891)抗がん剤の新薬の半分くらいは有効性が証明されていない

図:1995 年から 2020 年の間に欧州医薬品庁によって承認された166の適応症を持つ131種類の腫瘍治療薬について、少なくとも1つの組織によって追加利益が評価され、合計458の追加利益の評価が得られた。追加利益は59件(13%)が大きい(major)、107件(23%)が十分(substantial)、103件(22%)がわずか(minor)、189件(41%)が無しまたは定量化不可能(negative or non-quantifiable)であった。つまり、承認された新規の抗がん剤のうち、63%は利益が極めて少ないか、有効性が認められていないという結果であった。

891)抗がん剤の新薬の半分くらいは有効性が証明されていない

【がん治療薬の製薬メーカーは効かない薬を売って莫大な利益を得ている】
がん治療費のうち抗がん剤に充てられる割合は一貫して増加しています。抗がん剤に対する世界の支出は、2020 年の 1,670 億ドル (約26兆円) から 2025 年には 2,690 億ドル(約42兆円)に増加すると推定されています。

抗がん剤の高価格は、研究開発費用を回収する必要性や、これらの医薬品ががん患者の利益になるという主張によって正当化されています。しかし、製薬メーカーが抗がん剤販売によって得ている収益が、これらの抗がん剤が患者に提供する価値 (追加の利益) によって本当に正当化されるかどうかは、広範囲にわたる議論の対象となっています。

がん患者を数年間延命できる抗がん剤であれば、1年間の抗がん剤の費用が数百万円でも国民は納得すると思います。
しかし、延命効果がなかったり、症状改善効果もない薬であれば、国民は製薬メーカーの利益を与えるために無駄な費用を払っていることになります。

そのようなことは無いと多くの国民は信じています。しかし、製薬メーカーは患者に利益にならない抗がん剤を販売して、莫大な利益を得ていることが多くの研究から指摘されています。最近、以下のような論文が発表されています。

Added benefit and revenues of oncology drugs approved by the European Medicines Agency between 1995 and 2020: retrospective cohort study(1995年から2020年までに欧州医薬品庁が承認した抗がん剤の追加利益と収益:後ろ向きコホート研究)BMJ. 2024 Feb 28:384:e077391.

【要旨の抜粋】
目的: 腫瘍治療薬の追加利益と収益を評価し、それらの関連性を調査し、欧州医薬品庁のさまざまな承認経路における追加利益と収益の潜在的な矛盾を調査する。

デザイン: 後ろ向きコホート研究。

設定: 1995 年から 2020 年の間に欧州医薬品庁によって承認された腫瘍治療薬とその適応症。

主な結果指標: 臨床効果における追加利益は、米国、フランス、ドイツ、イタリアの医療技術評価機関(health technology assessment agencies)、2 つの臨床腫瘍学会(medical oncology societies)、および医薬品広報(drug bulletin)の 7 つの組織が公表した評価を使用して評価された。
追加利益の評価は、1)無しまたは定量化不可能(negative or non-quantifiable)な追加利益、2)軽度(minor)の追加利益、3)十分な(substantial)追加利益、4)大きな追加利益(major added benefit)の4段階に分類した。

収益データは、公開されている財務報告書から分析され、公開されている研究開発コストの推定値と比較された。追加利益と収益の関係が評価された。

結果: 166の適応症を持つ131種類の腫瘍治療薬について、定められた期間内に少なくとも1つの組織によって付加利益が評価され、合計458の付加利益評価が得られた。
189(41%)は追加利益が否定的または定量化不可能であった
研究開発費の中央値(6億8,400万ドル)を回収するのに要する時間の中央値は3年であり、55の薬剤のうち50(91%)は8年以内にこれらの薬の開発費用を回収した
追加利益の評価が高い薬剤は、一般的に収益も高かった。追加利益が否定的または定量化不可能と評価された薬は、標準的な販売承認よりも条件付き販売承認および例外的な状況下での承認でより頻繁に見られた(相対リスク1.53、95%信頼区間1.23~1.89)。
条件付き販売承認は標準的な販売承認よりも収益が低く、研究開発費を回収するのにより長い時間がかかっていた(3年に対して4年)。

結論: 臨床効果の追加利益の程度と収益とは一致するように見えるが、多くの腫瘍治療薬は、臨床効果において追加利益がほとんどないにもかかわらず、数年以内に研究開発費を回収している。これは、包括的な証拠が不足していると思われる条件付き販売承認を通じて承認された薬に特に当てはまる。

この論文の結果をまとめると以下のようになります。

1995 年から 2020 年の間に欧州医薬品庁によって承認された166の適応症を持つ131種類の腫瘍治療薬について、定められた期間内に少なくとも1つの組織によって追加利益が評価され、合計458の追加利益の評価が得られました。
追加利益は59件(13%)が大きい(major)、107件(23%)が十分(substantial)、103件(22%)がわずか(minor)、189件(41%)が無しまたは定量化不可能(negative or non-quantifiable)でした。つまり、承認された新規の抗がん剤のうち、63%は利益が極めて少ないか、有効性が認められていないという結果でした

欧州医薬品庁における医薬品の承認には、標準販売承認(standard marketing authorisation)条件付き販売承認(conditional marketing authorisation)例外的な状況での承認(authorisation under exceptional circumstances)などいくつかのルートがあります。

標準販売承認は、ベネフィット(有効性)とリスク(副作用)のバランスがプラスであることを示す包括的なデータが利用可能な場合に、欧州医薬品庁によって付与される販売承認です。つまり、生存期間の有意な延長など、有効性が認められた後に承認される場合です。

条件付き販売承認は、最終的な有効性は確認されていないが、有効性を示唆するデータがある場合に、先に承認して、承認後の市販後調査で最終的な結論を出す場合です。承認後にさらなる研究を実施することが義務付けられており、市販後に包括的なデータが提供され、ベネフィットとリスクのバランスがプラスのままであれば、条件付き販売承認は標準的な販売承認に変換できます。

例外的な状況下での許可というのは、非常に稀な疾患などで大規模な臨床試験の実施が困難、包括的な臨床データまたは非臨床データを提供できない医薬品に対して欧州医薬品庁が付与できる販売承認の一種です。これは、こうしたデータを収集することが倫理的ではないとみなされるか、現在の科学的知識ではそれが許されないためです。承認後にさらなる研究を実施するという要件にも従いますが、通常は標準的な販売承認に変換されることはありません。

当然、標準販売承認を受けて販売され、大きな追加利益(major added benefit)の評価を受けた抗がん剤は良く売れるので、平均3年で研究開発費を回収しています。

条件付きで承認されたり、追加利益の評価がわずか(minor)や無し(negative)や評価不可能(non-quantifiable)の薬は、効かないので使用が少ない傾向にありますが、それでも、中央値で4年、9割は8年以内で研究開発費を回収しています。

つまり、臨床的利益が全く無い抗がん剤でも、製薬メーカーは利益を得ているという問題点を指摘しています
効かない薬のために、世界中で1年間に10兆円以上の無駄な費用(これは製薬メーカーの利益として回収される)をがん患者は支払っているという計算になります。

【多くの抗がん剤が延命効果を証明せずに承認されている】
延命効果も生活の質の改善効果も認められない抗がん剤を国が認める訳が無いと思うかもしれません。しかし、あるトリックによって、全く有益性の無い抗がん剤が認可されて、標準治療で使用されていることが明らかになっています。
そのトリックというのは、生存期間の延長でなく、奏功率や無増悪(あるいは無再発)生存期間といった代用エンドポイント(surrogate endpoint)で効果を示して承認されているからです。

全生存期間の延長を証明するには時間がかかるので、有効な治療法が少ないがん治療の臨床現場に新薬を早く届けるために、全生存期間の延長を予想できる奏功率無増悪生存期間で代用しています。「腫瘍が縮小すれば生存期間も延びるだろう」「再発や増悪するまでの期間が延長すれば生存期間も延びるだろう」という予測に基づいています。

しかし、奏功率および無増悪生存期間と全生存期間との相関は低いことが明らかになっています。つまり、奏功率(がん組織の縮小率)が高くても延命効果が無いことが多く、無増悪生存期間は延びても全生存期間は延びないことは多くあると言うことです。
腫瘍が一時的に縮小して、増悪しない期間が延長しても、抗がん剤の毒性による副作用によって、最終的には全生存期間は同じくらいという結果になっている場合もあります。抗がん剤を使うと、一時的にはがん細胞の増殖は抑えられますが、薬剤耐性の悪性度の高いがん細胞が残るので、増殖しだすと抗がん剤を使わなかった場合より増殖が早いという理由もあります。
そして、FDAは製薬会社に承認後に生存期間の延長を証明する臨床試験を行うことを義務づけていないという問題点も指摘されています。

代用エンドポイントを根拠に承認されたがん治療薬とその後の全生存期間に関して、FDA(米国食品医薬品局)の5年間の承認薬を解析した論文があります。(JAMA Intern Med. 2015;175(12):1992-1994.)
この論文の筆頭著者は米国国立がん研究所(National Cancer Institute)に所属し、FDAを批判しています。
この論文では、2008年1月1日から2012年12月31日までにFDAによるすべての承認薬を対象に、どれくらいの数のがん治療薬が代用エンドポイントに基づいて承認されているか、これらの薬のその後の試験が報告されているか、それらの薬物が全生存期間を改善しているかを調べています。

検索期間内に54個のがん治療薬の承認が確認され、代用エンドポイントに基づいて承認されたのは36個の薬剤(67%)でした。15の迅速承認では全てが代用エンドポイントに基づき、通常の承認では、39個中21個(54%)が代用エンドポイントに基づいて承認されていました。
代用エンドポイントに基づいて承認された36個の薬剤のうち、19個(53%)は奏功率(腫瘍体積の縮小)が主要エンドポイントとして使用され、17個(47%)は無増悪生存期間あるいは無再発生存期間が主要エンドポイントとして使用されていました。

中央値4.4年の追跡期間で、5個の薬(迅速承認15個中1個、通常の承認21個中4個)がその後のランダム化臨床試験で全生存期間を改善することが示されました。しかし、18個の薬剤(迅速承認15個中6個、通常承認21個中12個)は、全生存期間の延長を示すことができず、13の薬物は全生存期間に対する効果が不明でした。
つまり、調査期間の間に承認された抗がん剤54個のうち、代用エンドポイントに基づいて承認されたのは36個(67%)で、市販後数年間の追跡調査で、代用エンドポイントに基づいて承認された36個のうち31個(86%)(承認された54の薬剤の57%)は生存期間を延長する効果がなかったか、不明でした。つまり、承認された抗がん剤の半数以上が全生存期間の延長を証明できていないという結果です。(下図)

図:代用エンドポイントに基づいて承認された36個のうち31個(86%)(承認された54の薬剤の57%)は生存期間を延長する効果がなかったか、不明であった。

抗がん剤の開発では、臨床試験で全生存期間の延長を証明して承認された薬は3分の1程度で、残りは奏功率(腫瘍の縮小率)や無増悪生存期間といった代用エンドポイントで効果を示して承認されています。そして、承認後の臨床試験で有効性が証明できずに承認が取り消された抗がん剤も多くあります。
一つの例として、転移性乳がん患者の無増悪生存期間に基づいて迅速承認を受けたベバシズマブ(商品名アバスチン)があります。その後の試験では、全生存期間の延長は認められず、重大な毒性が認められたため、承認が取り消されています。
2009年の連邦政府監査院(Government Accountability Office)の報告書は、代用エンドポイントで承認された医薬品の市販後調査の実施を強制していないことに対して米国食品医薬品局(FDA)を批判しています。
この論文の著者も、FDAが生存期間を延長しない高価で毒性の高い多くの薬物を承認している可能性があると非難しています。FDAは製薬会社に承認後に生存期間の延長を証明する臨床試験を行うことを義務づけていないことが問題だと言っています。
米国食品医薬品局(FDA)が承認した薬は間違いないというFDAへの信頼は抗がん剤に関しては間違いのようです

【欧州医薬品庁(EMA)が承認した抗がん剤の半分以上は有益性を示していない】
新しいがん治療薬の半分以上は生存と健康に何の利益も示さない」というのは米国だけでなく、欧州でも問題になっています。
英国の医学雑誌(British Medical Journal)に発表された研究によると、2009年から2013年に承認された48のがん治療薬のうち、半数以上はほとんど有益性が認められず、有益性が認められた場合でもそれは臨床的に意味の無いレベルであることが明らかになっています。以下のような報告があります。

Availability of evidence of benefits on overall survival and quality of life of cancer drugs approved by European Medicines Agency: retrospective cohort study of drug approvals 2009-13(欧州医薬品庁によって承認された抗がん剤の全生存期間および生活の質に関する有効性の証拠の入手可能性:2009年から20013年の薬物承認の後ろ向きコホート研究)BMJ. 2017; 359: j4530.

【要旨】
目的:欧州で承認されたがん治療薬の全生存期間および生活の質(QOL)に関するデータの入手可能性を明らかにする。

試験デザイン:後ろ向きコホート研究

設定:2009年から2013年までの欧州医薬品庁(EMA)によるがん治療薬の承認に関する公的に入手可能な規制および科学的報告書。

主なアウトカム指標:試験デザイン(無作為化、クロスオーバー、盲検化)、対照薬、エンドポイントに応じたがん治療薬の中心的試験および市販後臨床試験。 承認時および市販後に評価された全生存または生活の質に対する有効性の利用可能性および規模。 がん治療薬の報告された利益の臨床的価値を評価するために欧州臨床腫瘍学会の臨床効果尺度(European Society for Medical Oncology Magnitude of Clinical Benefit Scale;ESMO-MCBS)を使用。

結果:2009年から2013年の期間に欧州医薬品庁(EMA)が承認したがん治療薬は48製剤、68適応であった。このうち8適応(12%)は、治験薬だけの単群試験に基づいて承認されていた。
承認時点で生存期間の有意な延長が認められたのは、24/68適応(35%)で、その延長期間は1.0~5.8ヵ月(中央値2.7ヵ月)であった。また、承認時点でQOLの改善が認められたのは、7/68適応(10%)であった。
承認時点で全生存期間の延長の証拠がなかった44適応のうち、市販後の臨床試験で全生存期間延長のエビデンスが確認されたのは3適応(7%)、QOLに対する有益性が報告されたのは5適応(11%)であった。
また、欧州医薬品庁が承認した68適応について、承認後中央値で5.4年(3.3~8.1年)追跡した結果、全生存期間または生活の質(QOL)の有意な改善が示されたのは35適応(51%)に過ぎず、残りの33適応(49%)は不明なままであった
また、生存期間に関して有益性が認められた23適応のうち、ESMO-MCBSスケールで臨床的に意味があると判定されたのは半数未満(11/23適応、48%)であった。

結論:2009〜13年の欧州医薬品庁(EMA)によって承認されたがん治療薬の体系的評価は、ほとんどの医薬品が生存または生活の質に関する利益の証拠なしに市場に参入したことを示している。市販後最低でも3.3年後に、これらの薬剤ががん患者の生存を延長したり生活の質を改善したという決定的な証拠はまだ無い。既存の治療法やプラセボに比べて生存期間の延長がみられた場合でも、それらは多くの場合極めて限界的であった。

2009年から2013年の期間に欧州医薬品庁(EMA)が承認したがん治療薬は48製剤、68適応でした。この「適応」というのは、この論文の「indications」の日本語訳です。使用が承認された病気や症状を「適応」や「適応症」いいます。ある抗がん剤が胃がんと肺がんで承認されれば1つの薬剤で2つの適応になります。
承認時点で生存期間の有意な延長が認められたのは、24/68適応(35%)で、その延長期間は1.0~5.8ヵ月(中央値2.7ヵ月)でした。また、承認時点でQOLの改善が認められたのは、7/68適応(10%)でした。
承認時点で全生存期間の延長の証拠がなかった44適応のうち、市販後の臨床試験で全生存期間延長のエビデンスが確認されたのは3適応(7%)、QOLに対する有益性が報告されたのは5適応(11%)でした。
また、欧州医薬品庁が承認した68適応について、承認後中央値で5.4年(3.3~8.1年)追跡した結果、全生存期間または生活の質(QOL)の有意な改善が示されたのは35適応(51%)に過ぎず、残りの33適応(49%)は不明なままでした。
 また、生存期間に関して有益性が認められた23適応のうち、欧州腫瘍学会の臨床利益スケール(ESMO-MCBS)で臨床的に意味があると判定されたのは半数未満(11/23適応、48%)でした。この論文の結果は以下の図にまとめています。

図:2009年から2013年の期間に欧州医薬品庁(European Medicines Agency:EMA)が承認したがん治療薬は48製剤、68適応であった。承認時点で生存期間の有意な延長が認められたのは24/68適応(35%)で、その延長期間は1.0~5.8ヵ月(中央値2.7ヵ月)であった。承認時点でQOLの改善が認められたのは、7/68適応(10%)であった。承認時点で全生存期間の延長の証拠がなかった44適応のうち、市販後の臨床試験で全生存期間延長が確認されたのは3適応(7%)、QOLに対する有益性が報告されたのは5適応(11%)であった。承認後中央値で5.4年(3.3~8.1年)追跡した結果、全生存期間または生活の質(QOL)の有意な改善が示されたのは35適応(51%)で、残りの33適応(49%)は有効性が不明なままであった。生存期間に関して有益性が認められた23適応のうち、欧州腫瘍学会の臨床利益スケール(the European Society for Medical Oncology Magnitude of Clinical Benefit Scale ;ESMO-MCBS)で臨床的に意味がある有益性があると判定されたのは11/23適応(48%)であった。つまり、承認された68適応のうち臨床的に意味のある生存期間の延長は11適応(16%)しか無かった。(出典:BMJ. 2017; 359: j4530.)

つまり、2009〜13年の欧州医薬品庁(EMA)によって承認されたがん治療薬は、ほとんどの医薬品が生存または生活の質に関する利益の証拠なしに市場に参入したことを示しています。市販後にこれらの薬剤ががん患者の生存を延長したり生活の質を改善したという証拠が得られた薬は少数で、既存の治療法やプラセボに比べて生存期間の延長がみられた場合でも、それらは多くの場合極めてわずかな有益性でした。

この論文の結論の最後の文章は『臨床的に意味のある有益性がない高価な医薬品が承認され、公的資金で運用されている医療システムで支払われると、個々の患者に害が生じ、重要な社会資源が無駄になり、正当で適切な費用の医療の提供が損なわれる』と記述されています。

承認された薬の半数が、臨床的に意味のあるメリットを示す証拠を提示していないというのが、抗がん剤の実態です。がんが一時的に縮小しても、延命や生活の質(QOL)の改善につながらないという事実があるためです。


【統計的に有意差があっても、臨床的に意味のある有益性の無い抗がん剤が多い】
ある新規のがん治療薬を使った場合の生存期間が、プラセボ(偽薬)群あるいは既存のがん治療薬の生存期間に比べて、統計的に有意に勝っていれば、その新しいがん治療薬は新しい治療法として認められます。

しかし、生存期間の延長で統計的に有意差を示しても、臨床的に意味のある有益性があるとは限りません。
例えば、生存期間が12ヶ月から14ヶ月に延長しても、強い副作用を伴い、生活の質が著しく低下するような治療薬であれば、臨床的に意味がある有益性があるとは言えないと思います。
固形腫瘍に使用されている71の薬物による生存期間の延長の中央値はわずか2.1ヶ月という報告もあります。(JAMA Otolaryngol Head Neck Surg 2014;140:1225–36.)

がん治療薬のわずかな利益も、平均的な患者集団より若年で合併症の少ない患者において実施される臨床試験で認められるだけという指摘もあります。患者全体を対象にすると、抗がん剤のメリットとデメリットの微妙なバランスの中で、わずかな利益は完全に消滅する可能性があるのです。

多くのがん治療薬が迅速に承認されていますが、患者の生存を改善する十分な証拠を得て市場に参入する抗がん剤はほとんど無いのが実情のようです。有益性が認められた場合でも、その利益はわずかであるため、異なる病状の患者集団を対象にした場合、その利益は失われる可能性があるのです
欧州臨床腫瘍学会(European Society for Medical Oncology、ESMO)はがん治療法を評価するツールとして臨床的ベネフィット・スケール・マグニチュード(Magnitude of Clinical Benefit Scale:MCBS)を発表しています。

ESMO-MCBSは、がん治療薬の治療効果を評価するために設計されており、有効性(全生存期間と無増悪生存期間の絶対的な増加およびハザード比の95%信頼区間の下限)と、生活の質(QOL)または毒性をそれぞれ検討します。新規治療法のデータは、病状ごとの予後(対照群での治療奏効期間または生存期間)に関して分析されて臨床的利益が評価されます。

例えば、根治(cure)を目指す治療(手術前の抗がん剤治療や手術後の補助化学療法)では、3年以上の追跡で何%の生存率の増加があるかで有効性が評価できます。

進行がんの緩和的化学療法では、対照群が12ヶ月以下の生存期間の場合、3ヶ月以上の生存期間の延長があれば臨床的に意味がある有用性があると言えます。対照群が12ヶ月以上の生存期間の場合、臨床的に意味があるというには5ヶ月以上の延命が必要かもしれません。

このように、病気の進行状況に応じて、どの程度の生存期間の延長や生活の質の改善や副作用(毒性)を評価して、臨床的に意味のある有用性を評価するツールがESMO-MCBSです。

このESMO-MCBSの評価法を使って、最近承認された抗がん剤やランダム化比較試験を検証すると、臨床的に意味のある有用性を示した抗がん剤は2割以下のようです
例えば、以下のような報告があります。

Do Contemporary Randomized Controlled Trials Meet ESMO Thresholds for Meaningful Clinical Benefit?(最近の無作為化比較試験は意味のある臨床的利益のためのESMO閾値を満たしているのか?)Ann Oncol. 2017 Jan 1;28(1):157-162.

【要旨】
背景:欧州臨床腫瘍学会(European Society for Medical Oncology;ESMO)は、固形腫瘍に対する化学療法の有効性を評価するツールとして臨床的ベネフィット・スケール・マグニチュード(ESMO Magnitude of Clinical Benefit Scale:ESMO-MCBS)を最近発表した。この研究では、最近報告されているランダム化比較試験がESMO-MCBSで評価される意味のある臨床的有益性の閾値に達しているかどうかを評価した。

方法:2011年から2015年の間に論文に公表された乳がん、非小細胞性肺がん、結腸直腸がん、膵臓がんに対する化学療法の有効性を検討したランダム化比較試験を解析した。
臨床試験の特徴と結果に関するデータを抽出し、これらのデータをESMO-MCBSで評価した。個々の臨床試験が、ESMO-MCBSによって定義された臨床的有益性を評価できるような試験デザインであるかどうかも検討した。

結果:対象となるランダム化比較試験は277件(乳がん40%、非小細胞性肺がん 31%、結腸直腸がん22%、膵臓がん6%)であった。サンプルサイズ(対象になった人数)の中央値は532で、83%は製薬企業からの資金提供を受けていた。
277件のランダム化比較試験の中で、138件(50%)の試験で治療群は対照群より統計的に優位であった。これら有効な結果が得られた試験のわずか31%(43/138)の結果がESMO-MCBSによる臨床的に意味のある利益閾値を満たした。
治癒的意図を有する治療のランダム化比較試験(RCTs with curative intent)では、有効性を示した31件中19件(61%)で意味のある臨床的有益性の閾値を満たしていた。一方、緩和目的の抗がん剤治療のランダム化比較試験では、有効性を示した107件中24件(22%)が臨床的に意味のある有益性の閾値を満たしていた。
ESMO-MCBSが適用され得る226件のランダム化比較試験のうち、ESMO-MCBSの有益性の閾値を満たすことができる臨床試験のデザインで臨床試験を行っていたのは31%(70/226)であった。

結論:統計的に有意な有効性を示した最近のランダム化比較試験のうち、欧州臨床腫瘍学会による臨床的ベネフィット・スケール・マグニチュード(ESMO-MCBS)の基準で臨床的に意味のある有益性(meaningful clinical benefit)の閾値に達したのは3分の1以下であった。これは全ての公開された試験の15%に過ぎない。
研究者や資金提供機関や規制機関や製薬業界は、今後のランダム化臨床試験の設計において、意味のある臨床的利益のために、より厳しい基準を採用すべきである。

この論文の結果は下図にまとめています。

図:(左)欧州臨床腫瘍学会(European Society for Medical Oncology、ESMO)はがん治療法を評価するツールとして臨床的ベネフィット・スケール・マグニチュード(Magnitude of Clinical Benefit Scale:MCBS)を発表している。ESMO-MCBSは、がん治療薬の治療効果を評価するために設計されており、全生存期間と無増悪生存期間の延長、生活の質(QOL)または毒性をそれぞれ検討し、病状ごとの予後(対照群での治療奏効期間または生存期間)に関して分析され、臨床的有益性を総合評価する。コストは考慮されない。

(右)2011年から2015年の間に論文に公表された乳がん、非小細胞性肺がん、結腸直腸がん、膵臓がんに対する化学療法の有効性を検討したランダム化比較試験は277件で、このうち138件(50%)の試験で治療群は対照群より統計的有意な有効性を示した。これら有効な結果が得られた試験138件中でESMO-MCBSによる臨床的に意味のある利益閾値を満たしたのは43件であった。これは公開された全ての試験の15.5%に過ぎない。(出典:Ann Oncol. 2017 Jan 1;28(1):157-162.)

別の研究グループからも同様の調査結果が報告されています。2011から2016年に欧州医薬品庁からに承認を受けた38種類のがん治療薬に対する70件の臨床試験を、欧州臨床腫瘍学会の臨床利益スケール(ESMO-MCBS)で評価しています。

Five years of EMA-approved systemic cancer therapies for solid tumours-a comparison of two thresholds for meaningful clinical benefit. (固形腫瘍のための欧州医薬品庁承認の全身がん治療法の5年間 – 意味のある臨床的利益のための2つの閾値の比較。)Eur J Cancer. 2017 Sep;82:66-71.

ESMO-MCBSは、がん治療薬の治療効果のレベルを評価するために設計されています。最初に発表されたESMO-MCBSとその改良版によって定義された「意味のある臨床的利益」の閾値を満たすものがどの程度存在するかを検討しました。その結果、「意味のある臨床的利益」があると評価されたがん治療薬は、最初のESMO-MCBSの基準では21%、改良版の基準では11%しかありませんでした。つまり、基準の違いによって評価は変わりますが、承認されたがん治療薬の80〜90%は臨床的に意味のある有益性を示さないという結果です。
承認された薬の8割以上が、なぜ臨床的に意味のあるメリットを示す証拠を提示していないのに承認されたのか理解に苦しむのですが、これが事実なのです。

【抗がん剤の多くは生存期間や生活の質の向上に役立っていない】
治療法の選択肢の少ない進行がんの治療現場に新薬を早く届けるために、承認を急ぐ迅速承認の利用は必要かもしれません。そのため、代替の指標(例えば、腫瘍縮小率や無増悪生存期間)に基づいて仮に承認を受け、全生存期間や生活の質(QOL)の評価は市販後に行えば良いという考えは妥当かもしれません。
しかしながら、前述のような最近の研究によると、これは正当化できないかもしれません。
つまり、代替エンドポイントで承認された抗がん剤のうち、市販後に全生存期間の延長や生活の質の改善が証明できたのは極めて少数だからです

その結果、がん患者が実際に投与されている抗がん剤の多くは生存期間や生活の質の向上に役立っていない可能性があるという事実が明らかになっているのです。

米国食品医薬品局(FDA)や欧州医薬品庁(EMA)が承認したがん治療薬のうち、約3分の2は生存率の向上または生活の質の改善の証拠が承認時に示されていませんでした
十分な証拠がなく承認された抗がん剤のうち、市販後の臨床試験で既存の薬やプラセボと比較して生存率の改善が認められたものは20%以下です。つまり、現在使用されている抗がん剤の半数以上は全生存期間や生活の質の改善にメリットが無いことを示しています

かりに薬物が生存期間を延長しても、その利益はしばしば僅かです。固形腫瘍に使用されている71の薬物による生存期間の延長の中央値はわずか2.1ヶ月でした(JAMA Otolaryngol Head Neck Surg 2014;140:1225–36.)。

がん治療薬のわずかな利益も、平均的な患者集団より若年で合併症の少ない患者において実施される臨床試験で認められるだけという指摘もあります。患者全体を対象にすると、抗がん剤のメリットとデメリットの微妙なバランスの中で、わずかな利益は完全に消滅する可能性があるのです。

多くのがん治療薬が迅速に承認されていますが、患者の生存を改善する十分な証拠を得て市場に参入する抗がん剤はほとんど無いのが実情のようです。有益性が認められた場合でも、その利益はわずかであるため、異なる病状の患者集団を対象にした場合、その利益は失われる可能性があるのです。
承認済みの抗がん剤の多くは、信頼性が不十分な代用エンドポイントに基づいており、市販後の研究では、患者中心のエンドポイントでこれらの薬剤の有効性および安全性が確認されることはめったにありません。 
これに加えて、がん治療薬の費用の平均は年間1000万円を超えています。これは、確実な毒性を有し、利益が不確実ながん治療薬に対して莫大な支出を行っていることを意味します。   

British Medical Journalの編集部は論説(Editorial)を載せています。以下はその抜粋です。

Editorials(論説):
Do cancer drugs improve survival or quality of life?(抗がん剤は生存率や生活の質を向上させるのか?)BMJ. 2017 Oct 4;359:j4528.   

抗がん剤の開発や承認後において、生存率や生活の質における有効性はいつ実証されるべきか?
一部の人々は、これらの有効性は市販される前にはっきりと証明すべきだと主張している。
私を含めて他の者は、治療法の選択肢の少ない末期がんを含むいくつかの適応症については、代替の指標(例えば、腫瘍縮小や無増悪生存)に基づいて仮に承認を受け、全生存期間や生活の質(QOL)の評価は市販後に行えば良いと考えている
しかし、最近の2つの研究によると、これは正当化できないかもしれない。

2008年から2012年の間に米国食品医薬品局(FDA)が承認したがん治療薬のうち、生存率の向上または生活の質の改善の証拠が無いものが67%(36/54)であった
十分な証拠がなく承認された36の抗がん剤のうち、市販されてからの中央値4.4年の経過ののちに、既存の薬やプラセボと比較して生存率の改善が認められたものは5つ(14%)に過ぎなかった。
Davisらによる報告はこのような現実をさらに補強している。
すなわち、2009年から2013年にかけて欧州医薬品庁(European Medicines Agency)によって承認されたがん治療薬の研究では、57%(39/68)が 市販された時点で生存率や生活の質の改善を示す証拠が無かった市販後の中央値5.9年間の経過ののち、生存率や生活の質の改善が証明されたのは39個のうちの6個(15%)であった

さらに3つの事実が、現在の規制環境を特徴づけている。
第一に、薬物が生存期間を延長しても、その利益はしばしば僅かである
Fojoらの報告によれば、固形腫瘍に使用されている71の薬物による生存期間の延長の中央値はわずか2.1ヶ月であった。Davisらの報告も同様な結果であった。

生存率を改善した23の薬物のうち、11(48%)は、欧州腫瘍学会(the European Society of Medical Oncology)によって定められた「臨床的に意味のある利益」の定義に達しなかった

第2に、がん治療薬のわずかな利益も、平均的な患者集団より若年で合併症の少ない患者において実施される試験で認められるだけである。 患者全体を対象にすると、抗がん剤のメリットとデメリットの微妙なバランスの中で、わずかな利益は完全に消滅する可能性がある。

最後に、薬物承認のために使用される代用評価法の多くは、生存との関連性が低い。 代用指標と生存との相関の強さはテストされていない。
これは、FDAの通常の承認経路と迅速承認ルートに当てはまる。 特に、通常のルートで承認された薬は、有効性と安全性を確認するための市販後の試験が十分に行われていない。

私たちはがん治療薬を迅速に承認しているが、患者の生存を改善する十分な証拠を得て市場に参入する抗がん剤はほとんど無い。 利益が認められた場合でも、その利益はわずかであるため、異なる病状の患者集団を対象にした場合、その利益は失われる可能性がある
承認済みの抗がん剤の多くは、信頼性が不十分な代用エンドポイントに基づいており、市販後の研究では、患者中心のエンドポイントでこれらの薬剤の有効性および安全性が確認されることはめったに無い。
これに加えて、がん治療薬の費用の平均は年間100,000ドル(75,000ポンド、85,000ユーロ)を超えている。
結論は医薬品承認の規制制度が機能不全に陥っていると言える
米国では、この壊れたシステムは、確実な毒性を有し、利益が不確実ながん治療薬に対して莫大な支出を行っていることを意味する。 米国のメディケアプログラムでは、FDAの承認を得た薬品の代金は、価格交渉なしに法的に支払う必要がある。

ヨーロッパでは、NICE(National Institute for Health and Care Excellence; 英国国立医療技術評価機構)のような機関は、高コストでわずかな利益しか提供しない償還薬を除外している。 彼らの意思決定は、政治的な精査と国民の批判を受け続けている。規制が緩やかなため、支払いをする者が絶えず監視する必要がある。

がん治療薬の費用と毒性は、生存期間や生活の質の改善が合理的に期待できる場合にのみ許容できる。Davisらの研究では、この重要な評価基準にはるかに足りない可能性があることを示唆している。

この論説に「がん治療薬のわずかな利益も、平均的な患者集団より若年で合併症の少ない患者において実施される試験で認められるだけである。 患者全体を対象にすると、抗がん剤のメリットとデメリットの微妙なバランスの中で、わずかな利益は完全に消滅する可能性がある。」とあります。
これは「臨床試験の参加者は患者を代表していない」ということです。

【1種類の抗がん剤を上市するのに2000億円くらいの研究開発費がかかっている】
医薬品の開発には莫大な費用と長い年月がかかります。
欧米のデータでは、新規の薬効成分が発見されてから薬として認可されるまでの期間は1990年代は平均9.7年で2000年代は13.9年に延びています。(Nat Rev Drug Discov. 10(6):428-38. 2011年)
研究開発に費やされる費用は年々増えているのですが、認可される薬は開発費の増加に比例していないことが指摘されています。
新薬として認可されるには、既存の医薬品より有効性や安全性で優位性が証明されなければなりません。つまり、新しい薬ほど認可されるハードルが高くなります。
また、既存の薬で病気がコントロールできている場合は新薬の開発は必要ありません。既存薬で病気が治っていない領域の新薬の開発に費用が向けられます。
つまり、がんや神経変性疾患など難病の治療薬(臨床試験で失敗するリスクが高い)の研究開発の比重が次第に増えていることも、一つの新薬が認可されるのに必要な開発費用と期間が増えている理由になっています。
2002年から2012年の間に行われたアルツハイマー病の治療薬の臨床試験は99.6%が失敗に終わっている(治療薬に認可されなかった)という報告があります。

がん治療薬の開発も開発リスクが高いことが指摘されています。米国のデータでは、2003年から2011年の間に第1相臨床試験の開始がFDA(米国食品医薬品局)に認められた物質のうち、最終的に医薬品として認可されたのは6.7%で、この数値は他の領域の医薬品(がん治療薬以外の薬)の半分の成功率と報告されています。
このように開発に失敗する薬が多いので、これらの失敗した分を含めると、一つの抗がん剤を市場に出すまでの研究開発費は平均3000億円以上かかっていると言われています。2020年のJAMAの論文に以下のような報告があります。

 Estimated Research and Development Investment Needed to Bring a New Medicine to Market, 2009-2018.2009年から2018年に新薬を上市するために必要な推定される研究開発投資JAMA. 2020 Mar 3;323(9):844-853. doi: 10.1001/jama.2020.1166.

製薬会社は1個の新薬を市場に出すために研究開発にどれだけ費やしているかの調査です。
2009年から2018年の間に米国食品医薬品局(FDA)によって承認された355種類の新しい治療薬および生物学的薬剤のうち、47社が開発した63種類を解析しています。

その結果、失敗した開発への支出を含めて計算すると、1種類の新薬を市場に出すための研究開発費の推定中央値は9億8500万ドル(95%信頼区間: 6億8360万〜12億2890万ドル)で、推定平均値は13億3590万ドル(95%信頼区間: 10億4250万ドル〜16億3750万ドル)でした。

つまり、途中で失敗した薬の開発費を含めると、1個の新薬を市場に出すための研究開発費の平均は13億3590万ドルくらいという結果です。現在の為替レート(1ドル155円)で計算すると日本円で2000億円くらいです。

動物実験などの基礎研究でがんの治療薬として効果が期待されて臨床試験の許可を得た候補薬のうち、20個に1個程度しか最終的に薬として成功していません。残りは、開発途中で中止になるので、それまでの研究開発費用は無駄になるということです。
米国で2000年から2009年の10年間に認可された新薬は212種類で、そのうちがん治療薬は24種類で、このうち14種類は血液がんの治療薬です。つまり、固形がんの治療薬は特に開発が難しいようです。 

最近は細胞の受容体やシグナル伝達物質をターゲットにした分子標的薬が開発されていますが、それほど大きな治療効果は得られていません。
このように、がん治療薬の開発は製薬会社にとって非常にリスクが高いので、新薬として認可された薬は、その薬自身の研究開発に費やした費用の何十倍もの研究開発費を回収しないと元が取れないために、がんの新薬は年々高額になっています。
しかし、抗がん剤は製薬メーカーに巨額の利益をもたらしているという実態が報告されています。

【研究開発費よりマーケティングの費用の方が多い】
製薬会社は、「新薬の価格が高いのは、研究開発に莫大な費用がかかるからだ」と主張しています。販売促進に費やしている費用に関してはデータがほとんどありません。データがあっても、マーケティングの費用は少なく申告されていると言う指摘があります。
製薬会社は販売促進の費用をできるだけ少なく公表しようとしており、それは薬の販売促進に莫大な費用を使っていることが明らかになると非難されるからです。
つまり、薬の販売促進に多額の費用を使っていることに後ろめたさがあるからです。
しかし実際は、販売促進のための費用が研究開発の費用より多いことが報告されています。つまり、高額な新薬の代金には、製薬企業の莫大な宣伝費や販売促進費用が上乗せされているのです。
以下のような論文があります。

The Cost of Pushing Pills: A New Estimate of Pharmaceutical Promotion Expenditures in the United States(医薬品の販売促進のコスト:米国の医薬品販売促進費の新しい見積り)PLoS Med. 2008 Jan; 5(1): e1.

米国では、販売促進を目的にした説明会や講演会の数は1998年の120,000回から2004年の371,000回に増え、2000年には314,000回の販売促進のための講演会や会議で19億ドルが使われています。
この論文では、2004年の製薬企業の販売促進のための費用を推定しています。

米国国内売上高の2,354億ドルのうち、売上高の24.4%を販売促進、13.4%が研究開発で消費していると推定しています。他にもいくつか報告があり、売上げの20から30%くらいを販売促進に使っており、研究開発費よりも多いというのが結論です。販売促進費が売上高の30%以上という報告もあります。

この論文の結論は、製薬企業が販売促進に費やす費用は、研究開発費の2倍くらいと言っています
製薬企業は研究開発費に多くを使っていると主張していますが、実際は販売促進の費用の方が多いのが事実のようです

【抗腫瘍薬は利益率が高い】
がん治療薬の開発には莫大な研究開発費が費やされるので、承認されるとその研究開発費を回収するという理由で、高額の薬価が認められます。
がん患者は多いので、新薬を開発した製薬メーカーは、特許が切れるまで、莫大な利益を得ることができます。抗体薬などの生物学的製剤は特許が切れても、ジェネリックが出にくいので、長期間にわたって利益を得ているようです。以下のような報告があります。

Comparison of Sales Income and Research and Development Costs for FDA-Approved Cancer Drugs Sold by Originator Drug Companies(最初に開発した製薬会社が販売したFDA承認のがん治療薬の売上高と研究開発費の比較)JAMA Netw Open. 2019 Jan 4;2(1):e186875.

【要旨の抜粋】
重要性:がん治療薬が高額なのは、研究開発の高いコストと高リスクに起因すると考えられている。しかし、研究開発への投資に対する利益とは何か、さらに正当な価格が何であるかは不明である。

目的:がん治療薬の販売による収入と、研究開発費の推定値を比較する。

方法:この観察研究では、世界中の製薬業界の売上データを使用して、特許またはマーケティング権を保有している会社(オリジネーター企業)の抗がん剤の売上から生じた累積収入を計算した。
1989年から2017年に米国食品医薬品局(FDA)によって承認されたすべての抗がん剤は、米国食品医薬品局のウェブサイトおよび文献から特定された。
項目別の製品販売データは、オリジネーター企業の連結財務報告から抽出された。特定の年にデータが欠落している医薬品については、他の公的な情報源などから推定した。承認から半年以上データが欠落している場合は、その薬物を解析から除外した。データ分析は、2018年5月から2018年10月まで実施された。

主な評価項目:販売データは、インフレ調整後の2017年米ドルで表示された。これらの医薬品の販売による累積収入は、文献から推定された研究開発費と比較された。この研究開発費は、資本コストと治験失敗のコストで調整された(リスク調整)。

結果:米国食品医薬品局(FDA)が承認した156種類のがん治療薬のうち、99種類の薬(63.5%)が承認から半年以上経過しており、今回の分析に含まれた。
販売期間の中央値は10年(範囲、1〜28年)であった
文献で推定されている医薬品1個あたりのリスク調整後の研究開発費用の合計は7億7,400万ドル(範囲、28億2700万-2億1900万ドル)であるのに対し、2017年末までに、累積売上高の中央値は研究開発投資額1ドルあたり14.50ドル(範囲、3.30ドル-55.10ドル)であった
リスク調整後の研究開発コストを回収するまでの時間の中央値は5年(範囲、2〜10年、n = 56)であった。
がん治療薬は、特に生物学的製剤においては、特許が切れて市場独占が終了した後においても、開発製薬企業に10億ドル規模の利益を生み出し続けた。

結論:抗がん剤は高価格で、開発企業において、研究開発コストをはるかに超える利益を生み出している。がん治療薬の価格を下げ、競争を促進することは、患者へのアクセス、医療システムの財政的持続可能性、および将来の革新を改善するために不可欠である。

1989年から2017年までにFDAによって承認された99種類の抗がん剤に関する研究です。これらの抗がん剤の約3分の1は、1年間の販売額が10億ドルを超えています。2017年末までの収入の中央値は、研究開発費1ドルごとに14.50ドル(範囲、3.30〜55.10ドル)でした。

Originator Drug Companiesというのは、新薬を開発し、特許を持っている製薬メーカーで、特許が切れるまで独占して販売できるため、巨額な利益を得ることができます。
現在の特許法では、取得した特許権の存続期間は出願から20年です。通常、治験を行う前の段階で特許の出願を行うので、その後の開発・審査に10~15年ほどかかることを差し引くと、製薬会社が実際に新薬を独占販売できる期間は5~10年程度になります。
この市場独占の間に数十億ドルレベルの利益を得ているということです。

新薬の物質特許が切れた後、後発医薬品メーカーは、新薬と同じ有効成分で効能・効果、用法・用量が同一で新薬に比べて低価格な医薬品、いわゆる「ジェネリック医薬品」を発売しますので、先発メーカーの利益は減少します。
しかし、生物学的製剤のように、製造法が特殊な医薬品などは、ジェネリック医薬品ができにくく、特許および独占販売権の満了後も、薬を最初に開発した企業に高利益を生み出し続けます。

製薬産業は最も利益率が高い産業領域と考えられています
昔から「薬9層倍(くすりくそうばい)」と言う言葉があります。「薬の売値は原価の九倍もする」という意味で、儲もうけが大きいこと、暴利をむさぼるたとえで使われます。

最近の抗がん剤の新薬は極めて高額です。がんが根治できる可能性が高ければ、費用が高額で副作用が強くても我慢できます。しかし実際は、費用が高額で副作用で苦しむ割に、延命効果がわずかであることが多いのが現時点の事実です。

開発に失敗するリスクを減らすため、既存の抗がん剤より少し効果がある程度の薬を目標に設定しているため、新薬が出てもそれまでの治療薬と大差ないという意見もあります。先行薬をベースに多少の改変で新薬を作ると失敗するリスクは減りますが、効果の劇的な改善は望めません。
がんによる経済的負担の増大には様々な要因が寄与していますが、そのうち抗がん剤のコストがもっとも重要であることは間違いありません。

わずかな利益しか得られない高額な治療法の使用は、がん治療のコスト上昇の一因となっています。病気を治せない高額な治療薬は、人類に利益を与えず、医療費を無駄に費やすという不利益しか生みません。
しかし、製薬メーカーだけは莫大な利益を得ています。しかも、効かない薬を販売して莫大な利益を得ています。このような医療の闇に多くの国民は気づくべきです。

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