がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
152)がん治療後の体力増強や栄養状態改善の意義
図:太り過ぎも痩せ過ぎもがんの発生や再発に影響する。がん治療後は、痩せ過ぎや栄養不良を改善することが大切で、漢方薬の滋養強壮作用や食欲増進や胃腸機能の改善効果が役立つ。
152)がん治療後の体力増強や栄養状態改善の意義
【痩せ過ぎは寿命を短くする】
肥満度の指標としてBMI(Body Mass Index)が使われます。これは体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で求められ、このBMIの標準値は22で、標準から離れるほど有病率が高くなることが知られています。
痩せ過ぎは太り過ぎよりも短命であることが、東北大公衆衛生学の研究グループの最近の研究で明らかになっています。
研究グループは世界保健機関(WHO)の基準に基づき、BMIが18・5未満を「やせ」、18・5以上25・0未満を「普通」、25・0以上30・0未満を「太りすぎ」、30・0以上を「肥満」と分類し、宮城県内の40~79歳の男女約4万4千人を1995年から2006年まで追跡調査し、分析しました。
その結果、40歳の人の肥満度ごとの平均余命は、男女とも順序は同じで、「太りすぎ」が最長(男性40・5年、女性47・0年)。以下は「普通」(男性38・7年、女性46・3年)、「肥満」(男性37・9年、女性44・9年)、「やせ」(男性33・8年、女性41・1年)の順でした。
つまり、40歳の人の平均余命は、肥満度別にみると「やせ」の人が最も短く、最も長い「太りすぎ」の人より6年程度短命という結果になっています。
痩せた人では、免疫力や治癒力が低下し、呼吸器感染症などによって死亡する率が高くなるようです。
痩せががんの発生率を高めることも明らかになっています。
日本における厚生労働省研究班による多目的コホート研究(JPHC研究)によると、男性のがん全体の発生率は、BMIが30以上で約20%、BMIが19未満で約30%の上昇が認められています。しかし、日本人ではBMIが30以上の高度肥満の人の割合は2~3%程度であるので、肥満によるがん発生の影響はあまり問題になっていません。日本ではむしろ痩せ過ぎによる発がんリスクの方が問題視されています。
一方、BMI30以上の肥満が人口の約30%と言われる米国では、肥満による発がんリスクの上昇が問題になっています。米国の疫学研究では、乳がん・結腸直腸がん・食道がん・肝臓がん・胆のうがん・膵臓がん・腎臓がん・子宮がん・卵巣がん・前立腺がんなど多くのがんにおいて、肥満が発生率を高めることが示されています。
がん治療後の再発に関しても、肥満が再発率を高め生存期間を短くすることが、乳がん・大腸がん・卵巣がん・前立腺がんなど幾つかのがんで示されています。
肥満は様々な理由によってがんの発生や再発を促進しますが、ここでは詳しい説明は省き、痩せ過ぎががん患者の予後を悪くする点を中心に解説します。
【痩せ過ぎはがん治療後の生存期間を短くする】
栄養不良は体の抵抗力を低下させ、肺炎や結核などの感染症による死亡率を高めますが、日本も含めて多くの先進国では栄養不良や痩せ過ぎによる疾病に対する感心は低くなっています。
しかし、がんの患者さんにとっては、肥満よりも痩せ過ぎの方が一般的であり、再発率や生存期間に対する影響は大きいようです。
がん患者さんの中には、診断時にすでに栄養不良で体重減少が見られる場合もあります。あるいは、がん治療によって栄養状態の悪化や体重減少が起こることもあります。
がん治療後に栄養状態を良くし、健康的な体重に戻し、体力と免疫力を高めることは再発予防や延命に重要です。
大腸がんで治療を受けた4288例を対象に米国で行われた研究では、正常体重(BMI:18.5-24.9)に比べて、高度肥満(BMI:35以上)の場合の再発率は1.38倍でしたが、低体重の場合の再発率は上がっていませんでした。しかし、死亡の相対リスクは、正常体重の患者と比べて、高度肥満(BMI:35以上)で1.28倍、低体重(BMI:18.5未満)では1.49倍でした。低体重では、再発する前に別の疾患(感染症や別のがんなど)で死亡する率が、正常体重患者の2.23倍であることが示されています。つまり、大腸がんの場合は、高度肥満では再発を促進するために死亡率が高くなり、低体重の場合は抵抗力の低下などが原因となって再発以外の原因で死亡する率が高くなるようです。
乳がんでは肥満が再発率を高め予後を悪くすることが多くの研究で明らかになっていますが、痩せ過ぎも転移や局所再発のリスクを高め生存期間を短くすることが、韓国で行われた研究で示されています。肥満の少ないアジアの乳がん患者の場合は、肥満よりも痩せ過ぎの方が問題かもしれません。
痩せ過ぎの場合は、栄養不良によって体に備わった免疫力や抗酸化力が低下することが予想されます。免疫力が低下すると、治療後に残ったがん細胞の増殖が起こりやすくなります。抗酸化力が低下すると、活性酸素やフリーラジカルの害によってがん細胞の悪性進展が促進されます。感染症の治りが悪く炎症が長く続くと、炎症性サイトカインや増殖因子の働きによって、腫瘍血管の新生やがん細胞の増殖が促進されます。
【栄養状態を良くし、体の治癒力を高める】
体重減少のあるがん患者さんは、食事摂取を増やし、エネルギーバランスが負にならないように多方面の対策が必要です。身体活動はストレスを軽減し体力を高める目的では有益ですが、高度の身体活動はかえって体重減少を加速したり、体重増加を妨げる場合もあります。
がんの再発予防を目的に、極端なカロリー制限を伴う食事療法を実践している方もおられます。カロリー制限自体はがんの発生や再発の予防や寿命の延長に効果が指摘されています。しかし、BMIが18.5未満の痩せ過ぎになるような食事制限は、栄養不良や抵抗力低下によって、再発のみならず別のがんや感染症の発生を促進する可能性を理解しておく必要があります。
前述のように寿命とBMIの関連を調べた疫学研究では、BMIが25~30未満のやや体重オーバーのグループの寿命が最も長く、BMIが18.5未満の痩せすぎのグループが最も寿命が短いという報告もあります。がん治療後は、BMIが21~29の範囲を目標に、自分にとって健康的な体重を維持することが大切です。
体をつくるのは食物から取られる栄養素であり、自然治癒力の源も栄養素です。食物の摂取と栄養素の消化吸収が十分でなければ、体の治癒力も抵抗力も十分働くことができません。
つまり、食欲を高め、食物を消化吸収する胃腸の働きを高めることが自然治癒力を高める基本になります。
がん治療後の漢方治療の基本は、胃腸や肝臓などの諸臓器の働きや、組織の血液循環や新陳代謝を良くして、食物を消化して体に同化させる生体機能の全てを高め、体力免疫力や治癒力を高めることです。
栄養状態や抵抗力を高めるだけで再発予防効果が得られます。さらに、がん予防効果のある薬効(免疫力増強、抗酸化作用、解毒作用、抗炎症作用、抗がん作用など)を持つ生薬を組み合わせることによって、再発予防効果を相乗的に高めることができます。
(文責:福田一典)
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