759)慢性肝炎・肝硬変・肝臓がんの漢方治療

図:台湾の非代償性肝硬変患者において、漢方薬治療を受けた患者は、漢方薬治療を受けていない患者と比較して全体的な死亡リスク(死亡率の累積発生率)が低かった(多変量:p <0.0001; HR:0.54、95%CI:0.42-0.69)。使用頻度の高い漢方処方は茵陳蒿湯、龍胆瀉肝湯、茵陳五苓散で、使用頻度の高い生薬は山梔子、白花蛇舌草、大黄であった。(出典:BMC Complement Med Ther. 2020 Jul 14;20(1):221.)

759)慢性肝炎・肝硬変・肝臓がんの漢方治療

【日本ではB型あるいはC型の肝炎ウイルスの持続感染者が200万人以上いる】
日本における2019年のがん死亡数(男女合計)は、肺がん(約75,000人)、大腸がん(約51,000人)、胃がん(約43,000人)、膵臓(約36,000人)、肝臓がん(約25,000人)の順です。
わが国では、肝臓がんによる死亡者数は1980年代から急激に増え始め、2000年前後にピークになり(年間死亡数約35,000人)、2019年では1年間に約25,000人(男性が16,750人、女性が8,514人)になっています。

肝臓がん患者が近年減少しているのは、1985 年度からの B 型肝炎母子感染防止事業や、1989年にC型肝炎ウイルス (HCV) の遺伝子が発見され、輸血用血液のHCVのスクリーニングの導入によって新規の肝炎ウイルス感染者が激減したためです。さらに、B型肝炎ワクチンや抗ウイルス薬の開発などによって肝臓がんの発生率が減少し、さらに肝臓がんの治療法が向上して死亡率が低下しています。
しかしながら、現在でも、肝炎ウイルスの持続感染者はB型肝炎とC型肝炎を合わせて200万人以上います
献血の際の肝炎ウイルス感染率のスクリーニング結果からの推計では、2010 年時点の日本の肝硬変と肝臓がんを除く肝炎ウイルス感染者の推計数を、B 型 1,279,000 人、C 型 1,294,000 人と報告しています。(平成23〜25年度厚生労働科学研究費補助金「肝炎対策の状況を踏まえたウイルス性肝疾患患者数の動向予測に関する研究」より)
これは10年前の数値なので、患者の死亡による自然減を考慮すると、現時点でも肝炎ウイルス持続感染者は200万人以上はいると推定されます。この肝炎ウイルス持続感染者は将来的に肝硬変や肝臓がんを発症するリスクを有しています。

【肝臓がんは肝臓の慢性炎症によって発生する】
日本人の肝臓がんのほとんどはB型かC型肝炎ウイルスの持続感染者で、15年〜40年という長期間を経て慢性肝炎から肝硬変へと進行し、肝臓がんに至るという経過をたどっています。
肝臓の発がんを促進する最大の要因は、炎症の持続によって活性酸素の害(酸化ストレス)が増えることと、細胞死に伴って細胞の増殖活性が促進されるからです。
ウイルスを排除できなくても、肝臓の炎症を抑え、肝細胞の壊死と炎症の程度を反映するGOTやGPTを低い状態に維持することにより、肝がんの発生率を有意に低下できることが示されています

図:肝炎ウイルスが感染すると炎症が起こり、一部の肝細胞が死滅する(①)。リンパ球やクッパー細胞などの免疫細胞や炎症細胞が肝臓に浸潤し、慢性炎症が起こり慢性肝炎となる(②)。慢性炎症によって活性酸素やフリーラジカルの産生が増え、線維化が亢進して肝硬変になり、さらに肝臓がんの発生と肝機能低下が起こる(③)。慢性炎症による活性酸素やフリーラジカルは遺伝子変異を引き起こし、遺伝子変異が蓄積することによってがん細胞が発生する(④)。

【肝臓がんは多中心性発がん】
肝臓がんの自覚症状は全身のだるさやみぞおち付近の痛みや黄疸などですが、初期には症状がほとんどでません。肝臓は「沈黙の臓器」とも呼ばれ、肝硬変も肝臓がんも初期には症状はほとんど無く、症状が出たときはかなり進行した状態で、治療も困難です。したがって、肝硬変や肝臓がんによる死亡を減らす基本は、手遅れになる前の早期の段階で発見し、治療を開始することです。
肝炎ウイルスによる慢性肝炎や肝硬変になった肝臓は、肝臓全体が発がんしやすい状態になっているため、一つの腫瘍を消滅させても、他の場所に新たに発生するリスクが高いのが特徴です。最初にみつかった肝臓がんを治療したあと、1年以内に約30%が再発し、5年以内に70%以上が再発しています。
肝臓がんの体積倍加時間(doubling time)は1~19ヶ月(平均4~6ヶ月)と報告されています。通常、3ヶ月おきくらいに検査を行い、がんが小さいうちに、局所療法などで除去することが西洋医学の再発予防の基本になります。

しかし問題は、肝臓がんは1年以内の再発率が15~20%と高いという点です。その理由は、肝臓がんの原因である肝炎ウイルス感染とそれによる慢性炎症による発がんリスクは肝臓全体に及んでおり、1個のがんをつぶしても、残った肝臓に第2、第3の肝臓がんが発生してくるためです。
肝臓に肝炎ウイルスが感染して炎症を引き起こす病気がウイルス性肝炎です。肝炎が長く持続(慢性化という)している状態を慢性肝炎と言い、慢性炎症の結果、肝臓のコラーゲン線維が多くなり硬くなった状態が肝硬変です。肝硬変では正常の肝細胞の数が減少し、血液循環も悪くなっているので、有害物質や老廃物を処理する解毒力が低下し、さらに蛋白質の合成能力が低下して栄養状態も悪化していきます。

ウイルス性慢性肝炎あるいは肝硬変患者の肝臓は、肝臓全体が肝がん発生のリスクに曝されていて、最初に検出できたがんを根治できたとしても次々に新たながんが発生します。これを「多中心性発がん」と言い、肝臓がんが1個見つかれば他の場所にもすでにがんの芽である前がん病変や微小がんが存在するので再発しやすいということで、肝臓がんの宿命みたいなものです。どこが最初に大きくなるかだけの問題で、肝臓がんが発生するリスクは肝臓全体に存在しているのです。肝硬変を合併している場合には、最初に見つかった肝臓がんを手術したあと3年間で3分の2の症例で残存肝に再発をおこします。
胃がんや肺がんなど他のがんの場合、「再発」というのは、最初のがん(原発巣)のがん細胞が周囲に浸潤したり他の臓器に転移していたりして、どこかに生き残っていたがん細胞が増殖することによって起こります。したがって、早期発見によってがんが小さいうちに治療すれば、再発を防ぐ確率が高くあります。一方、肝臓がんの場合は、原発のがんを完全に取り除いても、残った肝臓に新しいがんが発生して再発をくりかえすので、早期発見しても再発は免れないのです。

【台湾の医療ビッグデータで証明された漢方薬の肝臓がん予防効果】
台湾の医療ビッグデータを解析した疫学研究に関しては前回(758話)解説しています。
台湾の医療ビッグデータを使った研究で、漢方治療を受けたがん患者は漢方治療を受けなかったがん患者より生存率が高いことが明らかになっています。
台湾のがん死亡の原因では、肺がん、肝臓がん、大腸がん、乳がん、口腔がんが多いと報告されています。日本に比べて肝臓がんが多いのが特徴です。ウイルス性肝炎の感染率が高いためです。
漢方治療がB型肝炎患者の肝臓がんの発生を抑制する結果が、台湾の医療ビッグデータを使用した研究で報告されています。以下のような報告があります。

Associations between prescribed Chinese herbal medicine and risk of hepatocellular carcinoma in patients with chronic hepatitis B: a nationwide population-based cohort study(B型慢性肝炎患者における漢方薬服用と肝細胞がん発症リスクの関連性:全国人口ベースのコホート研究)BMJ Open. 2017; 7(1): e014571.


【要旨】
目的: B型慢性肝炎患者は、肝細胞がんの発症リスクが高い。中国伝統医学の重要な治療手段である漢方薬治療が、B型慢性肝炎患者における肝細胞がんの発症リスクを低下させるかどうかは不明である。本研究は、B型慢性肝炎患者の肝細胞がん発症リスクに対する漢方治療の影響を調べることを目的とした。

方法:このコホート研究では、台湾国民健康保険研究データベースを用いて、1998年から2007年にかけて新たに診断されたB型慢性肝炎患者21020人を同定した。この内8612人がB型慢性肝炎を発症後に漢方薬治療を受けた(漢方薬使用群)。残りの12380人がコントロールグループ(漢方薬非使用群)に割り当てられた。全ての登録者は2012年末まで追跡され、 肝細胞がんの発生率とハザード比が解析された。

結果:15年間の追跡期間中に、漢方薬使用群は371人の肝細胞がんが発症し、漢方薬非使用群では958人が肝細胞がんを発症した。1000人年(1000 person-years)当たりそれぞれ5.28と10.18の発生率であった。 漢方薬使用群は、非使用群と比較して肝細胞がんの発症リスクが有意に低かった(調整ハザード比 = 0.63:95%信頼区間 0.56〜0.72)。
最も顕著な効果は、漢方薬を180日以上使用している患者で認められた(調整ハザード比 = 0.52)。
肝細胞がんの発症リスクの低下と有意な関連を示した生薬として、白花蛇舌草、半枝蓮、地黄、板藍根が同定され、漢方方剤としては一貫煎、小柴胡湯、五苓散、甘露飲が同定された。

結論:B型慢性肝炎患者において、漢方薬の使用は肝細胞がん発症の有意な低下と関連を認めた。この結果は、B型慢性肝炎の治療に漢方治療を取り入れることが、患者の予後を良好にする可能性を示唆している。

比較するグループの人数と観察期間が異なる場合、観察した人数とその観察期間をかけた観察人時(person-time)で調整します。多くの場合、期間は年単位で観察されますので、観察人年 (person-year)を用います。
この論文では、B型慢性肝炎患者における肝臓細胞がんの発生率は、1000人年当たり漢方薬使用群は5.28で非使用群は10.18でした。これは、B型慢性肝炎患者1000人を1年間追跡すると、漢方治療を受けないグループでは10.18人が肝臓がんを発症し、漢方治療を受けているグループでは5.28人が肝臓がんを発症したということです。
世界中で3億5千万人以上がB型肝炎ウイルスに慢性的感染した状態にあると報告されています。これらのB型肝炎感染患者は、慢性肝炎や肝硬変や肝臓がんに進行するリスクが高い集団です。
中国や台湾ではB型慢性肝炎の患者が多く、肝炎や肝臓がんの治療やがん発生予防の目的で中医薬(漢方薬)治療が積極的に使用されています。
費用(コスト)と毒性(副作用)の少ないことから、中国や台湾ではB型慢性肝炎の患者の約80%が中医薬(漢方薬)治療を受けているという報告もあります。そして、漢方治療は肝臓がん患者の生存率を高めたり、肝臓がんの発生率を低下させるという疫学データが報告されています。
この論文では、台湾の医療ビッグデータを用いた解析で、漢方治療はB型慢性肝炎患者の肝臓がんの発生率を低下させることを報告しています。
C型肝炎については以下のような報告があります。

Effects of Chinese herbal medicine therapy on survival and hepatic outcomes in patients with hepatitis C virus infection in Taiwan.(台湾のC型肝炎ウイルス感染患者の生存と肝病変の進行に対する中医薬療法の効果)Phytomedicine. 2019 Apr;57:30-38.

背景: 中国の漢方薬(中医薬)は、肝疾患の治療に広く使用されている補完的な天然薬である。この研究の目的は、中医薬専門の医師によって処方された、肝疾患の治療のための中医薬の長期使用が、C型肝炎ウイルス(HCV)患者の全体的な死亡率と肝転帰に及ぼす影響を調査することである。

患者と方法: HCVの患者98788人を特定し、年齢、性別、併存疾患などを一致させた中医薬使用者と非使用者である829人と829人の患者が抽出された。 

結果: 多変量コックス比例ハザードモデルを使用して併存疾患を調整した後、中医薬使用者は非使用者よりも全体的な死亡リスクが低かった(p値<0.001; HR:0.12、95%CI:0.06-0.26)。さらに、中医薬使用者は、併存疾患を調整した後、非使用者よりも肝硬変のリスクが低かった(p値= 0.028; HR:0.29、95%CI:0.09-0.88)。
12年間の全体的な死亡率と肝硬変の累積発生率は、中医薬使用グループで低かった(両方のp値<0.05、ログランク検定)。Dan-Shen(丹参)、Bie-Jia(鼈甲)、Jia-Wei-Xiao-Yao-San(加味逍遙散)がHCV感染の治療に関連して最も頻繁に使用されていた。

結論: 補助療法としての中医薬(漢方薬)は、HCV患者の全体的な死亡率と肝硬変のリスクを低下させる可能性がある。HCV患者の治療に使用できる漢方薬のリストは、将来の科学的調査や、HCV患者の肝臓への悪影響を防ぐための将来の治療的介入に役立つ可能性がある。

以下のような論文もあります。

Decreased overall mortality rate with Chinese herbal medicine usage in patients with decompensated liver cirrhosis in Taiwan.(台湾の非代償性肝硬変患者における中国の漢方薬の使用による全体的な死亡率の低下)BMC Complement Med Ther. 2020 Jul 14;20(1):221.

背景: 肝硬変は、肝疾患の罹患率と死亡率の主な原因の1つである。中国の漢方薬(Chinese Herbal Medicine)は、肝臓病の臨床治療に長い間使用されてきた。この研究は、代償不全の肝硬変患者に対する漢方薬の使用頻度と処方パターンを調査し、全体的な死亡率に対する漢方薬の長期的影響を評価するために設計された。

方法: 2000年から2009年の間に台湾で診断された非代償性肝硬変(ICD-9-CMコード:571.2、571.5、および571.6)の患者2,467人が、難治疾患患者登録( the registry for catastrophic illness patients.)から特定された。これらのうち、149人の漢方薬使用者と298人の非使用者の患者グループ間で比較した。

結果: 漢方治療を受けた患者は、治療を受けていない患者と比較して全体的な死亡リスクが低かった(多変量:p <0.0001; HR:0.54、95%CI:0.42-0.69)。全体的な死亡率の累積発生率は、漢方薬治療群で低かった層化ログランク検定、p = 0.0002)。最も多く使用された漢方処方はYin-Chen-Hao-Tang(茵陳蒿湯)、Long-Dan-Xie-Gan-Tang(龍胆瀉肝湯)、Yin-Chen-Wu-Ling-San(茵陳五苓散)であり、多く使用された生薬はにZhi-Zi(山梔子)、Bai-Hua-She-She-Cao(白花蛇舌草)、Da-Huang(大黄)であった。

結論: 補助療法としての漢方治療は、非代償性肝硬変患者の全体的な死亡リスクを低下させる可能性がある。漢方薬が肝線維症に対する保護的役割を持っていることが示された。非代償性肝硬変患者における漢方治療の安全性と有効性に関する知識を高めるには、さらなる研究が必要である。

この疫学研究の非代償性肝硬変患者における累積死亡率の比較はトップの図に紹介しています。

 【生薬の総合作用で肝臓がんの発生を抑制する漢方治療】
慢性肝炎では、肝臓の慢性炎症によって、肝細胞を死滅し、コラーゲン線維が増えて肝硬変になり、肝機能が低下します。
漢方医学的には、肝臓の線維化と機能低下は、肝臓の血流不良(瘀血)、解毒機能の低下による毒素の停滞、臓器機能や新陳代謝やエネルギー産生の低下(気虚)を引き起こします。
したがって、慢性肝炎や肝硬変に対する漢方的治療は、駆瘀血(血液循環の改善と血液浄化)清熱解毒(抗炎症作用と解毒機能の亢進)補気(エネルギー産生や物質代謝や臓器機能を高める)と言った作用が利用されています。
このような考え方は西洋医学的な理論とも一致します。肝臓の炎症を抑えるためには、抗炎症作用や抗酸化作用・フリーラジカル消去作用が中心になります。肝機能を良くするためには、血液循環や物質代謝やエネルギー産生を高めることが必要です。

肝臓の慢性炎症と線維化を抑える漢方治療では、抗炎症作用やフリーラジカル消去作用のある「清熱解毒薬」と血液循環を良くする「駆瘀血薬」が主体になります。肝硬変になって肝機能が低下してくるのを防ぐためには物質代謝やエネルギー産生を高める補気薬、がんの発生を防ぐためには、抗がん作用のある抗がん生薬などを併用すると、肝硬変に対する有効な漢方薬となります。
小柴胡湯(しょうさいことう)は、柴胡(さいこ)、黄芩 (おうごん)、半夏(はんげ)、大棗(たいそう)、甘草(かんぞう)、人参(にんじん)、生姜(しょうきょう)の7つの生薬を処方した漢方薬です。柴胡、人参、甘草に含まれているサポニンという成分にはステロイド様の作用があり、細胞膜の保護や抗炎症作用、抗アレルギー作用などがあるため、慢性肝炎の治療に使用されています。
その治療目的は、肝炎を抑えて肝機能を改善し、AST(GOT)、ALT(GPT)値を低下させることによって、病気の進行を遅らせることです。慢性肝炎に使用されるグリチルリチン製剤(強力ミノファーゲンC)やウルソに漢方薬の小柴胡湯や十全大補湯を併用すると炎症を抑える効果(トランスアミナーゼを低下させる効果)を高めることができるという報告もあります。
(日本では小柴胡湯エキス顆粒は肝硬変と肝癌の患者には使用できないことになっています。間質性肺炎を引き起こす可能性が指摘されているためです。)
B型慢性肝炎に使用される頻度が高い漢方方剤として一貫煎(いっかんせん)が記述されています。一貫煎は清代の王孟英による「柳州医話」に登場する方剤です。
一貫煎の組成は生地黄・沙参・麦門冬・当帰・枸杞子・川楝子です。慢性炎症によって微熱や寝汗があり、体液が減少し口腔内が乾燥し、脇部の疼痛や食欲不振などの症状があるときに用います。漢方的には、滋陰柔肝・涼血解毒の効能があり、肝腎陰虚で瘀血があるときに使用します。
このように、患者の呈する症状や病態に合わせた漢方方剤に、抗ウイルス作用や抗がん作用のある生薬を追加すると肝臓がんを予防する漢方薬を作れます。

図:ウイルス性肝炎では、慢性炎症によってフリーラジカルや炎症性サイトカインによって肝細胞傷害や線維化が進行して肝硬変になって肝機能が低下する。一方、DNAの変異や血管新生や細胞増殖活性が亢進してがん細胞の発生が促進される。このような多段階的な病変の進行において、抗炎症作用と解毒作用のある「清熱解毒薬」、血液循環を良くする「駆瘀血薬」、体力や臓器機能を高める「補気・補血薬」、がん細胞の増殖を抑え死滅させる作用がる「抗がん生薬」などを組み合せると、ウイルス性慢性肝炎の悪化や肝臓がんの発症を抑制できる。さらに、気の巡りを良くする「理気薬」、体液の循環を良くする「利水薬」、体液の欠乏を補う「滋陰薬」、代謝を活性化する「補陽薬」などを症状に合わせて加味することによって、症状を良くすることができる。

【慢性肝炎と肝硬変の漢方治療】
炎症が強く肝細胞の障害が著明なときには、炎症を抑え、肝細胞を保護する作用がある柴胡(サイコ)、黄芩(オウゴン)、茵陳蒿(インチンコウ)、山梔子(サンシシ)、五味子(ゴミシ)などが有効です。
炎症が持続して体力や免疫力や食欲が低下している場合には、抗炎症作用のあるサイコ、オウゴンに加えて、人参(ニンジン)や甘草(カンゾウ)のような補益薬(抵抗力を高める薬)と半夏(ハンゲ)・生姜(ショウキョウ)・大棗(タイソウ)のような健胃薬を同時に含む小柴胡湯(しょうさいことう)が適する状態といえます。小柴胡湯のように抗炎症作用と同時に体の抵抗力を高める薬を組み合わせた漢方薬を和剤といいます。
エキス製剤の小柴胡湯は慢性肝炎には使えますが、肝硬変には使用が禁止されています。肝硬変に小柴胡湯を使った症例に間質性肺炎の副作用が認められたからです。 

一方、炎症の活動性が低く、体力や肝臓機能の低下した状態(=虚)であれば、人参(ニンジン)・黄耆(オウギ)・白朮(ビャクジュツ)・茯苓(ブクリョウ)などの滋養強壮薬(補益薬)を主体とした補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や人参養栄湯(にんじんようえいとう)のような補剤といわれる漢方薬を用いたほうが効果があります。これらに、さらに組織の血液循環を改善する生薬や、肝臓の解毒能や抗酸化力や免疫力を高める生薬などを、病状に応じて併用するとがんの発生を抑える効果が出てきます。

肝臓機能の低下は、肝臓の線維化によって血液循環が悪くなることが重要な原因となっています。したがって、肝臓の血液やリンパの流れを良くするだけでも肝機能や解毒機能を高める効果があります。
組織の血流を良くする桃仁(トウニン)・牡丹皮(ボタンピ)・芍薬(シャクヤク)・桂皮(ケイヒ)などを含む桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を併用すると良い場合があります。
欝金(ウコン)、莪朮(ガジュツ)、丹参(タンジン)、田七人参(デンシチニンジン)などの生薬には血液循環を良くするだけでなく、肝機能を改善する効果も知られています。

炎症の持続は、慢性肝炎から肝硬変への進展や発がん過程を促進させる要因として重要です。炎症の過程で炎症細胞から分泌される炎症性サイトカインや増殖因子などが病気の悪化に関与しています。
腫瘍壊死因子-α(tumor necrosis factor-alpha, TNF-α)は、C型肝炎における炎症反応の中心的なメディエーターであることが報告されています。TNF-aの血中レベルは、C型肝炎患者におけるALT(肝細胞が障害されると血中に放出される酵素の一種)の血中レベルや線維化の程度と相関することが報告されています。また、インターフェロン治療によって肝炎が軽快した患者においてTNF-αの血中濃度が低下することが知られています。
このような炎症性サイトカインは発がん過程やがん細胞増殖に促進的に働きます。シソ科のオウゴン、ハンシレン、カゴソウには、強い抗炎症作用やがん予防効果が知られています。
血中のTNF-αを低下させる生薬やハーブもいくつか知られています。お茶、イチョウ葉エキス、生姜、ナツシロツメクサ(feverfew)などが、TNF-αを低下させることが報告されています。多くのハーブに含まれるケルセチン(quercetin)というフラボノイドには、TNFαの産生を阻害する強い活性があります。ケルセチン以外にも、フラボノイド類にはTNF-αの産生を阻害する活性をもつものが多くあります。

腫瘍は血管新生(angiogenesis)が伴わないと増殖しません。一般に炎症反応は血管新生を促進することが知られています。慢性炎症状態は酸化ストレスを増大し、腫瘍組織の血管新生を促進することになりますが、抗炎症作用や抗酸化作用をもった生薬は、酸化ストレスと血管新生を抑制して肝臓がんの発生を予防する効果が期待できます。腫瘍の血管新生を阻害してがんの発生や再発を予防する方法をAngiopreventionと言います。
肝臓がんの化学塞栓療法に漢方薬を併用すると生存率を高めることができることが臨床試験で示されています。その理由の一つは、漢方薬が血管新生を阻害して肝臓がんの再発を抑制するためだと思われます。また、抗がん作用をもった生薬(半枝蓮・白花蛇舌草・竜葵・七葉一枝花など)も肝臓がんの再発予防に効果が期待できます。
漢方治療によって進行した肝臓がんが退縮した症例が報告されています(234話参照)。
このように、肝機能を良くする生薬や炎症や発がん過程を抑制する生薬を組み合わせることによって、肝硬変による肝機能低下を改善し、肝臓がんを予防する効果を高めることができる点が、西洋医学にない漢方治療の特徴です。

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