細胞を移植し、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)阻害剤セレコキシブを、単独または樹状細胞ベースの免疫療法と組み合わせて投与した。

結果:がん細胞の増殖が起こる領域には、多数の骨髄由来抑制細胞(MDSC)が浸潤し、COX-2発現が亢進していた。セレコキシブは、in vitroおよびin vivoでプロスタグランジンE2レベルを低下させた。 担がんマウスにセレコキシブを経口投与すると、すべてのMDSCサブタイプの局所および全身の拡大を抑制した。
MDSCからの活性酸素種および一酸化窒素の産生低下およびT細胞寛容性の低下で示されたように、MDSCの機能は障害された。 その結果、免疫療法の効果を高めた。

結論:セレコキシブは樹状細胞ベースの免疫療法を改善する強力な治療法であり、MDSCの数および免疫抑制機能を抑制する。 これらのデータは、免疫療法を行なう時に、同時にシクロオキシゲナーゼ-2活性を阻害することが有用であることを示唆している。

つまり、COX-2阻害剤のセレコキシブは、骨髄由来抑制細胞の働きを抑制し、がん細胞に対する免疫細胞の攻撃活性を高めることができるという報告です。

【低用量のシクロホスファミドは骨髄由来抑制細胞を阻害し、がんワクチンの効果を高める】
シクロホスファミド(商品名:エンドキサン)はナイトロジェンマスタードの流れをくむアルキル化剤で、DNAをアルキル化してがん細胞(分裂している細胞)を死滅させます。
がん治療の場合は、1日100~200mgの服用で、自己免疫疾患の場合は1日50mg程度の低用量を服用します。

低用量の場合は、免疫細胞や炎症細胞の働きを抑制して炎症反応を抑える作用(抗炎症作用)によって自己免疫疾患を治療します。

シクロホスファミドの低用量投与ががんワクチンの効果を高めることが報告されています。以下のような報告があります。

Metronomic cyclophosphamide enhances HPV16E7 peptide vaccine induced antigen-specific and cytotoxic T-cell mediated antitumor immune response.(メトロノミック投与のシクロホスファミドはHPV16E7ペプチド・ワクチンで誘導した抗原特異的な細胞傷害性T細胞による抗腫瘍免疫を増強する)Oncoimmunology. 2014 Nov 14;3(8):e953407.

 【要旨】
本研究では、ヒトパピローマウイルス(HPV16)で誘導した腫瘍モデルにおけるHPV16E7をターゲットにしたペプチドワクチンとメトロノミックなシクロホスファミド投与との併用の効果を検討した。
C3 腫瘍を移植したマウスに隔週でシクロホスファミドのメトロノミック投与を行い、HPV16E749-57ペプチド抗原を含むDepoVaxワクチンを3週ごとに投与した。
ワクチンとシクロホスファミドの併用群で腫瘍増殖の顕著な抑制を認めた。
メトロノミックなシクロホスファミド投与はリンパ節のリンパ球を顕著に減らす作用を示したが、ワクチンで誘導される抗原特異的なCD8+T細胞(キラーT細胞)の増殖は抑制しなかった。
ワクチンとメトロノミックなシクロホスファミド投与を受けたマウスの脾臓のリンパ球は腫瘍細胞を死滅させる活性を亢進していた
この抗腫瘍活性は、ワクチンとメトロノミックなシクロホスファミド投与を受けた腫瘍を移植したマウスから採取したCD8+キラーT細胞によって、別のマウスに移行できた。 

腫瘍を移植したマウスの実験系で、メトロノミックなシクロホスファミドは免疫機能が正常なマウスでは抗腫瘍効果を示し、免疫不全マウス(ヌードマウス)で抗腫瘍効果が認められなかったという実験結果が報告されています。
これは、シクロホスファミドを低用量で用いた場合の抗腫瘍効果は、がん細胞に対する直接的な作用や血管新生阻害作用とは関係なく、免疫細胞による作用であることを示唆しています
腫瘍組織には制御性T細胞(Treg)や骨髄由来抑制細胞(MDSC)が増えており、これらの細胞がCD8陽性のキラーT細胞(細胞傷害性T細胞)の働きを阻害するので、がんワクチンを使ってがん抗原特異的なキラーT細胞が増えても、がん細胞を死滅させることができません。
そこで、TregやMDSCを減らす方法が抗腫瘍免疫を高める上で大切になってきます。

シクロホスファミドは投与量が多いと、キラーT細胞やナチュラルキラー(NK)細胞などエフェクター細胞も抑制されますが、適度な量だとキラーT細胞やNK細胞は抑制せず、制御性T細胞や骨髄由来抑制細胞の働きを抑制して、抗腫瘍免疫を高めることができます。
ただ、この「適度な量」というのが問題です。
自己免疫疾患の治療で使われる量は細胞傷害性T細胞の活性を抑制する量であるため、それよりも少ない量が良いのかもしれません。以下のような報告もあります。

Low-dose cyclophosphamide administered as daily or single dose enhances the antitumor effects of a therapeutic HPV vaccine.(低用量のシクロフォスファミドの連日投与あるいは1回投与は治療目的のヒトパピローマウイルス・ワクチンの抗腫瘍効果を増強する)Cancer Immunol Immunother. 62(1):171-82. 2013年

【要旨】
ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは、HPVに特異的な全身性の免疫応答を引き起こすが、その臨床効果はワクチン誘導性のCD8陽性T細胞(キラーT細胞)のレベルとは必ずしも相関しない。その理由として、腫瘍組織における免疫抑制性の微小環境の存在が指摘されている。
細胞傷害性T細胞(CD8陽性T細胞)の働きを阻害する細胞として制御性T細胞(Treg)が知られている。
シクロフォスファミドは抗がん剤の一種で、Tregを含めて免疫細胞を減らす作用がある。ワクチン治療に併用して適度な量のシクロフォスファミドを使うと、ワクチン誘導性のT細胞応答は抑制せずに、Tregだけを減らすことができる。しかし、シクロフォスファミドの投与量や投与法(投与スケジュール)については十分に検討されていない。
そこで、HPVワクチンと併用してシクロフォスファミドを使用する場合の用量や投与スケジュールについて、動物モデル(HPV腫瘍を移植したマウス)を用いて検討した。
シクロフォスファミドの単回投与と連日投与は、HPVワクチンと併用することによって、相乗的な抗腫瘍効果を認めた。
この抗腫瘍効果のメカニズムとして制御性T細胞(Treg)の数の減少と、抗原特異的CD8陽性T細胞の腫瘍内浸潤の増加が示唆された。CD8陽性T細胞とTregあるいは骨髄由来抑制細胞(MDSCs)の比(CD8+/TregとCD8+/MDSCs)はシクロフォスファミドの併用によって上昇した。
シクロフォスファミドの連日投与は、ワクチン誘導性のCD8陽性T細胞の数を減らす傾向を認めた。
以上の結果から、シクロフォスファミドはワクチンを投与する前に単回で投与する方が、連日投与より有効で、しかも簡便で、ワクチン誘導性のT細胞の活性化にも悪影響を及ぼさないことが明らかになった。

メトロノミック・ケモテラピー(Metronomic Chemotherapy)とは、メトロノームのように規則的に低用量の抗がん剤を頻回に投与していく抗がん剤治療法です。
メトロノミック・ケモテラピーではがん細胞を死滅させるのではなく、がん間質の細胞に作用して炎症性サイトカインの産生や血管新生を阻害することによって抗腫瘍効果を得ることを目標にしています。

自己免疫疾患(膠原病)の治療に炎症細胞や血管内皮細胞や線維芽細胞の働きを抑制することが有効なのと同様に、がん組織に存在する炎症細胞や血管内皮細胞や線維芽細胞の働きを抑制するとがん細胞自体の増殖や転移も抑制できることが明らかになっています。
Treg(制御性T細胞)やMDSC(骨髄由来抑制細胞)を減らす方法が抗腫瘍免疫を高める上で大切になってきます。
このような抑制性の免疫細胞を減らす方法としてシメチジン(449話)、セレコキシブ(446話)などがあります。
さらに、低用量のシクロフォスファミドは実際にがんワクチンとの併用で多くの研究が報告されています。ただし、投与量が多いと抗原特異的なキラーT細胞も抑制して免疫抑制状態になります。したがって、シクロフォスファミドの投与量と投与スケジュールが重要になります。
他の報告では、低用量連日投与(メトロノミック)で有効という報告もありますが、この論文では、ワクチンを投与する前の単回投与が良いという結果でした。
自己免疫疾患の治療で使われる量は細胞傷害性T細胞の活性を抑制する量であるため、それよりも少ない量が良いと思います。間歇的な投与が良いという報告があります

【低用量のシクロフォスファスファミド単独で大きな腫瘍が消滅する】
シクロフォスファミドのメトロノミック投与が、抗腫瘍免疫を活性化して、大きな腫瘍を消滅できるという実験結果も報告されています。以下のような報告があります。

Metronomic cyclophosphamide eradicates large implanted GL261 gliomas by activating antitumor Cd8+ T-cell responses and immune memory.(シクロフォスファミドのメトロノミック投与は、抗腫瘍性のCD8陽性T細胞応答と免疫記憶を活性化することによって、大きなGL261グリオーマ移植腫瘍を消滅させる)Oncoimmunology. 2015 Feb 18;4(4):e1005521. eCollection 2015.

【要旨】
細胞毒性のある抗がん剤治療は免疫原性細胞死を誘導する。しかし、大きな腫瘍を免疫細胞だけの作用で縮小させ、しかも長期間の免疫記憶を成立させるために有効な方法は確立されていない。
免疫系が正常なマウスにGL261グリオーマ細胞を移植した実験系を用い、6日おきのシクロフォスファミドのメトロノミック投与の効果を検討した。
シクロフォスファミドの6日おきのメトロノミック投与の2サイクルの治療で、腫瘍細胞特異的なCD8陽性細胞傷害性T細胞(CTL)とナチュラルキラー(NK)細胞、マクロファージ、その他の免疫細胞を増やし、活性化した。
このようなCTLやNK細胞といったエフェクター細胞はシクロフォスファミド投与の6日後にピークになりその後減少した。制御性T細胞の数はCTLやNK細胞と逆の動きを示した。
間歇的なシクロフォスファミドを数回繰り返すことによって腫瘍は縮小し、消滅した。
腫瘍の消滅にはCD8陽性キラーT細胞(CTL)が必要であった。GL261細胞の再移植に対して、末梢血中のCTLの増加と腫瘍組織でのCTLの浸潤が認められ、抗原特異的な免疫記憶が成立していた。
以上の結果から、抗がん剤のシクロフォスファミドの単独の投与でも、その投与量と投与スケジュールを適切化すれば、大きな腫瘍を縮小させ、さらに消滅させ、免疫記憶を成立させることも可能であることが示された。 

シクロフォスファミドを使ったメトロノミック・ケモテラピーは血管新生阻害作用によって抗腫瘍効果を示すと考えられています。しかしながら、最近の研究では、自然免疫の活性化など免疫機能を介したメカニズムの関与が指摘されています
この研究グループは、がん抗原特異的なキラーT細胞の活性化と移植腫瘍の縮小に、シクロフォスファミドの間歇的な投薬スケジュールが有効だと報告しています。

シクロフォスファミドで死滅すると免疫細胞が認識しやすい免疫原性細胞死を誘導します。
高用量だと、免疫原性細胞死を誘導しますが、免疫系も抑制されます。また、がん組織がダメージを受けると血管新生が促進され、がん組織の増大を招く場合もあります。
一方、低用量のメトロノミック投与の場合、免疫原性細胞死は起こりにくいのですが、血管新生が起こらず、骨髄由来抑制細胞(MDSC)と制御性T細胞(Treg)の活性は抑制され、細胞傷害性T細胞(CTL)やナチュラルキラー(NK)細胞は抑制されないので、抗原特異的な抗腫瘍免疫を活性化することができます
つまり、低用量のメトロノミック投与は、最大耐用量を投与する通常の抗がん剤治療とは異なるメカニズムで腫瘍縮小効果を発揮します。
しかも、免疫記憶が成立するので、再発を予防できることになります。

低用量頻回(メトロノミック)あるいは間歇的なシクロフォスファミド投与と、樹状細胞の活性化による自然免疫の発動(イミキモド、ピドチモド)と、抗原特異的な細胞傷害性T細胞の活性化をサポートする方法(COX-2阻害剤、シメチジン、漢方薬など)を組み合わせると、免疫機序での腫瘍の排除ができるかもしれません。

【シメチジンは骨髄由来抑制細胞を阻害する】 
骨髄由来抑制細胞はアルギナーゼや活性酸素、一酸化窒素、IL-10、TGF-βなどの産生を介して免疫担当細胞の活性を阻害したり、制御性T細胞(Treg)の誘導をきたすことによって免疫抑制作用を発揮します。
正常な場合には、免疫系が過剰に働いて自らの体を攻撃して自己免疫疾患にならないように、骨髄由来抑制細胞や制御性T細胞がブレーキをかけています。つまりこれらの細胞は、健康な人にとっては、むしろ良い働きを担っています。


一方、炎症時や担がん(体内にがんがある)状態では、骨髄由来抑制細胞が病巣部位のみならず循環血中やリンパ組織(リンパ節や脾臓など)においても増加することが報告されています。
末梢血中の骨髄由来抑制細胞の数が多いと予後が悪いという報告もあります。
がん細胞は免疫抑制性の骨髄由来抑制細胞をがん組織内に動員させることによって、キラーT細胞やNK細胞からの攻撃を抑えていることが明らかになっています。
つまり、がん細胞を攻撃・排除しようとするナチュラルキラー細胞(NK細胞)や細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)の働きが、がん組織内では骨髄由来抑制細胞の増加によって抑制されているのです。

がん組織内でこのような免疫抑制細胞が増殖しているため、がん細胞に対する免疫細胞による攻撃や排除が起こりにくくなっていることが明らかになっています(下図)。
つまり、がん細胞を攻撃する免疫細胞の働きを良くするためには骨髄由来抑制細胞の活性を弱めることが重要だと考えられています。

図:がん組織では、マクロファージなどの炎症細胞やがん細胞が産生するケモカインやプロスタグランジンE2(PGE2)や乳酸やプロトン(水素イオン)など様々な刺激やメカニズムによって骨髄由来抑制細胞が増えている。骨髄由来抑制細胞は制御性T細胞を誘導する作用もある。これらの細胞はがん細胞を攻撃・排除する細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)やナチュラルキラー細胞(NK細胞)や樹状細胞の働きを阻害している。その結果、がん細胞を排除する免疫応答が十分に行われなくなっている。したがって、骨髄由来抑制細胞の増殖や働きを阻害するとがん細胞に対する免疫細胞の攻撃を高めることができる。

肥満細胞からのヒスタミンがMDSCの移動や増殖を促進することが報告されています。 肥満細胞の働きを阻害してヒスタミンの分泌を抑制したり、ヒスタミン受容体の阻害剤が骨髄由来抑制細胞の働きを抑制して、抗腫瘍免疫を高める作用が報告されています。
ヒスタミン受容体拮抗薬のシメチジンには様々な抗腫瘍効果が報告されていますが、抗腫瘍免疫を高める作用があり、そのメカニズムの一つとして骨髄由来抑制細胞の抑制作用が報告されています。
生体内アミンであるヒスタミンは、炎症反応や胃酸分泌、アレルギー反応など様々な生理反応に関与しています。 ヒスタミンは細胞表面にある受容体に結合することによって細胞にヒスタミンの刺激を伝えます。 ヒスタミンの受容体は現在までに 3 種類のサブタイプ(H1~H3)が見つかっていますが、そのうち H2 受容体は胃酸分泌において中心的な役割を担っており、その拮抗薬であるシメチジンは胃酸の分泌を抑える効果により胃炎や消化性潰瘍や逆流性食道炎などの治療薬として使用されています。 

980 年代後半に デンマークのTonnesen らにより、シメチジンが胃がん患者に対し延命効果を示すことが報告され、その後、大腸がん、悪性黒色腫に対しても同様の効果を示すことが報告されています。 
例えば、治癒切除術後5-FU(200mg/日)投与を受けている原発性大腸がん患者(シメチジン800mg/日併用群34例、非併用群30例の計64例)において、平均10.7年の観察期間での10年生存率は、シメチジン併用群で84.6%、シメチジン非併用群で49.8%でした(P<00001)。 切除手術を受けた大腸がん患者を対象にした臨床試験のメタ解析によると、シメチジンを服用することによって死亡リスクが0.53に低下すると報告されています。 

ヒスタミンにはがん細胞の増殖を促進する作用や、細胞性免疫を抑制するリンパ球(骨髄由来抑制細胞や制御性T細胞)を活性化することなどが報告されており、そのためシメチジンの延命効果は、がん細胞に対するヒスタミンの細胞増殖促進作用を阻害する機序や、がん細胞に対する免疫力を活性化させ る可能性などが指摘されています。 
さらに近年では、シメチジンが接着因子 E-セレクチンの発現を抑 制することによりがんの転移を抑制する抑える機序や、インターロイキン 12の発現上昇を介したナチュラルキラー細胞活性化、血管新生阻害作用によって腫瘍組織の増大を阻止する可能性、がん細胞にアポトーシス(細胞死)を誘導する作用など、新たなメカニズムも報告されています。 

シメチジンには様々なメカニズムで抗腫瘍免疫を増強することが報告されています。以下のような作用機序が報告されています。 

抗腫瘍免疫(Th1)の増強: 
生体の免疫機構は細胞性免疫型(Th1)と体液性免疫型(Th2)のバランスにより制御されていますが、多くのがん患者や担がん状態の実験動物においてその免疫機構が Th2 型へ移行していることが報告されています。 がん細胞の排除には細胞性免疫(Th1細胞)が中心的な役割を担うと考えられていることから、Th2 型への移行は担がん宿主の免疫機能低下の一因であると考えられています。 
免疫機構が Th2 型に移行している担がんマウスに IL-12 を投与すると腫瘍の顕著な退縮が認められることが数多く報告されています。 IL-12 はナチュラルキラー細胞や T 細胞をその傷害活性の誘導・増強に向けて活性化するのみでなく、生体の細胞性免疫を促進する根源的な役割を担うサイトカインです。 IL-12 の主な産生細胞 はマクロファージおよび B 細胞であることが知られていますが、近年マクロファージからの IL-12 産生をヒスタミンが抑制すること、またその抑制作用はヒスタミン H2 受容体拮抗薬を前処置した際には認められないことが報告されています。 
多くのがん組織においてはヒスタミン含量の上昇や、ヒスタミン合成酵素であるヒスチジンデカルボキシラーゼ活性の上昇が確認されています。これらのことは、担がん状態における免疫機構の Th2 型への移行原因の一つに、上昇したヒスタミンに よるマクロファージからの IL-12 産生抑制が関与している可能性を示唆するものです。 
したがって、ヒスタミンH2受容体拮抗薬は、IL-12の産生を高め、細胞性免疫(Th1細胞)の活性を高める効果が期待できます。

樹状細胞の活性化: 
がん細胞に対する免疫応答の中でがん抗原に対する免疫応答誘導において鍵となる細胞である樹状細胞の抗原提示能を増強させる可能性が報告されています。 

ナチュラルキラー細胞の活性化: 
インターロイキン12(IL-12)の発現を亢進してナチュラルキラー細胞活性を高める効果が報告されています。インターロイキン-12(IL-12)は、当初"NK細胞刺激因子"の名称で報告されたように、NK細胞に対する著明な活性化作用を特徴とするサイトカインです。 IL-12はB細胞および単球系細胞より産生され、T細胞やNK細胞に対して細胞増殖の促進、細胞傷害活性誘導、IFN-γ産生誘導、LAK細胞誘導などの作用を示します。こうした細胞性免疫機能への作用から、IL-12には感染防御やがん治療や免疫不全症の改善における臨床応用が期待されています。 前述のごとく、ヒスタミンはIL-12 の産生を抑制するので、シメチジンはIL-12の産生を高めてナチュラルキラー細胞活性を高める効果を発揮します。  

細胞傷害性Tリンパ球の活性化: 
ヒスタミンには細胞傷害性Tリンパ球の生成を抑制する作用が知られています。さらにヒスタミンH2受容体はサプレッサーT細胞にも発現が認められ、ヒスタミンによりサプレッサーT細胞が活性化され、宿主側の免疫システムを減弱させると報告されています。そこでヒスタミンH2受容体拮抗薬が上記のヒスタミンの作用を抑制し、免疫システムを増強し、抗腫瘍作用を示すのではないかと推測されています。 また、抗腫瘍免疫の働きを弱める骨髄由来抑制細胞や制御性T細胞の働きをヒスタミンが高めるので、抗腫瘍免疫が抑制されるという報告もあります。 

シメチジン投与群では腫瘍組織にリンパ球の浸潤が多く見られたという報告があります。このような腫瘍組織に浸潤するリンパ球の存在は、腫瘍に対する宿主の免疫応答を意味しており、予後が良いことを示すサインと言えます。つまり、シメチジンはがん組織に対する免疫応答(細胞性免疫)を増強する効果があると言えます。 
大腸がんはヒスタミンを分泌し、がん組織の中のヒスタミンのレベルが高いことが報告されています。つまり、がん患者や手術後の病態における免疫抑制には、ヒスタミンが関与している可能性があり、H2ブロッカーによって、免疫力低下の機序を解除できる可能性が指摘されています。

【レチノイドとビタミンDによる骨髄由来抑制細胞の分化誘導療法】
オールトランス・レチノイン酸(All-trans retinoic acid:ATRA)はビタミンA誘導体で核内受容体のレチノイン酸受容体やレチノイドX受容体に作用して遺伝子発現を誘導します。
ATRAが骨髄球の分化を誘導することはよく知られていますATRAが骨髄由来抑制細胞(MDSC)の分化を誘導して成熟させ、免疫抑制活性を低下させることが報告されています。以下のような報告があります

All-trans-retinoic acid eliminates immature myeloid cells from tumor-bearing mice and improves the effect of vaccination.(オールトランス・レチノイン酸は担がんマウスの未熟な骨髄細胞を除去してワクチンの効果が高める)Cancer Res. 63(15):4441-9.2003年

【要旨】
がん組織による免疫抑制の誘導は、がん細胞が免疫監視機構を逃れる主要なメカニズムの一つである。がんワクチンの治療効果が得られにくいのは、がん組織誘導性の免疫抑制のメカニズムが作動しているためである。
がん組織による免疫抑制においては、未熟な骨髄細胞が重要な役割を果たしている。これらの未熟骨髄由来抑制細胞は担がんマウスにおいて増加し、様々なメカニズムでT細胞の機能を阻害する。
本研究では、抗腫瘍効果を高める目的で、骨髄由来抑制細胞を除去する実験を行った。
担がんマウスにオールトランス・レチノイン酸(all-trans-retinoic acid ;ATRA)を投与すると、全ての実験モデルにおいて腫瘍内の骨髄由来抑制細胞を減少することが示された。この作用はATRAの直接的な殺細胞作用やがん細胞からの増殖因子の産生抑制とは関係なかった。
ATRAは未熟な骨髄由来抑制細胞を成熟樹状細胞やマクロファージや顆粒球に分化誘導した
担がんマウスにおいて骨髄由来抑制細胞が除去されるとT細胞による腫瘍特異的な免疫応答が改善した。
2種類の異なるがんワクチンの実験モデルで、ATRAを併用すると、抗腫瘍免疫の効果が顕著に増強した。
以上の結果から、ATRAを使った未熟な骨髄由来抑制細胞を分化誘導によって除去する方法は、がんワクチンの治療効果を高める方法として役立つ可能性が示された。

以下のような報告もあります。

Reversal of myeloid cell-mediated immunosuppression in patients with metastatic renal cell carcinoma.(転移性腎臓がん患者における骨髄由来細胞による免疫抑制の解除)Clin Cancer Res. 14(24):8270-8. 2008年

この研究では、腎臓がん患者におけるT細胞の免疫応答の制御におけるCD33(+)骨髄由来抑制細胞(MDSC)の役割を検討しています。さらに、MDSCによる免疫抑制に対するオールトランス・レチノイン酸の作用についても検討しています。
腎臓がん患者から分離されたMDSCは、細胞障害性T細胞(CTL)と相互作用したとき、活性酸素種と一酸化窒素の産生を介して抗原特異的なT細胞応答を抑制しました。しかし、健常人から採取したMDSCはT細胞応答を抑制しませんでした。
オールトランス・レチノイン酸(ATRA)は、MDSCを抗原提示細胞の前駆細胞に分化誘導する作用によって、MDSC誘導性の免疫抑制を阻止し、T細胞機能を改善しました
以上から、この論文の結論は「これらの結果は、腎臓がんの免疫療法において、MDSCの細胞分化を誘導する方法を利用することの有用性を示唆している。」となっています。
以下のような報告もあります。

Targeting myeloid-derived suppressor cells using all-trans retinoic acid in melanoma patients treated with Ipilimumab. (イピリムマブで治療したメラノーマ患者におけるオールトランスレチノイン酸を用いた骨髄由来抑制細胞の標的化)Int Immunopharmacol. 2018 Oct;63:282-291. 

【要旨】
研究の背景:免疫チェックポイント阻害剤は、多くのがんの全体的な生存率を改善しているが、患者の大部分は治療に応答せず、がんは進行する。メラノーマにおける免疫療法の有効性を制限する腫瘍関連メカニズムの一つは、骨髄由来抑制細胞(myeloid-derived suppressor cells :MDSC)の動員および増殖である。 したがって、免疫療法と組み合わせて骨髄由来抑制細胞を標的とすることは、奏効率および有効性を改善する魅力的な戦略である。

方法:進行性黒色腫患者を対象にして、イピリムマブ単剤またはイピリムマブ+オールトランスレチノイン酸(ATRA)による治療法を比較する無作為化第II相臨床試験を実施した。

結果:混合リンパ球反応によるin vitroの実験系で、ATRAはMDSCの免疫抑制機能を低下させた。さらに、ATRAは、MDSCによるPD-L1、IL-10、およびインドールアミン2,3ジオキシゲナーゼ(indoleamine 2,3‑dioxygenase)を含む免疫抑制遺伝子の発現を減少させた。 さらに、ATRAはグレード3または4の有害事象の頻度を増加させなかったため、イピリブマブを使った標準的治療にATRAを併用する上での安全性には問題ないと思われた。
最終的な結果として、進行黒色腫患者におけるイピリムマブ単独の治療と比較して、イピリムマブ+ATRA併用治療は、循環するMDSCの頻度を有意に減少させた。

結論:これらの結果は、免疫療法に対する抵抗性におけるMDSCの重要性を示し、がん患者におけるMDSCの標的化が免疫療法の効果を増強する可能性があるという証拠を提供する。

イピリムマブ(Ipilimumab)はCTLA-4を標的としたモノクローナル抗体で、商品名はヤーボイです。
細胞傷害性T細胞(CTL)はがん細胞を認識し破壊する能力を持ちますが、それを抑制するメカニズムが存在します。イピリムマブはそのメカニズムを解除して、CTLの機能を発揮させます。
CTLA-4は細胞傷害性T細胞の働きを抑制するスイッチのようなもので、がん細胞がCTLA-4のスイッチを入れるタンパク質を持っていて、CTLの働きを阻止しています。抗CTLA-4抗体はCTLA-4のスイッチが入らないようにして、CTLの働きを増強します。

担がんマウスにオールトランス・レチノイン酸(ATRA)を投与するとMDSCは成熟した樹状細胞、好中球、単球に分化し、CTLによる免疫応答を増強できることが報告されています
マウスの複数の実験モデルで、ATRAがワクチン治療の効果を高めることが報告されています。移植腫瘍を使ったがんワクチンの実験でも、ATRAを投与すると腫瘍増殖の抑制効果が増強することが報告されています。

18例の腎臓がん患者にATRAを7日間投与すると、末梢血のMDSCの数が減少する結果が報告されています。
血中のATRA濃度が十分に高くなった腎臓がん患者では、MDSCの数が健常人と同じレベルまで低下しました。同時に、IFN-γとIL-2のレベルの増加、Th1/Th2比(type 1 to type 2 T-helper cell ratio)の増加が認められています。
がんワクチンや抗がん剤治療との併用におけるATRAの効果に関する臨床試験が行われています。

また、ビタミンD3も骨髄細胞の成熟を促進することが報告されています。
ビタミンD3とレチノイドは未熟な骨髄由来細胞の成熟を促進し、抗腫瘍免疫を高めることが報告されています
例えば、頭頚部扁平上皮がん患者を対象にした臨床試験で、1日60μgのビタミンD3の投与によって骨髄細胞のHLA-DRの発現が亢進し、血中のIL-12とIFN-γの濃度が増加したという報告があります。
MDSCはマクロファージからのIL-12産生を抑制し、IL-10の産生を亢進し、Th1免疫を抑制します。
COX-2阻害剤のCelecoxibを投与すると骨髄由来抑制細胞の数が減少し、腫瘍内に浸潤するリンパ球の数が増えることが報告されています。

以上のように、がん組織をアルカリ化する方法(ジクロロ酢酸ナトリウム、2-デオキシグルコース、プロトンポンプ阻害剤、重曹)、シメチジン、セレコキシブ、低用量のシクロホスファミド、レチノイド、ビタミンD3は骨髄由来抑制細胞の働きを抑制して抗腫瘍免疫を高めることができます。(トップの図)

腫瘍組織における免疫抑制性の微小環境(TumorImmunosuppressive Microenvironment)」を改善する治療法は、がんの免疫療法の効果を高めることができます。さらに、自然免疫や獲得免疫を刺激し活性化するピドチモド、ピシバニール、漢方薬などを併用すると、免疫力によってがん組織を縮小することもできます。 
免疫チェックポイント阻害剤を使用するときも、骨髄由来抑制細胞の抑制は、奏功率を高めることができます。
免疫療法ではエフェクター細胞の働きを阻害するメカニズムをターゲットにすることが重要です。  

図:イミキモドは樹状細胞を活性化し成熟樹状細胞を増やす(①)。ピドチモドは樹状細胞の成熟とIL-12産生を促進して1型ヘルパーT細胞(Th1)を増やす(②)。プロスタグランジンE2(PGE2)はIL-12の産生を抑制して2型ヘルパーT細胞(Th2)への分化を誘導するので、COX-2阻害剤のCelecoxibはPGE2の産生を阻害してTh2への分化誘導を阻止する(③)。PGE2は骨髄由来抑制細胞(MDSC)の増殖を促進するので、CelecoxibはMDSCの増殖を阻止する(④)。漢方薬(紅参、黄耆、川芎など)はTh1サイトカインの産生を高めて細胞性免疫を活性化する(⑤)。シメチジンとシクロフォスファミドはMDSCの活性や生存を阻害する(⑥)。レチノイドとビタミンD3は未熟なMDSCを成熟させ分化誘導によって免疫抑制活性を低下させる(⑦)。これらの総合作用で、がん細胞に対する免疫応答を活性化すれば、がんを縮小できる。

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